リリカルなのは SS

                休日のデリバリーサービス

  休日のことである。クロノは学校に向かう妹と職場に向かう母とどこかに出かける使い魔を見送った。出かける家族を見送るのが、彼の休日の日課だ。
その日課を終えると、クロノは部屋に戻って提督試験の勉強を始めた。休日の昼はほとんど翠屋で済ませる。その時間までの空き時間は大抵勉強やデバイスの整備、自室でも出来る仕事に当てていた。
 そうして机に向かうこと数時間、翠屋に行くまであと一時間と言う時だった。

「ん?」

 充電器に刺さった携帯が鳴り出した。フェイトやなのは達のプライバシー、こちらの世界の都合に合わせて購入した物だが、自分から使う事も掛かってくる事もそれほど多くない。その携帯に電話がかかってきたことを意外に思いながら画面を開く。

「……翠屋?」

 掛かってきた番号はメモリに登録されているもの。しかし、掛かってくるのは初めてのその番号に戸惑いながら電話に出る。

「もしもし」
『あ、クロノ君?桃子だけど、こんにちは〜』
「桃子さん?」

 掛けてきた人物も意外な人物だった。翠屋からかかってきたのだから桃子が掛けてくるのは不自然ではないが、そもそも翠屋から電話が掛かってくる事も桃子から電話が掛かってくる事も初めてだ。翠屋であればカウンター越しに話をする人と姿の見えない状況での会話に戸惑いを深めながらクロノは用件を聞く。

「どうかしたんですか?急に電話なんて」
『実はクロノ君にちょ〜っとお願いがあってね〜』
「お願い?」
『うん。だから今から店のほうに来てくれないかな?』

 時計を見る。予定よりも大分早いが元々行くつもりだったのだ。出かける準備も済ませてあるから問題はない。開いていた教本を閉じながら答える。

「わかりました。そちらに向かいます」
『ありがと〜。じゃ、待ってるわね』

 電話が切れる。携帯をそのままポケットに入れると身支度を整えた。と言ってももう着替えは済ませてあるし、財布を持って軽く髪型を整え直すくらいだ。五分と掛からず身支度を終える。

「いってきます」

 戸締りを確認してから、クロノは家を後にした。────桃子がどんな用件を言ってくるかを考えもせずに。









「桃子さん」
「何?クロノ君」
「僕にお願いがあるとの事でしたね?」
「そうよ〜」
「それと僕が翠屋の制服を着させられているのは何か関係があるのでしょうか?」

 昼のピークを迎える前の翠屋。まだ客の入りがちらほらとある程度の時間にやってきたクロノは着くなり翠屋の制服に着替えさせられた。着替え終わった時点でようやく聞けた疑問に桃子はにこやかに答える。

「あるのよね〜、これが」
その様子にクロノは呆れ顔で尋ねる。

「で、お願いと言うのは店の手伝いですか?」

 いつだったか、人手が足りず忙しかった翠屋の手伝いをして以来、クロノはたまに翠屋の手伝いをさせられていた。最初のころと比べると出来る仕事も増えて、レジ打ちに皿洗い、材料の下拵えと普通のアルバイトと変わらないレベルで仕事が出来るようになっていた。それらが終わってクロノはふと思うのだ。あれ、僕は昼食を取りに来たんじゃなかったのか、と。

「うん。と言ってもいつもと違う仕事だけど」

 違う仕事?
 一体それはなんなのだろうと思っているとカウンターの上にドンと大きな包みが置かれた。週刊誌を十冊近く重ねた大きさだ。一体なんなのだろうか?


「クロノ君にこれを運んでもらいたいの」
「………翠屋はいつの間にデリバリーを始めたんですか?」
「今日はじめてかな?」
「……それでこれは一体?」
「なのはのお弁当」
「は……………?」

 意味が理解できなかった。

「今朝、はりきって作ったんだけど渡し損ねちゃって〜。だからお願い」
「………桃子さん」
「何?クロノ君?」

 桃子の顔は子供の質問に答える優しい母親のそれである。が、そんなものには惑わされない。色々と疑問の残る桃子の言葉を一つ一つ確認していく。

「これはなのはの弁当なんですね?」
「そうよ」
「それを渡し損ねたと」
「うん」
「それで、何故、僕が、翠屋の制服を着て、届けることに?」
「デリバリーサービスって事で」
「学校にデリバリーはないでしょう!?」

 最後の最後で捻じ曲がった結論に思わず叫ぶ。クロノは休日であるが、なのは達は平日で学校に行っている。弁当を届けると言うことは無論学校に向かわなくてはならない。それをデリバリーと言い張る方便のためだけに自分を翠屋の制服に着替えさせたのだろうかこの人は?

「まぁまぁ。もしくは家族にお弁当を届けに来たってことにすればいいわよ」
「誰が家族なんですか、誰が」
「クロノ君とフェイトちゃん」
「……………何故、そこで僕とフェイトの名が?」

 口に出した通り、桃子の言葉の意味はわからない、わからないが酷く嫌な予感がする。そして心底残念なことにこういう時のカンは外れた事がないのだ。

「実は〜、今日フェイトちゃんの分のお弁当も作る約束してて」
「そんな約束している時に渡し忘れないで下さい!!」

 そういえば、今日フェイトは弁当の用意をしていなかったが、そんな話になっているとは。そんな事執務官の洞察力はおろか神でも見抜けまい。

「そんなわけでクロノ君が持っていってくれないとなのはとフェイトちゃんがお腹をすかせちゃうから」

 ズイッとクロノに特大の弁当を渡す。

「だから、お願い」

 なのはとフェイト。二人の名前を出されたクロノにはそれを受け取る他なかった。






 大きな弁当箱を持って、敗残兵のように重い足取りで聖祥学園に向かうクロノ。その歩みは決して速いと言えるものではなかったそれでも目的地に向かっている事には変わりなく、やがてその場所が見えてきた。

『私立聖祥大学付属小学校』

 そう校門に書かれたその場所に立つと、自分を見ている人がいた。校門の側から自分を訝しげに見ている。格好から守衛のようだ。

「すいません。ちょっと………」

 近づいて事情を話す。最初こそ、怪しい者を見る目でこちらを見ていたが、事情が伝わるとあっさりと通っていいと言い、来客用の入口と四年生の教室の場所を懇切丁寧に教えてくれた。
 甘いセキュリティーに少し嘆きが入る。自分が危険人物だったらどんな事態になるか考えてもいないだろう。もっとも厳しすぎても入るのに困っただろうから良しとしておこう。
 何より、大きな弁当を抱えた人物が危険な犯行をする人物に見えるわけがない。それを思うと自分の状況にまた頭が痛くなった。

「…………」

 その頭痛は廊下を歩いている間にさらに大きくなった。どうやら丁度昼休みを迎えたようで皆、思い思いの場所で昼食を取ろうとしている。そのために廊下に出てみたら、制服姿ではない、エプロンを着た少年が歩いているのだ。皆『なんだあれ』と言う目でこちらを見ているのがよくわかった。
 その視線をひらすら無視して、なのは達のクラスを目指す。幸いにしてドアは開いていた。ドアを開く音でこれ以上の注目を集めるのは避けられた。
 教室をのぞき見る。以前フェイトが学校の事を話していた時に聞いた彼女の席を探す。が、その辺りの席にフェイトの姿は無かった。教室全体を見渡してみるがフェイトだけでなくなのは達の姿もなかった。
 昼食だからどこかに移動したのか。そう考えた所でフェイトが昼食はよく屋上で取っていると話していた事を思い出す。外観と実際に歩いた内部から建物の構造を考え、屋上への道筋を予測する。
 予測が立った所で確認のために念話を繋ぐ。相手はフェイトだ。

『フェイト。聞こえるか?』
『クロノ?』

 戸惑った声が響いてきた。休日を過ごしているはずの自分が携帯と言う手段があるにも関わらず念話で連絡してきたのだ。戸惑うのも当然だろうと思いつつ、どうせ顔をあわせることになるからと説明もしないで用件だけを切り出す。

『今、どこにいる?』
『え?が、学校の屋上だけど』
『わかった』

 念話を遮断する。フェイトが念話を繋いだ位置と予想した屋上の位置が概ね当たっていた。さっさと行こうとして顔を上げる。

「…………」

 顔を上げた先にあったのはぽかんとした教室にいた生徒達の視線。もうこれ以上、教室の視線を釘付けにするつもりはないクロノはさっさと身を翻した。









「どうしたん?フェイトちゃん」
「なんか、クロノが急にどこにいるかって念話で聞いてきて……」
「それで?」
「それだけ」

 急に妙な表情をしたフェイトにはやてが尋ねるが返ってきた答えも妙だった。
フェイトは屋上で親友たちとシートを引いて弁当を広げていた。皆の弁当が出揃おうかと言う矢先、クロノから念話が届いたが一体なんなのだろうか?

「あ、あれ〜?」

 その疑問に割り込むように、なのはが戸惑った声をあげる。見ると心底困った顔をしていた。

「どうしたのよ、なのは」
「お弁当が入ってない…………」
「忘れちゃったの、なのはちゃん?」
「おかーさん、入れておいてくれるって言ったのに………」

 申し訳なさそうな視線をフェイトに向ける。なのはの言葉にフェイトも困った顔で笑った。

「今日のお弁当、フェイトちゃんの分も入ってたのに……、ごめんね」
「いいよ、なのは」
「まあ、忘れちゃったものはしょうがないから私達のお弁当を分け合いましょ。ちょっと量が少なくなっちゃうけどいいでしょ?」

 反対意見など出る筈もない。すずかとはやてが頷くとなのははまた謝る。

「ごめんね、二人とも」
「ええって。それより食べよ」
「それじゃあ」

 いただきます。
 そう言おうとした時、屋上の扉が開かれた。

「…………」

屋上のドアと向かい合う位置で座っていたすずかがぽかんとした表情でその扉から現れた人物を見た。その表情に気付いた四人も視線の先に顔をやる。

「…………」

アリサは普通に驚き、はやてはぎょっとしてその人物を見つめ、フェイトは目を丸くし、なのはは口を大きく開けていた。
その人物は憮然とした顔のまま、屋上にいた他の生徒の視線を集めながら、なのは達の方に歩いていく。目の前まで近づいてきたところで何か思い出したような声で名前を呼ばれた。

「クロノ君!?」
「クロノ?」
「クロノ君………?」

 その反応にクロノは眉間のしわを深めた。当然の反応とは思うが、こんな状況を自分から望んだわけではないのだ。だから、そんなに驚かないでくれ。

「ど、どうしたの?それにその格好………」

 そうなのはが尋ねるのも当然だろう。クロノが着ているのは彼女にとって馴染みあると言うか、見間違えることもないだろう翠屋のエプロンである。この格好の意図を説明せずにわかれと言うのは無理な話だ。

「………デリバリーサービス」
「………はい?」
「という名目の元、君とフェイトに弁当を届けるように桃子さんに頼まれた」
「お、おかーさん…………」

 その言葉に母親がかけた迷惑を知りなのはは大きく項垂れた。クロノは今日ほど同じ思いを共感してくれる人がいる事がこんなに貴重なものであると思った日はない。出来ればもっと違う形で思いたかったが。

「ごめんね、クロノ君………」
「もういいさ。ここまで来たら」

コトリと弁当をシートの上に置く。もうこれで用件は済んだ。さっさと帰ろうと身を引くように一歩下がる。

「それじゃ僕は行くから、しっかり味わって」
「あれ?なんか挟まっとるよ?」

 クロノが立ち去る前にシュルリと包みを解いたはやてが五段重ねの弁当箱に挟まった便箋を見つけた。皆の注目がそれに集まる中、はやてが便箋に書かれた送り先を見つける。

「クロノ君へ、って書いてあるで」
「僕に?」

 はやてから便箋を受け取る。確かに名指しで書かれたそれは自分宛の物のようだ。開いて内容を読んでみる。

『クロノ君へ。配達ご苦労様。報酬はそのお弁当。作りすぎちゃってなのは達だけじゃ食べきれないだろうから一緒に食べてね。全部食べてくれたら桃子さん感激っ。
PS 戻ってきたらお店手伝ってくれるとさらに桃子さん感激っ』

「………」

 思わず便箋を地面に叩きつけた。その便箋をはやてが取って皆に見せる。アリサとすずかはふーんという感じだが、なのはとフェイトは実に複雑な表情をした。

「それでクロノ君、どうするんや?」
「………どうするとは?」
「ここで食べていくの?」

 いかない、と言いかけてクロノは考える。確かに弁当の量は多い。なのは達が食べ切れるかは大いに疑問だ。食べ切れなかったとき、中身を残したままあの大きな弁当を持って変えるのはなのはだ。
 さらに自分の格好を考える。今自分は翠屋の制服を着ている。私服は無論翠屋だ。どっちにしろ、翠屋には戻らなくてはならず、戻ったらなし崩し的に手伝いに駆り出されそうだ。
 なら、少しでも楽な方を選ぶ方がいいのではないか?

「……さっきから好奇の視線に晒されているのだが、君たちはいいのか?」
「別に構いはしないわよ」

 他の四人を見る。誰も反対しそうな顔をしていない。クロノは諦めてシートに腰を下ろした。







 ちらちらと様子が窺われているのがわかる。突如、現れた制服姿ではない人物、つまり自分のために屋上で昼食を取っていた他の生徒達の視線を集めながら、昼食を取る。いただきます、と皆で手を合わせたところでクロノは気がついた。

「なのは」
「なに、クロノ君」
「僕の分の箸はあるか?」
「え?」

 聞かれてなのははクロノの手に箸がない事に気が付いた。慌てて弁当箱や包みを見てみるが、箸は男子が使うには短すぎてカラフルな女の子向けの色合い、つまりなのはとフェイトの分の二膳しかなかった。

「…………」

 まあ、元々なのはとフェイトの分の弁当だ。何せ娘の友人の分も含まれた弁当を渡し忘れたのだ。自分の分の箸を用意していないのもしょうがないのかもしれない。
 でも何か陰謀めいた物を感じるのは自分の気のせいだろうか?

「何?クロノ君の箸無いの?」
「………そうみたいだ」

 その言葉にはやてはいい事を思いついたような明るい顔をして、自分の弁当に入っている玉子焼きを挟んでこちらに向けてきた。

「…………」

 周囲の視線と空気が変わった気がする。無論のこと、その視線の先と空気の中心はココである。

「ほら、クロノ君。あ〜んや」
「なんの、つもりだ」
「だから、あ〜ん。食べさせてあげるわ」

 周囲がざわめき、凝視されている気がするが気のせいだと思いたい。

「いい。そんな事はしなくていい」
「遠慮することないやん。あ〜ん」
「はやて。クロノ困ってるよ」

 クロノの口元に押し付けるように迫った玉子焼きを止めたのはフェイトだった。クロノもあまり見た事のない不機嫌そうな表情ではやてを見る。

「でも、こうせんとクロノ君食べられへんやん」
「そうだけど」
「いや、別に食べなくても」

 平気、と言いかけた所でクロノの腹の虫が鳴った。どうも食事の量を増やして以来、胃の自己主張が激しくなっているような気がする。もしかしたら今まで不満を溜めていたのかもしれない。そうだったら今まで悪かったと言いたいが、今は謝罪の前に空気を読んでくれと言いたい。

「ほら、クロノ君もお腹空いとるって言っとるで」
「……言ってない。腹の虫が鳴っただけだ」
「だから、あ〜ん」
「………」
 
 仕方なく、玉子焼きを頬張る。甘すぎず、ふんわりとした食感が口の中に広がる。一瞬、フェイトの視線や周りのどよめきを忘れるほど見事な味だった。

「どや?」
「……美味いな」
「♪」

 その言葉に機嫌を良くした様子のはやては次のおかずを摘む。一口ハンバーグだ。それを摘んだ箸を今度は自分の口に運ぶ。はむ、とおかずと一緒に箸の先が口に咥えられる。それで箸は用を成したと言うのに何故かはやては箸を動かさない。それどころか、何故か少し箸の先を吸っているかのような音を立てる。

「─────はっ!」

 そこでフェイトは気が付いた。クロノの口に運ばれた箸。それを自分の口に運ぶ。それはつまりアレであるーーーーーー!!
 ちなみにアレとやらを明言できないのは、例え心の中でも口に出すのが憚られる恥ずかしがり屋なフェイトの性分のためである。

「♪〜」

 その事に気づいたらしいフェイトが愕然とする中、十分に堪能したはやてはまた一口ハンバーグを摘み今度はクロノの口に運ぶ。

「ほら、クロノ君。あ〜ん」
「………………」

 クロノは口を開かない。何かフェイトが凄い視線でこちらを見ているからだ。
 どうしたものか、と思っているとフェイトが自分の持っている箸をクロノに握らせた。まだ、使ってはいない。どういうつもりなのか視線で問うとフェイトは顔を赤くしてか細く言った。

「………使って、クロノ」
「いや、それだと君が食べられなくなるんじゃ」
「………………」

 クロノの言葉にフェイトは何故か俯いた。クロノはもちろん、はやても伸ばしていた箸を引っ込めて首を傾げる。その注視の中、フェイトは念じる。
 大丈夫。二人は兄妹。これくらい普通だ。恥ずかしがるな。はやての暴挙を止めるにはこれしかないーーーーー!!

「………た」

 震え上がった唇から出たのは水滴のような声。それを搾り出してフェイトは言った。

「……食べさせて」
「─────っな!?」

 フェイトのあまりと言えばあまりな発言にクロノが絶句する。その代わりと言わんばかりに吼えたのは無論はやてだ。

「ちょ、フェイトちゃん!美味しい所、独り占めする気!?」
「いいの!私とクロノは兄妹だから!」
「ほんなら私とクロノ君は先生と教え子や!」
「私だって同じだよ!クロノには色々習ってる!」
「私は勉強だけやないで!手取り足取りの秘密の個人授業や!」
「なーーーーっ!?」

 手取り足取りってあれか、夏休みに泳ぎを教えた時の事か。確かに手は取ったしバタ足を覚えさせるのに足も取ったが。ところで自分から明かしたら秘密じゃないんじゃないか。あと、名も知らぬ生徒達よ。何故、男子は屈む。女子は黄色い悲鳴を上げる。一体何を想像した。
 そんな事を考えながらフェイトとはやてから目を逸らすようにクロノは周りに目を向けていた。自己主張していた胃も大人しくなった気がした。
 激化する言い合いを尻目にアリサが事態をぽかんと見ていたなのはに声を掛ける。

「なのははやらないの?」
「え?」
「フェイトのお兄様にあ〜ん」

 問われたなのはは周りの様子を見渡す。なんだか皆がこちらを見ている気がする。そんな中でクロノにあ〜んをする場面を思い浮かべてみる。

「……は、恥ずかしいよぉ」
「なによぉ。やって上げたら?男だったら皆喜ぶわよ?」
「いいってば〜」

 想像だけで顔を赤くしたなのはは両手を振って遠慮する。

「それに私、前にやったし」

 で。あっさりと爆弾を投下した。

「───────なのは!?」
「なっ、なのはちゃん!?いつの間にそないな事を!?」
「え?えと、前にクロノ君が大怪我しちゃった時に。右腕使えなくて大変そうだったから病院で」
「そ、そんな前にっ!?」
「か、管理局の白い悪魔は白衣(しろい)天使やったんかー!?」

 ああ、そういえば白っぽい服を着ていたな。え?そんな描写は無かった。それはそうだ。そんな描写は書いてないし、その時はこの話の構想もなかったから都合のいい後付設定さ。ついでに言うと時空管理局でそんな特集やっていたときあったよなー。
 フェイトの食べさせて発言から思考が捻じ曲がり気味なクロノがかなり危険な楽屋ネタというか暴露話を内心でしているとすっと手が差し出される。その手の平には一膳の箸。

「─────」

 クロノが顔を上げると、そこには柔らかな笑みを浮かべたすずかの姿があった。

「どうぞ」
「これをどこから………?」
「家庭科室です。先生に言って借りてきました」

 さっきから姿がみえないと思ったらそういう事だったのか。なんとも気が利く子である。出来ればもう少し早く来て貰いたかったがそれは贅沢と言うものだろう。感動とも言っていい感情を感じながら礼を言う。

「ありがとう………。礼を言うよ」
「そんな、いいです。クロノお兄さん」

 でも、その発言は勘弁してください。
 周りのどよめきが大きくなる中、渡された箸がやたらと重く感じてクロノは項垂れた。









「…………ただ今戻りました」
「お帰り〜、ってあらどうしたの?」

 空になった弁当を持って帰ってきたクロノを見て桃子が驚く。無理もない。新品同然だった筈のクロノの制服は何故か両袖が伸びきり、右に至っては肩から破けて肌が見えていた。ボタンも上の二個が取れているし、腕や首筋には歯形がついていた。一体どうしたらこんな風になるのだろうか?

「お願いですから、聞かないで下さい。あと桃子さん」
「何、クロノ君」
「今日の手伝いの件ですが」

 深々と頭を下げて、万感を込めてクロノは言った。

「お願いですから、休ませてください」

 クロノ・ハラオウン十五歳。本職ではないが、自分から休みを申し出るのはこれが初めてだった。
 なおこのデリバリーサービスはこれっきりになるが、それまでに一人の少年の涙ぐましい努力と三人の少女の様々な思惑やらなんやらと複雑に入り混じったのは言うまでも無い。
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