リリカルなのは SS

                     Song to you forever
                      第二話 目覚める獣

「やっぱりミッドって自然が多いねー」

 額に手を翳して遠くを眺めるなのは。一応任務の最中なのだから注意しようかと思ったが、今は警戒しなければならない時でもない。クロノは微笑ましげに苦笑しながらなのはの背中を見つめた。
 ここはミッドチルダの辺境に位置する地域だ。しかし、辺境に位置する割には地方都市として以上の賑わいを見せているのはこの辺り一帯が滅び去った古代文明の名残が数多く残されているためだ。その発掘を生業とする発掘団とそれを援助するものとが支えあい、この地は発展していった。
 当初こそ、盗賊や盗掘屋が後を絶えなかったが、管理局が辺りを管轄するようになり治安はよくなっていった。発掘もそれを行うための取り決めが次第に作られ、自由こそ狭まったが効率や援助の幅は広がり結果として発展に繋がった。また、この広大な土地に未知なる遺産が残っていると夢見るものはまだまだおり、人の行き往きは活性化していった。
 管理局としても、この地域の発掘で新しい技術やデバイスの開発を助けられたケースもあり、援助を惜しんでいない。
 そこから発した任務は今回行われる大規模な発掘作業の護衛というものだった。現場監督してクロノが指揮を執り、なのははその補佐。フェイトとアルフも同様に補佐として他の場所の警固に配置されている。

「でも、ユーノ君来れなくて残念がってたね」
「ここは発掘家にとって宝の山らしいからな。一度は来てみたいと言っていたがまた無限書庫が忙しくなってしまったからしょうがない」

 今回の事を聞いた無限書庫で司書をしている少年が地団駄踏んで残念がっていた様を思い出して二人は苦笑する。実際彼が来てくれていたら、護衛という点でも発掘という点でも活躍してくれただろう。

「まあ、最も今回の発掘は主導している人物がしっかりと計画立てて行われるそうだからな。来ても発掘に関われるかどうかはわからなかったがな」

 後ろと振り返れば、多くの人が忙しなくあっちにいったりこっちに行ったりしている。あと数時間もすれば始まる発掘作業への最終準備に手一杯という感じだ。護衛である管理局側が忙しくなるのは発掘が始まってからである。
 その様子をしばらく眺めていると、視界の外で誰かが近づいてくるのが見えた。通り過ぎるかと思ったら、側で立ち止まってバリアジャケットの袖を引かれる。

「ん?」

 顔を下げると、そこには3〜4歳の布を頭に巻いた少年がいた。どこかで転んだのか、顔を土で汚したその少年はキラキラとした瞳でクロノとなのはを見ていた。

「どうした?」
「お兄ちゃん達、管理局の人?」

 頷いてみせると瞳の輝きが大きくなったように少年の顔がさらにと明るくなった。興奮した面持ちで両手を振って勢い込む。

「あのねあのね!お父さんが言ってたけど管理局の人って凄いんだって!!前にも管理局の人に助けてもらったんだって!!お兄ちゃん達凄いんだね!!」

 少年の飾りのない賞賛にクロノとなのはは照れたように苦笑した。その様子に気付いた様子もなく少年は興奮して言葉を重ねる。

「あのねあのね!僕も大きくなったら管理局に入りたいんだ!!」
「そうか。……………君、名前は?」
「ラーク!!」
「ならラーク。局入りは大変だが頑張ればきっと入れる。僕の知り合いにも発掘家の一族の者がいる。君が入れないということはないだろう」

 そう言ってクロノは腰を屈めて少年の頭を撫でてやる。

「だからラーク。精一杯頑張って管理局を目指すように」
「うん!!」

 ラークは元気よく答えるとその場から駆けて行った。その先には両親と思われる二人が手招いて息子を呼んでいた。

「クロノ君って子供好き?」

 それを眺めていたクロノになのはが思った事を口にした。言われたクロノは心底意外そうな顔をした。

「まさか。理屈が通じない相手は苦手だよ。今の子は聞き訳がよかったからそう見えただけだ」
「でも、クロノ君。あの子と話してる時すごく優しい顔してたよ?」
「…………少しだけ、子供心がわかるだけさ」

 クロノがばつ悪げに眉を顰める。それを隠すように顔をなのはから背けた。

「父がなくなったのはあのくらいだったからね。あしらう様に話す気にはなれなかった」

 言っていらない事を言ったと思った。その一言でなのはにどんな顔をさせていまったのかと思って背けた顔を戻す。

「…………」

気まずそうな顔をしているかと思った。
けれど、なのはは僅かな悲しみを織り交ぜた、本当に優しい微笑みを浮かべていた。

「………クロノ君っていいお父さんになれそうだよね」

 なのはは笑った。クロノの言葉を悲しんでも、彼は報われない。だから、悲しい思い出も今と未来に繋げられるように、慈しむ様に笑みを浮かべた。
 胸が少し熱くなった。優しい感情が確かに伝わった。それを隠すようにまた顔を逸らして、誤魔化すように言い返す。

「……そういう君もいい母親になれそうだな」
「そうかな?」
「ああ。きっとなるさ」

 風が吹く。今とこれからを思う二人はその行方を追うように同じ方を眺めていた。











「不審な入口?」

 発掘作業が開始されて数日が経った。作業を眺めながら警備に当たっていたクロノの元に一つの報告が届いた。

「はい。今回の発掘はこの辺りに眠るという遺跡を探す事でしたからもしかしたらその遺跡の一部かもかもしれません」

 武装局員からの報告を受けてクロノは顎に手を当てて思案する。今回、管理局が護衛を引き受けたのは発掘しようとしている遺跡が古代文明が滅ぶ前の遺跡であったからだ。言うなれば建造物のロストロギア。話を聞いた時、迂闊に藪を突こうとしているのでは無いかと思った。実際、この地域からは美術品や技術品のほかに危険なロストロギアも発掘されている。
 出来れば何事も無く終わって欲しいと思ったが、何かが出てきてたのならば調べないわけにはいかない。クロノはなのはと武装局員五名、それと発掘の専門家一名をつれてその入口とやらを探索することを決めた。

「よろしくお願いします」

 そう言って挨拶する発掘家を見てクロノは軽く驚いた。頭に布を巻いたその人物の足にはクロノとなのはに声をかけてきた少年、ラークがしがみ付いていた。

「ルークと申します。倅が手間をかけたようで」

 ルークと名乗った父親は、苦笑しながら申し訳ないように言った。それに対して、クロノも苦笑を浮かべながら答えた。

「いえ、そんな事はありません。未来の局員と会えて、この先が楽しみです」

 任務に就いてからの数日、ラークは暇さえあればクロノやなのはに付きまとっていた。いつも相手にしてられた訳ではないが、手が空くとクロノとなのはは彼の相手をしていた。自分達がいままでしてきたこと、魔法の講義、仲間達の話など、どの話にもラークは興味深そうに話を聞いていた。
 取り分け、興味を持っていたのが魔法の話で、すこし実演をしてやるだけで、誕生日にプレゼントを貰ったかのごとく大はしゃぎしていた。それから少しだけ、魔法の使い方を教えてやった。なんの基礎も習ってないので、無論うまくいかなかったが、それでも最後には指先に僅かな魔力を灯すことに成功していた。

『ありがとうっ!!』

 その時、礼を告げたその顔は忘れられないほど喜びに満ちていた。

「ははは、私としては後を継いで欲しいのですが、それはまあ、息子次第ですな。それでは入り口までご案内します」

 そう言ってルークはクロノ達を発見された入口まで案内するのだった。













「明らかに人工物ですね………」

 その入口は土に埋もれこそしていたが、明らかに人工とわかる造りをしていた。入口の壁の埃を拭えば、大理石とも金属ともつかない黒に近い色をした平らな壁が姿を現した。

「探索を開始する。先頭は僕。なのはは最後尾。他の局員はルーク氏を囲んで護衛しろ」

 そう言ってからクロノはデュランダルの先端に明かりを灯して一同を率いていく。さほど広いとは言えない通路に一同の足音だけが響く。皆この不気味な雰囲気の遺跡に口を噤んでいた。ふと思い出したようにクロノがルークに尋ねる。

「そういえば、今回の発掘は何を契機に行われることになったんですか?」
「それはですね。この辺りで古代文明が滅ぶ前の物と思われる砲身が発見されたからです」
「砲身………?」
「ええ。調べたところ、それは何かに設置された固定砲台のようでして。何かの際にもぎ取れてしまったような状態で発見されたのです。固定砲台なのですからその台座となった部分が近くにあると考えるのは自然なことでしょう?」
「それでその砲台の規模は?」
「砲身が三メートル程ありまして。分析の結果、Aクラスの砲撃魔法を発射できるような設計になっていました」
「それはまた物騒な代物だな………」

 想像する。砲撃魔法が何発も連続して放たれ、それに何かが打ち砕かれる様を。そんな物を有した文明の遺跡に立ち入っていることに冷たい感触を胸に覚えた。
 そうして歩いている内にやがて通路の出口が見えてきた。それを抜けると広い空間に出たが、辺りは薄暗くどのくらいの空間なのかは見通せなかった。
 クロノは光量を最大にして辺りを照らす。それでも光はこの広間の先までは見通せなかった。

「これは思ったより大きな遺跡のようだな。全員、離れないで行動しろ」

 言いながらクロノはデュランダルの柄尻で床を叩いた。すると一瞬魔法陣が浮かび上がってすぐに消え去った。

「クロノ君。今何をしたの?」
「転移魔法のマーキングさ。これをしておけば転移魔法で外にも中へも転移出来るようになる。ここから先は長そうだから今のうちに付けておこうと思ってね。それでは先に進もう」

 そう言ってクロノは先の見通せない広間を先導しながら歩いていった。










 『ソレ』は長い時間の間、眠り続けていた。
 その時間は本当に気が長くなるような年月だった。
 いくつもの国が滅び、自らを作り出したものも滅んで、それからずっと眠り続けていた。

 ────内部での魔力感知─────

 それが、内部で発生した魔力を感知して目を覚ました。
 元々、起動するための魔力は貯蓄しきっていたのだ。それが僅かな魔力に反応して着火するようにシステムが復旧する。

 ────危険度、微弱。現状維持─────

 けれど、まだ稼動するまでの理由には至っていない。
 『ソレ』は目を覚ましながらも横たわったまま、目覚めの時を待った。










 進むごとに転移魔法のマーキングをつけながら進む。気がつけば既に遺跡に入ってから四時間が経過していた。

「もうそんなに経っていたのか………。一度、外と連絡を取ってみる。それまで休んでいてくれ」

 その言葉に一同はどっかりと腰を降ろした。何か危険があったわけではないが、どこまで続くのかわからないこの遺跡の内部を進むのは、適度以上の緊張感を一同にもたらしていた。クロノとて例外ではない。しかし、それを見せずに背筋を伸ばしたまま、フェイトへ念話を繋げた。

(フェイト、クロノだ。外のほうは異常ないか?)

 家に帰りの電話を告げるように念話を送るクロノ。だが返ってきた答えは急を告げるものだった。

(クロノ!?よかった、今連絡しようと思ってたところなんだ!!)
(どうした、フェイト?何かあったのか?)
(いま、盗賊が現れて襲撃をかけられてるの!どうしよう!?)
(なにっ!?)

 発掘はまだ開始してから数日しか経っていない。まだ何も出て来てもいないのに襲撃があるとは思っていなかった。だが、その可能性が全く無いわけではなかったことを考えなかった自分の迂闊さに舌打ちしながらクロノは指示を送る。

(僕が戻るまで君が指揮を取れ!発掘団の護衛を最優先、安全な場所まで避難させろ!それが終わるまで防戦に徹するんだ!)
(え!?で、でも私指揮なんてしたことないよ!?)
(君も来年には執務官試験を受けるつもりなんだろう?なら、やってみせるんだ!!指揮なんて難しく考えるな。ただ人を守ろうと思えばいい!!)
(………わかった!)

 それで念話は切れた。クロノは振り返って大声で叫んだ。

「全員、地上に戻るぞ!!急げ!!」
「ク、クロノ君、なにかあったの?」
「今盗賊からの襲撃を受けているとの連絡があった!早く防衛に向かうぞ!」

 その言葉に皆弾かれたように立ち上がった。その間にもクロノは駆け出して来た道を戻っている。

「早くしろ!さっきマーキングしたところまで戻ればすぐに転移できる!!」










「防衛線を抜かせない事だけに専念してください!苦戦していたら、私とアルフがフォローにいきます!」
「「「了解!!」」」

 武装隊の返事を頼もしく思いながら、フェイトは周囲を探る。武装隊の半数は発掘団の護衛にまわしている。余程のことがない限り、襲われても凌ぐことが出来るだろう。そして、自分達が抜かせなければそうなる事もない。フェイトは交戦している部隊を見つけるとすぐにそこに向かった。





 目覚めた『ソレ』は動き出すための理由を探すように周囲の探知を開始した。
 周囲を探ること、数十分。

 ────魔力反応感知。総数六十二─────

 『ソレ』は眠り続けた時間に比べれば一瞬としか言いようが無いその時間で多数の魔力を感知した。





「せぇっ!!」

 バルデッシュが横に振るわれる。黒の戦斧が相手の防御を掻い潜り、腹部に叩き込まれる。相手は糸が切れたように崩れ去った。それを確認してから、フェイトは大きく息を吐いた。
 これで倒した敵は五人目。敵はかなり散開しているらしく、出所が掴みづらかった。それでも今のところ防衛線を抜かれたという連絡はない。このまま、守りきれればクロノ達が戻るまでの時間は稼げるだろう。

「それにしても、集団戦闘って疲れるね………」

 性格的にも戦闘スタイルとしても、どちらかといえば一対一を好むフェイトにとって、自分以外の事に気を配りながらの戦闘は思った以上に神経をすり減らした。それもこれからの訓練次第だろうが、いきなりの実践指揮は酷だった。

『フェイト執務官補佐!!』

 そこに急を告げる念話が繋がった。

「どうしました?」
『敵方、戦力を集中させて一点突破をしようとしています!!このままでは、防衛線が!!』
「えっ!?」

 どこから敵が来るからわからないために戦力を横に並べての布陣を敷いたのだが、それでは確かに一点の防御は薄くなってしまう。そこまで気が回らなかったことと、そこを衝かれた事にフェイトが動揺する。

「いま、すぐそっちに───────!?」

 救援に向かおうとするフェイトを遮る様に、数人の盗賊がフェイトを取り囲む。脅威とは言えない相手だが、それを相手にしている時間などない状況だ。
 どうすればいい。そうフェイトが歯噛みした時。

『まだまだ甘いが、初めてにしては上出来だ。よく耐えたな、フェイト』

 聞きたかった声が念話で届けられた。

『クロノ!』
『今、丁度敵が集まったところに出た。これから迎撃するから君はもう目の前の事に集中しろ』
『わかりました!』

 フェイトが眼前に意識を集中させる。そうして、足止めから狩られる側に回った敵に向かって、斬りかかった。






 分析の結果、そのほとんどが攻性の魔力反応を示していた。

 ───危険度中。起動を承認──────

 乱立する魔力。
 それは『ソレ』にとって動き出すには十分な理由だった。
 火薬の側で火花が散り、着火したように『ソレ』は復旧させた全てのシステムを稼動させる。





「なのは!!いくぞ!!」
「うん!!」

 クロノがS2Uを、なのはがレイジングハートを天に向け、足元に魔法陣が展開する。差し向けたデバイスから流れ出た魔力が天に昇り、辺りに展開された。
 これまでクロノとなのはは何度も連携魔法の訓練を行ってきた。結果、デユランダルに比べ処理能力は劣るが使い慣れたS2Uの方がなのはとの連携処理には向いていたため、彼女との連携魔法の際には半身とも言える黒のデバイスを使うようにしていた。
 今、放とうとしている魔法も共に試行錯誤しながら生み出した魔法の一つ。二人が構築を終えると空には数え切れないほどの蒼と桃の魔法陣が展開されていた。

「スターダスト」
「レイ!!」

 その名と共に二人が同時にデバイスを振り下ろす。それと同時に空に展開した魔法陣から何条もの光が地に降り注いだ。その余りの数に盗賊団は防ぐ事もかわす事も出来ずに星屑の雨に身を晒させる他なかった。
 中距離殲滅型射撃魔法スターダストレイ。多数の敵を一斉に殲滅することを目的とした連携魔法だ。そして今、その魔法は目的を遺憾なく果たし盗賊団は壊滅状態に陥らせた。

「終わったかな?」
「そうだな。今ので片はついただろう。局員に通達。半分は盗賊団の追撃。もう半分は残って処理作業だ。負傷者の治療を最優先させろ」

 通達を終えるとクロノは大きくため息をついた。発掘が始まってまだ数日。これでは先が思いやられる。自然と肩が重くなるのを感じた。

「クロノ君、疲れた?」
「そうだな。少しだけ。戻って休むとしよう」

 言いながら、役目を終えたデバイスを仕舞おうとする。




 メインエンジン────稼動。
 魔力伝達回路─────稼動。
 飛行システム─────稼動。
 全探査システム────稼動。
 防衛システム─────稼動。
 システムチェック─────全て問題無し。
 最終起動承認確定。

 ──────『リヴァイアサン』起動開始。



 その時だ。大気が振動を始めたのは。

「なん…………だ?」
「え………?」

 地響きが聞こえる。大地が揺れる。
 それだけならまだいい。だが地上に反発する様に辺りの瓦礫や木々が空に舞い上がっているのはどういうことだ?

「…………」

 おそるおそる、地上に目を向ける。眼下には振動する大地。
 それが突如としてひび割れ、隆起し、舞い上がった。

「な───────」

 舞い上がった大地をクロノは見上げる。いや、舞い上がった『ソレ』は余計なものをそぎ落とすように高く高く舞い上がりその姿を現した。
 それは見上げると巨大な十字架に見えた。L級の巡航艦よりも遥かに大きい巨大な十字架だ。

「なんだ………あれは…………!?」

 呆然と呟くクロノの声の反応したかのように十字架の表層が動きを見せた。魔力で視力を強化し、それがなんなのか視認する。

「───────」

 砲台だった。夥しいほどの数の砲門がクロノの目に映った。それを見てクロノはルークから聞いた話を思い出した。
発掘の契機となった砲身。それは固定砲台の砲身であり、発見されたその場所にその台座となる部分が眠っているはずだとルークは言った。
 だとすれば、あれが発掘しようとしたものだと───────────。
 クロノの思考が結論に至る前に砲台が火を噴いた。

「──────!!」

 咄嗟に回避行動に移る。それに遅れて響き渡る轟音。止む事を知らないように爆砕音が辺りを支配した。辺り一帯が焼き払われ、黒い煙が空に手を伸ばすように立ち昇った。

「なんて事…………!!」

 拳を震わせて呻くクロノ。そのクロノにフェイトからの念話が繋がった。

(クロノ!あれは…………なにっ!?)
「わからない!だがなんでもいい!!皆を早く退避させろ!!」

 それだけ言ってクロノは念話を切ると、クロノは魔法を展開させる。放つのは自身が放てる大出力魔法の一つ。

「スティンガーブレイド・エクスキューションシフト!!」

 号令に応じて突撃するように十字架に放たれる魔力刃。百を超える刃が突き刺さり、数十もの砲台を爆砕した。

「焼き石に水か………!!」

 だがそれは視認した砲台の数の一割にも満たない。それでもクロノは続けざまに第二波を放とうと次に狙いを定める。
 その目に極大の閃光が奔り、十字架の砲門をさらに粉砕する様が映った。
 クロノにはその放ち手が誰なのかすぐにわかった。

「なのは!!」

 クロノから数10メートル離れた位置。エクセリオンモードを発動させたレイジングハートを構えたなのはがいた。

「危険だから戻れ!!またすぐに撃ってくるかもしれない!!」
「でも、あんな危ないの放っておけないよ!!」
「このままだと危ないのは君のほうだ!!早く逃げろ!!」





 損傷軽微。
 高魔力を探知。出力値推定300万以上。
 危険度、中。主砲の発射許可を求む。
 現在魔力稼働率78%。発射出力は52%。
 現状を打開するには十分───────────承認。

 『トライデント』発射準備開始。





 怒鳴りあっている内に十字架が船首をこちらに差し向けた。十字の交差点の下部。そこには三つの牙のような支柱が展開されている。それが紫電を伴いながら、魔力を集束していく。

「主砲!?」

 クロノが後方を見る。その主砲の射線上には発掘団の退避場所がある。それだけではない。その先にはこの地域を発掘場として支えた町もある。発掘団の転移は済んでいない。町のほうは突如の事に避難勧告すら出ていないだろう。あの主砲が放たれた時の事を想像してクロノは背筋を凍らせた。
 そのクロノの耳に撃発音が響き渡った。その数は六つ。驚愕するクロノの目には全カートリッジをロードしたレイジングハートを構えたなのはがいた。
 ぞっとしたどころではない。恐怖した。なのはが何を考えているかはすぐにわかった。彼女は真っ向からあの主砲と向き合うつもりなのだ。

「いくらなんでも無茶だ!!引くんだ!!」
「クロノ君!私が抑えてる間にあの大砲をどうにかして!!」

 両者がすれ違った言葉を紡ぐ。十字架との距離はクロノの方が近く、多彩な術を操るクロノならば何か手が打てるかもしれない。対して自分が出来る事はただ立ち向かう事だけ。だからなのははクロノに全てを託して、自分の出来ることに専念する。決死の覚悟を胸に牙をむく砲門を真っ向から睨みつけた。

「スターライト」

 牙に伴われていた紫電の一切が集束する。三つの牙の先に巨大な魔法陣が展開され、波動だけで辺り一帯を刻むように崩壊させている。

「ブレイカアァァァァァァッ!!!!!

 放たれる光の奔流。怒涛の勢いで牙に迫るその閃光はその喉元を食い千切らんばかりに肉迫する。
 閃光が奔る。それが牙を打ち砕こうとした時、閃光を噛み砕くように牙からも光が放たれた。

「っ!?」

 レイジングハートを持つ手に圧力が加わる。0と10の比で埋め尽くされていた互いの閃光が見る見る内に押し返されようとしている。

「く、くぅぅぅぅぅぅぅ!!」

 必死に押し返そうとするなのは。だが、それをあざ笑うかのように牙から放たれた閃光はなのはの砲撃を食らう様に飲み込んでいく。

 抵抗する。叫んで。腕を突き出して。全身から魔力を振り絞って。

 それでも──────届かない。

 それを理解してしまい、ふっとなのはの身体から力が抜ける。
 途端に、なのはの放った閃光は掻き消え、無人の野を突き進むように牙の閃光がなのはを飲み込もうとした。

「────────」

 それをなのはは呆然と見る。
 絶望も恐怖も悲しみも無い。ただ呆然と光が迫るのを見た。

「なのはあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 声と共に身体を引っ張られ、刹那の差でなのはは閃光の射線から逃れた。しかし、助かった事の実感を持てずなのはが呆然としたまま、顔を上げる。

「クロノ、君…………」

 そこには険しい顔をしたクロノの顔があった。

「─────────」

 釣られるようにクロノが見つめる先に目をやる。

「─────────あ」

 蹂躙する牙。それは森を焼き、草原を削り、その先にある町へと到達していた。
 辺りを光が埋め尽くす。その輝きに目が眩み、次に目を開いて飛び込んできたのは燃え盛り、瓦礫と化した町の姿だった。

「──────────」

 目の前の光景が信じられなかった。ほんのさっきまでたくさんの人達が住んでいた町が一瞬で崩れ去ってしまった事をなのはは信じられなかった。

「あ、あ、あ……………」

 身体が震える。不安で怖くてどうしようもなくて。すがるように側にあったクロノの身体を抱いた。
 そうして気付く。クロノの身体も震えていることに。
 顔を上げる。

「…………クロノ、君」

 そこにあったのは魂の抜けたような顔で顔を青ざめているクロノがいた。

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