リリカルなのは SS

                      風の系譜
                     第七話 終宴

「ハアァァ、アアァァァアア、ア、ァ、ァ…………」

 身に余る力によるものにも歓喜によるものか。融合を終えたクレアが身を震わせながら、大きく息をつく。確かめるように自分の手を見てから、顔を上げてなのは達に笑いかけた。

「これです………。これこそ私が求めていたもの………!!」

 左腕を広げ、右手を胸に添える。歌うようにクレアは言葉を続ける。

「魔力の蓄積は困難なことではない。ただ、それを魔力の源たるリンカーコアにする術がわからなかった!だから失敗した!だから管制人格が作れなかった!それを叶えてくれたのがクロノ執務官!!リンカーコアに接続したデバイスに魔力を大量に送り込むことによって、デバイスに魔力情報が蓄積・侵食!!それによって活性化したデバイスは自らのコアを生み出した!!そうして、クロノ執務官が生み出されたのが、このシュツルムヘイムの管制人格なのです!!」

 そう言って、クレアが右腕を上げると釣られる様にクロノの身体が浮き上げる。それから腕を水平に払うと、クロノは壁際まで飛ばされた。

「クロノ!」

 フェイトが駆け出そうとするが、一歩足を出したところで止まる。クレアがゆっくりとこちらに歩み寄ってきたからだ。

「ありがとう、クロノ執務官。貴方が生み出してくれたこのシュツルムヘイムの力はお仲間で試させて頂きます」

 クレアが腕を突き出す。それとともに風がクレアを覆うように集束していく。

『シュツルムウントドランク』

 クレアの口から濁った声で詠唱が紡がれた。









「なんか、デケーのが出てきたみたいだな」

 最深部に向かうシグナム達もその魔力を感じ取っていた。

「そのようだな」

 広間の乱戦は管理局側の勝利で終わった。敵の集団は一度乱された足並みを取り戻すことが出来ず、半数以上がやられた時点で撤退した。
 シグナム達はそれを追わなかった。今回の目的はクロノの救出とクレアの逮捕だ。敵の集団の正体は気になったがそれは本来の目的から離れている。敵の何人かは捕らえたし、消耗した武装隊に追跡するだけの余裕も無かった。
 そのため、ユーノとシャマルは負傷した武装隊の治療のために広間に残し、シグナム、ヴィータ、ザフィーラ、アルフの四人のみではやて達の後を追うことにした。

「急ぐぞ!」

 斬り込む時と同じ踏み込みで駆けるシグナム。

「─────」

 その足が止まる。
 彼女の目の前には、彫像のように並んでいた傀儡兵達が起動する様があった。

「これが本来の防衛部隊か」
「でも、はやて達がここにいねーって事ははやて達は素通りさせたのか?」
「そうなるな。一体、なんのために………」
「なんだっていいさ!全部ぶっ飛ばしてフェイトの所に行く!」
「確かに、考えている間はないな」

敵は迫って来ている。奥で既に戦いは始まっている。ならば、最短で辿り着かなければならない。

「押し通る!!」

 レヴァンティンを構えたシグナムが敵陣に駆ける。ヴィータ達もその後に続いた。









「「「っ!?」」」

 僅かな間に集束した風が解き放たれ突風を撒き散らした。なのは達は防御魔法を展開してそれを防ぐ。風自体は防げたが、その衝撃までは防ぎきれない。堪えきれず、三人は揃って壁際まで吹き飛ばされた。

「─────っ」
「ほらほら。痛がっている暇はありませんよ?」

 クレアの腕に風が纏わりつくようにうねる。それを解き放つと風の奔流が発生した。巻き込んだものを削り取るようなその竜巻は、床を抉りながらはやてに放たれた。

「はやて!」

 それを横からフェイトが掻っ攫うようにはやてに飛びついて避ける。その直後、はやての後ろにあった壁は竜巻に抉り取られる。ぽっかりと空いた穴からは竜巻がその奥の壁を崩壊させる音が響き続けていた。

「これが、融合デバイスの力………!?」

 フェイトが戦慄する。今放たれたのは砲撃クラスの攻撃だ。それを殆ど詠唱時間を要しないで解き放った。はやてが防御魔法を展開する間もないほどの速度。それも広範囲魔法を放った直後にだ。
 脅威を抱いたフェイトにクレアは宥めるように笑いかける。

「いえいえ、これだけじゃありませんよ?魔力の増大、感応速度を上げるのはデバイスの元よりの役目。それ以外の要素もしっかりと強化されていますよ。例えば」

 ちらりとなのはの方を見ながら言葉を区切ると同時にクレアの姿が掻き消える。

「!?」
「こんな風に」

 クレアに砲撃を放とうとしていたなのはの目の前に標的が姿を現した。目を見開くなのはにクレアはニッコリと笑いかけると拳を叩き込んだ。レイジングハートが自動防御を発動させるが、あっさりと砕かれてなのははまた壁際まで吹き飛ばされた。

「なのは!」
「身体強化もされているので、近接戦も可能です」

クレアが天を仰ぎ、両手を広げる。神の祝福を受けるかのように、恍惚として呟いた。

「さあ、シュツルムヘイム。この子達の命を私達の門出としましょう」

 言葉とともに風が渦巻く。交差するように振るわれた腕から発せられた風が空間を蹂躙した。









 背中から突き抜けるような痛みが走る。皮肉なことに、壁に激突したその衝撃でクロノは目を覚ました。

「う…………」

 ゆっくりと瞼を開ける。目を瞑り続けていたから、僅かな視覚情報でも瞳には痛いほどの刺激だった。それに堪えながらうっすらと開いた目で辺りを見回した。
 見覚えの無い場所だ。ここ数日、目を覚ますとそんな所ばかりだ。そんな感慨を抱くクロノの目に見慣れた少女の姿があった。

「はやて………?」

 はやてだけではない。なのはとフェイトもいる。三人は散開しながら、その中央にいる何者かに攻撃を仕掛けるが、そのいずれも受けて凌がれ、かわされて捌かれ、放たれた魔法に相殺された。
 あの三人の攻撃を防ぎきるなど、尋常ではない。一体相手は何者かと思い、その敵を凝視する。

「────────」

 見覚えの無い敵だ。長く黒い髪を靡かせ、ベルカの型と思われるバリアジャケットを身に纏った女性。途方も無い魔力を身に宿しており、身に刻まれた刻印はその魔力が滲んだもののように見える。
 けれど、その敵を見てクロノが胸に抱いたのは。

「──────っ」

 酷い胸の痛みと喪失感だった。
 何故、そう感じたのかはわからない。ただ、それを押さえようと胸に手を当てる。押さえた箇所には丁度リンカーコアがある。
 そこに、何かが足りない気がした。

(ああ、そうか………)

 あの子がいないのだ。それで胸に抱いた喪失感の理由がわかった。同時にあの子は今まで自分の中にいたのだと理解した。
 しかし、今はいない。なら何処に?
 探すようにもう一度、なのは達が戦っている相手を見る。何故か、そこ以外にありえない気がした。

(───────────────────!!)

 途端にその敵と何かが繋がったような感覚を覚え、それとともに胸の痛みが貫くように走った。
 間違いない。あの子はあの中にいる。

「………っぐ!」

 錆び付いたような動作で身体を起こす。全身が痛んだが、そんなものは気にしていられない。胸の痛みの理由がわかったから。
 空も同然な魔力を駆使して探索魔法を使う。目的のものはすぐに見つかった。壁に寄り掛かりながら、そこまで身体を引きずっていく。
 それはご丁寧に机の上の台座に飾られるように置いてあった。軽く見てみるがトラップの類は見受けられない。偏執的なデバイスへの感情は敵のものにも向けられていたからおそらく間違いないだろう。クロノは躊躇せずにそれを手に取った。

「S2U、起動」
『Start up』

 短い起動音とともに、S2Uが起動状態になる。ともに年月を過ごした半身を手にすると、身体に力が湧き、体の痛みが引いた気がした。そう感じるだけの錯覚に違いないだろうが、少なくとも決意は固くなった。

「いくぞ、S2U」

 全身は虚脱感に負われている。意識は朦朧としている。魔力だってほとんど空だ。こんなボロボロの身体で何が出来ると言うのだろうか。
 それでもクロノはそれらを振り払うように駆け出す。

(───────────クロノ!)

 胸の痛み───泣いているあの子を解き放つために。






 素晴らしい。素晴らしい。素晴らしい──────!!

「素晴らしい─────!!」

 狂喜しながら腕を振るう。風の奔流が防ぐ事も許さず、はやてとなのはを吹き飛ばす。間隙をついて、斬りかかってきたフェイトの攻撃も風を付与させた防御魔法で押し返すように弾き飛ばした。
 AAAランクの魔導師二人とSランクの魔導騎士である夜天の王を相手にしても引けを取らない。何者をも凌駕する一体感が体中に満ちていた。
 それはそうだ。何故なら私達は一つになる事を誓い合った存在。何者も私達を引き剥がすことなど出来ない。

「ディバインッ!」

 なのはが砲撃の体勢に入る。受ける事もできたが、まだわかっていない様子の少女に理解させるためにクレアが撃つ間を与えぬ速さで間合いを詰めた。

「バス……ッ!?」
「遅いですよ!!」

 レイジングハートの柄を握ってなのはごと持ち上げ放り投げる。壁に激突する直前で飛行魔法を制御してなんとか停止するが、なのはは信じられないと言った顔でクレアを見た。

「この部屋はそれほど広くない。どんなに間合いをとってもミドルレンジと言う所です。そんな場所で易々と砲撃は撃たせませんよ!」

 言い終わると同時にフェイトに飛び掛るクレア。敵の魔力は先ほどから身に染みている。力の押し合いから逃れるようにフェイトは横に逃れる。

「貴方もぉっ!!」
「!?」

 だが、クレアはその動きに迅速に反応しフェイトとの距離をあっさりと詰めた。手を伸ばせば触れられそうな距離からクレアが放った風の刃にフェイトのマントが切り裂かれる。

「中近距離戦がお得意なようですが、それも機動力を生かせる空間あっての事!この室内では狭くて戦いづらいでしょう!!さっきから動きづらそうですよ!?」

 言葉とともに足に風を纏わせ、それを放出することで爆発的な速度でフェイトの頭上を越える。迫る天井を足場にして、フェイトに向かって跳ね返り上方から強襲をかけた。

「あうっ!!」

 とてつもない速度に乗って叩きつけられた拳によって、フェイトが地面に叩きつけられる。バルディッシュが自動防御を発動させて、衝撃を殺してくれたがそれでもすぐに起きられない痛みが走った。
 そのフェイトに追撃をかけようとするクレア。しかし、その全方位を真紅の短剣が囲む。はやてが放ったブラッティーダガーだ。

「穿て!」

 はやての号令とともに静止した短剣が一斉にクレアに放たれる。対してクレアは慌てる事もなく焦る事もなく、幾重にもなる帯状魔法陣を自らに周囲に展開し、短剣が迫ると同時に解放した。瞬間、烈風が渦巻き真紅の短剣を風化されるように打ち砕いていった。

「なっ!?」
「そして、夜天の王。貴方の得意とする広範囲攻撃もこの室内では味方を巻き込みかねない。自然と火力の低い魔法を使うしかなくなり、それでは私達を倒せない」

 そうだ。何者も私達を引き剥がせない。この世界の名はシュツルムヘイム。彼と同じ名前の世界。そう、ここは彼と私の世界。その世界で何者が私達を打ち滅ぼせるといると言うのだろうか?いや、いない。いる筈も無い。

(そうでしょう?シュツルムヘイム────────!!)

 自らと一つになったデバイスに呼びかける。予想以上のシンクロを見せた自らの半身たるデバイス。これだけの力を得たのも彼あっての事だ。彼とでなければこの力を得られなかった。それが彼との願いを強く現しているようだ。その結びつきを確かめたかった。

(────────!!)

 けれど、彼の声は聞こえない。いや、聞こえてはいるが自らの感情に浸りきったクレアにはその声は届かない。だから聞こえなかった。
 答えを返してくれなかった事を少々不満に思いつつ、けれどしょうがないとクレアは割り切る。まだ目覚めたばかりなのだ。答えられないのも仕方がない。彼との語り合いはまた後でにしよう。
 内に向けられていた意識を外に戻したクレアは嬲る様な目でなのは達を見る。彼女達はどう戦えばいいのかを講じるために一箇所に集まっていた。
その無駄な知恵の寄せ合いを文字通り、吹き飛ばそうとクレアは大型の魔法陣を展開する。

「これで終わりです。彼と一つに成れたのだからもう八神はやての身体もいらない。仲良く吹き飛ばしてあげましょう」

 その言葉にはやて達が身を寄せる。防御魔法を連携して展開しようとしてようだがその程度で防げる物を放つつもりは無い。何もかもを飲み込む風の奔流を生み出そうとする。
 その瞬間、頭上に影が差した。

「っ?!」
「─────────!!」

 声にならない叫びを発しながら、クロノがS2Uを上段から振り被る。その渾身の一撃を向けられたクレアは詠唱の最中だったが、同時詠唱で障壁を展開。受けると同時にクロノを吹き飛ばした。

「クロノ君!?」

 自分達の前に転がったクロノにはやて達が駆け寄る。その上体を起こしてぎょっとする。抱え起こしたクロノはまともな呼吸をしておらず、身体を小刻みに震わしていた。クレアに捕まってからここに至るまでの過程にクロノの身体は衰弱しきっていた。
 顔を青ざめさせるはやて達。それに構う事無くクロノはS2Uを支えにして、起き上がろうとする。だが、身体に走った痛みにすぐに膝を突いた。

「っぐ、あ!」
「アホ!そんな身体で何しようとしてるんや!!」

 はやての悲鳴にも似た声も気に返さない。そもそも返す余裕など余裕など無い。他のことに気を配る意識があるなら、目の前の彼女に専念させる。
 膝を地面から離し、よじ登る様に身体を起こす。腕を揺らがせながらS2Uを構えた。

「クロノ!駄目!無理しないで!!」

 フェイトがS2Uを握る腕を取る。普段から鍛えられていたクロノの腕は中身を失ったかのように力なかった。
 それでもクロノは前に出る。今の彼にはフェイトを振り解く力はない。腕を取られて前に進めなくても、意識だけは前に向けていた。
 堪らず、なのはがクロノの前に出てその身体を押し止める。敵に背を向けるのにも構わず、クロノを見上げて訴えかけた。

「クロノ君!!」
「…………るんだ」
「え?」
「呼んで、るんだ。あの子が」

 今にも落ちそうな意識。それを繋ぎとめているのは僅かに繋がっているあの子の意識。
 違う、と。違うと必死に叫んで助けを求めているあの子の声。
 それがクロノを繋ぎとめている。

「助け、ないと」

 なのはとフェイトにはクロノが何を言っているか理解できない。それは横からクロノを見ているはやても同じことだ。

「…………」

 ただ、クロノの横顔からその決意が感じとれた。閉じ込められたものを救いたいと願う想い。以前、自分も抱いた感情がその横顔から伝わった。

「クロノ君」

 横から呼びかける。クロノはこちらを見向きもしない。はやては僅かに苦笑しつつ、シュベルトクロイツをクロノに翳した。はやての行動になのはとフェイトが驚いて顔を向ける。それでクロノは釣られるようにようやく顔をはやてに向けた。

「はやて?」
「諦めよ、フェイトちゃん。こういう時のクロノ君に何言っても無駄や。なら、私達でフォローしよ」
「はやてちゃん………」

 その言葉になのはとフェイトはおそるおそるクロノから離れ、意を決してクロノにデバイスを翳した。

『『Divide Energy』』

 三人の魔力がクロノに流れ込む。枯渇した魔力が満たされていく。それで衰弱した身体まで回復したわけではないが魔力だけなら戦闘に支障がないくらいまで回復した。朦朧としていた意識も明確になる。

「………すまない」

 三人に短く礼と謝罪を述べるとS2Uを握り直す。魔力が回復し、身体強化を駆使して弱った身体を無理やり稼動させる。無理をしていることには変わりないがさきほどに比べれば遥かにましだ。そうして意志の光を宿した瞳でクレアを睨みつけた。
 その視線を受けたクレアは堪えられない苦笑を手で隠した。

「本当に無茶をしますね、クロノ執務官。まぁ、いいでしょう。その子達と一緒に葬って差し上げましょう」

 そう言って、クレアは一歩踏み出そうとして。

「──────え?」

 その場で膝を突いた。

「な───────」

 何事かと確かめるように手の平を見つめる。その手が自分の意志と関係なく、小刻みに震えながら、ゆっくりとクロノに向かって手を伸ばした。
 なんですか?これは?
 戸惑いを表すために言葉を紡ごうとする。

『─────クロノ』
(─────!?)

 しかし、発したのは別の言葉。それも自分ではない別のものの声だ。見てはならないものから目を覆うように、クレアは空いた手で口元を覆った。

(シュツルムヘイム─────!?)

 自分の身に起こっている事が理解出来ない。縋る様に自分と一つになったデバイスに呼びかけた。

『─────違う!私、違う!!』

 今度こそ、クレアは言葉を失った。身の内から響いてきたのは全く見知らぬものの声。あの優しい彼の声ではなかった。

(何!?何、がっ!?)

 一体この声は誰のものなのだ。何故、彼の声ではない。彼は私と一つになって生まれ変わった筈なんだ。クロノ執務官が生み出した管制人格は彼の糧となって消えた。管制人格が何であれ、彼をコアとしてこのデバイスは設計された。そのデバイスに組み込まれたからには、管制人格は彼の手足に他ならない筈なのに。もし、例外があるとすれば、意思を司るコアの欠陥。そこに組み込んだ管制人格の意志が流れ込んだとしか考えられない。
 必死に思考するクレア。だが、それは優秀な技術者ではなく、人間の感情としての理論。感情で優秀な技術者となった彼女は都合の悪い現実を見ようとしなかった。だが、ここに至り技術者としてのクレアが現実を理解しかけていた。
 彼が語りかけてくれない理由。最も単純で明快な答え。
 すなわち、それは既に彼が死───────────。

(シュツルム、ヘイム?)
『違う!私、違う!!誰!?私、違う─────!!』

 真実から目を背けるように呼びかける。だが返ってきたのは目を背けた真実。

「あ、ああ、ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 クレアは頭を抱えながら叫ぶ。叫びながら、唱えていた魔法を解放する。しかし、制御を失ったそれはかわす必要もなくなのは達から逸れていった。

「シュ、ツルム、ヘイム。何処、何処なの──────!?」

 頭を抱えていた手を振り回しながら後ずさる。その間にももう一方の手はクロノに向かって伸ばされていた。
 突然の出来事に、なのはとフェイトは唖然とする。対照的にクロノは落ち着いた様子だ。それを不思議に思ってフェイトがクロノに声をかける。

「クロノ。あれは一体?」
「管制人格が術者を拒絶し出したんだろう。適正の合わない術者とデバイスが融合した時に起こる、いわゆる融合事故の一つだ」
「私とリィンフォースの時にあった事、やね」

 正確に言えば、はやてとクレアではその事情は全く異なっている。はやての時は術者を守ろうとするプログラムの暴走、クレアはデバイスから拒絶されての暴走だ。同じ融合事故でも正反対のものである。そう言おうと思ったが、今は融合デバイスの議論をしているときではない。

「なんにしろ」
「今が、チャンス!!」

 この機を逃す理由などなかった。小技の通用する相手ではない。相手を渾身の一撃を持って打破するため、各々が魔力を全開にする。

「行くぞ!!」

 掛け声をともに、クロノが駆け出す。その動きに反応した管制人格がクレアの意志から離れて術者の身体を動かし、引き千切れんばかりに右腕を伸ばした。

「ア、 アァァァァァァァァァッ!!」

 その手から搾り出すように魔力を放つ。しかし、制御を失った攻撃を見抜けないクロノではない。放たれると同時に、地を蹴ってクレアの頭上に飛ぶ。その動きを追うために、クレアの身体は自分の意思に反して勝手に顔を上げた。

「スプライト」

 その隙を突き、フェイトがクレアの目の前に踏み込む。その手にはその身を大剣へと変形させたバルディッシュが雷光の刀身を煌かせていた。

「ザンバー!!」

 零距離から放たれた雷撃がクレアを貫く。結界・補助魔法の効果を破壊する斬撃にクレアは悲鳴をあげる事も出来ず、身体を雷に蹂躙された。それでも、身を捻るようにしてフェイトの一撃から逃れる。

「バレルショット!!」
「!?」

 そこを狙い済まして、放たれる衝撃波。烈風に絡め取られたように、身体が空間に縫い付けられた。さっきまでならこの程度の拘束を断ち切るなど造作も無かったがそれも今は全く出来ない。

「エクセリオン」

 首を回せば、砲撃の体勢に入ったなのはの姿。少し前までなら瞬きする間に詰められた距離が絶望的なまでに遠い。

「バスター!!!」

 光の奔流がクレアを飲み込む。もがく様に展開した防御魔法などなんの意味を成さなかった。四つの同時砲撃と本命の砲撃によって引き起こされた爆発にクレアは身が砕かれた感覚を覚えながら地に落ちる。

「く、あ………っ!」

 これだけのダメージを負いながらもそれでも身体はクロノを探すように動く。クレアは今だ持ってそれが何を意味しているのかを理解していない。

「──────────」

 クロノははやてと共に頭上にいた。互いにデバイスの先端を真下、自分の方に向けて詠唱している。魔力の規模から言って止めのための一撃だろう。
敗れ去るというのか?自分と、シュツルムヘイムが?

「そんな、事は、ない」

 今度は自らの意志でクロノに向けて手を伸ばす。求めるのではなく、葬り去るために。

「負け、ない」

 そう負けない。負ける筈が無い。

 だってここは私達の世界なのだから。

「そうだよね?シュツルムヘイム────────!!!!!」

 その叫びがクロノに届く。

(まだ、わからないのか、君は!?)

 大きな苛立ちと怒りと共に魔法が完成する。向かい合ったはやてが頷くと眼下のクレアに向けてそれを解き放った。

「C&H広範囲砲撃連携!!」
「ムスペルヘイム」
「「ブラスト!!」」

 紡がれた名と共に結界が展開され、その内を紅蓮の炎が覆う。爆炎が結界の内部を埋め尽くす。灼熱の奔流が踊り狂う。飲み込んだものを粉砕する爆風が迸る。ありとあらゆる業火がそこにはあった。
 その中央にいるクレアは身を焼かれるのにも構わず術式を構築していた。まるで自由の利かない身体で、それでも全ての意識を魔力の制御に向けた。
 こんな事で私達は負けない。引き剥がせない。だって、私達は一つになったのだから。ずっと、ずっとこのまま一つになって生きていくのだから。

 だから。

 そのためにも。

 声を、聞かせて。

「シュツルム、ヘイム」

 風が解き放たれた。炎を食い尽くさんばかりに広がっていく。何もかもを埋め尽くす爆発が巻き起こった。








 紅蓮が一瞬にして全てを埋め尽くした後、何もかもが灰になったのような空白。

「大丈夫?フェイトちゃん?」
「うん………。なのはは?」
「私も大丈夫。それより………」

 その中で、なのはとフェイトはお互いの無事を確かめ合った。
 クロノとはやての連携魔法『ムスペルヘイムブラスト』は結界の中に閉じ込めた相手を焼き尽くす広域魔法だ。空間を密閉することにより、その内に取り込まれた敵はまさに地獄の如き炎に身を委ねることになる。反面、その外にいるものにはなんの被害も与えない。効果範囲を限定することで、威力を向上し周囲への被害を抑える効果を持っているのだ。
 それをクレアは膨大な魔力による烈風によって破壊した。結界からあふれ出た業火はその外にいたなのはとフェイトをも襲った。巻き込まれただけでも、カートリッジを使用しての防御を必要とする程の威力。その直撃を受けてなお、魔法を発動させたクレアに改めて、融合デバイスの脅威を感じた。

「クロノとはやては………?」

 それと同時に思うのは二人の安否。あれだけ大規模な魔法を発動させていたのだ。詠唱を行っていた二人は防御結界を張るような余力はなかったはず。
 煙の晴れない空間で二人はクロノとはやての姿を探す。

「あ…………!」

 辺りを見回していたなのはが何かに気付く。フェイトがその視線の先に顔を向けるとそこには探していた二人の姿があった。
二人のバリアジャケットはあちこち焼き焦げていた。しかし、その程度で済んでよかったというところだろう。上手く魔法同士が相殺しあって被害を免れたが、まともに喰らえばいくつ命があっても足りないような衝突だったのだから。

「………」

 二人の前には、倒れ伏したクレア。その髪の色は黒ではなく元の色に戻っている。そのクレアに寄り添うように半壊のデバイスが転がっていた。
 そしてクレアとクロノに挟まれた場所に。

「──────クロノ」

 その少女はいた。

「──────クロノ」

 唯一、知っている名前を呟きながら少女はゆっくりと歩いていく。なのはもフェイトもはやてもそれをじっと眺めていた。あの少女が誰なのはかわからない。けれどそれは赤ん坊が親に向かってよちよちと歩いていくようにとても自然な光景に見えた。

「──────クロノ」

 少女が手を伸ばす。応じるようにクロノも手を伸ばす。あるべき場所へ、生まれた場所へ帰ろうとする少女が満ち足りた笑みを浮かべる。







 ────────────ピシッ

 その後ろで、半壊のデバイスが崩壊の音を立てた。

「──────────え?」

 触れ合おうとしていた指が消える。掴むべきものを失ってクロノの手が空を切る。
見開いた目に映るのは消え往く少女の姿。

「─────────クロノ」

 その言葉と共に、少女は笑顔のまま、消える事の意味もわからないまま、何も残さず消え去ってしまった。

「─────────」

 突然の出来事になのは達は驚きも抱けぬまま、呆然とするクロノを見る。消えてしまった少女を探すようにクロノは前を見つめたまま、何もつかめなかった手をゆっくりと開かれた。その指先は微かに震えていた。

「─────シュツルム、ヘイム?」

 その視界に、砕けたデバイスの欠片を胸に抱きながらクレアがよろよろと立ち上がり、手を伸ばして歩く姿があった。
 伸ばした手は正面のクロノに向けられたものではない。もう消えてしまった幻に向けられたものだ。

「シュツルムヘイム」

 その手が、消えた少女のところに届く。

「─────何処?」

 その瞬間。

「─────────!!」

 クロノはクレアを殴りつけた。自制することの出来なかった感情によって振るわれた拳はクレアを地面に二転三転させながら吹き飛ばした。
 そのらしからぬ行為にぎょっとして三人はクロノを凝視する。胸の内の溜まったものを吐き出すように肩で呼吸するクロノは吠えるように言った。

「ふざけるな。いい加減にしろ。あの子はお前のデバイスじゃない。あの子は────────」


 そこでクロノは口を噤む。

 あの子には、語るべき名は無かったから。

 何か言いたそうに僅かに唇を開いて、それから奥歯を噛み締めた。

「くそっ!!」

 クロノが衝動的に拳を床に叩きつける。魔力すら乗せたその拳撃が床にめり込んだ。そのままの体勢で大きく息をしていたが、やがて小さく息を吐くと前のめりに倒れ込む。集中を切らした身体に一気に疲労が襲い掛かってきたのだった。

「クロノ君!?」」

 慌てて、その肩を抱くはやて。なのはとフェイトも側に駆けつけた。

「───────────」

 そこから離れたところで、クレアは仰向けに倒れていた。ぼんやりと霞む視界で天井を見上げる。

「────っ」

 半身たるデバイスの名を呼ぼうとして、咳き込み血を吐いた。口元に手をやって染まった赤をぼんやりと眺めた。
 元々、クレアは融合デバイスの適正は高くなかった。それを技術でカバーしていたが、管制人格に拒絶されてからはその負荷が一気にやってきた。その状態から魔力ダメージに身を顧みずに放った大規模な魔力放出により、クレアの身体は致命的なまでの負荷を負った。

 ああ、死ぬんですね。私。

 その事実をクレアは淡々と受け止めた。その事に嘆きはない。デバイスあっての自分。そのデバイスを扱えなかった自分に価値を見出すことは出来ない。なら、消え去っても別に構いはしない。
 ただ、夢を叶えられなかった事が心残りだった。

「─────シュツルム、ヘイム」

 彼に呼びかける。彼の声が聞きたかった。彼はいつだって呼びかければ答えてくれた。最後くらい、答えてくれるかもしれない。そんなありえない空虚な希望を抱いて。

 ──────────────────答えは無く、あるのは空虚な空白のみ。

「──────────あは」

 おかしくて悲しくて涙が出そうになった。
 彼が答えてくれないなんて事はない。だって彼はいつでも一緒にいたのだから。呼べば必ず答えてくれた。

 もし、答えてくれないとするならば。
 それはもう自分の側にいないという事だ。

 そこでようやく、クレアは自分の半身たるデバイスがもう存在しない事を受け入れた。

「でも、もう、いいです…………」

 シュツルムヘイムの欠片を抱いて、目を閉じる。それから小さく呟いて詠唱を行った。

「私も、そっちに、行くから」

 その言葉と共に室内に振動が走った。ここだけではない。建物全体が揺れるかのような振動だった。やがて振動に耐え切れなくなった天井は瓦礫となって落ち始める。

「崩れるっ!?」

 はやて達は気を失ったクロノを抱えて、脱出に向かう。部屋を出る時に僅かにクレアの方を見て。
 彼女の姿はもう、瓦礫に埋もれて見えなかった。
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