リリカルなのは SS

                        風の系譜
                       第三話 人質

「嘘、やろ?」

 ユーノの言った事が理解出来ない。
 今朝会った時は、彼はいつも通り仏頂面で待機していた。それが挨拶をかけると僅かに緩んで、挨拶を返してくれた。
 そんな風に、いつも通りだったのに。

「ごめん…………」

 今は彼の姿がここにない。そんな事信じられるわけがなかった。

「嘘、やろ…………?」

 だから、もう一度呟いて聞き返した。けれど、ユーノは俯いたまま同じ事をもう一度言った。

「クロノの行方が………わからなくなった」

 言葉が出ない。事実を拒否するようにふっと身体から力が抜けた。

「主!?」
「はやてちゃん!?」

 目の前が真っ暗になった。呼びかける声にも応じられない。その声は随分と遠くから聞こえてくるように感じた。









「う…………」

 目覚めると、そこは見覚えの無い一室だった。その部屋にいくつものパネルやモニターが設置されている。そのモニターの薄暗い光が眼に飛び込むと、クロノは目と頭に鈍痛を覚えた。その事に若干、意識を取り戻しつつ改めて辺りを見回す。

「ここ、は…………」
「私の研究所の一室ですよ」

 疑問に答えたその声に一気に意識が明確になった。振り向こうとしたが、体が動かない。ジャラリと軋む音と腕に纏わりつく感触にクロノは自分が拘束されている事に気がついた。それでも首を捻じ曲げて、声の主の方に顔を向ける。
 声の主は、右手からクロノの顔の位置を戻すように正面に回った。柔らかく、それでいて不快感を覚えずにはいられない笑みを浮かべたクレアがそこにいた。

「おはようございます。気分はどうですか?」
「………最悪だな」
「それは残念」

 肩をすくめながらクレアは近くにあるパネルをカタカタと操作する。やがてモニターに浮かび上がったデータを見ながら小さく頷いていた。

「ふんふん………。体調良好、リンカーコアにも異常なし、っと」
「何故、僕をここに連れてきた?」

 言いながらクロノはもう一度腕に絡む鎖の感触を確かめる。引き千切れるかどうか確かめるために魔力を通してみるが、通るどころか魔力が身体に通わなかった。もう一度やってみるが結果は変わらない。見れば腕だけでなく脚や腰にも拘束具がつけられていた。どうやらこの拘束具によって魔力の発動は完全に封じられているようだった。
 それを見透かしたようにクレアが解説する。

「管理局で使われているものとほとんど同じものですよ。私も少し前までお世話になりました」
「質問に答える気はない、か」
「いえいえ、簡単な事ですからお答えしますよ」

 睨みつけるクロノにクレアは苦笑すると、人差し指を立てながら答えた。

「答えは単純明快。人質ですよ」
「………はやてを誘き寄せる為の、か」
「その通りです。わかっているじゃないか」
「ああ、君の狙いはわかっている。僕だけじゃない。艦長や上層部だってわかっている。なのに、むざむざはやてを向かわせると思うのか?」
「来ないとお思いですか?」

 見透かしたようなクレアの笑みにクロノが眉を歪める。それがクロノの本音を物語っていた。
 きっと来るだろう。そういう子だから、闇の書の呪いを解き、その罪も背負って、許されなくとも償い続けて生きると決めたのだから。

「………管理局を敵に回してまで、ベルカを復興させたいのか?」

 その言葉にクレアはきょとんとした表情を浮かべる。それから、何を理解したのか低く笑い出した。

「何がおかしい」
「いえいえ………。ああ、確かにそんな事を言いましたね、私。勘違いされるのも無理は無い」
「勘違い…………?」

 クレアはクロノに背を向けて語りだす。遠い思い出を語るように、どこか誇らしげですらある声で。

「クロノ執務官。人を納得させるにはわかりやすい大義名分が必要です。私にとってそれがベルカの復興。けどこれって単に本当に叶えたい事を叶えると結果としてベルカの技術が蘇るだけの話なんですよ。けど、大っぴらに話すことでもないのであの時もそう言わせて頂きました。納得して頂ける大義名分を」
「………叶えたい事とはなんだ?」

 問われてクレアは話しすぎたとばかりに苦笑した。それから、考え込む仕草で話をその事から逸らした。

「でも、ベルカの復興というのも悪くはないですね。あの技術が再び世に広めるのは想像するだけで心が踊ります」
「何故そう思う。あのベルカのシステムは誰しもが扱える代物ではない。あの魔導師たちだって一歩間違えれば自滅してもおかしくはなかった筈だ。そんな危険なものを何故広めたいと思う」
「だって、可哀相じゃないですか。差別なんてしたら」
「な、に?」

 その言い分を理解するのにクロノは一瞬の間を要した。心底、その事に不満そうにするクレアに偽りは見られなかった。

「ミッドとの魔力量の差を埋めるべく作られたカートリッジシステム。その過剰な負荷に耐える強靭なアームドデバイス。そして、術者と一体になりあらゆるデバイスを超える融合デバイス。ベルカがこれらを生み出したのは保有魔力量の低さを補おうという努力の証です。それを危険だとか扱うことの出来ない人間の未熟さを棚に上げて差別するなんて持っての他です」

 唖然とした様子のクロノに構わずクレアはさらに語り続ける。

「と言ってもミッドのデバイスが嫌いなわけではありませんよ?質実堅剛、術者の力に正直に答えるストレージデバイス。心通わせることで一を五にも十にもするインテリジェントデバイス。どれもこれも愛すべきデバイス。非力なる人間に奇跡を起こさせる魔法の道具です」

 クレアが振り返り、大きく腕を広げる。心を解き放つかのように。

「私はね、デバイスが大好きなんです。自分で作ったデバイスはそれこそ我が子の様にいとおしい。例え、それがどんな形であれ世に広まりその技術を後世に伝わるのならば、それは『私達』の血脈が続いていくかのよう。その様を思うだけで身が震えます」

 クロノは何も言う事が出来なかった。それが驚きのためなのか呆れのためなのかもわからない。ただ、いずれにしろこの女の言うことを理解できなかったのは確かだった。

「私にとって人間とはデバイスを稼動させるための部位に過ぎない。私にとって良い人間とはデバイスを上手く扱うことの出来る者。そういった意味では隊長とナイツ達はとても好意に値する人達でした。ああ、同じ意味ではあなたもですね、クロノ執務官」
「っ!」

 クレアが指に挟んだ『それ』を翳すと、クロノは思わず身を乗り出した。その腕を押さえる鎖がミシミシと音を立てて軋む。

「このデバイス、フレーム規格と性能があっていません。気になって見てみましたがこれ元々戦闘用のストレージではありませんね?中枢に名残が残っています。それを残したまま、改良に次ぐ改良で前線で戦えるだけの性能に引き上げている。並大抵では出来る事ではありませんよ。私としてはデュランダルのような最新鋭のデバイスよりこちらの方が好みですね。そう、ぎっしりと詰め込まれた改良と同等、いやそれ以上の『愛』を感じます」

 その言葉と共にクレアがS2Uに口付ける。その様にクロノはさらに鎖を軋ませた。

「触れるな」
「あら、失礼。まあ、私の事情はそんなところです。それで今は八神はやてを迎える準備にちょっと忙しいんですよ」

 クレアはS2Uを側にあった机に置くと再び、パネルを操作する。よどみの無い指使いでキーを叩きながら、またクロノに語りかける。

「あなたにも一役買ってもらいますよ、クロノ執務官。それもメインデッシュで」
「何をさせるつもりだ。それ以前に僕が言うことを聞くと思うのか?」
「思いませんよ。だから言う事を聞いて貰うための準備をしてるんです」

 そこまで言ってクレアが指を止める。そうして肩越しに振り返りながら悪意の無いたおやかな笑みを浮かべて言った。

「そんな訳で。少し弱って下さい」

 クレアの指がタンと軽やかにキーを叩く。それとクロノの身体に電撃に似た衝撃が奔ったのは同時だった。









 執務官就任以来、優れた成績と実績を残し、アースラの切り札と言われたクロノが敵に捕まった事はアースラを大きく動揺させた。
 艦内は通夜のように沈みかえり、船員の話題はその事ばかりだ。雰囲気が良くなるはずも無かった。
 そして、今回の事件のために乗船しているなのは達も例外ではなかった。

「っ!」
「どうして小坊主を一人にしたんだ」

 ユーノの襟を掴みながら、アルフが問い詰める。問われたユーノは気まずげに視線を逸らした。

「あいつは一人だと突っ走って無茶をするんだから、しっかり見てなきゃ駄目だろう!!」
「ごめん………」
「アルフ、やめよう」

 ユーノを掴む手に小さな手が添えられる。アルフは悔しげな顔でその手の主を見る。

「フェイト!でもさぁ!!」
「ユーノが悪いわけじゃないよ。だからユーノを責めても仕方ないよ」
「わかってる。けど………!!」

 そう、わかっている。敵を引き受けたのはクロノだ。ユーノは応援を呼ぶようにとクロノの指示に従ったに過ぎない。例え、その場に留まっていたとしても結果が変わったかどうかはわかる筈も無い。ユーノに責められる非があるわけではないのだ。
 それでも、アルフはユーノに当たらずにはいられなかった。何故なら、精神リンクから主の不安がひしひしと伝わってくるのだから。

「大丈夫だよ、私は」
「フェイト…………」

言葉とは裏腹に指先の震えは止められない。だから、拳を握って、言葉だけは揺るがないようはっきりとそう言った。

「それに、はやての方が心配…………」

 ユーノからクロノが捕まった事実を聞かされ、一番ショックを受けたのははやてだった。話を聞いた途端、あまりの事に足に通した魔力の制御を途切れさせてしまい卒倒するようにその場にへたり込んでしまった。周りの呼びかけにも答えられない有様で、今はなのはとヴォルケンリッターに付き添そわれて医務室で休んでいる。
 ある意味、フェイトはその様を見ていたからこそ、同じように倒れこまないようにと、平静を保てたと言っていい。もし、一人でそう聞かされていたらはやての様にならなかった自信はない。

「それで状況はどうなってるの?」
「戦闘地点から何か洗い出せないか捜査中。けど今のところ、何も掴めてないみたいで………」

 戦闘によって瓦礫だらけになった廃墟には、カートリッジシステムのために発生した残照魔力が漂っており、それによって転移魔法の魔力痕跡を覆い隠してしまっていた。ユーノ達は知る由も無いがそれもクレアの狙いの一つだった。
 せっかく敵が姿を現したというのに、尻尾を掴むどころかミイラ取りがミイラになってしまったのだ。何も得る事が出来なかったこの現状に三人が重く口を閉ざす。
 そこで、開閉音と共に誰かが室内に入ってきた。顔を上げるとそこにはエイミィの姿があった。

「いたいた。三人とも、ちょっとこっち来て」
「エイミィ?どうしたの?」
「いいから、早くっ」

 訳がわからないまま、三人は手招きするエイミィについていく。部屋を出て、廊下を足早に歩くエイミィが向かった先は医務室だった。そこに来てもフェイト達にはエイミィの意図はわからず、首を傾げた。

「さ、入って」

 辺りを見回してからエイミィが滑り込むように医務室に入り、三人もそれに続く。
入ったその医務室ははやてが運ばれた部屋だった。そこにはヴォルケンリッターになのは、そしてベッドで上体を起こしているはやてがいた。
 起きているはやてにフェイトは心配して声をかける。

「はやて、大丈夫なの?」
「うん、大丈夫や。ごめんな、心配かけて。…………それに、寝込んどる暇なんてあらへんし」

 そう言うがその表情はどこか強張っている。きっと自分と同じ心境なのだろうとフェイトは思った。
 エイミィが一同を見回してからシャマルに顔を向ける。

「シャマルさん。結界はどう?」
「はい。言われた通り、念話も盗聴も防ぐ物を気付かれないよう張ってます」
「で、エイミィ。皆を集めてどうしようってんだい?」

 アルフが痺れを切らしたように尋ねる。ここにいる一同はまだ集められた意図を聞かされていない。アルフの疑問は皆の疑問でも合った。

「それはこれから話すよ。けど、皆落ち着いて聞いてね」
「いいから早く話しておくれよ。それから考えるから」
「………じゃあ、話すけど。クロノ君の居場所がわかったよ」

 エイミィを除いた全員の目が見開く。ある者は平静を保とうとし、ある者は驚きに息がつまり、ある者はその言葉を理解するのに時間を要した。
 そのため、はやてがそれを尋ねるのに一瞬以上の間を要した。

「─────エ」
「エ、エイミィさん!それ、ほんとっ!?」

 なのはが期待と不安を織り交ぜた表情で聞き返す。同じように尋ねようとして一歩遅れたはやては口を噤んでなのはを見た。

「…………」

 自分の言葉を取られた形になり何か言いたい気持ちになったが、何故そう思ったのかがわからず、結局何も言えなかった。

「しーっ!!なのはちゃん、声大きい!!」

 エイミィの声にはやてが視線をなのはからエイミィに戻す。そう、気にすべきはなのはではなくクロノの事だ。話の続きを急かすように鋭いと言ってもいい視線でエイミィを見る。

「一体、どういった経緯でわかったのだ。リミエッタ?」

 シグナムが話を進めるように聞く。

「うん。ユーノ君達が現場で見つけたデュランダルがあるでしょ?それに何か記録が残ってないか解析してみたのよ。そしたら」

 エイミィがポケットから一枚のカードを取り出す。

「それは?」
「立体映像記録装置。この中にデュランダルに残ってたデータがコピーしてあるの。まずは見てみて」

 エイミィがカードを操作して映像を再生する。中央に埋められた宝石から光が発し、空間にスクリーンを映し出した。
 それに浮かび上がったのは、顔を合わした回数こそ少ないが忘れられない女の顔があった。

『こんにちは、皆さん。初めましてでしょうか?お久しぶりでしょうか?クレア・アンビションです』

 たおやかな笑みを浮かべたクレア・アンビションの姿がそこにあった。

『さて、皆さんがこれを見ているということは八神はやての関係者が私の手中に納まったという事なのでしょう。誰でしょうかね?お友達でしょうか?家族でしょうか?ともかく、大切な人を捕まえたんでしょうね。でなければ、この映像に意味がない』

 何がおかしいのか、くすくすと笑いながらクレアは言葉を続ける。

『そういう訳で。あ、見ていなければ八神はやてにお伝え下さい。大事な人を返して欲しければ、今から言う場所に一人で来て下さい。一人でですよ?もし、一人で来なかったら大事な人の命は保障できません。なのでちゃぁんと一人で来てくださいね。それじゃあ、場所を言いますね。その場所は……………………』

 クレアが自分とクロノの居場所を明かすとその映像はゆっくりと消えていった。

「今のが、デュランダルに残されてたデータ。これでクロノ君の居場所がわかったって訳」
「なら、早く助けに行かないとっ!」
「落ち着け、高町」

 逸るなのはをシグナムが制す。

「シグナムさん?」
「今の映像は、敵が残したもの。間違いなく罠を張っている筈だ」
「けど…………!」
「それに敵は主はやて一人で来るようにと言っている。お前一人が先走っても事態はよくならんぞ」

 そこまで言われてなのはは自分が焦りすぎている事を自覚する。また、事態が自分の手が届かないところで展開されていることに歯噛みした。

「それとリミエッタ。何故、この話を内密にする?結界まで張ったということはここにいる者以外には聞かれたくないということだろうがその理由は?」
「…………それはね、上層部は敵の要求を無視するだろうから」
「え……………?」

 敵の要求を無視する。その敵は要求を呑まなければ人質の命の保障はしないと言った。
 それを無視するという事は、クロノを見殺しにするということだ。

「エイミィさん!!なんでや!!」

 理解と同時にはやてが吼える。どんな理由であろうと納得の出来ない事だった。

「上層部からすると、執務官一人の命より敵が融合デバイスを完成させる危険性、はやてちゃんが敵の手に渡る危険性のほうが重いって事」
「そんなん知らへん!私に来いって言っとるんやから私が決めることや!!」
「………上の人って言うのは常に最悪の事態を避けるように動こうとしてる。だから、はやてちゃんの言い分がどうであろうと大勢の人が危険に晒されないような道を取るんだよ。それはリンディ艦長も変わらないと思う」
「母、さんが?」

 フェイトが信じられないと言った様子で呟く。リンディは職務に忠実な人だ。それでも家族思いのリンディがクロノを見捨てるかもしれないという言葉は、裏切りに近い衝撃だった。
 そのフェイトを見て、エイミィが苦笑する。

「絶対に苦渋の決断だろうけどね。すっごく悩んで悩んで決めて、それでもずっと悩み続けると思う。私としてもそんな艦長を見たくないわけよ」
「それってどういう………」
「……このデータ、まだハラオウン提督には見せていないのか」

 ザフィーラの言葉にはっとなってエイミィを見る。言及するようにシグナムが尋ねた。

「私達に任せると言うことか」
「上層部に判断を任せていたら、次の指示が通達されるまで絶対に日が開く。それまでにクレアに逃げられちゃ元も子もないっていう理由もあるけどね」

 それ以上にその間、クロノが敵の手にある事が心配だったがどんな理由であれ私情で行動を起こす事は組織の中では許される事ではない。だから、それを隠すようにエイミィは側面的な理由でこの行為の補足をした。

「それじゃ皆。改めて聞くけど、クロノ君を助けに行くのは立派な命令違反。私達が勝手にやった事だとしてもリンディ提督に迷惑がかかるのは間違いなし。それでも、行く?」
「行きます」

はやてが即答する。それこそ、一欠けらの迷いも見せずに。

「私が行かないとクロノ君が助からないなら絶対に行きます」
「はやてちゃん………」
「皆、止めても無駄やで。どんな事してでも私は行く」

 はやての決意にシグナムが答える。

「止めはしません。主の望みが行く事を望むなら我らはそれを叶える為にどこまでもお供します」
「…………ありがとうシグナム。でも、行くなら私一人や」
「はやてっ!?」

 その言葉にヴィータが驚き、珍しくはやてに食って掛かる。

「なんでだよ!?はやてが行くならあたしも行く!!」
「あっちは私一人で来いって言っとる。それに私だけならリンディさんにかかる迷惑も少なくなるだろうし、皆を巻き込めへんよ」
「はやて。それは違うよ」

振り向くとそこには決意を秘めた表情のフェイト。

「フェイトちゃん………」
「誰も巻き込まれたなんて思ってない。クロノを助けたいのは皆同じ。だから、私も行く。はやてが言ったみたいに止めても無駄。どんな事をしてでも助けに行く」

 はやてが回りを見る。誰もがフェイトと同じ顔をしていた。

「………うん、わかった。皆でクロノ君を助けに行こ」

 その言葉が終わると同時にパン、とエイミィが手の平を叩いた。

「よし!それじゃクロノ君救出の作戦会議と行きましょう!」









薄暗い一室に鎖が軋む音と、荒い息遣いが響く。

「……ほんとに強情ですねぇ。あれから悲鳴一つあげないなんて」

 クレアが紅茶を口に運びながら呆れたように呟く。その呟きに呼吸を無理やり整えたクロノが答える。

「この程度で、僕が根を上げると、思ったか」

 その言葉にクレアはクスリと笑う。

「いえ、根を上げられても困るんですけどね。ちゃんと受け入れられるよう、固い身体を解してもらってるところですから」
「…………どういう、意味だ」
「それは追々わかりますよ。それよりも」

 クレアが手元のパネルを操作する。すると空間にスクリーンが浮かび上がり、一人の少女の姿を映し出した。

「お出でになりましたよ、夜天の王が」








 騎士甲冑を纏ったはやてがフェンスに囲まれた廃工場の入口に立つ。もう何年も閉鎖されている工場だ。町外れにあり、周りに人も住んでいないようなこの場所がクレアの居場所だった。

「なんや、いかにもって感じやね」

 握ったシュベルトクロイツをぐっと握り直す。それから反対の手でその入口を押し開いた。
 中は薄暗く、広い空間になっていた。辺りを見回しても隅までは見通せなかった。

『いらっしゃいませ。ようこそお出でくださいました』

 先に進もうとするはやてを制するように念話があたりに響く。

「来たで。クロノ君はどこ?」
『お待ち下さい。今ご招待しますから』

 はやての目の前に魔法陣が展開し、辺りを僅かに照らす。クレアの言葉から転移魔法のゲートであるのは間違いなかった。はやては何の躊躇も無く、その上に足を踏み入れる。帯状魔法陣がはやての視界を一瞬遮ると、途端に先ほどとは別の部屋に転移していた。
 何かの研究室なのだろう。様々な計器が部屋に設置されていた。

「お久しぶりです。夜天の王・八神はやて」

 その部屋の奥、ゆったりと佇んでこちらに微笑みかけるクレアと。

「……………」

 鎖に繋がれ、項垂れているクロノの姿があった。

「クロノ君!!」

 動じぬようにと覚悟を決めていたのに、思わず叫んでいた。同時に、身体は駆け出そうと既に一歩踏み込んでいた。

「ご安心を。死んではいませんよ」

 それを止めるようにクレアが声をかけた。はやては二歩目を踏み止めた。

「それでは早速ですが、八神はやて。デバイスを置いてこちらに来てくれませんか?そうしたらクロノ執務官はお返しします」

 クレアが向かい入れるように両手を広げる。

「………」

 だが、はやてはその場から動かなかった。

「…………どうかしましたか?早く来て下さい」
「………私は、あなたに捕まらへん」

 はやてがシュベツトクロイツを構えてクレアを睨む。

「けど、クロノ君は返してもらうで」

 その言葉と同時に大きな振動が建物を襲った。

「これは………?」
『はやてちゃん!突入するよ!!』
「うん!頼むで、皆!!」

 なのはからの念話にはやてが答える。それでクレアは事態を看破した。

「お仲間、ですか」

 はやて達が立てた作戦はいたってシンプルだ。はやてが一人でクレアの所に向かい、注意を集めたところで外で待機していたメンバーが強襲をかける。シャマルやユーノの張った妨害で探査魔法から逃れたメンバーは意外なほど近くで襲撃のタイミングを図っていたのだった。

「あとは、皆が来てくれるまで持ち堪えてれば私達の勝ちや」

 もし、クレアが保身に走ってクロノの命を奪おうとしてもその隙を逃すつもりは無い。一対一という条件なら隙を突かれない限り、クレアに負けるつもりはなかった。

「………まあ、こういう事もあるとは思っていましたよ」

 クレアが呆れたように肩をすくめる。

「でも確かにその通りなんですよね。所詮、人質というのは弱者側の手ですから。強者ならそんな手を使わずに弱者を叩き潰せる。例え、ここであなたを拘束したとしても余り変わりはありません。この場合、人質とは盾でしかなく、盾では敵を討ち倒すことは出来ないのですから」

 言いながらクレアが手元のパネルを操作する。それと共にクロノを拘束していた鎖が一つずつ解かれていき、その全てが解かれると支えを失ったその場に倒れこんだ。

「クロノ君!」

 はやてがスレイプニールを羽ばたかせ、クロノの元に飛ぶ。側にいたクレアに構う事無く、クロノを抱えるとすぐさま後退した。

「大丈夫!?クロノ君!!」
「はや………て…………」
「しっかり!!もうすぐの辛抱やから!!」
「………………」

 クロノ小さく呟く。

「え……………?」

 その言葉ははやての耳に届いたが、何故そんな事を言うのかわからずはやてが一瞬、呆然とする。
 その間にクロノがはやてを突き飛ばした。不意のことにはやてはろくな反応も出来ずに、床に腰を打ちつけた。

「クロノ君………?」

 クロノの行動がわからない。自分を突き飛ばしたのは自分にかけた言葉からの行動だという事はわかっても何故そうするのかは全くわからない。
 彼は言った。

 『逃げろ』と。

「…………っが、あぁっ!ぐぅ………っ!!」
「クロノ君!?」

 訳のわからないままのはやての目の前でクロノが呻き出す。蹲っているのでどこが苦しいのかわかりづらいが、どうやら首の辺りを押さえているようだ。

「クロノ君!どうしたの!?」
「私はさきほど言いましたね?この場合の人質は盾にしかならないと」

 はやての言葉にクレアが答えた。その顔は子供にいらずらして楽しんでいる大人のような笑顔だった。

「だから、クロノ執務官には矛になってもらおうと思ったんですよ」

 言葉の真意を探るようにはやてがクレアを見る。するといつの間にか召喚したのだろうか。その手にはデバイスが握られており、もう一方の手では流れるような速さで手元のパネルを操作し続けている。

「……ぁぁぁぁあああああっ!!」

 蹲っていたクロノが大きく身を逸らす。苦しげに首元を押さえながら。
 その首には、赤い宝石が埋め込まれた首輪。
それをはやては以前も見た事がある。その時もあの首輪をしていた人物は、同じように苦しみもがいていた。
 だから、それがなんなのか、すぐに思い至った。

「まさ、かっ!?」
「管制制御を主人格からオフィサーに移行」

 クレアの操作は止まらない。その間にもクロノの叫びは止まらず、それと共に黒のバリアジャケットがその形を変えていく。

「シンクロ開始。主人格のリンカーコアと接続」

 上半身は丈の長い法衣が消失し、肩が肌蹴たインナーのみになる。その晒された肌に呪術的な紋様が浮かび上がっていく。

「魔力増強完了。身体強化開始」

 腰周りには法衣の丈を移し変えたようなマントが備えられている。

「身体強化完了。接続最終段階」

 そして、黒く短かった髪が蠢きながら腰に届く長さまで伸びていく。

「────────……………」

 叫び声が止む。姿を変貌させたクロノが幽鬼のように佇んでいる。長くなった前髪から覗く瞳は血の様な赤に染まっていた。

「───融合デバイス『ベルセルク』起動」
『Freilassung(開放)』

 以前、見たように首輪に埋め込まれた赤い瞳が鈍く輝いた。
inserted by FC2 system