リリカルなのは SS

                     思い出を君に

 夏の匂いを感じさせる初夏の頃。なのは達はもうすぐ夏休みで色々と計画を立てており、とくにフェイトやはやては初の夏休みと言うことで期待を膨らませている。そんな時期でもクロノ・ハラオウン執務官はいつも通り多忙な日々を送っていた。

「そういえばもうそろそろだよねぇ」

 そんな折、仕事の手を休めていたエイミィがぽつりとそう言った。

「何がだ?」

 何の話かわからず興味もないようで、クロノは書類を整理する手を休めない。それを見て、エイミィは呆れながら言った。

「ほんとにわからないのぉ?」
「主語を抜かれて話されてもわかるはずも無いだろう」
「やれやれ……。ならヒント一。去年の今頃の事覚えてる?」

 言われて思い返す。去年の今頃と言うとフェイトの裁判の真っ最中の頃だ。あの頃はまだリンディがフェイトに養子の話を持ちかけた頃で、兄妹にはなっていない。裁判の判決の直前までその話を聞かされておらず、なんでその話を今までしなかったのかとリンディに聞くと『その方が驚くと思って』と思惑通りの反応をしてしまった事が思い出された。
 それはともかくとして、去年の今頃はそれなりに忙しかった。その中で確かに何かがあった気がする。が、それがなんなのかまでは思い至らない
 首を捻って考えるクロノを見かねてエイミィが次のヒントを出す。

「じゃあ、ヒント二。フェイトちゃんとアルフ」

 フェイトとアルフ。今では家族となった少女とその使い魔。その二人のために奔走した去年の今頃。そういえば、あれも初夏の頃だったような気が─────。

「……………」

 そこまで聞いてクロノはようやくエイミィの言う『そろそろ』が何なのか気が付いた。気が付いて砲撃魔法直撃並の衝撃を受け、思わず整理し終わった書類を床に落としてぶちまけた。

「よーやくわかったみたいだね。そろそろだよね、フェイトちゃんとアルフの契約記念日」

 夏の匂いを感じさせる初夏の頃。夏休みより先に二人に出会ってから二回目の契約記念日が間近に迫っていた。









 さて、家族となった少女と使い魔の記念日の事が全く頭に浮かばなかった義兄が思いのほか落ち込んで、その事を気付かせた部下が珍しくその義兄を励ましたりもしたが、ともかく記念日は間近に迫っていた。
 急いでなのはに確認したところ、彼女は重々承知。はやてやアリサ、すずかと言った友人達もなのはからその事を聞いているらしく、既に記念日の計画を立てているらしい。ヴォルケンリッターの面々もはやてから聞いていたらしく、こちらも準備済み。リンディに至っては既にその日を家族全員休暇の申請をしていた。あの人がそう申請したのだから通らないものも通ることになるだろう。ユーノですら、何を送ろうか迷っている最中だったらしく、一人そのことに思い至っていなかった事実にクロノはまた凹んだ。
 それはともかくとして契約記念日である。去年は聞かされておらず、何も用意していなかったが今年は事情が違う。その事を知っているし、何より家族の記念日だ。何もしないわけにはいかない。義兄の少年はフル回転させて、妹と使い魔への贈り物を考えるのだった。







「君達、何か欲しい物はないか?」

 そうして出た結論は本人達から直接聞くというものだった。いくら、当の二人がもう周りから記念日に祝い事をすると聞かされているとは言え、身も蓋も無い結論だった。
 問われた使い魔は実に単純明快に答える。

「肉!」
「いや、君。こんな時くらい食べ物から離れられないのか?」
「ん〜、じゃあ戦隊物のDVD」
「…………それでいいのか」

 何故?という疑問をなんとか飲み込んでおいた。本人が欲しいと言っているのだから、ケチをつけずご要望に答えることにした。なんなら他に何か買っておく事にしよう。
 一方の使い魔の主人は、控えめな笑顔と同じように控えめに言った。

「なんでもいいよ。クロノがくれるものなら」

 言われてクロノは内心で唸った。フェイトは謙虚な子だ。物欲にも乏しいのでアレが欲しいコレが欲しいというような子ではない。半ば予想した答えとはいえその通りに言われると対応に困った。

「まあ、わかった。何か考えておくよ」

 そう言ってクロノはフェイトの部屋を出て、自室に戻った。ドアを閉めた途端、盛大にため息をついた。

「どうしたものか………」

 フェイトにああは言ったが何を送ればいいのか検討がつかなかった。なんでもいい、そうは言ったフェイトだったがその目にある微かな期待をクロノは見逃さなかった。
 そもそも自分は何かを送ったり送られたりと言う事が余り無い。自分の誕生日はエイミィからからかい半分のプレゼントやら師匠のリーゼ姉妹からは『スペシャルハードコース』なる特別授業などろくでもなかった事が多い気がする。最近で言うとはやての誕生日があったが…………………まあ、思い出さないほうが身のためだ。ともかく大した事は出来なかった。

「…………」

 クロノが一枚のカードを手に取る。それはクロノが常に持ち歩いている物だ。
 S2U。両親がクロノのために設計したストレージデバイス。贈り物と言うには無骨すぎる品かもしれないが、それは確かに彼にとって贈り物であった。
 もう使い始めて十年は経っている。少々型遅れが目立ち始めているがクロノはこの贈り物を手放す気はなく、最新式のデバイスに遅れを取らない様に調整を繰り返している。言葉にすれば簡単だが、それは並の努力で培えるものではない。ただでさえ、過酷だった修行の合間に師に強請って貰った教本を読みふけりほぼ独学で知識を、度重なる試行錯誤で技術を身につけた。見るものが見ればそれは執念に等しかったかもしれない。
 クロノはしばしS2Uを眺める。父親の姿は脳裏に微かに残るのみで写真の中にしかはっきりと残っていない。手の中にあるこのデバイスが、今となっては父親が残した唯一の形ある思い出だった。

「………思い出、か」

 それである事を思いついた。クロノがカレンダーに目をやる。契約記念日まであと四日。思いつきだがやってみる価値はあるかもしれない。時間は無いがなんとか間に合うだろう。
 クロノがノートやら工具箱やら必要なものを引っ張り出す。整頓されつくした部屋の一角が箱の中をぶちまけたように散らかった。
 まずは必要な知識を掘り起こす。次に設計を考え、製作に移行する。久しぶりの作業で手間取りそうだが物自体はそれほど複雑ではない。なんとかなるだろう。
 その日、クロノの部屋の明かりは空が白むまで消えることは無かった。








「ふあ………」
「眠そうだね、クロノ」

 アースラの食堂でクロノが珍しく大きな欠伸をして、しまりの無い顔をした。その珍しい光景にフェイトが尋ねると、その締りのない顔のままクロノが答える。

「ああ、ここ三日ほどあまり寝ていなくてね。少しつらい」
「駄目だよ、クロノ。しっかり寝ないと」

 フェイトの言葉にクロノは苦笑する。どうもこの春から義妹になった少女は事あるごとに自分の身体を心配する。それに嬉しさからくるむず痒さを覚えながら、クロノは答えた。

「すまない、ちょっと時間が無くてどうしても夜遅くまでやらないといけないことがあってね。でも安心してくれ。それも今日までだから」
「そう、ならいいけど………」

 そう言われてフェイトはそのまま押し黙った。出来るなら今日も夜更かしをやめて欲しそうな顔をしていたが、そこまで言う事に躊躇いを覚えて留まっているようだ。コーヒーを口に運びながらクロノは嘆息する。

(やれやれ………)

 その顔を見てクロノはコーヒーとは違う苦みを味わう。いくらフェイトを喜ばせるための作業とはいえ、そんな顔をされると罪悪感が沸いてくる。はたして自分の贈り物はこの顔を帳消しにする事が出来るだろうか。
 クロノが食堂にある時計に目をやる。そこには日付も表示されており、その時計に表示された日付は契約記念日の前日を示していた。







 契約記念日当日。フェイトとアルフを祝うパーティーは盛大に行われた。どれくらい盛大かと言うと、自宅であるハラオウン家のマンションに関係者各位とその家族を集合させた上に、仕事と言うより部屋の規模から来ることの出来なかったスタッフはアースラを第二会場として宴会を開いているほどだ。アースラの様子は中継を繋いでマンションのモニターに映し出していた。向こうの司会進行役はランディとアレックス。なんだか実に生き生きした様子で実況してくれており、馬鹿な宴会芸を止めないでひたすら煽っていた。
 もっともバカ騒ぎならこちらも負けていない。酔った桃子、リンディ、レティが即席グループを作って握ったマイクを離さない。エイミィやら士郎やらは惜しみない拍手を送り、アンコールを続けている。
 視線をどこに向けても騒がしくないところはない。リビングのテレビではアルフがご所望した戦隊物のDVDが上映されている。貰った本人でありその頭にはクロノからのもう一つの贈り物であるカウボーイハットを被った(昼にやってた西部劇を見て欲しがっていた)アルフの他にはヴィータにアリサ、何故かザフィーラも一緒になって画面に見入っていた。その画面から『地獄の番犬!!』というフレーズが響いてきた。
 シャマルは甲斐甲斐しくはやての世話をしていたがはやてが仲良しグループの方に招かれてそちらに行くと年長者組みの方に向かい、マイクを離さない三人組に割り込んだ。私にも歌わせろと言う事なのかと思ったらグループはトリオからカルテットに変わり、一層騒がしくなった。
 恭也は忍とある意味いつも通りイチャついているし、ノエルとファリンのメイド姉妹は、この場でも職務を全うしてせっせっと給仕し、ユーノは美由希になすがままにされている。彼はいい加減フェレットモードになるよう頼まれた時に断る言い訳を考えるべきだ。酔っ払わせられて言うこと聞かされている間は無理だろうが。
 そしてフェイトはなのは達と食事をしながら贈られたプレゼントを一つ一つ吟味していた。どれを取ってもフェイトは嬉しそうに顔を綻ばせていた。
 その様子をクロノは騒ぎから離れた場所から眺めていた。

「皆楽しそうですね、クロノ執務官」

 その隣にシグナムがやってきた。彼女も他の年長者達のように飲んでいるらしくその頬に赤みがさしていた。

「そうだな。騒がしすぎるくらいだ」
「こういう雰囲気は苦手ですか?」
「苦手と言うより慣れていないな。去年の記念日より騒がしい。熱気で言うなら花見の時より凄い」
「わかります」

 クロノとシグナムは立場上話をする機会が多かった。クロノが執務官として八神家の面々に話を通す時、守護騎士の将でありまとめ役であるシグナムに話を通すことが多いからだ。また、お互い生真面目な性格で互いを尊重しあっている事から話があう相手だった。

「ところでクロノ執務官。テスタロッサへの贈り物はどうしました?」

 ふとシグナムが尋ねる。彼女が見る限りクロノはまだフェイトに贈り物を渡していなかった。

「ちょっとタイミングを逃してね。今は楽しそうにしているから後でもいいかと思って」
「それだけですか?」

 フェイトを見るクロノに躊躇いのようなものがあった事をシグナムは見落とさなかった。苦笑しながら答える。

「まあ、ちょっと贈り物に自信が無い事もあるな。喜んでもらえるかどうかわからない」
「あなたの妹の事でしょう?」
「出会ってまで一年と数ヶ月のね。義妹になったのはもっと短い。知らない事はまだまだあるさ」
「………そうですね。確かに主はやての誕生日にあなたがあのような立ち振る舞いをするような人だとは」
「それは言わないでくれ………」

 顔をゆがめるクロノ。だが、その言葉に考えさせられるものはあった。フェイトやなのはと出会って一年と数ヶ月、はやて達とは半年を過ぎたくらいだ。シグナムに言った通り、まだまだ皆知らない部分がある。それでも、彼女達に対する信頼に一片の疑いがないのだから人の関係とは不思議である。
 はやて達が以前と同じ生活が出来るように奔走したクロノだが、その事で彼女達からそれなりには信頼されているとは思っている。だが、はやて達もクロノの事を全部知っている訳ではない。そう、知られたくない事をクロノは抱えていた。

「…………」
「クロノ執務官?」

 声をかけられて、顔を上げる。どうやら深刻な顔をしてしまったようだ。不審に思われないよう、翠屋の手伝いで身につけた笑みで言った。

「まあ、とにかく急ぐことも無い。贈り物はしっかり渡すさ」

 そう言ってクロノはジュースの入ったグラスを口につけた。










 永遠に続くかと思われた宴会も一部を除いて終わりを告げていた。あっちこっちで寝息が立っているし、意識のあるものは片付けを手伝っている。モニターに映ったアースラもほとんどのスタッフが突っ伏している。明日の最初の仕事は宴会の片付けからだろう。変わっていないのは奥様カルテット(一名未婚)だけだ。いつまで歌う気なのだろうか?
 片付けを手伝おうかと思ったクロノだが日付が変わるまでそう時間がない事に気が付くと、フェイトの姿を探した。いくら後で渡すといってもさすがに日付が変わる前に渡さないとその日の祝いにならない。
 寝入っている年少グループの中にその姿が無いことを確認すると、クロノはベランダに向かった。半分開かれた窓。そこから吹き込んできた風にカーテンが靡いていた。

「フェイト」

 フェイトはベランダで空を見上げていた。何に想いを馳せているのかクロノにはわからない。本当にまだわかっていない事は多い。横に並んで同じように視線をやってもフェイトが何を見ているのかはわからなかった。

「今日は楽しかったか?」

 当たり障りの無い言葉で尋ねる。フェイトの穏やかな顔を見ているとそれくらいしか何を聞いていいのかわからなかった。

「うん、すごく」

 フェイトは顔をクロノに向けると微笑んで答えた。曇りの無い笑顔。そうできるようになったフェイトを見てクロノは何度も形容しがたい喜びに負われた。

「すごく楽しかった、けど」
「………フェイト?」

 フェイトが顔を俯かせて、少し寂しげに笑う。

「なのはやクロノ達と出会ってから、なんだか時間が早く進んでる気がする」
「………そうだな」

 義妹となった少女と出会って一年と数ヶ月。まだ一年と言う気もするしもう一年以上と言う気もする。その一年で今までにないくらい色々なことがあった気がする。

「だからかな。凄く楽しくて、でも凄く早く時間が過ぎて」
「…………」
「なんだかしっかり思い出が残せるか不安かな」

 その言葉にクロノは少し胸を痛めた。フェイトは身体的には十歳だが、実際に過ごしてきた年月はそれより短い。その短い年月の中で自分たちと過ごしてきた年月はなお短い。今ある時間がずっと続くものだと思うにはまだ時間が足りないのかもしれない。
 しかし、フェイトの言葉に贈り物に少し自信が出来た。

「……なら、丁度良かったかもしれないな。いや逆に少し遅かったかもな」
「え?」
「フェイト」

 クロノがフェイトに一枚のカードを差し出す。

「契約記念日おめでとう」

 フェイトは手渡されたカードをまじまじと見る。そのカードには見覚えがあった。

「S2U………?」

 呟きながらフェイトはそうではないと理解していた。S2Uは黒を基調したカードで今手にしているカードもそれは同じである。しかし、このカードは所々を金色で縁取っている。

「これ、デバイス?」
「ああ。と言っても戦闘用じゃないぞ。君にはもう既に相棒がいる。それを押し退けてまで他のデバイスを使わせる気はないさ」
「じゃあこれは………?」
「高性能記憶媒介M2U。まあ、カメラやビデオや録音機能が詰まっていると思ってくれていい」

 そこでクロノは言葉を切って、贈り物の意味を告げた。

「Memories To You。……………思い出を君に。君の思い出がその中に残ってくれればと思って作った」
「──────────」
「………まあ、なんだ。どうせなら最初に渡して皆の写真でも残せればよかったんだが………渡すタイミングを間違え」

 クロノの言葉が途切れる。フェイトがその身体をクロノに預けたからだ。

「フェ、イト?」

 ひどく焦ったが、自分の胸に顔を埋めたフェイトの肩が少し震えているのを見ると、クロノは遠慮がちに、その肩を抱いた。こんな時くらい甘えさせないで兄が務まるものか。そう念じて逸る動悸を抑えた。

「ありがとう、クロノ」
「あ、ああ」

 そんな返事しか出来ずクロノが困っていると、フェイトが不意に顔を上げた。お互いとても顔が近い位置にある事に驚いたが、それを隠すようにそのままの距離ではにかみながらフェイトが言った。

「ね、クロノ。写真取ろう」
「写真?」
「うん、M2Uで。誰かに取って貰わないといけないね」
「あー、いや。一人でも撮れる機能はつけておいたから大丈夫だが」

 そういえば説明書は作っていなかった。それを後日作らないとと思いながらクロノがフェイトに操作方法を教える。言われた通りにやると宙に浮いたカードのすぐ上にモニターが表示される。そこにレンズに映った被写体が映し出されていた。フェイトが高さの調節を二度ほどしてからクロノの腕を引っ張る。

「撮ろう、クロノ」
「え?僕もか?」
「うん」

 この贈り物に残す最初の思い出は贈ってくれた義兄との思い出にしたかった。気分が高揚しているのだろう。いつもなら考えられないくらい身体を密着させる。身を硬くするクロノにおかしさを堪えながら正面を向く。

「じゃあ撮るね」

 魔力を送ってM2Uに命令を実行させる。小さな音がしてシャッターが切られる。
 渡された思い出に最初の一ページが刻まれた。










 それからフェイトはこのデバイスで色々な思い出を残した。
 互換機能もあり、保存したデータを他の記憶媒介に写し返ることが出来たので多くの思い出が様々な形で残された。それを手に取るたび、その時の事が鮮明に思い出された。
 でも、一つだけ仕舞ったままの思い出がある。
 それは最初の一ページ。誰にも見せていない二人だけの思い出だった。
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