リリカルなのは SS

                      続・十四歳の春

 「先に失礼します」

 アースラの食堂で、クロノらと食事を取っていたフェイトが立ち上がる。まだ他の面子は食事を取り終えていないと言うのに実にそっけない。
その後姿にクロノはため息をつく。食事中、フェイトはクロノの事を一回も見なかったし、話しかけても「はい」とか「いいえ」とか極めて短い返事しかしなかった。

「なあ、僕は何かしたかな?」
「しんない」

 エイミィもそっけなく言う。どーしてこの兄馬鹿はあの恥ずかしそうな態度に気が付かないかなー、と呆れながら。
 そんな視線にも気づかず、クロノは情けない顔で額を押さえて項垂れていた。







 フェイトの態度が変わったのは、彼女を元気付けるために買い物に誘った翌日からだった。
 仕事から戻ってきたクロノがリビングにいたフェイトに声をかけると、背後からの攻撃に対応するかのような勢いで飛び退り、口をぱくぱくさせながら部屋に逃げていった。お帰りの挨拶もなくそんな反応をしたフェイトにクロノは間の抜けた顔で固まった。
 それ以降、フェイトの態度はそっけない。明らかにクロノを避けている。こっちの顔も見たくないのか、正面で向き合うとすぐに俯くか後ろに振り返って足早に去っていく。時折視線を感じて、振り向くとすぐにつん、と顔を逸らすという壮大な避けっぷりだ。ちなみにこれは彼の主観であり、真実は別のところにある。
 買い物の時、何か気に触ることをしただろうか。彼の見る限り、フェイトは楽しんでくれていたと思うが、その翌日からあんな態度を取られては何かしてしまったかと思うのも仕方が無いだろう。
 フェイトの心配をして、買い物に出かけるよう助言したエイミィは今回は何故か手を貸そうとはしなかった。頼りになると思っていた相手に相談できずクロノは途方にくれた。しかし、それでも彼はフェイトの態度の理由を知ろうと情報を集めようと躍起になるのだった。







「そんな訳で、君に相談しに来たんだが」
「休日にわざわざ来た理由がそれかい」
「……何か不機嫌そうだな?」
「そんなことあらへんも〜ん」

 休日。クロノは八神家に訪れていた。無論、フェイトのことを友人であるはやてに相談するためだ。しかし、家に上げてくれた時は機嫌がよさそうだったのにフェイトの事になったら唇を立てて、ジト目で睨んできた。
 なんかエイミィみたいにそっけない態度だ。何故だろう?

「でも、そんなにフェイトちゃんの態度変わったんか」
「ああ。そっけないし、いつも距離を取ろうとする」
「具体的にはなんかある?」

 クロノが座っているソファーの視線をやる。なくなってしまったものを探すような懐かしむような顔だった。

「隣でテレビを見なくなった」
「は?」
「隣でテレビを見なくなった。フェイトはテレビを見る時、僕の隣に座って、身体を傾けてそのまま僕の膝の上で寝てしまうような子だった。僕はそんなフェイトをベッドまで抱かかえて運んであげたんだ」
「そないなことしてたんか、あんたら」

 一歩間違えなくてもエロイ雰囲気の兄妹だった。というかそんな話を懐かしい思い出を語るように言われても困る。

「ともかくだ。僕としては今の状況をなんとかしたいからこうして君に相談にし来たんだが、何か知らないか?なんでもいいから教えてくれ」
「う、う〜ん……」

 はやてが腕を組む。クロノは真剣だ。何も教えないのは悪いと思うが、だからといって「あなたの妹はあなたの事が好きなんじゃないかと言われて動揺してるんです」などと正直に話すことは色々と出来ない。
 なので、核心には触れないように話すことにした。その方が、都合がよさそうだし面白そうだし。
 はやては実に沈痛そうな顔をして、語りだした。演技指導はシャマルだ。芸は身を助けるというが本当なのだと実感した。

「実はな、フェイトちゃんには悩みがあるんや」
「悩み?」

 言われてクロノは気づく。買い物に誘ったのはフェイトを元気付けるためだったが、結局沈んでいた理由がなんだったのかは聞かなかった。元気になった姿と言う目先に眼を奪われ、その根本を忘れるとは何たる失態。

「それで、フェイトの悩みとは?」
「……フェイトちゃんな、学校ではモテモテさんなんや」
「………モテモテ?」
「男子校の男の子に告白されてるんや。それもぎょーさん」
「なーーーーーーっ!?」

 クロノが眼を見開いて立ち上がる。なのはの砲撃魔法を背後から喰らってもこうも驚かないだろうというくらいの驚愕っぷりだった。

「そ、それは本当かっ!?」

 はやての肩を掴んで、顔を寄せながら言う。はやてはかなり近い距離にあるクロノの顔に狼狽する。

「ク、クロノ君、落ち着いて落ち着いて」
「あ、ああ。すまない……」

 お互い、胸をドキドキさせる。理由は全く異なるが。

「そ、それでどうなったんだ」
「告白自体は断っとる。まあ、フェイトちゃん優しいからそれで悪いことをしたと思って落ち込んでたみたいやけど」
「そうだったのか………」

 しかしそんなことになっていたとは。フェイトは確かに魅力的な娘だ。そういうことになっても何もおかしく無いのに全く気が付かないとは。彼女の事を見ているようで全く見ていない自分に腹が立つ。
 フェイトの態度が変わった理由はそれだろうか。しかし、少し考えると告白を断ることと自分に対する態度が変わることにあまり因果関係があるようには見えない。告白を断る事があったのは以前にもあったらしい事からもそれは窺えた。だとすれば、他に何か要因があるのだろうか。

「………はやて。最近、フェイトに何かなかったか?」

 う、と呻きそうになるのを何とか堪える。なんでこう、この男は余計なことには鋭いのだろうか。肝心なことには鈍い癖して。
 しょうがないのではやては、またも表情を作りながら視線を逸らして核心に触れずに真相を話した。

「………好きな人でも出来たんちゃうん?」

 はやての話している事は、先ほどの話しに繋がっているようで全く繋がっていない。何故ならその相手は学校での出来事とは関係の無い人物なのだから。
 そんな事情を知らないクロノは。

「な……なんだってーーーーーーーっ!!!」

 一人でM○Rのメンバー全員を代役できるくらい驚いた。『どういうことだよ、はやて!!』という展開に繋がらないのが惜しいくらいだ。

「クロノ君、近所迷惑」
「それについては後で詫びるが、その前に相手が誰だか教えてくれ!!」
「知らへんよ。これ、私の推測やし」

 殆ど嘘に近いが嘘ではない。例え、その推測が絶対だと確信していてもフェイトの口からそうだとは聞いていないのだから。

「そ、そうか………………、騒がして悪かった」

 よほどショックだったのか、クロノはそう言った後、すぐにとぼとぼと八神家を去っていった。その余りに憔悴した姿に悪いとは思ったが致し方ない。

「敵に塩送れるほど、余裕無いからね」

 敵は強大だ。これからの事を考え、その大変さを思ってはやては困ったように笑った。







「フェイトに好きな相手が出来たそうなんだが、知らないか?」

 クロノの言葉になのはが笑顔と動作を凍りつかせる。その拍子に渡そうとしたお茶がこぼれ、少しクロノにかかる。

「熱っ!」
「あ、ご、ごめんクロノ君!」

 慌てて、なのはが布巾でかかった場所を拭こうとする。するとかかった所を押さえようとしたクロノの手が重なった。
 途端、お互い思わず手を引いた。おそるおそる相手を見ると恥ずかしそうな視線がぶつかり、思わず視線を逸らした。
 『もっと盛大にかかっちまえばよかったのに!!』と、誰かが思った。

「……それで知らないか?」

 高町家のリビングでクロノが真剣な表情で尋ねた。
 八神家を去ったクロノは憔悴した精神を今まで鍛え上げた精神で無理やり経ち直させるとそのまま直通で高町家に訪れていた。無論、はやてから聞いた言葉を確かめるためだ。その相手に選ばれたのが、フェイトのもう一人の友人であるなのはと言うわけだ。誰か止めろこの馬鹿兄貴。

「ど、どうしてそんな事聞くのかな?」

 クロノは最近、急にフェイトの態度がそっけなくなった事、その事をはやてに相談して、聞いた事を事細かに話した。ちょっと羨ましいな、とかそんなことしてたんだー、と負の感情を宿しながら話を聞き、はやてが最後の最後で肝心のところをはぐらかしてそのシワ寄せが自分のところに来た事を知った。

(はやてちゃんの馬鹿―!!)

 内心でこんな状況を作ったはやてに対する恨み言を叫ぶ。無論、その声ははやてにも目の前の相手にも届かない。

「それで、何か知らないか」

 身を乗り出しながらもう一度、同じセリフで尋ねる。質問の内容と少し近くなったクロノの顔の両方に気が動転する。

「え、え〜と………」

 その余りに真剣な眼を逸らすことも出来ず、なのはは口ごもる。

「もう、君だけが頼りなんだ」

 状況ともう少しセリフが違えば、プロポーズかと思わせるほどの勢いだ。こんな状況じゃなきゃ素直に喜べるのに。
 本当のことを話せば楽になれるだろうが、そういう訳にもいかない。なのははパンクしそうな頭でなんとか考え続ける。

(フェ、フェイトちゃんの好きな人の話でその人の話でクロノ君が困ってフェイトちゃんも困っててそもそもどうしてそんなことにな─────────)

 そこで一筋の光を見つける。それに全てをかけてなのはは言った。

「フェ、フェイトちゃんの好きな人のことは知らないけど………」
「けど?」
「この間、アリサちゃんとどんな人が好きなのか話してたよ」
「それは?」
「優しくて頼りがいがあって物静かで年上の男、って言ってたよ」
「優しくて頼りがいがあって物静かで年上の男………」
「だ、だから学校の人じゃないんじゃないかな〜……」
「……となると、管理局の人間か」

 だとすると、自分も知っている人間かもしれない。ならば、手の打ちようがあるかもしれない。何をするつもりなのかと言われればわからないが。そもそもこの男は何をどうしたいだろうか。誰か言ってやってくれ。

「ありがとう、なのは。やはり、君は頼りになる」
「そ、そんなことないよ」

 クロノがなのはの手を両手で握りながら言う。その手の感触になのはは顔を赤らめながら、離そうとせずに握り返した。
 なんだかちょっとピンク色の雰囲気になる。第三者が見ればなにかホワホワしたものが浮いていたかもしれない。
 最も、それは隣で話を聞いていた第三者である恭也が咳払いをして中に入っていくまでの短い間だったが。







「はぁ………」

 フェイトは湯船に身を沈めながらため息をついた。それは自己嫌悪から出たものだ。
あの日以来、クロノとまともに接することが出来なくなった。ほとんど反射的にクロノを避けるような行動をしてしまう。後になって、あんな態度は無いだろうと後悔と共に頭を抱えた。
 それでも、クロノと恋人同士に見られた、という事実がフェイトを縛り付ける。それまで兄と思っていた彼を異性として見てしまう。
 思えば、クロノは自分がまともに接した初めての異性だ。親身になって自分の弁護を引き受け、初めて自分より高い実力を示した魔導師の少年。それがクロノだった。その印象深さから知らず知らず彼を基準に他の異性を比べていたかもしれない。
 そんな彼の事を家族になった身近さから気づかなかったが、異性として意識してから、アリサの言葉を借りるならようやく『いい男』なのだと気づいた。端正な顔立ち、真面目で優しく、身も心も強い。鈍いところや冗談が通じないと欠点もあるが些細なことだろう。
 それでもフェイトは思う。果たして、自分はクロノの事をどう思っているのか。兄としてなのか異性としてなのか。そもそも、この気持ちの出所はどこにあるのか。単に、恋人同士に見られた事にやる恥ずかしさなのかそれとも………。

「あがろう………」

 随分と長湯してしまった。頭がお湯を吸った髪以外の何かに重くなっていた。
 タオルを取って、気だるく身体を拭いていると廊下から話し声が聞こえた。

『ただいま』

 クロノの声だった。思わず、身体を拭いていた手が止まった。

『お帰り、遅かったわね』
『ああ、ちょっと……。フェイトは?』
『今お風呂だけど。どうかした?』
『いや、まあ……、とりあえず僕は部屋に戻ります。最後でいいから風呂が開いたら呼んでください』

 廊下から足音が聞こえる。クロノの部屋と浴室は通り道ではないが、曲がり角まではこっちに近づいてくる。
 足音が少しだけ近づいて、再び遠ざかるとフェイトは止めていた息を大きく吐いた。それから、自分は何をしているのだろうと思う。

「もう、寝よう……」

 まだしっかり身体と髪を拭いていないまま寝巻きを着込む。それから、クロノと鉢合わせにならないよう、素早く自分の部屋に入る。気だるい動きのまま、ベッドに倒れこむ。

「いつまで続くんだろうな………」

 早く、普通にクロノと話せるようになりたかった。眠って明日になったら何か変わってくれればいい。フェイトは祈るように眼を閉じて眠った。
 次の日。しっかり身体と髪を拭かなかったフェイトは風邪を引いた。





「三十八度二分。間違いなく、風邪ね」
「う〜………」

 体温計を見たリンディが告げる。その言葉と症状にフェイトがうなされる。

「今日は学校はお休みね。もちろん、管理局のお仕事も」
「うん………」
「それじゃ、私は仕事に行くけど本当に大丈夫?なんならお休みしてもいいのだけれど」
「い、いいよ……。そんなに子供じゃないよ………」
「まだまだ子供よ、あなたは。そして私の可愛い子供」

 リンディがフェイトを撫でる。フェイトはくすぐったそうに眼を細めた。

「行ってくるわね。お昼は、用意してあるから温めて食べて」
「……あの、クロノは?」
「もう出たわ。あなたの事を聞いたら後のことは任せます、って言ってさっさと行っちゃったわ。まだ時間が早かったのにどうしたのかしらね?」

 そういうリンディの顔は何故かおかしそうだった。

「そう、なんだ………」

 自分の事が気にならなかったのだろうか。それとも自分の態度に気を使ったのだろうか。もしかしたら愛想を尽かせたのかもしれない。
 熱で思考を奪われたフェイトは暗い方向にしか物事を考えられなかった。
 もう一度、いってきますと言ってリンディが部屋を出る。フェイトはそれを見送ると起こしていた上体を横たえた。それから寝ているのか起きているのかわからない時間を過ごす。
 気が付けばお昼の時間を回っていた。フェイトは緩慢な動きで起き上がるとキッチンに向かう。用意してあった食事を暖め直して食べる。量は少なめだったのでなんとか全部食べられた。
 部屋に戻ろうとリビングを通ろうとしてフェイトは足を止めた。広いリビングには自分一人だけしかおらず、対象を家の中に広げてもフェイトしかいなかった。
 今、ハラオウン家にはフェイト一人しかいない。仕事を休もうと言ったリンディを止めてさっき送り出した。フェイトの熱に気がついたアルフは残りたがっていたが、任務のため本局に行っている。そして、クロノは顔も出さず仕事に向かった。
 なんだか急に寂しくなった。振り払うように部屋に戻って再び眠りにつく。その間、今日はまだ顔を見ていないクロノの事を考えた。なんだか長くその顔を見ていないような錯覚に陥り、いつもの優しい彼の顔を見たいと無性に思った。なんて贅沢だろう。あれだけ避けていたのに、少し姿を見なかっただけでそう思うなんて。







 フェイトは部屋に響いたノックの音で意識を目覚めさせた。
 誰だろうと熱の残る頭で考える。ノックに対する返事はしなかった。緩慢な今の頭ではそこまで気が回らなかった。やがて、躊躇いがちに扉が開いた。
 そこには思っても見なかった人物がいた。

「くろの………?」
「ああ、ただいま」

 そこにはクロノの姿があった。身を起こして時計を確認する。まだ五時を少し回った頃だ。艦長として多忙を極めている彼が帰ってくるにはまだ早すぎた。

「クロノ、仕事は………?」
「片付けて戻ってきた」
「戻ってきた、って………」

 この日、いつもより一時間以上早く出勤したクロノ艦長の働きっぷりは凄まじかった。朝食も取らずにやってきた彼はそのままノンストップで働き続け、昼食も部下に命じてサンドイッチを持って来させて秒殺した。そうしてもうやることがないという状況を作るとクロノは高々と早退を宣言した。余りの事に唖然とするスタッフ。いち早く正気を取り戻した管制指令は怒号を上げたが残念ながら艦長には届かなかった。後日、このことを知ったフェイトはスタッフに謝り倒した。

「熱は下がったか?」
「あ、うん。大丈夫だと思う」
「どれどれ」

 クロノがフェイトの額に手を当てる。大きくて温かい手だ。その心地よさにフェイトは眼を細めた。

「うん、大分下がったみたいだな」

 クロノの手が離れる。残った手の平の感触に名残惜しさを感じた。

「氷嚢を変えよう。他にも何かあったら言ってくれ」
「大丈夫………」

 もう解けきった氷嚢を持って、クロノがリビングに向かう。その背にフェイトが声をかける。

「くろの」

 舌足らずな声で呼ぶと、クロノが振り返った。

「ありがとう」

 熱のせいだろうか、あれだけ避けていたクロノに素直な言葉が言えた。クロノは少し驚いた顔をしたが、すぐに微笑んだ。
 それからクロノはフェイトの看病を続けた。頭に載せるタオルを交換したり、時折話しかけてくるフェイトの話し相手をした。話の話題は最近のことばかりだったがお互いその時何をしていたかを知らないほど距離が開いていたのだ。その時間を埋めるように会話を重ねる。
 リンディとアルフが帰ってくると、もう帰ってきているクロノの姿に驚いた。自分と同じ反応をする母と使い魔をフェイトはおかしそうに見た。
 それから皆、フェイトの部屋で揃って時間を過ごした。フェイトの部屋で皆揃ってフェイトに会わせてお粥を食べた。食事が終わると交代でフェイトの看病をした。
 看病当番が三周したくらいだろうか。そうしているうちに、再び眠気がやってきた。重いまぶたに引きずられるように思考も鈍くなってくる。

「眠いのか?」
「うん………」

 今の看病番はクロノだった。生返事に近い言葉に苦笑する。

「なら、早く眠ったほうがいいな。この調子なら明日には熱は下がりそうだし」
「うん…………」

 クロノが頭を撫でる。睡魔に襲われている自分にはその手の平は心地よすぎた。その心地よさに包まれるようにフェイトはまた眠りに着いた。






 フェイトは夢を見た。はっきりとは覚えていないがとても温かい夢だった。誰かが隣にいてくれる夢だった。繋いだ手の暖かさに胸が高鳴り、温もりと穏やかさに包まれた。
 もし、その手がずっと繋がれるのならば、それはとても幸福なことだろうと思った。



 薄っすらと眼を開く。見上げた天井はまだ薄暗かった。何度も眠ったせいだろう。まだ夜が開けきっていない半端な時間に起きてしまったようだ。

「起きたのか?」

 その声を理解するまでに三秒ほど有してからフェイトは首を回した。見上げると眠った時、側にいたクロノがそのままそこにいた。

「ク、クロノ!?なんで………!?」

 ガバッ、と身を起こす。クロノは若干眠たそうな顔で言った。

「僕も君が眠ったら、出て行こうとしたのだけれどね」

 苦い笑いを浮かべながらクロノは下を指差した。その指先を追うと自分の手があった。その手はクロノの服の裾を掴んでいた。

「あっ!?」

 慌てて、その手を離す。その様子をクロノが微笑ましく見る。非常に恥ずかしかった。

「ご、ごめんなさい………」
「いいさ。このくらい」

 このくらい、というが時計を確認すると四時を回ったところだった。もう数時間もすれば出勤時間である。ほとんど貫徹に近かった。

「ごめん、クロノ………」

 もう一度、謝るフェイト。その頭にぽんとクロノの手の平が乗せられる。顔を上げるフェイトにクロノが優しい顔で同じ言葉を言った。

「いいさ。このくらい」

 その言葉に、フェイトは自分の中で何かが高鳴ったのを感じた。それを確かめるようにフェイトはクロノの手を自分の頬に当てて握り締めた。暖かな感触と感情を感じる。
 それはさっき見ていた夢と同じ手の平だった。

「うん………」

 眼を瞑り、噛み締めるように呟く。その様子にクロノは少し戸惑ったがフェイトの好きにさせてやった。
 その日、フェイトは病み上がりにも関わらず、元気に登校し、出勤したクロノは居眠りをしているところをエイミィに落書きされた。







 それから幾日後、フェイトはまた男子生徒から告白を受けた。

「ごめんなさい」

 以前と同じように、誠意を持って断る。けれど、今度からはそれに続く言葉が付けられるようになった。

「私、好きな人がいるんです」

 私立聖祥大学付属中学校二年生兼時空管理局執務官フェイト・T・ハラオウン。十四歳の春の行方は如何に。








 ところで一方。

「なあ、ザフィーラ。フェイトと何かなかったか?」
「どうしたのだ、ハラオウン」

 馬鹿兄は止まらなかった。
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