リリカルなのは SS

                   休日の過ごし方

 緑の野原を駆ける。後ろを押すように風が吹いた。
 後ろからかけられる声にも振り向かず、飛ぶかのように走る。
本当に、どこまでも続く草原だった。小さな身体には無限とも思えるほど、長く、広くどこまでも続いていた。
 けれど、その果てに行きたいとは思わなかった。だって、今いる場所が本当にいたい場所だったから。
 傾斜のあるところで足を縺れされて転んだ。全力で走っていたから結構な勢いで、草の絨毯に身を投げ出した。ぶつけた所は痛かったが、泣くのは我慢した。
少しだけ痛みが引くと、生い茂る草むらが身を包むようで気持ちよかった。
そこに歩み寄ってくる人がいた。近くに来ると抱き上げてくれた。泣いていないのを見ると、偉いぞと笑ってくれた。笑い返すとその人の側に寄り添っている人も笑った。
 ここが続くなら、草原の果てにも行って見たいと思う。
 この人達と笑い合える、この場所こそが本当にいたい場所だった。





 その、遠い光景は、いつのことだったか─────────────────





 天気の良い日だった。暖かな日差しがマンションの窓から差し込んでいる。その日差しは時間が経つにつれ、室内を照らす面積を伸ばしていった。
 そうして、日差しがソファーにまで達した時、その眩しさにクロノは目を覚ました。目を開けた以外、起きたと思わせる動きの無いまま意識を覚醒させる。自分が寝ていて起きた、という認識をするまでそう長い時間はいらなかった。

「眠っていたか」

 緩慢な動きで、首だけを動かし時計を見る。時刻は昼前と言ったところだった。最後に時計を確認したのが九時くらいだったから眠っていたのは二〜三時間というところか。

「にしても居眠りか」

 睡眠時間は十分とは言わないが必要最低限以上は取っている。それ以上眠るくらいならデバイスの整備なり勉強なりすればいい。そう思っていたというのにどうした事か。

「まあ、たまにはいいだろう」

 身体を起こして、確認するようにリビングを見渡す。クロノ以外誰一人いない。まあ、わかりきったことだ。今日のこの時間、家に自分以外誰もいないのは聞いていたことだし、実際に彼は出かける家族を見送っていた。
 今日は休日だ。家長であるリンディは本局で会議に出席している。フェイトも休日だが、シグナムとの訓練のため、本局に出向いている。アルフはいつも通り散歩だ。今更だが、彼女はいつも何をしているのだろう?大量の骨を持って帰ってきたり、切り傷だらけになってきたりとどんな事をしてきているのか全く想像出来ない。

「さて」

 昼飯時に起きたのは丁度良かった。これからの予定が立てやすい。まずは自宅で作るか外に出るかを決めることにする。以前、食材を適当に使って料理番たちに怒られたので、使っていい食材は予め休日前に聞いておくようにした。冷蔵庫を見ると冷凍にした麺が残っていた。せっかくだからうどんでも作るか。七味唐辛子を大量投下したきつねうどんとか。他意はない。
 家で作った時の選択を決めるとクロノは見比べるように外に目をやった。見ているだけで温かくなるような陽気だ。差し込む日差しが外に誘うように室内を照らす。室内にいるのがもったいないと思わされる。
 クロノはうどんを取る事無く冷蔵庫を閉めた。自宅と外の二択はあっさりと後者に決まったのだった。クロノは居眠りの間に立った寝癖を直すと、簡単に身支度をして家を後にした。
 向かう行き先は先の二択より簡単に決まっていた。




 昼のピークで翠屋は人で溢れており、クロノは数十分待ってようやく店内に入ることが出来た。どの席も人で埋まっているが、店の雰囲気と店員の手腕の高さによるものだろう、それほどざわついてはいなかった。
 アルバイトの店員に案内され、カウンター席に着く。レジにオーダーにとカウンターで切り盛りしている桃子と目があう。声をかけられる前に無言で手を上げる。自分のことはいいから仕事を続けてくださいと、動作と目で訴える。桃子はごめんねー、という顔で笑うと店員にあれこれと指示を出す。店員と共に指示を受けた夫の士郎も忙しそうに動く。その様子をクロノはお冷や片手に眺めていた。
 店内が落ち着いてから、クロノは注文を頼む。スパゲッティーとサラダのセットを大盛り、と桃子に伝える。任せて〜、と桃子は軽く力こぶを作って見せてから厨房に入っていった。
 高町夫婦に指摘されてからクロノは以前よりも食事の量を増やした。初めてアースラの食堂でおかわりを注文した時、同席していたリンディとエイミィはひどく驚いていた。その驚きは何故かアースラ全体に伝わってちょっとした騒ぎになり、クロノは頭を抱えた。事情を知るフェイトだけはこの事態を笑っていた。なお、これ以降彼の身長はぐんぐんと伸びることになるが、関係者各位は皆食事の量を増やしたからだと述べている。これにより、士官学校では『でかくなりたいなら食え』という教えが一部で広がることになるがそれは数年後の話である。
 十数分ほど待って、桃子が厨房から戻ってくる。食欲をそそる香りと、彩り見事なカルボナーラとシーフードサラダが置かれる。いただきます、と言ってからフォークを手に取る。その様子を見ながら桃子は微笑む。その様子は子供の成長を見守るそれであった。



 一度、訪れたのをきっかけにクロノはよく翠屋を利用するようになっていた。デバイスの整備にしろ、提督試験の勉強にしろ、欠かさないに越した事はないのだが休日の度、時間を潰すためにそれらを行うクロノは度が過ぎていた。しかし、翠屋に来てからは休日の意義の一つをようやく見つけることが出来たようだ。

「それで、なのはもフェイトちゃんも慌てちゃってねー」

 人当たりのいい桃子との会話は楽しかった。桃子は普段クロノが知ることの出来ない妹とその友人達の事をよく話してくれた。今、話していたのはフェイトがなのはの家でお菓子作りに挑戦した時の失敗談だ。普段、なんでも器用にこなす義妹だが、時々おっちょこちょいなのは相変わらずなようだった。

「そういえば、なのはは今日どうしているんです?」

 今日の休日はなのはの世界でも休日だった。なのでフェイトは朝から思う存分シグナムと訓練を行っている。おそらくヘトヘトになって帰ってくることだろう。
フェイトという友人がいないので、他の友人と遊びに出ているのだろうか。それとも家でゆっくりしているのだろうか。もしかしたらフェイトに付き合って本局に出向いている可能性もある。

「お昼食べたら、出かけるって言ってたわ。多分桜台じゃないかしら」

 クロノの予想は全て外れていた。そのため出てきた地名が気になった。

「桜台?」
「うん。商店街からでも見える山があるでしょ?よくあそこに行くのよ」

 地名と、頭に入れた地形が合致する。そうして、その場所がなのはが魔法訓練を行っている場所だと思い出す。
休日でも訓練か。感心なものだ。そう思うクロノだが彼自身休日でもよくトレーニングをしている。自身を勘定に入れることが少ないクロノだが、それが周りを心配させている事を彼は気づいていない。
 食後のコーヒーを飲み終える。時間もそれなりに経ったのでクロノは席を立つことにした。

「ご馳走様でした」
「また来てね〜」

 レジを担当していた士郎に勘定を支払い、桃子の声を背に受けながらクロノは翠屋を出る。午後の陽気は過ごしやすい程度に気温を上げていた。
 これからの予定を考える。これ以上は特に用事が無いので家に帰るのが妥当だと思う。なんだかんだで翠屋くらいしか一人で時間を潰せる場所を知らないクロノだった。
自宅のほうへ足を向けようとして、クロノは振り返る。その方向には桃子が言っていた通り、商店街からでも見える山があった。
 先ほど頭の中に浮かべた地図を呼び起こす。行った事は無いが、どのような場所だかは想像がついた。

「………」

 翠屋に振り返ると、士郎と桃子が仲睦まじく話しているのが見えた。ふらりと自宅のほうに向けていた足を反対に向ける。家に戻っても誰もいないし、やる事も少ない。思い浮かべた光景があっているのか確かめてもいいだろう。クロノは急ぐ事無くゆっくりと歩きだした。





 桜台の登山道。町を一望できるその場所でなのはは魔法訓練を行っていた。片手を上げて精神を集中する。そのはるか頭上では桃色の魔力弾が軌跡を残しながら、空き缶を撃ち上げ続けていた。

(138……139……140………)

 今回のノルマは150回。達成まで残り10を切ろうとしているがなのはは全く気を緩めず、魔力弾の操作に没頭する。

(147……148……149……)

 魔力弾が空き缶を撃ちつける。なのはは目を開いて最後の操作を送る。

「150!」

 先ほどまで一定の軌跡を描いていた魔力弾が角度を変えて、空き缶を撃つ。空き缶は放物線を描きながら落下していく。その先には空き缶用のゴミ箱がある。
落ちていく空き缶を目で追うなのは。空き缶は彼女の思い描いていた軌跡と若干のズレを生じていた。カァンと高い音を響かせてゴミ箱の縁に当たる。失敗したかと息を呑む。
 縁に当たった空き缶はくるくると回転しながら落下する。なのはにはその様子が随分とスローに見えた。落下していく空き缶は再びゴミ箱の縁に当たってその内に落ちていった。
 なのはは大きく息をついた。精神集中とギリギリの結果のためだ。

『今日の所は90点です』
「う〜ん……、あともうちょっとだったんだけどなぁ……」

 予定ではこれで今日の訓練は終わりの予定だったが、結果に少々納得がいかない。もう少し続けようかと思うなのはだったがそこに思わぬ声が飛んできた。

「やっぱり、君か」
「クロノ君?」

 振り向くとクロノの姿があった。この時間にこっちの世界にいるということは休日なのだろう。だが、彼がここに来る理由は全く見当がつかなかった。

「クロノ君、どうしてここに?」
「桃子さんにここの事を聞いてね。君が訓練している場所だったから気になって見に来ただけだよ。」

 回りくどい言い回しだが要は散歩である。クロノという人物のイメージに合わず、なのはは意外そうな顔をした。

「昼くらいから訓練していたのだろう?かなり時間が経っているから入れ違いになるかと思ったが、感心なものだ」

 クロノは辺りを見回しながらなのはの周囲を回るように歩く。なのははクロノを追うように身体の向きを変える。

「毎朝これくらいやってるからそうでもないよ」
「そうか。しかし、苦手でも結界は張ったほうがいいな。下から魔力弾が丸見えだったぞ」

 なのはが固まる。早朝に桜台にやってくる人はそうそういないので気にしていなかったが今は昼過ぎである。人は来ないとは言い切れない時間であり、現にクロノという訪れるとは思えない人物がやってきたのだ。迂闊と言えば迂闊だった。
 そんななのはの様子を気にした様子も無く、海鳴市を一望できる場所で足を止めたクロノは落胆したように呟いた。その表情は開けた宝箱が空だったかのようだ。

「思ったより、人の手が入っているんだな」

 クロノの言葉になのはは周りを見る。登山道に備えられたベンチに街灯にゴミ箱と確かに人工物が存在している。今いるこの場所も人が歩きやすいよう、ある程度整備されている。しかし、クロノが言うほど人の手というものをなのはは感じることが出来なかった。疑問のような戸惑いから声をかける。

「クロノ君、ここが気に入らないの?」
「いや、そうわけじゃないんだ。気にしないでくれ。邪魔をした」

 なのはの横を通り過ぎる。帰るつもりのようだ。結局、クロノが何を思ってここに来たかわからないままである。

「クロノ君」

 思わず呼び止める。自信の無い顔のまま、振り向いたクロノの提案をした。

「本当は入っちゃいけない所なんだけど、この先にもっと人の手が入ってないところがあるよ」

 クロノが意外そうな顔をする。興味があるようだ。彼が思っているものの答えになるかわからないまま、なのはは言葉を続けた。

「時間があるなら、行ってみる?」

 クロノは考えるそぶりを少しだけして頷いた。





 そこを見つけたのはジュエルシード捜索のため、あちこちを飛び回っていたときだった。それ以来、来たことはなかったが綺麗な場所なので覚えていた。
海鳴市とは反対に面した、山の中の草原だった。森を抜けたその場所にはなだらかな緑の丘が続いていた。
 その草原を見ながら、立ち尽くすようにしているクロノに戸惑いながらなのはは声をかけた。

「どうかな?」
「いい場所だ」

 返事はすぐに返ってきた。クロノが何を思っているか未だわからないなのはその返答に詰まった。いい場所と言うが、それがいい事なのか悪い事なのかすらわからなかった。
 何も言わず、クロノは歩き出した。きょとんと呆けている間に、置いて行かれた形になったなのはは慌ててクロノの背を追った。
 クロノは噛み締めるようにゆっくりと歩く。足を止めたのは、日当たりのいい平らな場所だった。クロノは無造作に草むらに腰を下ろした。
追いつき、クロノの横に立ったなのはは、クロノとクロノの視線の先を見比べる。そのさきは丘が続くのみだ。遠く僅かにどこかの町並みが見えるがクロノがそれを見ているとは思わなかった。

「クロノ君?」
「君も座ったらどうだ?」

 言われるままに、腰を下ろす。柔らかな草の感触が伝わった。
クロノと同じ方向に視線をやる。けれど同じものを見ているというのに彼が何を見ているのか、わからなかった。
わからないので、思うままに疑問を彼に尋ねる事にした。

「ここで何かするの?」
「何も。別に何かするためにこういう場所を探しに来たわけじゃない」

 答えはさらに疑問を深めた。なのはは何を聞けばいいのかすらわからなくなった。困って窺うように横目でクロノを見る。

「海鳴は自然が多いけど、本当にこんな場所があるとは思わなかった」

 唐突にクロノは呟いた。話しかけるというより、語りを聞かせるような口調だった。

「故郷に似ているんだ。この場所は」

 なのはは驚いてクロノの顔を覗き込む。先ほどから変わっていないクロノの表情が何かを懐かしむような顔なのだとようやく気づいた。気が付かなかったのはそれが今まで見た事の無い表情だったからだ。

「ミッドチルダって自然が多いの?」
「ああ。世界の広さの割に人口が少なくてね。だから人の手が入っていない所が多いんだ」

 クロノが顔を上げる。日差しと昔の思い出に馳せるために目を閉じた。

「父さんも母さんも忙しい人だったけど、休日が揃うとよくこんな場所にピクニックに連れてきてくれた」

 それは数少ない、しかしはっきりと覚えている大切な思い出だった。

「僕は、危ないと言う母さんの言葉を聞かずに走り回ってよく転んだ。そうすると父さんが抱き上げてくれると知っていたから」
「クロノ君………」

 なのはが悲しそうにクロノの名を呼んだ。今の話とクロノが結びつかなかった。

「あんなに穏やかで幸せだったのに、ずっと思い出すことがなかった」

 だが思う。実直で真面目で、周りにも、それ以上に自分に厳しくいつも引き締まった顔をするクロノよりも、今の柔らかく穏やかな顔をしているクロノの方が本来の彼なのではないかと。

「なのに、なんでだろうな。急に思い出した」

 ゴロンと身体を倒す。全身に感じる草の感触と匂いが心地よかった。

「こんな風に、草の上で横になるなんて本当にあの時以来だ。あの時からこんな風に過ごしたことはない」

 なのははクロノの今までの人生を思い出す。幼い頃から詰め込んだようなその道のりに苦笑する。

「クロノ君、いっつも忙しそうだもんね〜。もうちょっとゆっくりしてもいいと思うよ」

 その言葉に、クロノは意表を突かれたように数度瞬きをした。それから少し口元を緩めて、目を閉じた、

「ああ、そうだな………。少し、急ぎすぎたの……かも………」
「クロノ君?」

 クロノの顔を覗き込む。くぅくぅと寝息を立てて熟睡している。クロノが昼寝など彼を知る者には想像もしないだろう。しかし、今のなのはそれがおかしいことだとは思わなかった。
 あどけない寝顔のクロノに微笑むと、顔を上げる。腰を下ろしている草原がベットなら、草原を照らす柔らかな日差しは薄いながらも温かい布団のようだった。草と陽の匂いを感じながら目を閉じる。少しずつ身体が揺れてきた。

「あ〜……、クロノ君の気持ち、わかるなぁ………」

 なんだか、ひどく、眠くなって、きた。
 なのははその感覚に逆らう事無く、身を委ねた。





 クロノが目を覚ましたのは、日が落ちてきて肌寒さを覚えたからだ。眠っている間、動かさず固まった身体をほぐそうと身を伸ばそうとする。しかしなんだか動きづらかった。半分眠ったまま、首を動かす。
 なのはが覆い被さる様に、クロノの腹を枕にしていた。

「………………」

 意識が一気に回復した。
 そうかー、腹かー。僕はアットホームな家庭の大型犬かー。でも僕は大型ってイメージじゃないぞー。自分で言っていて悲しいぞー。どうせ枕にするならザフィーラにでも頼んだほうがいいぞー。多分、はやてに言えばザフィーラの腹くらい貸してくれるさー。むしろ一緒になって枕にするんじゃないかなー。うん、絶対するなー。それがいい。そうしよう。そうしてくれ。そしてこの状況どうしよう。
 現実逃避を試みた思考はダラダラと流れる冷や汗に引き戻される。
 まずい。どうしよう。なんでよりにもよって腹なんだ。脱出不能じゃないか。これが腕だったらなんとか抜け出せたものを。あ、でも腕だったら密着具合がさらにひどくなるな。顔なんか凄い近いぞきっと。どこもよくない。むしろまずい。どうしよう。なんでよりにもよって腹(以下略)。
 現実と逃避のスパイラルに突入するクロノ。だと言うのに腹から伝わるなのはの体温だけはひどくリアルに伝わった。

「ん………」

 なのはが身じろぐ。その動きにクロノの身体が固まる。それが伝わったのか、なのははあっさり目を覚ました。ばっちり目が合う。

「………」
「………」

 パチパチと瞬きして事態がわかっていないなのは。顔を紅くして冷や汗を流すクロノ。そのクロノと自分の身体の下にあるクロノの腹を見てようやく事態を理解する。

「にゃ、にゃあああ!?」

 大慌てで、クロノから飛びのく。バタバタと手を振って慌てるなのはに煽られるようにクロノも慌てる。

「ク、クロノ君!ご、ごめんなさい!あんな!変な!失礼な!」
「い!いや!気にすることはないぞ!うん!なんでもないぞ!」

 そんな二人を、丘から吹き上げた強い風が薙いだ。二人とも思わず、腕を上げて顔を覆った。風はすぐに止んだ。なんだか鼻を鳴らして呆れているような風だった。
 お互い、相手の方から視線を逸らす。なんだか慌てる雰囲気ではなくなったが気恥ずかしさと気まずさはなくならない。クロノは頬を掻きながら呟いた。

「……帰るか」
「……そうだね」

 先ほどの事には触れない。二人の間でなかった事になったようだ。立ち上がったクロノはなのはと並んで草原を後にした。
 彼らが去った後、もう一度さっきのような風が吹いた。





「悪かったな。こんな時間になって」
「いいよー、眠っちゃったのは私も同じだし」

 桜台の登山道まで戻った二人は、そのまま道を下って話していた。ここまで戻るまでには、いつもの二人に戻っていた

「しかし、少し小腹が空いたな」
「あ〜、私も」

 昼を食べてから、二人は何も口にしていない。夕食も近いので結構な空腹感を感じる。

「何か持って来ればよかったかな。まあ、最初はここまで長居するつもりはなかったが」
「それならお弁当がいいかも。ピクニックみたいで楽しいんじゃないかな?」
「───────────」

 意表を突かれた顔をするクロノ。それから、楽しそうに笑った。

「それはいいな。でも、僕は弁当を作れないから翠屋でなにか持ち帰りしてこようかな。サンドイッチでも買ってくれば十分それらしくなる」
「なら、水筒の中身もウチのお茶にしようか」
「それがいい」

 思いつくままに、休日の予定を語り合う。実際に都合の合う休暇が取れるのは先のことだろう。都合のいい休暇が取れても実際に来るかどうかもわからない。そんな遠い休日の予定を考えるのが随分と楽しかった。
 なら、まずは次の休日をどう過ごすか考えておくか。
 クロノ・ハラオウン執務官の次の休日は十日後の予定である。その時、彼がどんな休日を過ごしたかはまた別の話である。













 おまけ

 アースラの食堂。そこでエイミィはクロノにフェイトにアルフ、リンディと共に昼食を取りながら談笑をしていた。

「そうだ。クロノ君。今度のお休み皆で買い物行くんだけど付き合ってよ。どうせ暇しているでしょ?」

 この言葉でクロノが断ったことはない。だから当然頷くものだと思っていた。

「いやすまないが、その日は予定がある」

 なので。その言葉に凍りつかされた。

「な、なななんですとっ!?いま、いまなんと言ったぁ!?」
「いや、だから予定があると……」
「勉強とか!?トレーニングとか!?そんな理由なら受け付けないよ!!」
「いや違うが」

 今度は石化する。誰かミストルティンでも放ったのかとクロノは周りを見る。術者は見当たらなかったが、慌てた家族の姿があった。

「医療班!クロノ執務官に異常が!至急、食堂に!」
「クロノ、何かあったの?はやてに弱みでも握られた?」
「小粒坊主、肉やるから正気に戻れっ!!」
「君達はどんな目で僕を見ているんだ…………」

 その後、この驚きは何故かアースラ全体に伝わり、結構な騒ぎにクロノは頭を抱えた。しょうがないので予定をキャンセルしてエイミィ達の買い物に付き合う事になるがそれはまた別の話である。また、その予定がなんだったかは語られることの無い歴史の闇なので想像にお任せする。
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