リリカルなのは SS

                      休日の約束

「クロノ君、今度のお休み空いてるかな?」
「ん?特に予定は無いが」
「じゃあ、お弁当持ってあの草原に行かない?ずっと先延ばしにしてたし」
「…………ああ、前に言っていたあれか。」
「どうかな?」
「悪くないな。良し、行こう」
「うん!」









『もしもし、なのはか?』
「クロノ君?」
『すまない。今度の休日、急に仕事が入ってしまって行けなくなった』
「そうなんだ………。でもお仕事ならしょうがないよね」
『すまない』
「今度のお休みならどうかな?」
『そこなら空いているな』
「じゃあ、今度のお休みに行こっ」
『わかった』









『なのは、すまない。この間の約束なのだがまた急に仕事が入っていけなくなってしまった』
「そう、なんだ…………」
『本当にすまない』
「いいよ、クロノ君が忙しいの知ってるし」
『………本当にすまない。また誘ってくれ』
「うん」

 電話が切れる。しばらく名残惜しそうに液晶画面を見ていたなのはだが、不貞腐れたように携帯を閉じた。

「クロノ君の馬鹿」

 携帯を持っていた手とは逆の手。
 その手にはお弁当向けの料理本が握られていた。









「………どうやら、なのはを怒らせてしまったようなんです」
「あらぁ〜」

 クロノが深刻な顔で桃子に話を切り出した。
 休日の昼時。クロノはいつものように翠屋にやってきていた。明るく声をかけてくれた桃子にも歯切れの悪い返事でしか挨拶を返せず、席に着くなり顔を隠すように組んだ手を額に当てて項垂れ暗い雰囲気を醸し出していた。そのあからさまな様子にどうかしたのかと尋ねた桃子にクロノが返した答えが先ほどの言葉だった。それから事情を聞いた桃子がさらに尋ねる。

「それで?なのははどんな感じなの?」
「ええ、それなんですが…………」

 ぽつりぽつりとクロノはこれまでを思い返しながら語る。
 最初に違和感を覚えたのは書類仕事の手伝いをしてくれた時だ。いつもこんなにお仕事があって大変だね、と聞かれてそうでもないと答えるとだから休日にもお仕事が入っちゃうんだよねー、と何かざらついた言葉で返してきた。
 次に手伝ってもらった時にまたこんなにあるんだ、と聞かれてそうでもないと答えるとでも休日にお仕事入っちゃうんだよねー、とチクチクとした言葉で返してきた。
 極めつけは模擬戦だ。その時持っていたマガジン三つ、カートリッジ十八発全てを使ってこちらを倒そうと、いや殺ろうとしていた。最後の最後なんぞスターライトブレイカーまで使おうとしていた。しかもカートリッジを使っているので時間が短縮されるex版。間一髪でバインドが間に合わなかったら自分と訓練室、いやアースラはどうなっていたか想像するだけで今でも青くなれる。

「フェイトによると、最近は僕の事が話題になるだけで顔が不機嫌そうになるそうで……」
「あらぁ〜」

 桃子が余り見た事のない我が子の一面に困ったような顔で苦笑する。それはあまりそういう事に縁の無い子だと思っていたなのはがそういう反応をする事への嬉しさやら楽しさとクロノに対する申し訳なさから来るものである。

「どうしたものでしょうね?」

 一方のクロノもなんだか最近女性を怒らせる事が多くなっている気もするが、ああいう怒り方をされた経験はほとんどない。放っておく訳にもいかず、さりとてどうすればいいのかわからずほとほと困り果てていた。今日翠屋に来たのも、昼食を理由になのはに対してどうすればいいのかを実の母親である桃子に助言してもらうというのが目的だった。

「そうねぇ〜」

 桃子はもう答えの出ている助言を考える振りをしてもったいぶる。要はなのはは拗ねているだけなのだ。なら、なのはの意に添うようにしてやればいいだけだ。そうして五秒ほど間を置いてから桃子は言った。

「やっぱり誠意を見せるべき、かな」
「誠意、ですか?」
「謝るのも誠意だけど、誠意の見せ方はそれだけじゃないでしょ?なら、誠意が伝わるようにしないと」
「具体的にはどうすれば………」
「そうねぇ。クロノ君の方から予定を切り出してみたら?」
「僕が、ですか?」
「クロノ君だって休日にお仕事を入れたかったわけじゃないんでしょ?なら、クロノ君の方から予定を切り出して約束を守りたかったって言う気持ちを見せないと」
「なるほど………」
「後はそうねぇ…………」

 その後、クロノと桃子は店が忙しくなるまで対なのは対策を語り続けた。









 なのはが本局での仕事を終えて翠屋に戻ってくると、翠屋のエプロンを着けたクロノが待っていた。

「おかえり、なのは」
「…ただいま」

 それだけ言うとなのははすぐスタッフルームに向かおうとクロノの横をすり抜ける。が、それをクロノが呼び止めた。

「待ってくれなのは。話がある。桃子さんからも君が来たら上がっていいと言われている」

 言いながらエプロンを外したクロノが席に着くと渋々と言った様子でなのはも向かいの席に座る。正面のなのははいかにも不機嫌ですという顔で座っている。それに内心冷や汗を流しながら少し間を置いてから咳払いしてクロノが話を切り出した。

「今度の日曜日、仕事が休みなんだがあの草原に行かないか?」

 その言葉になのはは不機嫌そうだった顔をびっくりさせて顔を上げ、顔を緩めそうになるが取り繕うように顔を引き締め直す。それから半信半疑という様子でクロノに尋ねる。

「でも、またお仕事入るんじゃないかな?」
「その可能性がないとは言い切れない。でも、余程の事がなければ入れさせるつもりもない」
「………本当?」
「本当だ」
「本当に本当?」
「本当に本当だ」
「本当に本当の本当?」

 子供か君は、と言いたくなったが実際なのはは子供なので口に出さずにその言葉を飲み込む。代わりに口にしたのは意思表示。

「僕は」

 言葉を一旦切り、『約束を守りたかった』という誠意が伝わるようになのはの瞳を見つめて言った。

「あの草原で、君と一緒に、お弁当を、食べたい」

 なのはが唖然とした様子でクロノを見る。クロノの表情は戦闘時のそれのように真剣だ。その真剣さを感じ取ると、急に体温が上がってきて顔が赤くなった。急に縮こまったようななのはの態度にクロノは内心で首を傾げながら再度尋ねる。

「………どうだろうか?」
「………………………よ」
「よ?」
「よろしく、お願いします」

 顔を赤らめたままのなのはは何故か敬語になって、約束を取り付けてくれた。
 本当に桃子さんの言う通りになったなぁと思いつつクロノはまた内心で安堵した。







 そして日曜日。無駄とも思えるほど晴れ渡った青い空の下、休日はやってきた。この日、何の問題もなく休日を迎えたクロノは翠屋の外でなのはを待っていた。
 最初は、中で待っていたクロノだったが桃子のやたらニコニコした顔と視線に居心地が悪くなり席をテラスの方に移してアイスコーヒーを飲んでいた。

「ごめん、クロノ君待った!?」

 そのアイスコーヒーを飲み終わった頃にようやくなのははやってきた。声がしたほうに顔を上げて挨拶しようとして。

「────────」

 一瞬だが、確かに動きを止めてしまった。
 なのはの格好は袖の無い白のワンピースにつばの広い白い帽子だった。白を基調にしているのはバリアジャケットも同じだが、造形が違うだけでこうも印象が変わるものなのかと思う。魔導師ではない、出会った頃自分に微笑みかけてきたまだ民間人、ただの少女として見ていた彼女を何故か思いだした。

「クロノ君?」
「あ、いやなんでもない」

 自分の抱いた心情を隠すようにクロノは早々と立ち上がった。もう料金は払ってあるのでそのまま出ることが出来る。

「行こうか」
「うん」

 立ち去る二人を日差しに解けたアイスコーヒーの氷がカランと音を立てて見送った。









 商店街を出て桜台に続く道をなのはの歩調に合わせて歩いていく。もう八月も終わりに差し掛かっているが日差しはまだまだ夏の色を衰えさせない。その日差しにクロノはなのはの様子を窺うと彼女が持つ大きなバスケットが目に入った。二人分の弁当を入れるにしては随分と大きい。それを持つなのははすこしばかり歩きづらそうだった。

「なのは」

 持ってやろう。そう思ってクロノが手を差し出す。

「え………?」

 すると何故かびっくりした顔でこちらを見た。それから何故か顔を赤くして俯いた。どうしたのだろうと思って首をかしげていると急に手を柔らかい感触を包まれる。何事かと思って手を見るとなのはが自分の手を握っていた。

「ッ!?」

 思わず息が詰まった。いや、そういうつもりで手を差し出した訳じゃない。そう言おうと思ったが、それではなのはに手を握られる事を拒んでいるようなのでぐっと言葉を飲み込む。それから出来るだけ手に意識を集中させないようにしてなのはに声をかける。

「僕が持とう」

 手を握られていない、空いた方の手を差し出す。なのはがきょとんとした顔をしてから恥ずかしげにバスケットを手渡した。その時、僅かに触れた指先にまた胸が高鳴った気がする。

(………それにしても)

 誰かと手を繋いで歩くなんていつ以来だろうか。
 そんな感慨を抱きながら、クロノはなのはの手を繋いだまま、桜台の草原まで歩いていった。








 山道を登り、森を抜け、草原へと辿り着く。斜面から涼しげな風が吹き上げ、夏の熱気を和らげさせた。

「やっぱりここ、涼しいね」

 その風を受け、帽子を押さえながらなのはが言う。そこまで急ではないとは言え、山道は坂道だ。急いで歩いてきたわけでもないがクロノもなのはもじっとりとした汗をかいていた。その身にはこの草原の風は汗を拭ってくれるかのように爽快だった。
 クロノがなのはの手を引いて草原を歩く。適当なところで腰を下ろしたところで繋いだ手を離した。手に残った体温がなんだか名残惜しく感じた。

「はい」

 クロノが一息ついていると横からカップが差し出された。なのはが持って来た水筒のカップだ。礼を言ってから受け取って口に運ぶ。口当たりのいい冷えた紅茶が喉を潤す。その味わいの良さに思わずぐっと一気に飲み干した。紅茶らしい飲み方ではないと思うが、それほどに美味しかった。

「君も飲むといい。美味しいぞ」

 言いながらカップを返す。なのはは受け取ったカップに紅茶を注いで、口をつけようとして………一旦止まる。

「?」

 どうしたのかと思っていると、なのはは目を凝らしてカップの縁を眺める。どうやら、関節キスにならないようクロノが口をつけたところを見つけようとしているようだ。カップはひとつしかないからしょうがないが、その仕草にクロノは内心でおかしさを感じた。
 なのはも紅茶を飲み干すと、二人は草原の先に眼差しを送る。何かあるわけでもない。ただ、言葉もいらないような柔らかい空気がそこにあった。









「そろそろお弁当にしよっか」

 心地よい陽気にそれだけで満腹になってしまいそうになった頃、なのはがそう切り出した。クロノが小さく頷くと、せっせと弁当を用意する。
二人分にしては大きいと思ったバスケットの中身はやはり二人分ではなかった。どう見てもここにいる人数分の倍くらいあった。

「………誰か他に呼ぶ予定でもあったのか?」
「そ、そう言うんじゃないんだけど…………」

 なのはが人差し指をモジモジさせながら困った顔で言う。まあ、その事を非難するつもりは全くない。せっかく作ってきてくれたというのに文句を言うのは罰当たりというものだ。

「それじゃあ、頂くよ」

 手ごろな所で、サンドイッチを摘み上げる。翠屋のメニューでも出ているレタスやトマトを具に挟んだものだ。桃子の直伝なのだろうかと思いつつ、口を開ける。

「…………」

 その動きが止まる。なんだか物凄く見られている気がする。いや、気のせいではない。やや、身を乗り出しながらこちらの一動作一動作を見逃さぬかのようにじっと見詰めている。
 その視線の先は…………自分の指先。

「………食べたいのか?」
「………えっ」
「いや、なんだかじっとサンドイッチ見ているし」
「え、ええーと………」

 もしかして食べたがっていた具を選んでしまったのかと危惧するクロノだったが、口ごもっている様子を見ると間違いなさそうだと思った。なので、真ん中から半分に千切ってその一つをなのはに渡す。

「半分に分けた。これで二人とも食べられる」

 差し出されたサンドイッチの半分をなのはは複雑そうに見つめる。どうしたのかと思いつつ、クロノはひょいともう半分のサンドイッチを口に運ぶ。
 あ、と小さくなのはが声を上げる。

「……美味しいな」

 非常に感嘆した表情でクロノが呟く。それを見てなのはがぱぁ、と顔を輝かせる。急かす様に別のサンドイッチを手に取ってクロノに差し出す。

「ね、クロノ君。これどうかな?食べてみて」
「ああ、頂くよ」

 サンドイッチを受け取ろうとして手を伸ばす。が、それが中途半端なところで止まる。サンドイッチを差し出したなのはの手が遠ざかったからだ。

「なのは?」

 戸惑うクロノの目には何かを思いついたような笑顔のなのは。

「クロノ君」

 さっきは、勘違いされてそうなったけど。

「これも半分こしよ?」

 クロノと同じものを食べるというのは、なんだか心が踊る感じがした。









 そうして、夕暮れ。

「…………」

 クロノは大ピンチだった。
 唐突のことに、クロノ自身状況を把握しきっていなかった。今に至るまでの過程を何とか思い起こしてどうしてそうなったのかを推察するのみだ。
 昼食後、腹も心地も満腹となったクロノとなのははどちらともなく草原に横たわった。降り注ぐ太陽に光と草の匂いと風の心地よさを一身に感じながら目を瞑った。
 そんな状況では眠たくならない方が不自然だ。いつしかクロノとなのははまどろみ、そのまま眠りについた。
 時間にすればほんの二〜三時間ほど。けれどこれ以上ないくらい、安らいだ眠りについていたクロノが目を覚ました。
 空を見上げれば茜色。前にもこんなことがあったなと思い返したクロノが身体を起こそうとする。そろそろ帰る頃合だった。
 が、右腕の方が何か重かった。重いと言っても温かさを実感できるような、存在を示す重さだった。
 なんだと思って首を横に回す。
 なのはの顔が眼前にあった。

「…………」

 クロノは五秒ほど心臓を停止させて現在に至ったのだった。
 まあ、あれだ。そんなに離れて眠っていたわけではないから寝返りをうった拍子にうっかり僕の腕に頭を乗せてしまったのだろう。うん、それだけの事。それでいつかの僕よ。腕ならよかったと言っていたがこれやばいよ。なんて言うか腕と腹の間に(越えられない壁)とか入りそうだよ僕的に。ほらだって、唇の動きとかわかってしまうし。そんな訳で僕は以前より一つ物を知ることが出来ました。
 思わず、身を硬くしようとして思い留まる。それでは前回と同じ徹を踏む。クロノは大きく息を吐いて気を落ち着けた。そうして、爆弾解体作業をするかのようにゆっくりとゆっくりと腕をなのはの頭の下から抜いていく。無論、彼女の頭が急に地面に落ちないように気をつけながら。

「…………」

 どうにか、目的を果たしたクロノは緊張と共に大きく息を吐き出した。それからなのはの肩を揺すって目を覚まさせる。気持ちよさそうに寝ているところで忍びないがそろそろ帰る時間だ。

「なのは、起きて」

 しかし、なのはは一向に目を覚まそうとしない。クロノの手を振り払うかのように寝返りをうった。

「随分とぐっすりと寝ているな………」

 クロノは知る良しもない。なのはが昨晩緊張のあまり寝付けなかった上に大量のお弁当を作るために早起きまでして寝不足気味だったことに。
 どうしたものかと誰かに意見を求めるように視線を投げる。
 その先には沈みゆく夕日。

「…………」

 そこにクロノは過去の情景を見出した。









 ゆらゆらと揺られ続ける感覚になのはが目を覚ます。

「…………」

 ぼんやりとした意識の中、自分の視界が上下している事を不思議に思う。身体が宙に浮いたような感覚の中で自分の足が地に付いていないことを理解していたからだ。
 次に覚えたのは身体に伝わる温かさ。こんなにいい抱き枕うちにあったかなと疑問に思う一方、なのはは引き寄せるように腕に力を込めた。

「んぎゅっ」

 抱き枕と思っていたものが間抜けた声を上げた。はて、いつの間に声を上げるような抱き枕がこの世に作り出されたのだろうか?それにしては、何か聞き覚えのある声だったような…………。
 そこでなのはの意識が明確になった。その覚えのある声が誰のものかを認識したためだ。慌てて上体を飛び退るように離すが勢い余って仰け反りそうになり、また慌ててしがみ付いた。

「何をしてるんだ君は」

 呆れたような声は自分の方には向けられず、けれどとても近いところから聞こえてきた。それにいくばかりか平常心を取り戻してなのはが訪ねる。

「えっと、クロノ君?」
「なんだ?」
「あの、どうして私、クロノ君におんぶされてるのかな?」
「起こそうとしたんだが起きてくれなくてね。無理に起こすのは忍びなかったから運ぶ事にした」
「お、起こしてくれていいよ!そういう時は!!」

 なのはの抗議にクロノは困ったような顔を浮かべる。

「僕もその方がいいとは思ったんだけどね」

 クロノの声の調子が変わった事になのはが口を噤む。それはいつか聞いた事のある想いの篭った声。

「昔、ピクニックの帰りによくおぶられて帰ったのを思い出してね。帰り道の途中で今に君みたいに目を覚ましたのを覚えている」

 今はもういない人の事を語るときの声だった。

「クロノ君…………」

 その事になのははかける言葉が見つからない。微かにしか覚えていないとクロノは言う。けれどその大切な思い出はクロノの胸に形容することが出来ないほど深く刻まれているような気がしたからだ。
 だから言葉にしたのは今の事。過去と今を重ねたクロノに対するちょっとした抗議。

「でも、私クロノ君の子供じゃないよ?」
「当たり前だ。君くらいの歳の子供を持つほど歳を重ねていない」
「………そういう意味とは違うんだけど」
「何か言ったか?」
「なんにも」

 誤魔化すようになのはがクロノの背に身を預ける。クロノが身を硬くしたのが直に伝わった。

「………ところで目を覚ましたのだからもう降ろしてもいいと思うのだが」
「麓まで、だめ?」
「………わかった」

 どうしてそんな事を言うのかわからなかったが、クロノはあっさりと了承した。なんとなく気にする事も理由を考える事もしなくていいような気がしたからだ。
 なんだか大きく見える夕日が山道を下る二人を照らしていた。







「ただいま〜」

 翠屋の扉を開くと来客用のベルが鳴り、続くように大きな声でなのはが帰りを告げる。クロノもその後に続く。

「おかえり〜」

 その二人を粗方の仕事を終えた桃子が出迎えた。

「楽しかった?なのは」
「うん!」

 満面の笑みで報告するなのはの後ろでクロノはぽりぽりと頬を掻きながら明後日のほうを向く。
 そのクロノに桃子がスススッ、とにじり寄って来る。内緒話をするかのように顔を近づけてクロノに尋ねる。

「クロノ君」
「なんですか」
「デートは楽しかった?」
「───────────なっ!?」

 言葉の意味を理解するのに数秒かかってからクロノが驚愕する。それから桃子に食って掛かった。

「も、桃子さん!僕はなのはと出かけただけです!決してそのようなものでは!!」
「え〜?世間一般では、男の子と女の子が約束して一緒に出かけたらデートっていうと思うけどなぁ〜」
「それはそうかもしれませんが!……くっ、図りましたね桃子さん!?」
「そんな、人聞き悪い。私相談に乗ってあげたのに〜。クロノ君、なのはの初物取っちゃった責任、そんなに取りたくないの?」
「何ですか、その誤解を招きそうなと言うか招くことを目的とした言い回しは!!そもそも、何が初なんです!?」
「…………あの子、デートしたのクロノ君が初めてよ」

 思わず絶句する。

「あの、本当に?」
「うん」
「──────────」

 笑顔で断言する桃子にクロノは口をパクパクさせる。
 学校の友達やユーノ辺りとは?と聞こうかと思ったがどうせ無いと言うだろうしあると言われてもそれはそれで納得が行かない。特に後者。それと、もしこれがデートと呼ばれる類のものなら自分だって初めてで、って待つのだクロノ・ハラオウン。それを認めてはいけない。まずはそれを否定する所から始めなくては。男女が約束して出かけるのがデートというならエイミィとだって行った事がある。つまり、僕はデートした事がある。あー、でもあれは荷物持ちでデートなどという色気とは無縁のものだったなぁ。あんなのを初デートとは思いたくない。いや、そうじゃなくてそもそも僕は何を否定しようとしてってそうだ、今日の約束がデートであるか否かを─────────────。

「クロノ君」

 ぐるぐると回る思考の中、声をかけられて振り向く。

「また一緒に行こうね」

 これ以上ないくらい眩しい笑顔を浮かべたなのはがそこにいた。

「─────────っ」

 思わず、腰砕けになりそうになるクロノ。それをガシッと両腕を取られて支えられる。
何事かと思って首を左右に回す。

「…………」
「…………」

 そこにはなんだかとっても素敵な顔をしたフェイトとはやての姿があった。

「き、君達!?どうしてここに!?」
「どうしても何も」
「ここでケーキを食べに来てただけだよ」

 その言葉にクロノはうっかり腹をすかせたライオンの前に立ってしまったかのような心境になった。

「さ、洗いざらい話してもらおか。せっかくもう残り少ない夏休みを一緒に過ごそうと思っとたのに、捕まらなかった理由を聞かせてもらうわ」
「あとなのは。こっそり逃げようとしちゃ駄目だよ?あ、桃子さん。クロノにはとっても甘いココアにとっても甘いチョコレートパフェをお願いします」

 気が遠くなっていく意識。窓から微かに見えた夕日が最後の光を輝かせて沈んだ。僕も連れて行ってほしいなぁ、と他人事のように思った。

 そんな夏の終わりの休日。長かった夏休みはもうすぐ終わる。


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