リリカルなのは SS

                        風の系譜
                      第二話 捕縛


 クロノが抜刀するようにデュランダルを召喚する。油断なくデバイスを構えて現れた相手に問いかけた。

「まさか、君のほうから現れるとはな。逃げられないと観念したか?」
「いえいえ、そんな事ありませんよ。貴方達が捜索している事は二週間前から承知です。その上で襲撃のタイミングを図っていただけですよ」
「タイミングだと?」
「ええ。襲撃するに当たって最も組み伏せやすい相手が網にかかるのを。八神はやてや妹さんのチームに比べれば明らかに戦力が低いでしょう?」
「舐められたものだな。だからと言って君一人でどうにかなると思ったか?」
「思ってませんよ。だから」

 さっとクレアが手を上げる。それを合図に建物の物陰から五人ほどの黒ずくめの男達が姿を現した。その手にはいずれもデバイスが握られている。魔導師であることは明らかだった。

「このように助っ人を呼んでおります」

 クロノは現在の状況を分析する。姿を現したということは勝算あってのこと。ならば、あの五人にはこちらを打破する手段を持っている事になる。張られた結界によって念話は遮断されているため、救援は呼べない。加えて、一見しただけでは結界が張られたと気付けないほどこの結界は巧妙に展開されている。ただ待つだけでは増援は期待できないだろう。
 その上で、最も確実にクレアを捕縛するための手段をクロノは導きだした。それを念話でユーノに伝える

(ユーノ。結界の外へ。救援を呼んできてくれ)
(クロノ!?)
(防戦に徹すればなんとか持ち堪える事は出来ると思う。その間に君が助けを呼んでくれればこっちの勝ちだ)
(それなら一緒に救援を呼んだほうが………)
(僕達の目的はクレア・アンビションの捕縛だ。この場から逃げ延びることじゃない。そのためにもここで立ち止まらせる囮が必要だ。それに簡単に逃げさせてくれるような相手じゃない)
(……わかった。けどそれまで絶対に持ち堪えていてよ)
(わかっている。いいから行け)

 納得しきれない感情を抱きながらユーノが背を向けて駆け出す。せめて少しでも早くこの場に戻ってこられるように。

「追ってください」
「あいよ」

 対してクレアは五人の男達の一人にユーノを追う様に指示を送る。男はクロノの頭上を飛行魔法で飛び越えてユーノの追跡を開始した。

「一人でいいのか?あまりユーノを舐めない方がいいぞ」
「適切な人事だと思いますけど。それに貴方に当てる戦力をこれ以上割くわけにはいきませんから」

 クレアの言葉共に四人の男達がクロノを取り囲むように散開する。クロノはデュランダルを水平に払うと、全ての意識を戦いに集中させた。

「それではクロノ執務官。お覚悟を」

 その言葉が引き金になったように、クロノを取り囲んだ男達が一斉に射撃魔法を発動させた。







 後方で響いた爆音にユーノは振り返りそうになるが、ぐっと堪えて首を前方に向けたまま疾走する。今は何よりも結界を抜けることの方が先決だった。
 広域結界と言っても何の邪魔も無ければ十分足らずでその領域から逃れられる。それから、救援を呼びクロノのところへ戻れば全て解決だ。
 しかし、事態は事をそう易々と運ばせてくれなかった。

「追っ手が来てる………!」

 自分の後を追ってくる魔力反応。やはり増援を呼ぼうとする相手を見逃すような相手ではなかった。人数を割り振れるだけの人数差があったのだから当然の事と言えた。
 しかし、ここでやられる訳にはいかない。クレアを留める為に敵を引き受けたクロノのためにも、ユーノは何が何でもこの結界を抜け出すつもりだ。
 そこで敵の魔力が上昇するのを感じる。魔力の規模から砲撃魔法と推測。ユーノは真っ向から受け止めて、生半端な威力では通じない事を見せて攻め手を狭めようと試みる。
 その耳に、不吉な撃発音が響いたのはその時だった。

「!?」

 咄嗟にユーノはその場から飛び退きながら防御魔法を展開。その一瞬後に、先ほどまでいた地点に高出力の砲撃が着弾し、爆発を巻き起こした。その衝撃と余波で辺りの廃墟の道に無数の亀裂が走った。
 その様を見たユーノはその威力よりも信じがたい事実を確かめるように砲撃を放った頭上の魔導師のデバイスを見上げる。
 盛大に煙を吐き出すその先端に、取って付けた様な四角いパーツがあった。

「カートリッジシステム………!?」

 口に出しながらユーノは愕然とする。
 この事件についてクロノが気にしていたことがあった。それはクレア脱走の際、何年も襲撃が無かったとはいえ、堅牢を誇るトロメアの守備を突破されたこと。クレアが収容されていた部屋までには各所に一級の結界が張られていたにも関わらず、その全てが解呪ではなく攻性の魔力によって破壊されていた。並の砲撃魔法なら防ぎきる事の出来る結界をいくつもである。単に頭数を揃えただけで出来ることではない。それを可能とした『何か』をクロノは危惧していた。
 その『何か』の答えがユーノの前に示されていた。
 量産型カートリッジシステム。クレアが組織に提供していた技術の一つである。

「相変わらずいい威力だなぁ」

 魔導師がニヤリと凶悪な笑みを浮かべながら降りてくる。それを見たユーノははっとなってその場から駆け出した。同時に響くロード音。敵の魔力が高まると同時にユーノは身を後方に捻りながら防御魔法を展開した。

「ラウンドシールド!!」

 展開された盾を魔導師の放った射撃魔法が穿つ。その衝撃は手の平から腕を伝って肩が外れんばかりにユーノを揺さぶった。

「なのは達に比べれば、ましな方だけど………!!」

 それでも射撃魔法とは思えない威力にぞっとするユーノ。対して相手は防ぎきられたという戦果が気に入らなかったのか、再びカートリッジをロードして砲撃魔法をユーノに向けた。

「っ!」

 先ほどのようにラウンドシールドを展開する。砲撃は盾を突破する事は出来なかったが、爆発と衝撃を堪えようとしたユーノの身体を五メートルほど後退させた。
 がっくりとつきそうになる膝をなんとか支えて顔を上げる。見れば、魔導師は先端のパーツをスライドさせ、余り手馴れているとは言えない動作でマガジンの装填を行っていた。

(あのマガジン、三発しか入ってないのか……!?)

 そうでなければ、手負いの敵を前に悠々とカートリッジの補充など行わないだろう。いずれにしろ、その隙にユーノは勝機を賭けた。
 体を前に倒し、姿勢を低くして前方に全力で駆け出す。身体能力を強化しなくても十秒足らずで相手との間合いを詰められる距離を全力で縮める。
 そのユーノの行動は魔導師を大いに焦らせた。慌てて、マガジンの装填をしようとするがうまくいかない。その間にもユーノは距離を詰め続けている。舌打ちして装填を諦めると、マガジンを投げ捨てるとデバイスをユーノに差し向けた。
 集束する魔力。発動の速さから言って射撃魔法だろう。カートリッジのロードもしていないから術式の展開だけなら先ほどより迅速に行われていた。

「けど、もう遅い!!」

 ユーノが足を止めて吼えると同時に魔導師の腕がリングバインドで拘束される。ぎょっとなった魔導師が逆の手でリングバイントを外そうとするが掴んだ瞬間、今度はその腕をチェーンバインドで拘束される。腕だけではない。両足、腰、胸、首と全身を絡め取られた。

「がっ!!」

 その締め付ける圧迫から逃れようと身体中に魔力を行き渡らせ、無理やり引き千切ろうとする。

「ストラグルバインド!!」

 それをさらに効果の違うバインドで押さえ込める。身体を強化しようとした術式が霧散する。発動の早いバインドの基本であるリングバインド、拘束力に優れるチェーンバインド、対象の強化魔法を無効化するストラグルバインド。三種のバインドによる圧迫感に魔導師は叫びも上げられず苦悶の表情を浮かべた。ミシミシと軋む痛みを耐えようとするが、やがてぐったりと頭を落とした。

「ふぅ〜………………」

 相手が意識を失った事を確認するとユーノはバインドを解除。魔術師が倒れこむと同時に膝に手をついて体から力を抜いた。
 こんな風に一人で戦うのは久しぶりだった。頼れる仲間達のありがたみを実感しながらユーノは顔を上げた。

「………」

 その視線の先は足止めを買って出た仲間の一人がいる。
 自分を追ってきた魔術師が使っていたのは間違いなくカートリッジシステム。従来のものと比べると装弾数が少ないようだがそれでも脅威には違いなかった。それを自分が倒した魔導師のような特別ではない、並の魔導師に易々と持たせているという事実。それを考えるとあの場に残っていた敵全員が持っていても不思議ではない。

「っ」

 想像した瞬間、ユーノは弾かれたようにその場から駆け出した。一刻も早く結界を抜け出し、救援を呼ばなくてはならない。焦燥に駆られながらも、それをさきよりも強く思ってユーノは走る。

「無事でいてよ、クロノ………ッ!」

 その言葉と共に、ユーノはただひたすらに走ることに集中した。








 幾重にも重なる爆音。それとともに乱舞する光は花火にも似た華美をその場に作り出していた。しかし、それは人を魅せる物ではない。殺傷を目的とした行為の結果であった。

「逃げてばっかかぁっ!?ああんっ!!」

 罵声と砲撃魔法が放たれるのは同時だった。クロノは右手の建物の窓に飛び込こんで砲撃を回避。一瞬遅れて窓や入口といった建物の隙間から爆風が後を追う様に流れ込んだ。それに巻き込まれないよう逃げるクロノの前方に光が奔った。待ち構えていた敵が放った射撃魔法だ。

「っ!」

 クロノは横にあった柱を蹴り、進路を変えた。間一髪で閃光を避けるがすぐに追撃の誘導操作弾が迫った。クロノは迫る光の礫を飛行魔法の制御と床や天井を足場にして跳ね回りながら避ける。軌跡を描く礫はわずかに追いつかず壁や天井を穿った。
 そのまま避け続け、一度体勢を整えようとするクロノ。だが、肩越しの視界に魔法陣が展開されているのを見るとデュランダルを突き立てて急停止した。
 追って来たのか、待ち構えていたのか。どちらにしろ、三人目の魔導師が砲撃魔法を展開してクロノに放とうとしていた。もう一方からは射撃魔法を乱射する魔導師。挟み込まれた形になり、クロノは逃げ場を失う。

「喰らえやぁっ!!」
「死ねぇ!!」

 放たれる砲撃と射撃。カートリッジでブーストされた攻撃だ。まともに受けたら無事で済む保証は無い。
 故にクロノは回避を選択した。

「ブレイクインパルス!!」

 掛け声と共に床の固有振動を割り出していたデュランダルが振動波を送り込み、クロノの足場を崩壊させた。その崩壊に飲まれるようにクロノが下の階へと落ちていく。
 着地と同時に最速で展開できる防御魔法を展開。その一瞬後に砲撃魔法と射撃魔法の余波が天井から流れ込んできた。それをやり過ごすとクロノは外に駆け出した。

「建物の中は不利か………っ!」

 敵の火力は遮蔽物など問題にしていない。だとすれば敵の動きの見えない建造物の中は逆に不利だった。
 入り込んできたとは正反対に外へと飛び出すクロノ。そこを狙ってか、クロノをいぶり出すためか。先ほどまでいた建物に高出力の砲撃が放たれるのは同時だった。
 爆音と共に崩れ落ち、瓦礫と化す建造物。それによって起こった粉塵を振り払うようにクロノはその中から飛び出した。

「おらぁっ!」

 そこを狙い済まして四人目の魔導師の射撃魔法が放たれる。回避は不可能と判断し、クロノはラウンドシールドを展開して攻撃に備えた。

「ぐっ!」

 受け止めた衝撃を堪えようとせずに、その反動を利用して後方へ飛び退る。左手の痺れを拳を握って堪え、背後に迫る建物の外壁を蹴って追いすがる誘導弾を避けた。

「火力だけなら一級品だな………!!」

 ユーノが危惧して様に今クロノと戦っている四人の魔導師のデバイスには全てカートリッジシステムが搭載されていた。それによって生み出される火力にクロノは防戦を余儀なくされた。
 クロノが攻撃を避けるたびに、崩壊と粉塵が巻き起こる。気がつけば、周りの建造物はその殆どが瓦礫と化していた。
 その中を佇むクレアの姿を確認する。戦闘中、補助魔法を得意とする彼女をクロノは意識から外さない。もし彼女の拘束魔法に捕らえられればそれで終わりだ。故に一見、一対四に見えるこの戦いはクロノの意識下では一対五で行われていた。

「さっさとくたばれぇっ!!」

 魔導師の一人が斬りかかる。力任せに振り下ろされた上段をクロノはデュランダルで受け止める。先に痺れかけた左手が鈍い痛みを伝えるが、歯を食いしばって堪えた。
 そこへ右手からもう一人が踊りかかってくる。手にしたデバイスは一本のみ。受け手が足らないクロノは目の前の魔導師のデバイスを逸らして下を潜り抜けるように接近する魔導師から逃れた。その魔導師は勢い余ったようで体勢を崩した仲間と衝突していた。
 その隙を逃さず、クロノは反撃を試みようとする。身を捻りながら射撃魔法を放とうとデュランダルを握った腕を伸ばす。
 だが、それは耳に響いた撃発音に中断させられた。

「くっ………!?」

 咄嗟に飛行魔法に制御を加え、進行方向を無理やり捻じ曲げる。その一瞬後に先ほどまでいた空間に砲撃が放たれた。紙一重でかわしたと思った瞬間、魔力弾が爆発する。着弾せずとも術者の意思で爆発を起こすことができるその砲撃魔法の衝撃にクロノは吹き飛ばされ地に落ちる。
 飛びそうになる意識をなんとか保ちながら、飛行制御。落下の速度を落としながら半壊の建物の中に着地して相手に向き直る。

(これで、あと一つ………!!)

 既にバリアジャケットはあちこち焼き焦げている。煤まみれになりながら、それを払おうともせずクロノはただ、反撃の機会を待つ。それにはあと一回。それを乗り切れればチャンスはある。
 そのクロノの前方に浮かぶ四人の魔導師が一斉にカートリッジをロードした。

「手間取らせやがって。これで終わりだ」
「殺しちまってもいいですよね、姐御」
「ええ、それがわかりさえしなければいいですから」

 にこやかに言うクレア。だが、それは五体を残すつもりもないと言っているのと同じだった。その言葉に促されるように増大する魔力。

「………」

 この距離で四発もの砲撃魔法を完全に避けるのは不可能だろう。また、デュランダルの性能でもカートリッジでブーストされた四発の砲撃を防ぎきる事も出来ない。誰の目から見てもクロノには打つ手が無いように見えた。

「死ねやぁっ!!」

 その言葉と共に放たれる四つの砲撃。それを見据えながらクロノは正面に両腕を突き出した。
その手には黒と銀のデバイス。

『『Round Shield』』

 重なる二つの電子音声。手にしていたデュランダルと召喚したS2Uによって展開された強固な盾が二重になって展開される。その盾がクロノに襲い掛かる四つの砲撃を弾くように受け止めた。
 やがて収束性を失い、爆発する砲撃。それによって起こった爆煙によって魔導師達の目にはその光景が映ることは無かった。

「やったか?」

 言いながら、空になったマガジンを排出する四人の魔導師。
 そこを狙い済ましたかのように爆煙を切り裂きながらクロノが魔導師たちに踊りかかった。

「─────っ!?」

 驚愕するのに一瞬の間を要し、事態を理解するまでにまた一瞬を要した。次は驚きに声を上げる番だったがそれが為される前にクロノの行動は始まっていた。
 クロノは並んでいた魔導師の間に割り込むと身体を反転させ遠心力を加えたS2Uとデュランダルの一撃で左右にいた二人の魔導師の顔面を殴打した。

「「ッガ!?」」

 一瞬にして意識を刈り取られる二人の魔導師。クロノは一度目の回転の勢いを殺さず、身を翻しさらに勢いをつけて両手のデバイスで敵を打ちつけ、地に叩きつけた。
 そこでようやく残った魔導師が意識をクロノに向ける事が出来た。反射的にカートリッジをロードしようとするが、先ほど空になったマガジンを捨てた事を思い出し、慌てて通常の射撃魔法を放とうとする。
 その時、既にクロノの魔法は完成していた。

『Stinger Ray』

 右に握るデュランダルを左の脇から伸ばして後方へとスティンガーレイを放つ。こちらに振り向きもせずに放たれた射撃魔法に目を見開きながら魔導師は打ち抜かれた。

「こ、このぉぉぉぉっ!!」

 一瞬にして仲間を失った最後の魔導師が逆上してクロノに殴りかかる。クロノは振り向き様に一閃したS2Uで相手のデバイスを弾き飛ばす。相手が顔を愕然としたものに変わる前にデュランダルの柄尻を腹に叩き込む。相手の顔が苦痛に浮かぶのを見る事無くクロノは叩き込んだ柄尻を視点に背後に回りこむとその背にS2Uを叩きつけた。
 加速を加えた落下をする魔導師。地面に叩きつけられながらも意識を保って、顔を上げるとそこには自分よりも先にやられた魔導師たちが痛みを堪えながらも立ち上がろうとする姿があった。それに倣って立ち上がり、自分達を叩きのめした忌々しい小僧を見上げる。

「────────」

 四人の魔導師が呆然とする。その彼らの見上げた先には砲撃魔法を放とうとするクロノの姿があった。それはまるで先の自分達の焼き直し。ただ、違うのは彼らにはクロノの魔法を防ぐ手が無いと言う事だった。
 だからといってクロノに躊躇は無い。敵を気遣うような余裕はこれっぽっちもなかった。故に容赦無く、密集した敵のど真ん中に砲撃を叩き込んだ。

『Blaze Cannon』

 放たれた閃光が魔導師達の中心に放たれる。直後、視界を埋め尽くした光と衝撃に魔導師たちは意識を刈り取られた。








「………お見事です」

 その一部始終を見ていたクレアが正直な簡単をもらしながらパチパチと手を叩いた。その音の中、静かにクロノがその前に降り立った。

「まさか、カートリッジシステム搭載デバイス四基相手に持ち堪えるどころか勝つとは思いませんでしたよ」
「僕もだ。普通だったら勝てない。だけどそちらの事情が僕を勝ちに導いた」
「と申しますと?」

 大人の昔話を楽しそうに聞く子供のような調子でクレアが尋ねる。

「あの四人、カートリッジシステムに慣れていなかっただろう。でなければ、放つ魔法全てにカートリッジを使うような無駄遣いはしなかった筈だ。敵を目の前にして、マガジンを装填しようとするのもいい証拠だ」
「その通りです」
「あとこれは推察だが、彼らは集団戦闘で火力に物を言わせてそんな余裕のある状況下でしか戦った事がないんじゃないか?だから、その隙を狙われるという考えがなかった」
「ご明察」

 頷きながら、クレアは苦笑を浮かべて額に手を当てた。

「しかし、それを差し引いてもあなたは凄い。あの乱戦の最中、相手のカートリッジの弾数を数えきっていたのですからねぇ。いや、弾切れも同時に起こったのではなく、同時に起こるように誘導していたのではないですか?加えて、二基のデバイスの使い方。一基は隠し持つ事でその存在と瞬間的に発揮できる魔力を隠すことを意味し、文字通りそれを切り札として取っておく。常に二基使わないのはそれによって魔力が大きく消耗するのを避ける為ですね?故に。通常は一基、ここぞという時は二基で一気に攻め落とすと。いやいや本当によく考えていますねぇ………」

 何かうっとりした様子のクレアの説明にクロノは内心で眉を歪めた。彼女の言葉がほとんどその通りだったからだ。
 クロノがS2Uをクレアに突きつける。

「ここまでだ。クレア・アンビション。拘束させてもらうぞ」

 クロノの言葉にクレアはぱちぱちと瞬くと苦笑して頷いた。

「そうですねぇ。本当に」

 クレアが手にしたデバイス『オフィサー』を軽く持ち上げた。その動作にクロノは瞬時に反応し、即座に射撃魔法を持って動きを止めようとした。
 それよりも早く。

「ここまでです。クロノ執務官」

 カツン、とクレアがオフィサーの柄尻が地面を叩いた。

『Dimension Bind』

 瞬間、クロノの動きの一切が止まった。

「なっ………!?」

 突如、身体を押し潰すような重圧が掛かる。振り払おうと身体を動かすがありとあらゆる箇所が自由を失っていた。
 拘束ではない。全身が固定されたように動かない事からクロノはその術の正体を看破した。

「これは………空間固定!?」

 空間固定。それはバインドの最上位に位置する捕縛魔法。相手を包む大気中の魔力を凝固させその内に閉じ込める一種の結界である。魔力消費はバインドとは思えないほど高いが、その分拘束力は解呪も許さないというほどに高い。

「だがいつだ?いつそれだけの魔力を発動させた………!?」

 クレアの動きはずっと追っていた。多少の見逃しはあったかも知れないが、だからといってこの空間固定を可能とするほどの魔力放出を見逃すような真似はしたつもりはない。
 空間固定には大気中の魔力を相手の周りに集束させる、もしくは自身の魔力を放出して相手を囲う必要がある。そのためには並の攻撃魔法よりも高い魔力を発動させなくてはならない。それを見逃すはずはない。
 だからわからない。一体いつ、それだけの魔力を空間に────────。

「魔力……………?」

 今、この空間は残照魔力で満ちている。その殆どはカートリッジを無駄使いした敵の魔導師達のものだ。そしてそれにはカートリッジに圧縮されていた魔力も多く混じっている。

「まさか、さっきの奴らのカートリッジは!?」
「わっ、気付いたんですか?凄いです。………ご想像の通りですよ。彼らのカートリッジの魔力は私が補充しました」

 魔導師達が乱発していたカートリッジ。それが使われるごとに辺りにはクレアの魔力が散布されていたのだ。そして全弾が使われる頃には空間固定を行うのに十分な魔力が満ちていた。

「そこまで見越してあの戦闘を………!?」
「いえ、単なる保険だったんですが、本当に使うことになるとは思いませんでしたよ」

 言いながらクレアが歩み寄ってくる。それを前にしながらクロノは一向に動けなかった。

「ふふ。…………クロノ執務官、捕まえたぁ」

 妖艶な笑みを浮かべて、クレアはクロノの頬に手を添えた。









「こっち!早く!!」

 先導するユーノの後に応援に駆けつけた武装隊が続く。その中には待機中だったシグナムとシャマルの姿もあった。ヴィータとザフィーラは向こうの世界ではやての護衛をしている。
 捜査が始まって初めてのクレア発見報告だ。誰も彼もが勇みながら現場に向かっていた。
 だが、それも現場に着いた途端、消沈した。

「なに、これ」

 ユーノはさっきまで自分が足を踏み入れていた廃墟を思い返そうとする。しかし、それが出来ないほどその場所は瓦礫だけの場所になっていた。

「これは、戦闘の結果か」

 幾分呆然としたシグナムの言葉にユーノがはっとなる。敵はカートリッジシステムを持っていた。それを敵魔導師全員が持っていたとすればこの惨状も納得できた。
 なら、それを相手にしていたクロノは?

「クロノー!!」

 大声でその名を呼びながらユーノが瓦礫の廃墟を駆ける。他の者もそれに倣うように散らばってクロノの姿を探した。

「クロノー!!返事してくれー!!いるんだろうー!!」

 辺りを見回しながら、声を張り上げるユーノ。

「クロノー!!どこだー!!クロ…………」

 その声が凍りついた。

「…………」

 目の前の光景の意味を理解しようとするが、心がそれを拒絶した。

「どうした、スクライア?何かあった…………」

 その後ろからユーノの姿とソレを目にしたシグナムも言葉を失った。
 瓦礫の廃墟。天井が崩壊し、そこから差し込んだ光が主を失ったデュランダルを鈍く輝かせていた。
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