リリカルなのは SS

黒の夢 前編
(Song to you forever 加筆版)



 目が、覚めた。

「………」

 だと言うのにクロノは自分が起きたと言う自覚をまるで持てなかった。身体のどこにも異常は感じられない。だが、空気の抜けた浮き輪のようにどうにも身体に芯が入っていない感覚。だからクロノはずっと天井を見続けていた。

「クロノ?入るよ?」

 コンコンとノックの音が響いてから、ドアが開かれる。天井を見ている視界以外の情報を受けてようやくクロノはムクリと緩慢な動きで上体を起こした。

「おはよ、クロノ」
「………ああ、おはよう」
「どうしたの?寝坊なんてクロノらしくないね」
「そうだな………」

 言われて自分でもそうだと思う。時計はすでに七時を半分過ぎている。仕事に行くにはこの時間に起きるのは遅すぎる。だと言うのに寝過ごして何をこんなにゆっくりと起きているのだろう。

「早く起きて。母さんがもうご飯作ってるよ」
「わかった」

 フェイトがドアを閉めて部屋を出ると、クロノは一息ついてからベットから降りる。クローゼットに歩み寄るまでに寝巻きのシャツのボタンを外しておく。開いたクローゼットには家族からはあまりよく思われていない同じような柄の服ばかりだ。なのでクロノは迷うこともなく適当な服を取り出した。
 何故か急ぐ気にはならなかった。






「おそいぞー!小坊主!!」
「いつものことながら朝から元気だな、君は」

 リビングにいくと、行儀悪くナイフとフォークを手にしてカチカチしているアルフの姿があった。既にほとんど食事の準備は出来ており、クロノが起きて皆が揃うのを待っていたようだ。すまないと詫びつつ席に着いた。そこにリンディがキッチンから飲み物を運んで来た。お盆の上には牛乳とボトルのアイスコーヒー、コップが二つ。運びきれない分のコップはフェイトが持ってきている。

「今日は遅かったわね、クロノ」
「ええ、どうも今朝は寝起きがよくなくて」
「大丈夫?クロノ?」
「なんともないよ。これでも身体は頑丈なほうだぞ?」
「そうそう。小坊主は小さくても中身は詰まってるんだよ」
「その言われ方は凄まじく不本意だ」
「はいはい。そこまでにして。ご飯が冷めるわよ?」

リンディがパンと手を叩いてヒートアップしそうな会話を止める。そのまま合わせた手を離さず、家族を見渡した。

「それじゃ、いただきましょう」
「いただきます」
「いだだきまーす!」
「いただきます」

 今日の朝食は、トーストに目玉焼き、皆で取り分けるよう大皿に載せられたサラダですべてリンディが用意した。こんがりと焼かれたトーストにバターを塗ってかじるクロノの姿をリンディは微笑ましそうに眺める。

「あの、どうかした母さん?」
「なんでもないわ。それより美味しい?」
「え、ええ………」

 何か釈然としないまま、食事を続ける。ちらりと他の二人を見るとフェイトはブルーベリーのジャムを塗ったトーストを味わうようにゆっくりと食べており、アルフは既に二枚目のトーストに齧り付いている。いつも通りの主従とは思えないほど対照的な食事風景だ。視線をリンディに移せば彼女はその様も微笑ましそうに眺めていた。
 いつものにこやかさとは違う穏やかな顔。母親の表情だ。ずっとしばらく見る事の出来なかった表情。いや、自分がさせなかったのだ。だから見る事が出来なかった。
 それが今目の前にある。ずっと願っていた光景。だからクロノはリンディが優しく自分達を見ている事を穏やかに感じながら食事を続けた。







 時計はもう少しで八時半を回る。アルフは某特撮ライダーを見ており、フェイトは洗い物をするリンディを手伝っている。クロノは新聞に向けていた視線を上げてそれらを眺める。誰も急ごうとはしていない。今日は休日だっただろうか。

「クロノ、そろそろ行こう」
「……そうだな」

 そう思ったとき、洗い物を終えたフェイトに声をかけられて呼んでいた新聞を折りたたむ。そろそろも何もいつもだったらとっくに家を出ている時刻だ。フェイトもそれは変わらない。学校にしろ管理局にしろもう家を出ている時間。そのフェイトの格好は管理局の制服。ふと、フェイトの予定が気になったので聞いてみる。

「フェイト、君の予定は?」
「今日はシグナムと模擬戦。夕方までには戻るよ」

 またか、と内心苦笑する。それと同時にこんなにゆっくりと朝を過ごしていた理由を理解する。どうもフェイトは最低でも月に一回休日を潰してでもシグナムと模擬戦をしないと気がすまないらしい。それはそれで悪くないが兄として一つ小言を言っておく。

「フェイト。模擬戦もいいが勉強の方もしっかりやらないとないと執務官にはなれないぞ?」
「わ、わかってるよ」

 少し恥ずかしげに言うフェイトに内心ではなく苦笑を浮かべていると、リンディが包みを二つ持ってやってきた。

「はい、二人とも。今日のお弁当」
「ありがとう、母さん」
「はい」
「それじゃ、二人とも頑張ってきてね」

 おーい、とこちらをアルフがこちらを呼ぶ。テレビを見終わったようで既にリビングのドアのところにいる。さっきまでかじりつく様に見ていたのも関わらずせっかちなものだ。フェイトと顔をあわせて苦笑するとリンディの方を向く。

「それじゃ、行ってきます。母さん」
「行ってきます」
「行ってらっしゃい、二人とも」

 リンディに見送られ、自宅に設置された管理局へのトランスポーターに向かう。今日はどう戦ってみようかとアルフに相談するフェイトの姿を見て、クロノは自分の格好を見下ろした。
 クロノは管理局の制服を着ていなかった。






 フェイトとアルフとは管理局のトランスポーターの所で別れ、クロノは一人仕事場に続く通路を歩いていた。すれ違う局員達の姿を見ながら自分の格好をまた見下ろす。これから仕事に向かうにはどう考えても不釣合いな格好。何故、自分はこんな格好のまま、管理局に訪れたのだろうか。

「あ、クロノ君!」

 それを疑問に思った瞬間、声をかけられた。顔を上げると、見知った少女が向かいから歩いてきていた。

「はやてか」
「こんにちは、クロノ君」

 笑顔で挨拶するはやて。その格好はやはり制服。当たり前だ。おかしいとするなら彼女や他の局員ではなく自分のほうだ。だと言うのに格好一つに何をそんなに疑念を抱いているのだろうか?

「どうしたん?クロノ君。なんや仏頂面やけど」
「なあ、今日の僕はどこかおかしくないか?」
「………そんな質問が出てくる時点でおかしいと思うけど」
「確かに」
「一応言うとクロノ君はいつも通りや。代わり映えしない服やけど似合ってるで」
「それはどうも。君のほうはこれから仕事か?」
「うん。これからウチの子らと捜索任務。未開拓で巨獣もいる世界でロストロギア探しや」
「大変そうだな。シグナムがいないと戦力が落ちるんじゃないか?」
「そうなんやけど、そこでエレナさんが手伝ってくれるんや」
「エレナが?」

 エレナとは、クロノと同期の執務官であり、十二年前の闇の書の主の娘であった人物の事だ。その因縁からクロノやはやて達と争ったが現在その罪を償うために服役している最中だ。

(……ん?)

 一瞬、何か違和感を感じる。わかっているのに言葉で表せないような、そんな引っ掛かりを覚える。その様子にはやては気がついた様子も無く楽しそうに話を続ける。

「うん。捜索は面倒だから戦闘要員限定っていう条件付で」
「手伝うならしっかり手伝ったらどうなんだ彼女は………」
「ま、まあ手を貸してくれるだけ有り難いと言う事で」
「ともかく頑張ってきてくれ」
「うん。まだ夏休みの宿題も終わっとらんからはよう戻ってこないといかんし。私、夏休みの宿題って初めてやけどあんなにあるとは思わんかったわ」
「僕も士官学校のとき、ああいう課題をやったがあの手のものは毎日こつこつやったほうが確実だ。余り一気にやろうとするなよ」
「うん、先生のお言葉胸に刻みます」

 はやてが冗談めいた返答をしたところで後ろから大声が響いた。振り返るとヴィータの姿があった。どうやら来るのが遅いはやてを呼びに来たようだ。他の局員の視線に一向に構わず手を振って声を上げる彼女の姿にはやても手を振って答える。

「ほんなら行くな。クロノ君もお仕事頑張って」

 そう言ってはやてはヴィータのところに駆け足で向かって行った。
「………さて」

 話していて少し時間を食ってしまった。駆け足で向かったほうがいいかもしれない。クロノは軽いジョギング程度の速さで通路を駆ける。スピードはそれほど早くは無いがステップは軽快だ。

 先ほどのはやてとの会話で疑念がなくなったためだ。はやては自分はいつも通りと言った。仕事を頑張れとも言った。なら、この格好は仕事に向かうのに不自然な格好ではないのだろう。ただ、自分が何故かいつも通りのことにしっくりと来ていないだけ。はやては冗談で言っていたが今日は少し自分はおかしいらしい。
 それが晴れたからクロノは足早に職場に向かった。






「──君!───ノ君!クロノ君!」
「────え?」
「もう、どうしたの?さっきから呼んでるのに?」
「………いや、なんでもないのだが」

 軽く頭を振り、意識に張り付く緩慢さを払ったから顔を上げる。見えたのは席が客によって埋め尽くされた店内。まだオーダーを待つ者、食事の最中の者、食事を終えて談笑している者と客の状況は様々だが、もう入店待ちの人間はいない。あとは次のピークまで断続的に客が入るだけで店内も落ち着いていくだろう。

「お昼のピークは終わったけど、まだお仕事は残ってるからしっかりしないと駄目だよクロノ君」
「わかっているよ、なのは」

 返事をしながら止めていたカウンターの掃除を続ける。ここは翠屋時空管理局本局支店。高町桃子、リンディ・ハラオウン、レティ・ロウランの三人の共謀により出来上がってしまった喫茶店だ。味は良質で値段も悪くなく雰囲気も良いこの店は多くの店が並ぶ本局内のマーケットでも新参ながら高い評価を受けている。その店で何故クロノが働いているかと言えば。

「クロノ君は店長さんだからしっかりしないと、他の店員さんに示しがつかないから頑張らないと」
「だから、わかっているって…………」

 この店の店長をやっているからである。翠屋初の支店は信頼できる人物に任せたい。そう言った桃子のご指名を受けてのことである。母であるリンディはあっさりと承認。至らぬ息子ですがどうかよろしくお願いしますと菓子折りを持って挨拶に行くし、一番の責任者である翠屋マスター高町士郎もクロノ君なら大丈夫だろうと二つ返事で採用を決定してしまい今に至る。そして隣にいるなのはは翠屋本店からのお目付け役だ。クロノも着ている翠屋のユニフォームを纏い、翠屋とは何たるかを日々クロノに教え込んでいる。

「にしてもまあ………」

 翠屋の手伝いはそれなりにこなしていたが、店長になると当たり前のことだがやる事も責任も重くなる。店員の管理に食材の発注、経理などもこなさなくてはならず、まだまだ至らないことは多い。店長を任されて日は浅いので当然といえば当然だが、それを自分の至らなさの言い訳にするクロノではない。そうしてまだまだ慣れきっていない仕事への小言をなのはに言われている。執務官をしていた時とはまるで立場が逆だ。それを思うと思わず苦笑が出る。全く、執務官はなりたての頃でもこの仕事より要領よく立ち回れたのだが────────?

(───────え?)

 今、何かが引っかかった。一体なんだろうと思い返すがそれがなんなのかわからない。しかし、それは気がついてしまった壁の染みのようにクロノの意識に残る。一体、僕は、何を気にして────────。

「っ!」

 深く沈みそうだった思考を指先に走った小さな痛みが引き起こす。見れば手元にはカウンターで使うナイフがあった。どうやらうっかりこれで人指し指を切ってしまったらしい。自分らしくない不注意にクロノは眉を八の字にしてつぅ……と血の流れる指を眺めた。その様子に気が付いたなのはが慌てて近づいてくる。

「クロノ君!?怪我したの!?」
「ちょっと切っただけだよ。大丈夫」
「ほんと?ちょっと見せて」
「いや、大したこと無いから」
「見せて」
「……………」

 強情ななのはの態度にクロノは渋々指を差し出す。なのはは壊れ物を扱うように慎重に怪我をした指に触れないようクロノの手を握り、先ほどクロノがしたように眉を八の字にしてクロノの指を見る。

「…………そんなに傷は深くないかな」
「だから、大した事はないと言っただろう。絆創膏でも貼ればっ!?」

 クロノの言葉が途切れる。何を思ったのかなのははクロノの指を咥えて血を吸い出した。傷口を舌で舐められる感触に一気に頬が赤くなる。何か言おうにも、喉は何かよくわからない物で詰り、硬直した命令伝達系神経は声を出すと言う指令を脳に送る事が出来なかった。やがて指を口から離したなのは傷口をもう一度見てから近くにある棚から絆創膏を取り出して傷口に貼った。

「これで大丈夫かな…………クロノ君?」

 クロノは何も言えず指を咥えられてからの体勢を崩さずに固まっていた。その様子になのはは自分が何をしたかようやく自覚してクロノに劣らないくらいに頬を赤くした。自覚が無かったのかとか恥ずかしがるくらいならやらなければいいだろうとか言いたかったが硬直の解けない身では何も言えなかった。顔を赤くしたままクロノは硬直しているのでまっすぐに、なのははちらちらと窺うように相手を見る。気まずそうななのはだったが、やがて頬をかきながら。

「てへっ」

 恥ずかしさを隠すように微笑んできた。

「────────」

 その微笑にくらりと頭が傾きそうになり、慌てて片手で押さえつける。それで硬直の解けたクロノは色々と言いたい事があったが、頭を押さえつけた手で頭を掻きながら一番言うべきと思われる言葉を伝える。

「その、すまない。手間をかけた…………」
「う、ううん。わ、私のほうこそ…………」
「………………ぅ」
「……………はぅ」
「……………………………」
「……………………………」
「…………なぁ〜にを仕事中にラブコメってるか、君たちは」
「「っ!?」」

 何も言えず見詰め合う二人の間に地獄の亡者のような声が響く。慌てて振り向くとそこには両手に何枚も皿を重ねて仁王立ちするトリッキーな姿のエイミィがいた。

「エ、エイミィ!?何故君がここに!?」
「何故ってそりゃ私が副店長だからだよ」
「…………そういえばそうだったな」
「そ、れ、よ、り〜。クロノくぅ〜ん?」

 凶悪犯も裸足で逃げ出すような強烈な笑みを浮かべて迫るエイミィ。それより先に皿を置いてきたらどうだと思ったが、それを今言うほどクロノは命知らずではない。ただ、状況を打破する術が見つからなかったので一歩後ずさるのみだ。

「店長さんが何を仕事をサボってるかな〜?それと今の事は、フェイトちゃんとはやてちゃんに伝えるからね」
「待て。前者はともかく後半は何故だ!?」
「それとこっそり出て行こうとしてるなのはちゃん。今のこと、本店には伝えておくからね」
「にゃ!?そ、それはご勘弁を!?」
「僕からも言う。何故だかわからないけど絶望的なまでに嫌な予感がするからそれは止めてくれ!!」

 んっふ〜、どうしよっかな〜?と嫌な笑みを浮かべるエイミィをなのはと二人がかりで押し留める。それを見る店員と客はやれやれまたか、と思いつつその面白い見せ物を眺める。その視線を気にしつつ、エイミィを止めるクロノはまだまだ慣れていない仕事だが、これはこれでやりがいのある仕事だと思った。
 さきほど抱いた疑問を忘れて。





 夕食時のピークが過ぎるとクロノは後の事は閉店まで残る店員に任せて店を後にした。なのはと今日の仕事の事を話しながらトランスポーターに向かい、それぞれ帰る場所へ転送することで別れを告げた。
 自宅に帰ってきたクロノはただいまとリビングに声をかけてから、自室に向かい着替えを済ませる。その最中、クロノは思う。それにしてもなんでもないが穏やかな一日だった。こんなに穏やかに時が流れるのを感じるのはいつ以来だろう。

 ずっと、こんな日が、続けば、と…………?

「………なん、だ?」

 軽くこめかみを押さえる。頭痛ではない。だが、耳の奥で何かが響き続ける不快感があった。気にならないときもあったがどうも起きた時からずっと響き続けている気がする。どうも、今日は調子が悪かった気がするが理由はこれだろうか?だが、この不快感自体の理由はわからない。ずっと続くようなら医者に行ったほうがいいだろうか。

「…………」

 部屋の外からリンディが自分を呼ぶ声がする。その声に導かれるようにクロノはゆっくりとこめかみから手を離した。不快感はなくならない。そのため緩慢な動作で扉を開き、リビングへと向かう。そこには今朝と変わらぬ穏やかな笑みを浮かべた母がいる。その事に多少不快感を緩めながら、クロノはテーブルに目をやる。

「え?」

 テーブルには夕食が用意されていた。だが、おかしい。用意された夕食と食器は三人分しかない。この家に住んでいる家族は四人だ。ならば、夕食と食器は四人分あるのが自然だ。だが、それが一人分足りない。そうして気付く。帰ってきたばかりだがまだ自分がフェイトとアルフの姿を見ていないことに。

「………母さん。フェイトとアルフは?」

 湧き上がる何かを抑えながら、クロノが尋ねる。何か急用が出来て、どちらかが帰って来られなくなったのだろうか。だとすればフェイトだろう。三人分あるとは言え、あの大飯食らいのアルフを満足させるには量がおかしい。そうだ。きっとそうに違いない。
 でも、そうだとしても。用意されたフェイトの物でもアルフの物でもないあの食器は誰のものだろうか?

「あ、言ってなかったわね。フェイトとアルフは今日プレシアさんの所に行っているわ。久しぶりに皆揃って夕食だって楽しそうだったわ」
「え───?」

少し寂しげな顔で言うリンディの言葉は全く予想していなかったもの。
 おかしい。何かがおかしい。でも何がおかしいのかが出てこない。それと同時に耳の奥で響いていた不快感が頭の中を駆け巡る。だがクロノは考えるのをやめない。なんでもいい。なんでもいいから疑問に思え。どんなつまらないことでもいい。自分の目を疑うわけではないが目の前にだっておかしな事がある。それを思え。考えろ。
 例えばそう。用意された三人分の食事。フェイトのものでもなくアルフのものでもない、自分と母の二人しかいないのに用意されたもう一人分は誰のもの───?
 その瞬間、玄関から扉の開く音が響いた。

「─────」

 廊下から近づいてくる足音にあわせるようにクロノはゆっくりと振り向く。いつの間にか心臓は苦しくなるくらい鼓動を早めていた。それに押されるようにゆっくりとゆっくりと振り向く。

「ただいま」

 見た瞬間、おぼろげだった記憶の光景が鮮明に蘇った。振り向いた先にいた人物はその光景と寸分とも変わっていなかった。自分と同じ黒い髪、強い意思を宿しながら優しげな瞳、あれからもう十年以上経つというのにその頃にも増してその存在は大きく見えた。

「クロノ、リンディ」

そこには、以前と変わらない父クライド・ハラオウンの姿があった。





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