リリカルなのは SS

                    無責任未来予想図

 時空管理局のとあるフロア。部屋と表現するには広すぎるその場所にクロノ、なのは、フェイト、はやての姿があった。クロノ以外の三人は整頓されて置かれているにも関わらず、その量から乱雑とも取れる数多くのアイテムを見回していた。どこを見ても自分達を囲むようにアイテムの群れは続いていた。

「あの、クロノ君。これ本当に……?」
「ああ」
「全部?」
「全部だ」

 はぁー、と感嘆を上げるなのは。その素直な驚き方にクロノは忍び笑いをしてから手を叩いて視線を自分に集めた。

「さて、もう一度今日の講義の内容を説明する。君達はこれから色々な任務につくことになるだろう。その中にはロストロギアに関わるものも多い。だが君達はまだ知識をしっかりと学んでいない」

 すっとクロノが手を横にやる。案内をするような手つきの先には整列したアイテム達。

「そういうわけで、今日は君達にはここにあるFランクロストロギアを手に取ってもらって、慣れる事から始めてもらう」

 時空管理局封印課F保管庫。低級のロストロギアを保管するその場所がクロノ達がいる場所だった。

「でも、クロノ。ロストロギアを変にいじったりして大丈夫なの?」
「ああ。ここにあるものは全て解析が終了したものだ。暴発するようなものはないし、ほとんどが現代技術でも再現できるような機能しかないものばかりだ。遊びではないが、真剣に宝探しでもするつもりでやってくれ」

 まあ、ほとんどガラクタばかりだが。そう言うクロノに構わずはやては楽しそうに言った。

「そんなら、ええもの見つけて皆で山分けや」

その言葉に苦笑するクロノだが、ふと思い出したように付け加える。

「そうそう、言い忘れていた。ここにあるのは危険性の無いものばかりだが、それだけに用途不明な機能や理解しがたい目的に作られたものが多数ある。なにが起こるかわからないのがロストロギア、という言葉をある意味で体現しているからそれだけは注意するように」
「「「はーい」」」
「では、各自ロストロギアを手にとって見てくれ」








 それから三人は色々なロストロギアを手に取った。なるほど、確かにクロノに言うとおり理解しがたい物が多くあった。スイッチを押したら突如、合体変形を行う小型の機械。空き缶ほどの筒から飛び出るパンチンググローグ、立体映像を映し出すカードバトル遊具、謎の変身ベルト等々。なのは達はそれらに驚きながらキャッキャッとロストロギアを手に取り続けた。

「あれ?」

 そんな中、フェイトが整列したロストロギアの中にある物を見つけた。片手で掴めるくらいのオーブだ。様々な形をしているロストロギアの中で何の変哲も無いその球体は逆に目立った。
 なんなのだろう?そう思ってフェイトは特に警戒なくそれに触れた。

「あっ」

 するとオーブは淡く光り、空間に映像を映し出した。テレビ画面のようにしっかりとした克明な画像だ。だから、なんなのだろうと思っている間に映っている映像が見覚えのある場所だと言うことにすぐに気が付いた。

「これ、自宅だ…………」

 そう言った瞬間、まるでテレビドラマのようにカメラのアングルが切り替わる。そこに映し出されたのは金色の髪を真っ直ぐに下ろした少女。

「私………?」

 断言できなかったのは、その少女が自分よりも成長している姿だったからだ。14〜15歳くらいだろうか。色々も女らしく成長した自分らしき人物がゆっくりと自宅の廊下を歩いていく。
 場面がリビングに映り変わる。そこにいたのはすらっとした長身の青年。一目でわかった。

「クロノだ」

 そのクロノはソファーに座って何かの書類を読んでいた。私服と言うことは休日なのだろうが、成長しても仕事を忘れならない所はいかにも彼らしい。
 しかし、これは一体何なのだろうか。そう思った時にリビングに入ってきたフェイト(大)がクロノ(大)の後ろに回りこみ。

『おにーちゃんっ』

 首根っこに抱きついた。

「ふ、ふぇっ!?」

 突如の光景に驚くフェイト。そんなフェイトにお構い無しに映像は進んでいく。

『どうしたんだ、フェイト?』
『なんでもないの。ベタベタしたいだけ』
『しょうがないな、フェイトは』

 すりすり頬擦りするフェイト(大)。そんな彼女を好きにさせるどころか手にした書類を置いて撫でてやるクロノ(大)。顔もフェイト(大)の方にやって頬擦りしてやっている。見ようによっては頬にキスしているように見えなくも無い。

「…………」

 呆然とするフェイトにお構い無しに、フェイト(大)はクロノ(大)に甘え続ける。今ははむはむと首に甘噛みしている。
 違う、違うの。
 誰に言い訳しているのか、フェイトは内心でそう思いながら、震えるように首を横に振る。いや、確かにクロノにはもっと甘えてみたいと思っているけどこんなんじゃなくてでもちょっとは羨ましいと思ったりもするけどでもけどやっぱりこうじゃなくてもっとこう、何、あれな風に。

「あれ?どうしたんフェイトちゃん?」

 後ろからかかった声にフェイトは思い切り身を竦ませる。振り返れば声をかけたはやてとなのはの姿があった。

「な、なんでもないよ!!」
「……何慌てとるの?」
「あれ?後ろのそれ何?」
「な、なんでもないから見ちゃ駄目!」

 反射的に手を広げて、映像を遮る。だが、その行為は二人の興味を誘う以外の何物でもなかった。

「何々?ちょっと見せてや」

 あっさり身をずらしてフェイトが遮っているものを見る。

『ん〜…………』

 そこにはいつの間にやらクロノ(大)の膝の上に移動し、猫のように撫でられ、喉をゴロゴロされているフェイト(大)の姿があった。

「ちょ、何やこれフェイトちゃん!?」
「し、知らないよ!」
「映っとるのフェイトちゃんやん!!」
「そうだけど違うよ!」
「……………」
「無言なのは逆に怖いよ、なのは!?」
『おにぃちゃん…………』

 言い争う声はなんだかうっとりとしたフェイト(大)の声に遮られる。ピタッと言葉を止めた三人が映像を凝視する。

『なんだ、フェイト』
『一緒にお風呂入ろ』
「「「!?」」」

あっさりととんでもない事を言うフェイト(大)。

『ああ、いいぞ』
「「「!!??」」」

 あっさりと承諾するクロノ(大)。ダレダオマエハ、と三人ともそう思った。
 そう思っているうちに、フェイト(大)はクロノ(大)の腕にしがみ付くようにして一緒に歩いていく。その方向は間違いなく浴室。いつも使っているフェイトはもちろん、お泊りで利用したことのある二人もよく知っていた。

「ちょ、ちょーっと!ストーップ!!」
「と、止まってー!!」

 その声に反応したのか、スーッと薄れていく映像。大きく息をついてホッとするフェイト。だが、すぐに左右から来る痛い視線に顔を上げた。

「……………」
「だ、だからなのは。何も言ってくれないのは怖いよ………?」
「フェイトちゃん、義理でも近親相姦はあかんと思うよ?」
「しみじみと変なこと言わないではやて!!」

 フェイトが状況の説明をするが、二人とも疑い深い視線をやめない。この二人からこんな目で見られるなんて。泣きそうになりながらもフェイトの釈明は続く。

「だから、あれはこれが勝手に!」
「でもなぁ。フェイトちゃん時々今の光景を匂わせるような事をしとる気が………」
「そ、そんな事言うならはやてもやってみてよ!」

 いつまでも信じてくれないはやてに業を煮やしたフェイトはそう言った。

「へ、へ?」
「それで変な映像が映ったら信じてくれるよね?」
「う、う〜ん………」

 思わぬ切り替えしに唸るはやて。途中からからかい半分だったのだがまさかそんな事を言われるとは。

「やらないならはやても変なこと考えてるってことだよね?」
「そ、そんな事あらへん!」
「じゃあ、やってみて」

 背中を押されてオーブの前に立たされる。もし、フェイトの言葉の通りなら何が飛び出てくるかわかったものではない。

「え、えいやー!!」

 躊躇ったのは一瞬。しかし、身の潔白のためにはやては気合を入れてオーブに触れた。

「…………」

 三人が注視する中、浮かび上がったのは八神家だった。外観から映し出され、カメラが切り替わるとキッチンの様子が映し出される。そこに映っていたのは高校生くらいの少女の姿であった。

『今日は皆仕事やから量が少ないなぁ』

 そう言って振り返った女性は誰が見ても成長したはやてに見えた。制服の上にエプロンを着た彼女が用意した食卓はその言葉が示すように、八神家で暮らす人数分が用意されていなかった。
 用意された食事は二人分。一人は当然はやて(大)のもの。するともう一つは誰の分なのだろうか。ぱっと見箸や茶碗は男物のようにも見えるが基本的に子犬フォームを取るようにしているザフィーラはそれらを使って食事はしないはず。
 そう疑問に思っていると、すぐに答えが映し出された。

『おはよう、はやて』
『おはようクロノ君。ええ朝やで』

 爽やかに挨拶するクロノ(大)。それとは正反対に現実の空気はドス黒いものものになる。

「な、なんではやての家に朝からクロノがいるの!?」
「し、知らへんよ!!」
『はやての朝食も久しぶりだな。しばらく家で寝泊りしていなかったし』
「なんで、一緒に暮らしてる設定なの!?クロノの家族は私なのに!!」
「だから知らへんって!ちゅうか、めっちゃナイスタイミングやなクロノ君(大)!!」
「…………」
「うわ、ほんまに怖いわ、無言のなのはちゃん!!」

 さて荒みきった現実から映像に目を移すと、クロノ(大)とはやて(大)の食事が進んでいた。

『はい、クロノ君。あ〜ん』
『いや、はやて。久しぶりだからって別に………』
『あ〜ん』
『………あ〜ん』
『はい次。クロノ君の番や』
『僕もやるのか………』
『やるんや』
『………あ〜ん』
『あ〜ん』

 そんな飢えた人間の前で豪勢な食事をするような神経逆撫でな朝食風景が終わると、管理局の制服を着たクロノ(大)をはやて(大)が見送ろうとする。

『ほんならクロノ君。いってきますのチューや』
「なーっ!?」
「ちょい待ち!ちょい待って自分!!」
「………」
『やれやれ……』

 はやて(大)に近づいて、顔を俯かせるクロノ(大)。

「駄目!なんだかわからないけど駄目―!!」
「うわ、うわ、うわー!!」
「…………」

 三者三様の反応。いずれも顔を赤くしながら画面を凝視している。その中のクロノ(大)とはやて(大)の顔が重なろうかという瞬間、はやて(大)の動きが止まった。それから身を翻して洗面所に駆け出した。

『はやて?』

 戸惑うクロノ(大)。それを眺める三人も同じ心境だった。
 履いていた靴を脱ぎ捨ててクロノ(大)が洗面所に向かう。そこには俯いたままのはやて(大)がいた。

『どうしたんだ?急に』
『ク、クロノ君…………』
『………なんだ?』
『わ、私、出来ちゃったみたいや………』
『え…………?』

 そこで映像が途切れた。

「…………」
「…………」
「…………」
「…………はやて」
「………なんやフェイトちゃん」
「出来たって何?」
「し、知らへんなぁ………」
「はやてがこんな危険な願望を持ってるなんて知らなかった」
「ど、どこが危険なん!?割と健全やん!?」
「まだ制服を着るような年で子供が出来るなんて不健全だよ!!」
「何が出来てるかわかってるやん!!」

 言い争う二人。そこに無言のプレッシャーがかけられた。

「…………」

 見てみれば、なのはが無表情で二人を見ていた。恐ろしいプレッシャーだ。だが精神的に余裕の無い二人は怯む事無く当然のようになのはに言った。

「次、なのはだよ」
「なのはちゃん、次や」
「…………へ?」

 スイッチが切り替わったように、いつもの子供らしい顔に戻るなのは。二人の言葉を理解すると、顔を赤くして両手を大きく振って慌てた。

「あ、あの〜、いつから順番制に?」

 先ほどのプレッシャーが嘘のように、縮こまるなのは。しかし、二人は容赦なく告げる。

「はやく、なのは」
「ほら、なのはちゃん」

 ズイッ、と一歩詰め寄るフェイトとはやて。それに押されて下がったなのはの肘がオーブに触れた。その接触で再び映像が映し出された。

「「「あ」」」

 三人の声が重なる。映ったのは見覚えのある高町家。またも外観から映し出された光景ははやての時と同じようにカメラが切り替わるとキッチンを映し出した。

『ふんふんふ〜ん♪』

 そこには鼻歌交じりで朝食の準備をする二十代半ばの女性の姿が合った。まっすぐに下ろした栗色の髪。三人がよく知る喫茶店のパティシエによく似たその女性はどうやらなのはのようだった。
 歌に乗って着々と用意される朝食。その途中で三人はある事に気が付く。

「なんや茶碗の数、多くない?」

 その疑問にはなのは(大)が答えてくれた。

『皆―!ご飯だよー!』
『『『『『『『はーい!!』』』』』』』』
「「「───────え」」」

 なのは(大)の言葉に応じる複数の声。ぞろぞろと入ってきたその人数は七人。上は小学生、下は保育園くらいの年齢幅の子供たちだ。

「な、何この人数!?」
「な、なのはちゃん。頑張りすぎや!!」
「が、頑張り過ぎってなにー!?」

 一方、映像では穏やかな光景が続いている。

『おかーさん。もう食べていい?』
『駄目、お父さんがまだでしょ?』
『起こしてきていいー?』
『だーめ、それはお母さんの役目』
『………そういうと思ったからさっき声かけてきたよ』
『そ、そんな!?どうしてそんなことを!?』
『だって、母さんに任せるとしばらく戻ってこないし』
『ほら、皆早く座れ。母さん、早くご飯にしよう』
『子供達が冷たいよ……………』
『ノロケを聞きたくないだけだよー』
『友達からなんであんなに仲いいのってよく聞かれるのよね……』
『だって大好きな人だもん』
『子供相手にノロケないでよ…………』

 どうやら、この夫婦は子供達にも呆れられるほどのラブラブっぷりらしい。

『あ、おとーさんだー』

 その言葉に子供達が顔が明るくなる。そして子供たち以上に顔を明るくさせているのはなのは(大)だ。現れた黒髪の青年は最早誰なのか言うまでも無い。クロノ(大)は皆に笑って挨拶した

『おはよう、皆』
『クロノ君、おはよ〜』

 挨拶と共に子供達の前にも関わらず、朝っぱらから抱きつくなのは(大)。冷やかし半分、呆れ半分の子供達の視線の中、夫婦はごく自然に顔を重ねようとする。三人がその光景にぎょっとした瞬間。

「何をしているんだ君達は」

後ろから声をかけられた。

「「「─────!?」」」

 驚いて振り向いたそこにはクロノの姿があった。その動作に合わせる様に浮かんでいた映像も掻き消えた。
 わなわなと震える三人を不審に思いながらクロノがその背後に視線を向けるとそこにあった品を見てさらに怪訝な顔をした。

「『ヘブンズドアー』じゃないか。こんなもののところで何をしているんだ?」
「へ、ヘブンズドアー?」
「ああ。元は心の中を映像化するのが目的だったようだが、どうやらそれは失敗作のようでね。個人の持つ情報を勝手に演算して勝手な未来や願望を映し出す機能になってしまったんだ。なんでもこれを持っていたロストロギア収集家の夫婦を離縁させたとか言う曰くを持っているらしいが…………?」

 そこでようやくクロノは三人の様子が不審どころか異常なものであることに気が付いた。なんだかよくわからないが不気味な事は確かなオーラを空気につぅー……と嫌な汗が背筋に流れた瞬間、はやてが叫んだ。

「クロノ君もやるんやー!!」
「………は?」
「ええから!とっとと!!早く!!!」
「なんだ、いきな」

 困って視線を動かしたクロノの動きが止まる。見ればはやての後ろにいる二人も似たようなオーラを隠すこともなく発していた。

「なんなんだ………」

 あまりの雰囲気に渋々クロノはヘブンズドアーの前に立ち、投げやり気味にポンとその球体に触れた。瞬間、映像が浮かび上がる。
 どことも知れぬ日本庭園。獅子おどしの音がなるその縁側にクロノが腰掛けていた。
クロノは何をするでもなく、ただそこに佇んでいた。五分くらいそうしていただろうか、すっと隣に置いた湯飲みを口に運んだ。この世での最後の一杯、とでも言わん風に味わって飲んでいる。
 そうして、中身の三分の一ほどを飲んで一言。

『お茶が………うまい』

 カコンッ!
 獅子おどしの音とともに映像が途切れた。

「……………」
「……………」
「……………」
「……………」

 四人はなにも言えず、局員が様子を見に来るまでその場で固まっていた。






 その日、クロノ・ハラオウン執務官からF級ロストロギア『ヘブンズドアー』のランク上げによる封印度の向上、または当該ロストロギアの破棄申請の書類が封印課に提出された。



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