リリカルなのは SS

                   Song to you forever
                    第六話 偽りの約束

「先輩たち、大丈夫かなぁ」

 時空管理局本局装備課でマリーは一人呟いた。いま、アースラのスタッフはリヴァイアサンの捜索任務に就いている。それまでにL級の艦船を3隻をも大破させたリヴァイアサンの脅威はもう管理局で知らないものはおらず、闇の書事件などの何事件を解決したアースラに対する管理局の期待は大きい。マリーもその一人ではあるが親しい先輩や知り合いがいるアースラへの心配はつきなかった。

「おーい、ちょっといいかー」
「あ、はーい」

 同じ課の仲間に呼ばれ、物思いから覚める。パタパタと自分の呼んだ同僚へと駆け寄った。

「どうかしました?」
「第二整備室の鍵を貸してくれないか?いま、お前が持ってるって聞いたんだが」
「ああ、はい。持ってますよ」

 マリーが机に振り返り、引き出しからカードキーを取り出す。あったあった、とひらひらとカードを振りながら同僚に手渡した。

「しかし、なんだってお前が持ってるんだ?ちゃんと返さないと駄目だろう」
「すみません。クロノ執務官から返されたのを戻し忘れちゃって」

 アースラが任務に出る数日前にクロノは第二整備室の使用許可を求めており、その時クロノに鍵を渡したのはマリーである。そのため、クロノは第二整備室の作業を終えるとそれをマリーに渡して返却したのだった。

「・・・・・・・・・」

 そういえば、と思う。クロノは一体第二整備室で何をしていたのだろうか。おそらく、今度の任務のためにデバイスの調整をしていたのだと思うのだが、それなら整備室を借りてまでしなくても出来る事だ。にも関わらず整備室を借りたと言うことは何か理由があるのかもしれない。単に調整に念を入れただけかもしれないが、何せ自分でデバイスに改良を加えるような人物だ。何か任務のために隠し玉でも用意したのかもしれない。そう思うと気になってしょうがなかった。

「あの、私も行っていいですか?ちょっと気になることがあるんで」
「構わないけど」

 そうしてマリーは同僚と第二整備室に向かった。同僚が先ほど自分が手渡したカードキーを使って鍵を開く。ドアがスライドして開閉した。

「へ?」

 部屋を見たマリーは思わず目を丸くした。部屋は電気こそ消えていたが、コンピューターは稼動したままで、ディスプレイの薄暗い明かりが部屋を照らされており、その薄明かりでもわかるほどに室内の床はパーツやら工具やらで散乱していた。

「なんだこれ?本当にクロノ執務官が使った後なのか?」

 真面目が服を着て歩いていると思われているようなクロノだ。この部屋の惨状を見て同僚がそう思うのも無理がない。

「それより・・・・・・・・・クロノ執務官。何をしてたんだろう?」

 疑問を口に出しつつ、マリーは電気をつけて散らばってるパーツを踏まないようにして、ディスプレイに近づく。作業した後ほったらかしなら履歴か何かが残っているだろう。そう思って画面を見た。

「・・・・・・・・・え?」

そして、それを見た。

「これ、って?」

 予想だにしなかったそれにマリーは画面を凝視した。つい最近、マリーはこれと同じものを見た。手にも取った。術者を省みないその機構に怒りを覚えて解体した。それもいくつもだ。その機構の詳細は携わった者を除けば、限られた人間にしか知ることは出来ない。執務官クラスなら閲覧は可能だろう。
 しかし、どうしてクロノ執務官がこれを?

「──────」

 答えはわからない。だが、言いようのない不安をマリーは覚えるのだった。









「まさか、ここで傀儡兵が出て来るとはな・・・・・・!」

 ユーノの調べでリヴァイアサンの内部に迎撃用の傀儡兵が存在することは知っていた。が、過去三度の戦闘においてそれが出撃したケースはなかった。そのため、傀儡兵は内部防衛用のものかと思われていた。だが、リヴァイアサンはこちらが魔導師を多数展開させたのを感知してどうやらそれらを展開させることを決めたようだ。

「敵の判断力を見誤ったか!」
『クロノ君!どないするの!?」

 はやてが指示を仰いでくる。当初の予定では敵の攻撃は砲撃だけのつもりだった。が、それに傀儡兵まで出てきたとなると予定通りとはいかないだろう。
 クロノは即座に決断した。

『シグナム!君達は中央突破で主砲の破壊を最優先!いけるか!?』
『だがそれではアースラが・・・・・・・・・!」
『アースラの防衛は僕達に任せろ!後ろのことは構うな!』
『・・・・・・・・・・・・わかりました。やってみせます!』

 クロノは念話のチャンネルを広げて、全局員に通達する。

『中央突破部隊以外はアースラの防衛!!一体たりとも通すな!!』

 その通達に各隊から返答が返ってくる。即座にフォーメーションが組みなおされていく。

『クロノ!アースラをお願い!』
『ああ!だから君達はまっすぐに───────』

 フェイトからの念話に答えていたが、その途中で言葉を区切ってしまう。
視線の向こう。
 リヴァイアサンから極大の光が放たれたからだ。

「─────────退避ー!!!」

 言いながらクロノも射線から少しでも離れようとする。光は地を削り、土煙を上げながら、阻むもの全てを飲み込んで突き進む。
 その先の向こうにはアースラがあった。

「──────来ます!着弾まで15秒!」
「ディストーションフィールド展開!!」

 艦内にいるリンディにアースラから魔力が供給され、広域結界が展開される。次元震をも押さえ込む空間歪曲結界。その結界にリヴァイアサンの主砲『トライデント』が真正面からぶち当たった。空間歪曲で守られているはずのアースラに強い衝撃が襲う。

「きゃあぁぁぁぁぁっ!!」
「うおおぉぉぉぉぉっ!?」
「わあぁぁぁぁぁぁっ!?」

 艦内に悲鳴があがる。巨人に掴まれて振り回されているかのような振動だ。何人もの職員が振動に堪え切れず、艦内を転がった。

「───────────っく!!」

 その振動の中、リンディは制御を途切れさせないよう必死に展開に専念する。もし、ここでフィールドを途切れさせでもしたらアースラ全ての艦員の命がなくなる。その重圧に支えにリンディは迫り来る光に抗った。
 そうして永遠とも思えた振動が段々と収まってくる。完全に収まった後でも艦内は死んだように静まり返っていた。

「───────状況は?」

 その中をロウ提督の言葉が響く。それで衝撃から呆然となっていたエイミィが気を取り直して状況を確認する。

「────アースラに損害なし、けれど今の攻撃で魔力炉がオーバーヒート!修復までディストーションフィールドの使用は不可能、通常の防御結界も展開率60%が限界です!!」
「盾と鎧が半分以上に持っていかれたか。─────クロノ執務官に状況を伝えろ」
「了解です!」

 そこでリンディがブリッジに戻ってくる。ロウは労いの言葉をかけた。

「ご苦労様でした。リンディ提督」
「いえ・・・・・・・・・。それより、状況は?」
「後は前線の者達に運命を委ねるしかない、という所です」

 その言葉にリンディは状況を察する。そして、強い意志でこう言った。

「なら信じて待ちましょう。──────皆の力を」










「─────わかった!作戦を続行する」
「クロノ君!アースラは!?」
「無事だ!だが、今のでフィールドはもう張れなくなった!これで尚更敵を通せなくなったぞ!」

 クロノがアースラからの通信を皆に伝達する。それと同時にすぐさま指示を送る。

「防衛部隊は砲撃魔法を!距離がある内に出来るだけ潰しておけ!!突撃部隊は、砲撃後に中央突破!開けた道を突き進め!」

 各部隊が列を成し、迫り来る鉄の群れにデバイスを向ける。人の数だけ魔力の砲門が作り出された。

「っ撃てーっ!!」

 射程距離に入ると同時に号令が下される。数十の砲撃が傀儡兵に放たれ、着弾。爆発が巻き起こり、砕かれた傀儡兵達が地へと落ちていく。それでも敵の進軍は衰えることはない。

「第二射、用意!─────────っ撃てー!!」

 続けて第二砲撃。さきよりも接近はしたがそれでもまだ攻撃距離に入らない傀儡兵達に容赦なく砲撃を叩き込む。さきほどと同様の爆発が起こり、傀儡兵達を飲み込んでいく。

「来るぞ!敵のほうが数が多い!一体一体に構わず、後ろを取られないようフォローし合え!!」

 第三射目はなかった。もうすでに砲撃の放てる距離ではない。両者の距離は射撃と近接の中近距離に差し掛かっていた。各部隊がそれぞれフォーメーションを組み、接近する敵を迎え撃つ。

「なのはは砲撃支援!ユーノは後方支援!頼んだぞ!!」
「うんっ!」
「任せて!」

 後ろの二人に指示を送ってから、クロノはデュランダルを構えて前に出る。部隊の指揮者としても支援部隊の盾としても彼は前に出る必要があった。

「クロノ君」

 そのクロノになのはが声をかけた。クロノは振り返らない。指揮官として前線から一瞬でも目を離さない為に。それをわかっているからなのはも、振り向くのを待たないで言葉を続けた。

「一緒に、頑張ろうね」
「…………ああ」

 それだけ言うと、クロノは止まった分を取り戻すような速さで前線へ向かった。

「・・・・・・・・・あれ?」

 そのクロノの背を見送るユーノの目にデュランダルが映る。特に不自然なところはない。ただ、穂先の近くに以前は無かった突起があるのが見えた。それだけのこと。しかし、それがなんなのかわからずユーノは首を捻った。

「どうしたの、ユーノ君?」
「あ、いや、なんでも。それより来るよ!」

 自分の些細な疑問を押し込めて、前線に視線を送る。そこではもう戦闘が開始されていた。











『Stinger Ray』

 クロノの射撃魔法が傀儡兵に命中する。光弾が抉る様に腹部を粉砕し、上下を断って敵を撃墜する。

「次っ!」

 クロノは次の目標を定める。そこで押し込まれそうになっている部隊を見つけると、そこに向かってスティンガースナイプを放ち、傀儡兵を数体貫く。

「あ、ありがとうございます!」
「礼はいい!自分の事に集中しろ!」

 そう切って捨てるクロノに傀儡兵が二体接近してくる。

「危ない!」

 助けられた武装局員が叫んだ時には、クロノは対応を終えていた。

「スナイプショット」

 左右から迫る傀儡兵が武器を振りかぶったところで、加速のキーワードを受けた光弾がクロノの元に戻るように奔る。光弾は迫る傀儡兵より速い速度で迫り、左の傀儡兵を背中から貫き、角度を変えて下方から右の傀儡兵を撃ち抜いた。

「次に行く。なんとか堪えてくれ!」
「りょ、了解です!」

 クロノの技量に呆然とする武装局員に声をかけてから、クロノはその場を離れる。苦戦している部隊のフォローもしなくてはならないが、前線を掻い潜りそうな傀儡兵も叩かなくてはならない。クロノは戦場の至る所に飛び回った。
 その彼だからこそ、真っ先に戦況の異常に気が付いた。

「このっ!」

 傀儡兵が突き出した槍を飛び越え、その脳天にデュランダルを振り下ろす。傀儡兵は頭部を叩き割られながら地上に落下していった。
 それを見届けながらクロノはおかしいと思う。戦場をあちらこちらのフォローに回った。だが、どこも援護した後、僅かな間にまた押し込まれそうになっている。もう敵は傀儡兵を展開していない。敵の数と撃墜数が合わなかった。

「これじゃまるで敵の数が減ってないような・・・・・・・・・!?」

 目を見開く。その視線の先にはさきほど頭部を砕いて行動不能にさせた傀儡兵の姿があった。
 傀儡兵は頭部の他に、叩きつけられた衝撃で片腕がもげ、装甲に亀裂が入っていた。そんな状態でガクガクと身体を揺らしながら、起き上がる。

『───────────』

 そして、何かを待つように砕かれた頭部で頭を垂れる。すると、砕けた頭部が光に覆われ、その光が消えると頭部は元通りになっていた。頭部だけではない。失った片腕も、亀裂の入った装甲も、同じように光に包まれ復元されていく。

「修復機能だと!?」

 その光景にクロノは愕然とする。全く数の減らない敵の答え。それは修復機能と言うこれほど多くの傀儡兵に搭載されるなどど考えも及ばない機能であった。

「いや、あれは傀儡兵の機能と言うより────────!」

 今見た限りでは傀儡兵自体が魔力を発動させた形跡は見られない。おそらく、何処かから供給された魔力で身体を修復させたのだ。そして、その何処かと言うのは考えるまでもない。
 だとすれば、今展開している傀儡兵はただの傀儡兵などではない。その一つ一つがリヴァイアサンの一部。それが母体から魔力を受けて、機能を回復させ延々と襲い掛かってきたのだ。

「なんてこと───────────!?」

 修復を終え、翼を広げる傀儡兵の横に別の傀儡兵が多数現れる。ただ、その背に背負うのは翼ではなかった。
 その背にあるのは両肩に背負われた二門の大砲。

「地上部隊!?」

 クロノに発見されたことに反応したように大砲を背負った傀儡兵達が歩みを止める。そうして、揃って砲門を空中にいる管理局部隊に向けた。

「────────避けろおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

 クロノの叫びと同時に傀儡兵達から先のお返しとばかりに、数十の砲撃を管理局の舞台にむかって放った。










『Schlangebeiβen!!』

 シュランゲフォルムとなったレヴァンティンが傀儡兵を串刺しにしていく。五体ほど突き刺さったところでシグナムはレヴァンティンを横に振って、突き刺さった傀儡兵を振り落とす。半壊状態の傀儡兵達がその射線上にいた傀儡兵を巻き込んで落ちていった。その開いた空間にその数以上の傀儡兵が接近してきた。

「くっ!数が多いっ!」

 その沸いて出てくるような様にシグナムが毒づく。先ほどからこの調子だ。倒しても倒しても出てくる傀儡兵に主砲の破壊を任じられたシグナム達は足止めを食っていた。

「あー!キリがねー!!」

 グラーフアイゼンを振り下ろし、傀儡兵を叩き落すヴィータ。同時に二体の傀儡兵が襲ってくるが、グラーフアイゼンを横に振り切ってまとめて吹き飛ばす。その息は荒い。もう何体倒したか数える気にもならなかった。

「リヴァイアサンの魔力が高まってます!アースラはもうフィールドが張れませんし、このままじゃ!」

 戦場の状況を探知しているシャマルの報告がさらに焦りを大きくする。それに苛立ったように傀儡兵を殴り飛ばしたアルフが叫ぶ。

「けど、どうしろってんだい!こんなんじゃ、先に進めないよ!!」

 アルフの言うとおりだ。そう思いながらフェイトは考える。敵を倒しながら進むのは無理だ。無尽蔵に出てくる敵を相手にしながらでは消耗が激しすぎる。何より時間がない。どうすれば間に合うのだろうか。
 自分達の目的は主砲の破壊だ。傀儡兵の殲滅ではない。だから、一瞬でも主砲への道が開ければいい。そう考えたフェイトの脳裏に浮かんだのは自分達の道を切り開いた一斉砲撃だった。あの直後が、一番リヴァイアサンへの距離を縮めることができた。あの時のように、道を開くことは出来ないだろうか?

「はやて」

 背中合わせとなったはやてに声をかける。

「なに、フェイトちゃん?」
「このままじゃ間に合わない。だから、中央突破。いけると思う?」
「・・・・・・やっぱ、それしかないかな」
「だと思う」
「主砲には誰が行く?」
「私が。けど私だけじゃ破壊しきれるかわからないからもう一人欲しいかな」
「ほんなら、私が行くわ。それでええ?」
「うん」

 互いに頷きあう。それから、はやては守護騎士達に指示を送る。

「シグナム!ヴィータ!最大出力でなんとか道を開いて!!そしたら、私とフェイトちゃんで主砲を壊しに行くわ!!」
「なっ!?それではしかし!!」
「このままじゃ間にあわへん!!間に合わせるにはこれしかないわ!!」
「けど、この状況じゃギガント出す暇がねーよ!」
「─────なら、それまで持たせるとしよう」

 そう言って前に出たのはザフィーラだ。申し合わせたかのようにアルフも並んで立っている。

「シグナム、ヴィータ。我らが時間を稼ぐ。それまでに主の道を開け」
「ザフィーラ」

 その呼び声に答えず、ザフィーラは己が役目を果たすことに意識を集中させる。

「いけるな、アルフ?」
「誰に物を言ってんだい!」

 そう言って拳を合わせた二人は左右に跳び、全方位からの敵を迎え撃つ。これら全てを止めるには格闘戦では手が足りない。そもそも、目的は倒すことではなく時間を稼ぐ事。だから、二人が選択した手は同じものだった。

「チェーンバインドォッ!!!」
「鋼の軛 !!!」

 茜色の鎖と白の拘束条が何条にも展開する。それらは入り組んだように展開しながら、互いを阻むことなく、傀儡兵を絡め取った。それを掻い潜ろうとする傀儡兵もいたが、再び伸びるそれらに阻まれ、蜘蛛の巣にかかった獲物のように捕らわれる。
 しかし、拘束した傀儡兵の数は数十体。それだけの数ではザフィーラもアルフも拘束を維持しきることは出来ない。耐え切れなくなったように、傀儡兵の拘束が切れた。
だが、時間を稼ぐには十分だった。

「轟天爆砕!!」

 既にグラーフアイゼンをギガントフォルムへと変えたヴィータが勢いよく回転する。

「ギガント・シュラーク!!!!」

 その遠心力を受けたように巨大化したグラーフアイゼンが周囲一帯の傀儡兵を草を刈るように砕く。巻き込まれた傀儡兵は五体を打ち砕かれながら地に落ちていく。

「駆けよ、隼」

 その回転が収まると待ち構えたように、レヴァンティンをボーゲンフォルムに変えたシグナムがリヴァイアサンに向かって構えていた。

「シュツルムファルケン!!!」

 放たれる一閃。その射線上にある全てを貫き通し、矢は突き進んでいく。そこに出来たのは二つに断たれた海のような道。

「今です、主はやて!テスタロッサ!!」
「うん!」
「いくよ、はやて!」

 フェイトがはやての手を取り、シグナムが作った道を飛翔する。僅かな間とはいえ、先ほどまでの無尽蔵ぶりが嘘のようにその道には行く手を阻むものがなかった。

「こ、こうして見るとほんまおっきいなぁ・・・・・・・・・」

 間近に迫ったリヴァイアサンを見上げて、はやてが呟く。遠目では実感できなかったが、見上げたそれはそれこそ山のように巨大だった。

「あった!あれ!!」

 フェイトの言葉にはやては視線を戻す。その先には三つの牙のような支柱があった。間違いない。映像や無限書庫の資料で何度も確認したリヴァイアサンの主砲『トライデント』に間違いなかった。そのトライデントは紫電を発して、今まさにその牙を剥こうとしているところだった。

「はやて!」
「うん、フェイトちゃん!」

 フェイトとはやてが並んで詠唱を開始する。あの主砲がどれだけの強度を誇っているのかわからない。だから出来る限りの威力で破壊する。二人は一心不乱に詠唱を続ける。
 その二人に向かってリヴァイアサンの砲台が首を向け、砲撃を放った。

「─────────!?」

 二人がいるのはリヴァイアサンの砲撃射線をさけた位置。場所からいって砲撃をあびるような位置ではなかったとは言え、敵の反撃を失念していたのは迂闊だった。

「こんのっ!!」

 術式を構築しながら、はやてが防御魔法を展開する。防御魔法と砲撃がぶつかり、鬩ぎ合う。やがて砲撃は防御魔法を突破したが、今唱えている魔法の防御フィールドに阻まれて消失した。

「あ、ありがとう、はやて!」
「ええって!それより、はやく撃たへんとこっちも危ないで!!」

 そういうとほぼ同時にリヴァイアサンから新手の傀儡兵が射出される。その傀儡兵達は一直線にフェイトとはやてに向かっていく。
迫り来る数十体の傀儡兵。それが目前まで迫ったところで。

「「F&H広範囲殲滅連携」」

 二人の魔法は完成した。

「トールッ!!」

 はやてがシュベルトクロイツを掲げ、二人の頭上に暗雲が作られる。そこから雷がザンバーフォームとなったバルデッシュの刀身へと落ち、金の雷光が辺りを照らし出した。

「ブラストッ!!!」

 極大化した雷撃が周囲に解き放たれる。フェイトとはやてに向かってきていた傀儡兵がその雷撃の一体残らず叩き落される。そして、雷撃は霧散することなく再び刀身へと収束する。

「「ザンバーッ!!!!」」

 突き出される雷神の一撃。雷光が光の速さでトライデントに迫り、発射口である中心部を撃ち抜いた。増幅を終え、収束した魔力がその一撃に誘爆。牙を粉々に砕くほどの爆発が発生した。

「やったで!」
「これで主砲は封じたから、あとは中に突入するだけ!」

 主砲は破壊したがそれで全てが終わったわけではない。喜びもそこそこに次へと意識を向ける二人。
 その二人に思いもよらない光景が映る。

「「えっ!?」」

 ゆっくりと、だが確実に二人の目の前を横切ろうとするリヴァイアサン。それまで距離を保っていたそれはトライデントという攻撃手段を失った事で、前線に進みだすのであった。













「駄目です!!防衛ライン、限界です!!」
「アースラを前に出せ!少しでも味方の弾除けになるのだ!!」

 混乱するアースラ。先の地上部隊からの奇襲で防衛部隊はズタズタにされた。ジリジリと押し込まれ、傀儡兵達はアースラの目前まで迫っていた。

「前線から連絡!───────リヴァイアサンの主砲の破壊に成功したとの事!」
「そうか!・・・・・・・・・だが、この状況では突入はっ!」

 もう部隊の大半はやられている。人手が足りず、負傷し治療を終えた武装隊をまた前線に送り出している始末だ。この状況では内部への侵入は困難に思えた。

「あっ!?」
「なんだ!どうした!?」
「リ、リヴァアサン接近!!十五秒後、砲撃来ます!!」
「くっ!なんだと!?回避行動に移れ!!」

 アースラが少しでも射線から逃れようと移動する。その甲斐あって直撃は免れたが、砲撃が船体を掠め、アースラを揺さぶった。

「このままではっ!!」

 そう思ったのはアースラの艦内だけではない。残り少なくなった前線の局員達もそう思った。
 だが、その中で必死に奮闘している少女の姿があった。

「アクセルシューター!!」

 12発の魔力弾が飛び交い、傀儡兵を撃墜していく。なのはは支援部隊にも関わらず、前線が崩壊した後でもそこから一歩も引かなかった。

「なのはっ!攻撃もいいけど、防御にも気をつけて!それ、コントロールしてる間は動けないんでしょ!?」
「でも、これじゃないと広がってる敵を相手に出来ないし!」

 そう言って、なのははカートリッジをロード。再びアクセルシューターを放ち、敵を撃墜していく。

『なのは!ユーノ!無事か!?』

 そこに念話が繋がる。地上部隊からの砲撃に巻き込まれたクロノからだった。見れば、接近してくるクロノの姿が確認できた。

『クロノ君!大丈夫!?』
『ああ、なんとか!それよりアースラに退け!ここももう持たない!』
『駄目だよ!ここで退いちゃったら、アースラが危ないよ!』
『いいから!後は────────!?』
「なのはっ!!」

 ユーノが叫ぶ。離れていたクロノもそれに気が付いていた。

「えっ!?」

 傀儡兵を撃墜し続けるなのはを脅威に思ってだろうか。なのはの360度全方位を傀儡兵が包囲していた。その全てが手にした獲物の穂先をなのはに差し向ける。逃げ場はどこにもなかった。防御魔法を展開する間もなく、傀儡兵達がなのはに襲い掛かった。

「───────────!!」
「なのはあぁぁぁぁぁぁっ!!」

 この距離からではなのはへの防御魔法も間に合わない。ユーノはなす術も無く、襲い掛かってくる傀儡兵に蹂躙されようとするなのはを見て。

「────────え?」

 その頭上に、無数の魔力刃が展開されているのを見た。
 降り注ぐ魔力刃がなのはを襲おうとした傀儡兵を全て貫く。それだけではない。辺り一帯に構築された魔力刃は周囲にいた数十の傀儡兵に襲い掛かり、刃を受けた傀儡兵全てを撃墜した。

「これって、スティンガーブレイド・エクスキューションシフト・・・?」

 それはクロノが持つ大出力魔法の一つ。けれど、今展開しているそれは威力も数も範囲も距離のどれもがユーノが知るそれよりも上回っていた。
どういう事なのかと確かめるようにクロノの方に振り向く。

「───────────」

 クロノの手にはデュランダル。現行で最速の処理能力を有し氷結魔法に特化した鋭いフォルムをしたデバイス。その穂先近く、ユーノが見た突起があった所に蛇足のように四角い箱状の物がついていた。
 それをユーノはかつて見たことがあった。
 量産型カートリッジシステム。かつてベルカの出身者が作り出し、今も犯罪者達の間に出回り、世を脅かす力。危険性を除外視し、あらゆるデバイスに組み込めるようにした簡易にして膨大な魔力増幅器である。

「─────クロノ、なんで君がそれを!?」

 ユーノの言葉にクロノは答えない。返事の代わりのように、空になったマガジンをデュランダルから取り外し、新たなマガジンを取り付けると、念話を全方位に開いた。

『全員、退け!!今からリヴァイアサンを止める!!』

 言うと同時にデュランダルを前に掲げる。クロノの足元に魔法陣が展開し、辺りに冷気と青白い光が舞い始める。

「悠久なる凍土」

 詠唱の一区切りと同時にカートリッジをロード。辺りに舞っていた雪が光が勢いを増し、吹雪のようになった。

「凍てつく棺のうちにて」

 さらにカートリッジロード。当たり一帯が急速に凍り始め、発動前にも関わらず巻き込まれた傀儡兵が何体も凍結していった。

「永遠の眠りを与えよ」

 詠唱を終えると同時にマガジンに収納されていた最後のカートリッジをロード。デュランダルを握り、一閃させる。

「凍てつけぇっ!!!」
『Eternal Coffin』

 デュランダルの先端の水晶が輝く。辺りに展開していた凍気がリヴァイアサンに収束する。凍気は山ほどもあるリヴァイアサンの表面を凍てつかせ、その凍気に耐え切れなかった箇所を砕け散らす。そうしてリヴァイアサンは巨大な氷の塊となって、その場に封じ込められた。

「す、凄い・・・・・・・・・」

 もともとSランクオーバーの極大凍結魔法。それがカートリッジのブーストを受けて、さらにその凍結能力を拡大させていた。

「これなら、内部の突入が間に合うんじゃ・・・・・・・・・!」
「いや・・・・・・・・・」

 今の詠唱の消耗したのだろう。肩で息をしながら、クロノがユーノの言葉を否定する。

「確かに止めはしたが、それでもリヴァイサアンの修復能力を考えれば、完全に封じ込めるのは無理だ。いまの戦力ではどんなに頑張っても突入して戻ってくるまでの間に、凍結を解除される」
「え、それじゃあ・・・・・・・・・」
『クロノ執務官!!」

 会話に割り込むようにリンディから通信が入る。

『どういうこと!?作戦プランでエターナルコフィンの使用は聞いていないわ!それにどうして量産型カートリッジシステムを!?管理局で使用禁止されているものを、執務官が使うなんてどういうつもりなの!?』

 その声は、どういうわけかやたらと感情めいた響きを持っていた。職務に務めるリンディらしくない、焦燥めいた声だった。

「───────────」
『答えなさい!クロノ執務官!』
「────────母さん」
『───────────』

 クロノの言葉にリンディが言葉を失う。執務官として、この場で自分の事を母と呼ぶなんて常のクロノでは考えられない。だとすれば、何故クロノはそう自分の事を呼んだのか。冷たい感触が足元から這い上がり、全身を震わせた。

「我侭を言うのは、母さんの下を離れた時だけと決めていました」
『──────クロ、ノ?』
「けど、ごめんなさい。二回目の我侭を言います。─────悲しませるような我侭ばかりで、ごめんなさい」

 そのリンディとの念話はなのはとユーノにも聞こえていた。ただ、クロノが何を言おうとしているのかわからず、呆然とクロノを見上げる。

「クロノ、君?」
「なのは」

 なのはがクロノの名を呟くと、クロノがなのはを見る。その顔は酷く優しい顔をしていた。その顔を見て、なのはは胸を貫かれたような衝動を受けた。

「たくさん、傷つけてごめん」

 その顔はどこまでも優しい。だと言うのに。

「僕はもう君を傷つけたくない」

 どうしてこんなにもつらい気持ちを覚えて。

「だから、もう君が傷つかないようにするから」

 どうして、その顔が。

「だから、ごめん」

 ひどく悲しそうに見えるのだろう?

「約束は、守れない」
「─────────クロノ君!?」

 クロノの足元に魔法陣が展開される。クロノが何をしようとしているのかわからず、なのはは身動きをとれずにいた。

「転移魔法・・・・・・・・・?クロノ、一体どこに行くつもりだ!?」

 クロノの魔法を看破したユーノが叫ぶ。その言葉になのはは思い出す。クロノが目覚める前のリヴァイアサンの内部に入った時、転移魔法のマーキングをしていた事に。
 それで、ようやくクロノが何をしようとしているかわかった。

「駄目ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」

 なのはがクロノに向かって飛ぶ。必死に腕を伸ばして、クロノを掴もうとする。それをクロノは今にも泣き出すのではないかと言う顔で笑いながら。

「さよなら。なのは」

 なのはの手が届く前に転移をして、その場から消え去った。

『エイミィ!?クロノはどこにいったの!?』

 その一部始終を見ていたリンディが叫ぶ。同じように見ていたエイミィは呆然としながら問いに答えた。

『ざ、座標、確認・・・・・・・・・・・・。リヴァイアサンの内部です』
『追って!早く追って、クロノを止めて!』
『駄目、です・・・・・・・・・。ここからじゃ、内部への転移はできませんし、今の転移座標も追えません・・・・・・・・・っ!!」

 最後の方はもう悲鳴染みていた。リンディは青ざめた顔でその場にへたり込んでしまった。

「・・・・・・・・・あの、馬鹿!」

 ユーノは毒づきながら、なのはを見る。

「・・・・・・・・・・・・き」

 なのはは手を伸ばしたまま、固まっていた。

「・・・・・・嘘つき」

 その指先は震え、全身へ伝わっていった。

「嘘つき、嘘つき、嘘つき・・・・・・・・・っ」

 ぐっと、目を閉じる。閉じられた瞼からは涙が溢れ出た。

「嘘つきーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!」

 その叫びは、戦場中に響き渡るほど、悲痛に満ちていた。
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