リリカルなのは SS

                     Song to you forever
                      第七話 駆ける想い

『魔力炉の回復を急げ!怪我人の収容も同様だ!!』
『リヴァイアサン内部で魔力の上昇を確認!凍結魔法を解除しようとしているようです!』
『活動可能な局員は!?』

 アースラから様々な指示が送られていく。今のうちに少しでも態勢を立て直すのに必死であった。

「・・・・・・・・・」
「なのは・・・・・・・・・」

 その中でなのはは俯いたまま動かない。そんななのはにかける言葉をユーノは見つけられなかった。
 クロノがあんな行動に走ったのは、なのはのためを思ってのことに違いない。いや、それだけではないだろう。全ては自分のせいだと背負い込み、その責任を取らなくてはならないと追い詰められていたのだ。

「何が、なのはを頼む、だ」

 それを表面に引き出してしまったのは自分。引き金を引いたと言ってもいい自分がなのはにどう声をかければいいというのだろうか?

『あっ!?』

 どう逡巡している時にアースラからの通信が聞こえた。

『どうした!?』
『傀儡兵が、リヴァイアサンに向かって退いていってます』
『どういうことだ?』
『・・・・・・おそらく、外部の敵よりも内部の敵を優先したのではないかと』

 その通信になのはは顔を上げた。

「なのはっ!?」

 なのははカートリッジをロードさせ、レイジングハートをエクセリオンモードへと変形させる。先端が開き、ストライクフレームが形成。左右からは魔力の翼が広がった。
その矛先を、なのはは氷漬けのリヴァイアサンに向けた。

「──────────わあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 絶叫とともに、リヴァイアサンに突貫する。

「なのはーーーーーーっ!?」

 驚きにその名を呼ぶユーノは、眼下でリヴァイアサンを覆う氷の一角が粉砕されるのを見た。











「・・・・・・・・・・・・」

 通路と呼ぶには広すぎるホールに転移してきたクロノは一人佇んでいた。
転移魔法は成功した。通常なら転移できる座標ではなかったが、直接マーキングしておいたために転移が可能になった。降りたったその場所は確かに一度見た覚えのある場所だ。ただ、なんとなく最初のときとは見た印象がまるで違っている。
 そんな事を考えながら、胸に思い浮かべるのは最後に見たなのはの顔だった。

「・・・・・・・・・・・・」

 泣き出す寸前の顔。それを思うと胸が酷く痛んだ。そんな顔はしてほしくなかった。

「────だから、僕はここに来た」

 そう呟くと同時にホールの両側からわらわらと傀儡兵が現れた。目視しただけでも1000に近い数がいる。外に展開された傀儡兵とは違って大砲を背負った砲撃タイプや斧や槍を持った白兵戦タイプなど攻撃力が高い者達で構成されていた。

「内部防衛部隊か。多いことは多いが外よりも数は少ないな」

 おそらく、外に展開した部隊の方に比率を割いていたのだろう。だとすれば、今こそが、目的地に辿り着く絶好の機であった。
 クロノはデュランダルにカートリッジを装填する。全てを倒すにはカートリッジがいくらあっても足りないがその必要はない。突破さえ出来ればいい。目的地に辿り着くまでなら持ってきた数でなんとかなると思う。
 いや、違う。なんとかなるんじゃない。なんとかするんだ。いつだって、そうしていこうと思い続けたのだから。

「いくぞ、デュランダル」
『OK,Boss』

 デュランダルがクロノに応じる。その相棒を力強く握り締めて、クロノは傀儡兵に向かって突撃した。








「どいてっ!!どいてぇっ!!」

 リヴァイアサンの内部へと突入したなのはの前に立ち塞がったのは、内部に残っていた傀儡兵の群れだった。傀儡兵はなのはの事を感知すると群がるようになのはに向かっていく。

「どいて、って言ってるのに!!」

 それをなのはは射撃魔法を連射して、撃ち抜いていく。一つ一つの光弾が数体ずつ傀儡兵を貫通するが、それでも接近してくる傀儡兵全てを止めるには至らない。

「どいてよぉぉぉぉぉぉっ!!!」

 その全てを吹き飛ばそうとなのははカートリッジをロード、エクセリオンバスターを放つ。光がホールを埋め尽くすように広がり、傀儡兵を飲み込んでいく。その後には、鉄くずのようになった傀儡兵の残骸が残った。

「っ!」

 道が開けるとなのはは躊躇うことなく先に進む。一秒だって惜しい。早く、少しでも早くクロノの下へと気持ちだけが逸る。
 そのなのはをあざ笑うかのように、傀儡兵の残骸が震えだした。

「えっ!?」

 驚くなのはの目の前で残骸が浮き上がり、接合していく。足りない部分は発光しながら再生していく。そうして、驚きになのはの周りを復元した傀儡兵が取り囲んだ。

「そんなっ!?」

 瞬く間に復元した傀儡兵になのはは悲鳴染みた声を上げる。外での攻防で傀儡兵に修復機能がある事は知っていた。それでも原形を留めない程に破壊したと言うのに、僅かな間に復元していく様は信じられるものではなかった。
 しかし、それがリヴァイアサンの内部に配備される傀儡兵の比率が少ない理由。内部にいることにより、直接魔力供給される傀儡兵の復元能力は消滅でもさせない限り復元していく。数が減らない事による無限の兵力のためだった。

「ぅ・・・・・・・・・・・・」

 傀儡兵がじりじりと包囲を縮める。砲撃では一方しか防げないし、誘導操作弾でも倒しきれない。何より、それらを撃つための時間を取れる距離ではなかった。どうするべきか迷う間に距離はさらに縮まっていき、傀儡兵が武器を構える。

「──────────」

 それらに耐えようとなのはは防御魔法を選択する。これだけの数の攻撃を耐え切れる保証はないが、先に進むためならどんな僅かな可能性にも賭ける想いがなのはにはあった。
 傀儡兵が武器を振り上げる。堪える様になのはがぐっと唇を引き結んだその時だった。

「おぉぉぉぉらぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 怒号と共に包囲網の後方で傀儡兵が吹き飛んだ。削岩機が岩を削るように包囲網の一角が見る見る内に開けていく。
 散らばる魔力光は赤。開けた包囲の一角に現れたのはその色と同じ騎士甲冑を纏った少女だった。

「ヴィータちゃん!?」
「何こんな奴らに手間取ってんだ!」

 驚くなのはの右手で傀儡兵が燃え上がる。塵一つ残さず消滅する傀儡兵。さすがにこれでは復元は不可能だった。
 その燃え尽きた炎の背後から、長剣を携えた剣士が姿を現す。

「気負いすぎだ。もう少し落ち着け」
「シグナムさん」

 唖然とするなのはを心地よい風が包む。体力と魔力が戻ってくるのを感じながらなのはが振り向くと、優しげに微笑む女性がいた。

「これで少しはマシになったと思います」
「シャマルさん」

 上方から鎖が伸びると同時に床から白い拘束条が伸びる。その向こうで獣の耳を有した男女が立っていた。

「どうだい!」
「どうやら、こいつらは破壊するより拘束したほうが効果があるようだ」
「アルフさん、ザフィーラさん」

 なのはを後ろから串刺しにしようとする傀儡兵。その傀儡兵を防御魔法が弾き飛ばす。なのはの後ろを庇う様に、少年が降り立った。

「なのは、大丈夫!?」
「ユーノ君」

 金と白の魔力が降り注ぐ。それからなのはを支えるように両隣に友達である二人の少女が並び立った。

「やらせない!」
「通させてもらうで!」
「フェイトちゃん、はやてちゃん!」

 そうして皆がなのはを守るように円陣を敷いて、並び立った。

「皆、どうして・・・・・・・・・」
「話は聞いてる。クロノが一人で奥に行ったんだよね」
「そないな無茶、黙ってみてられへん!」
「クロノ執務官には返しきれない恩がある。それを返す前にいなくなられる訳にはいかん」
「あいつがいなくなったら、はやてが泣く」
「クロノさんは誰にとっても大切な人ですから」
「ハラオウンへの義理を思えば、当然のことだ」
「心配かけやがったから、一発殴らないと気がすまない!」

 皆の言葉がなのはの胸に染み渡る。皆が同じ想いでいてくれている。それがとても嬉しかった。

「行こう、なのは」

 ユーノがなのはに言う。最後の一押しをするように。

「クロノを連れ戻しに!」
「うん!」

 なのはが頷く。それを合図に皆が包囲を突破しようと傀儡兵に立ち向かって行った。













 細く。
 鋭く。
 疾く。
 傀儡兵の攻撃をかわしながら、クロノは常以上に魔法の構築を緻密に行う。振り下ろされた斧を横に飛び込むようにかわし、僅かに開けた空間に出るとクロノは魔法を発動させた。

「スティンガースナイプ!!」

 編み出された軌跡を描く光弾は通常よりも細くありながらそれ以上に魔力を凝縮されていた。その光弾が魔力で鍛えられた傀儡兵の装甲を紙のように穿っていく。十二体の傀儡兵を貫いた所で螺旋の軌跡は敵の中央へ辿り着いていた。
そこでカートリッジが炸裂させる。

「バーストショット!!!!」

 光が増大する。カートリッジから過剰な魔力を供給された光弾が敵の中央で爆発を起こした。多数の傀儡兵の装甲が千切れるように粉砕し、その吹き飛んだ破片が別の傀儡兵の装甲にめり込んだ。
 本来なら射撃魔法であるスティンガースナイプだが、カートリッジの魔力を爆発させた事によって砲撃クラスの威力を生み出していた。その砲撃が生み出した爆煙を裂くようにクロノが傀儡兵の頭上を越えて飛び立った。
 何体かは消滅させたかもしれないが、そんなものはリヴァイアサンにとって蚊に刺されたも同じだろう。そんな事に時間と魔力を食うわけにはいかない。クロノは完全に傀儡兵を無視するつもりで飛行した。
 そのクロノに大砲を背負った傀儡兵が砲撃を浴びせる。それだけではない。武器を持った傀儡兵が獲物を惜しむ事無く投げつけてくる。遮蔽物のない空中にいるクロノは目立つ的であった。

「ちぃっ!!」

 それを飛行魔法の制御のみでかわしていく。足を止めれば、そこを袋叩きにされるだろう。止まるわけにはいかなかった。
 そのクロノを阻むかのように、黒い影が宙を躍った。

「飛行タイプ!?内部にも残っていたか!?」

 翼を広げた傀儡兵がクロノを羽交い絞めにしようと飛び掛る。機動を横に逸らしてそれをかわすが、そこを狙い撃って砲撃が飛んできた。辛くもそれをかわすと目標を逸らした砲撃が空を飛ぶ傀儡兵を撃ち抜いた。撃ち抜かれた傀儡兵は地に落ちるが、僅かな間に機能を回復させ、再びクロノに向かって飛び立つ。修復機能に物を言わせた、味方の被害など考慮に入れない戦法だった。

「邪魔・・・・・・・・・っ!!」

 クロノが空いた左手にカードを召還する。クロノの師であるリーゼ姉妹が使用していたものと同タイプの物でクロノが彼女達から魔法を教わりだした頃から魔力を蓄積してきたものだ。それを惜しげもなく三枚同時に放り、地上にいる傀儡兵に対し拘束魔法を発動させた。
 僅かな間だけ攻撃の手を止めたクロノに飛行タイプの傀儡兵が接近してくる。それらがいる限り、空中での行動はひどく制限される。飛行タイプさえ止めてしまえば、この区画は超えれるだろう。
 クロノがデュランダルを構える。それと同時にカートリッジがロードされた。

『Blizzard Partisan』

 デュランダルの先端に冷気、いや凍気の魔力が宿る。

「はぁぁぁっ!!」

 デュランダルを一閃する。解き放たれた凍気が傀儡兵を凪ぐと忽ちに凍りついた。触れたものはおろかその行く道にある全てを凍てつかせる無慈悲な凍気がそこにはあった。
クロノはデュランダルを二閃三閃させる。凍気が空中を埋め尽くし、傀儡兵は逃げ場もなく凍りついて地に落ち、砕け散る。凍りつかされたことによって魔力が遮断された状態では復元はままならなかった。
 飛行部隊を片付けたクロノは先へ先へと飛翔する。地上からの攻撃も回避行動の制限がなければ、脅威ではなかった。それらを掻い潜るクロノの視線の先に次の区画への扉が見えた。そこを通さんと隊列を組む傀儡兵。

「どけぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」
『Snow Storm』

 怒号と共にカートリッジをロード。放たれた凍気の烈風が道を阻む傀儡兵を氷像へと変えた。









「ミストルティン!」

 はやての放った石化魔法が傀儡兵の群れに直撃する。復元能力も石化によって無効化され、傀儡兵は無力な石像となった。

「やったな、はやて!」
「確かに効果的みたいやけど・・・・・・」

 そう呟くはやての前には障害物となった仲間を砕いてこちらに迫ってくる傀儡兵。その数は石化させた数の数倍はいた。
 最初のホールを突破したなのは達。だが、その次のホールではさらに多くの傀儡兵に加え、外から帰還してきた飛行タイプの傀儡兵が待ち構えていた。
 鳥の大群のように空中を埋め尽くす傀儡兵に制空権を握られたなのは達は、地上戦を余儀なくされた。その地上も数える気にもならない数の傀儡兵が展開している。突破は容易ではなかった。

『シャマル」

 その中でシグナムは密かにシャマルに念話を繋ぐ。

『どうしたの、シグナム?』
『このままではキリがない。主達だけでも先に進ませるぞ』
『・・・・・・わかったわ」

 シャマルは反対しなかった。将たるシグナムの決定であるし、彼女自身このままでは消耗するだけだとわかっていた。

『ヴィータとザフィーラに連携するように伝えてくれ』

 道を開く戦法がシャマルに伝えられる。それを二人に伝えると、その返事をすぐにシグナムに伝えた。長年、戦歴をともにしてきた者達だけに意思の伝達は素早い。行動はすぐに実行された。

「ヴィータ!」
「おうよ!」

 ヴィータがグラーフアイゼンで傀儡兵を殴り飛ばす。放り投げられたようにすっ飛んだ傀儡兵が周囲を巻き込んだ。

「陣風!!」

 そこにシグナムが衝撃波を叩き込む。衝撃波は傀儡兵の群れを真っ二つに割り、道を作り出した。

「今だ!」

 滑り込むようになのは、フェイト、はやて、ユーノが駆ける。そこに四人を止めると言うより、裂かれた陣形を埋めようと傀儡兵が殺到しようとする。

「させん!」
「邪魔すんな!!」

 それをザフィーラとアルフの拘束魔法が阻む。それでもなのは達を止めようと拘束の隙間からうでを伸ばす傀儡兵達はまるで檻に閉じ込められた獣のようだった。

「シグナム達も早く・・・・・・っ!?」

 振り返ったフェイトが絶句する。道を防げなかった代わりの様に、傀儡兵達がシグナム達を囲んでいた。その群れに阻まれ、シグナム達の姿はもう遮られてしまっていた。

「今、援護に!」
「いらん!先に進め!」
「シグナム!?」
「こんなところで足止めを食っている時ではない!いいから行くんだ!」
「でもっ!」
「どの道、退路を確保する必要もある!我々の目的は進むことではなく帰る事だ!」
「っ!・・・・・・・・・わかりました」

 フェイトがそう言った直後、はやてが大声を上げた。

「シグナム!ヴィータ!シャマル!ザフィーラ!」

 その声に守護騎士達の顔に僅かな曇りが浮かぶ。主の事だ。この場に残ることを選んだ自分達を責めるだろう。自分の目の届かないところで無茶をされることを嫌う少女なのだから。

「・・・・・・頑張りや!」

 けれど、主が言葉にした事は別の事。

「帰ったら、うんとご馳走作ったるから!!」
「ほんとか、はやて!?」
「うん!だから頑張りや!」

 自分達を後押しする声援だった。

「──────────わかりました」
「ほんなら行くで!」

 そう言って守護騎士達の主は笑顔で駆けていった。なのは達もそれに続く。

「───────成長しましたね、はやてちゃん」

 はやて達が去ってから、シャマルが嬉しそうに口を開いた。

「ああ。元々守護するに相応しい主であったが・・・・・・、今は我らを支えようとするようにまでなった」

 応じるシグナムも嬉しさを隠そうともしない口調で言った。

「はやてのご馳走!はやてのご馳走!」

 ヴィータがグラーフアイゼンを振り回して気合を入れる。

「すまんな、アルフ。結果的に付き合わせることになった」
「構わないよ。その代わりにあたしにもご馳走よこせ」
「わかった」

 ザフィーラとアルフが物の数秒で交渉を終える。その間にも傀儡兵はにじり寄ってきていた。
 魔力もカートリッジも残り少ない。体力だって消耗しきっている。けれど、負けるわけにはいかない。
 何故なら、大切な約束がかわされたのだから。

「───────────来るぞ!」

 傀儡兵が殺到する。シグナム達は臆する事無くそれを迎え撃った。












「なんとか、突破できたか」

 クロノはそう言って、肩越しに背後を振り返った。自分が通ってきた入り口は氷で硬く閉ざされ、傀儡兵達の進行を阻んでいた。
 最初に降り立った区画を突破し、進んだ次の区画。そこで待っていたのは砲撃タイプの傀儡兵、それを守る盾を持った傀儡兵、それと天井に設置された固定砲台だった。
砲撃タイプの傀儡兵と固定砲台は味方の傀儡兵に構わず、それこそ雨のようにクロノに砲撃を見舞った。かわしきれず、防御しきれずクロノは少なくない傷を負った。
 それを突破するためにクロノは手持ちのカートリッジとカードの大半を駆使した。カードによる拘束魔法で敵の身動きを封じ、カートリッジの魔力に物を言わせた氷結魔法で敵の大半を封じ込めた。今、背後の入り口の氷を粉砕しようとしているのは数少ない撃ちもらしだ。だが、区画を突破出来たのだからそれは些細なことであった。
 問題なのはその代償であった。

「ぐっ・・・・・・・・・ッ!!」

 クロノが肩膝をつく。前のめりに倒れそうになるのをデュランダルを杖にして支えるが、そのデュランダルもところどころが損傷していた。
 ここまで来れたのは間違いなく量産型カートリッジの恩恵だ。同時にクロノとデュランダルを疲弊させたのも量産型カートリッジのためだった。

「くそ・・・・・・・・・、ここまで負荷が大きいとは・・・・・・・・・」

 量産型カートリッジシステムは簡易な整備で取り付けられ、魔力増幅の恩恵を受けられる。しかし、デバイスにしっかりと組み込まれていないそれはその負荷を術者とデバイスにダイレクトにかける。その負荷はクロノとデュランダルを確実に蝕んでいた。

「けど、それに文句を言うのは贅沢だな・・・・・・」

 手っ取り早く戦力を増強させるにはこれしかなかった。デュランダルに正式なカートリッジを組み込む時間なんてなかったし、現行の最新技術が余す事無く搭載されているデュランダルにカートリッジシステムを組み込む余地などなかっただろう。そう考えるなら、この負荷はデュランダルでカートリッジを使えることの代償と思えば対等の対価というところだろう。

「S2Uがあれば───────────」

 多少は楽になったかもしれない。そう言い掛けてクロノは口を噤んだ。
 戦いの最中、何度呼び出そうとした事か。確かに半身ともいえるデバイスだったが、ここまで依存していた事に手放して始めて気が付いた。けれど、その半身はもうこの手にはない。
 何故なら、そこに心を置き捨ててきたのだから。
 もう彼女の傍にはいられない。その未練を断ち切るために。せめて、自分の半身が彼女の手に残ればと自分勝手な願いのために────────────────。

「──────────っ」

 クロノが頭を振る。休憩なら今ので十分だ。そう思って歩を進めようとする。

「?」

 その足に振動が伝わる。その正体がなんなのかを見極めようとしたところで視界すらも震えていることに気が付いた。
 そして、その正体は見極める必要もなく向こうから現れた。

「───────────」

 思わず言葉を失う。そこに現れたのは見上げるほど巨大な傀儡兵。歩くだけで振動を起こす程の質量を持った鉄の巨人がそこにいた。
 その巨人がクロノを見下ろす。次の瞬間、巨人のつま先がクロノに突き出されていた。

「っぐ!!!」

 巨人にとっては足の先でもクロノにとっては破城槌にも等しい。巨体からは考えられない速度と見た目どおりの質量を伴った一撃が襲い掛かってくる。反射的に防御魔法を展開して受け止めるが、すぐさま障壁に皹が入っていく。突破されると見たクロノは無理やり身体を逸らして傀儡兵のつま先から逃れる。間髪をいれず巨人は足を振り上げる。今度は踏み潰すつもりのようだ。クロノは飛翔してその足から逃れた。
 宙に浮くクロノに傀儡兵が腕を伸ばす。その腕が振るわれるだけで空間を裂くように風切り音が響く。クロノはその烈風に巻かれながらもなんとか逃れ続けた。

「この・・・・・・・・・・っ!!」

 クロノがカードを傀儡兵に放つ。一枚が足元に突き刺さり、バインドで足を縫いつけその動きを止める。続けてもう片方の足と両腕の動きも抑える。これで全てのカードを使用したことになったが、これで傀儡兵の動きは完全に封じ込めた。その隙を狙って、クロノは大出力魔法を叩き込もうとする。
 その瞬間、視界が揺らいだ。

「っ!?」

 カートリッジ使用した反動がまたやってきた。時間にすれば数秒。だがその僅かな間、クロノは完全に魔法の制御を手放した。なんとか気を取り直すが、クロノの視界を巨大な手が埋め尽くした。

「しまっ───────────!!」

 かわそうとするがもう遅かった。クロノはバインドから逃れた傀儡兵の掌に捕らえられる。突き出された腕はそのままクロノを叩きつけるように壁に押し付けた。クロノの腹から下の体を巨石が落ちてきたような圧力が襲った。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・ッ!!!」

 肉が臓器が骨が軋みを上げる。悲鳴すらも押し潰された。意識までもが口から吐き出されてしまいそうだった。

「──────────────────────ッ!!!!」

 それを気力と意志の強さで繋ぎ止める。クロノは穂先近くを握ってデュランダルを傀儡兵の手に突き刺した。

『Break Impulse』

 デュランダルの電子音声が響くと同時に爆発が導火線のように傀儡兵の腕を駆け上がった。その衝撃に傀儡兵がのけぞって倒れ、支えを失った手首と共にクロノは床に落ちた。

「───────ッ!ハァッ!ァッ!アグッ!ゴホッ!!」

 血を吐き出しながらもなんとか呼吸を整える。霞んだ視界の先で傀儡兵が起き上がろうとしていた。それを見たクロノは定まらない意識のまま、マガジンに搭載されたカートリッジ三発を全弾ロード。魔力を劇薬がわりのように注入して意識を明確にさせ、そのまま魔法を展開。宙に数百本のスティンガーブレイドを精製した。

「スティンガー・・・・・・・・・」

 クロノがデュランダルを掲げる。精製されたスティンガーブレイドがクロノの頭上に矛先を向け、放たれる。刃と刃がぶつかり、一つとなる。その刃も別の刃とぶつかり一つへと収束していく。
 そして、全ての刃が一つになった時には巨人を飲み込むほどの光の柱が生まれていた。

「エクスキューソナーブレイド・・・・・・・・・ッ!!!!」

 光の巨刃が振り下ろされる。その刃に飲み込まれた巨人は、その光が消えたときには跡形もなく消滅していた。








 シグナム達が開いた道を進んだなのは達は次の区画に辿り着いた。先ほどの区画と変わらない広さの区画。しかし、その場所になのはは見覚えがあり、先ほどの区画とは違う点があった

「戦闘の形跡がある・・・・・・」

 床や壁に破壊の形跡があり、大気にも残照魔力が残っている。そして、傀儡兵が何体も破砕を修復していたり、氷付けになっていた。そのためか、先ほどの区画に比べると傀儡兵の数が若干少ないように見えた。
 そこはクロノとなのはが起動前のリヴァイアサンの探索中に進んだ区画。クロノが転移して降り立った区画だった。

「ここにいないって事は先に進んでるってことだよね・・・・・・」

 よく一人で突破できたものだと思う。それ以前にこの数の傀儡兵の重圧を前に単騎で突撃したものだ。余程の勝算があるのか、それとも─────────────。

「急がないと・・・・・・っ!!」

 踏み出そうとするなのは。それをフェイトとはやてが押し留める。

「フェイトちゃん?はやてちゃん?」
「なのは。ここは私達が抑えるから」
「その間に先に進むんや」
「えっ!?」

 その言葉に戸惑うなのは。対照的に二人は小さな笑みをなのはに向けた。

「なのはは先に進みたいんだよね」
「なら、私らが道を開くで」
「フェイトちゃん、はやてちゃん・・・・・・・・・」

 二人が前を向く。そうして、布陣する傀儡兵に目を向けた。

「まずは砲撃で道を開く。それから広域魔法で殲滅。いいね?」
「任せとき」

 短いやり取りで作戦を決める。その二人に傀儡兵が接近してきた。

「プラズマスマッシャー!!」

 抜き打ちのように放たれる砲撃。はやては傀儡兵を打ち砕きながら進む雷撃の後を追うように飛翔し、敵陣の真っ只中に躍り出る。そこで詠唱していた魔法を解き放った。

「フォトンランサー・ジェノサイドシフト!!!」

 はやての周りに雷球が多数生成される。その雷球から全方位に向けてフォトンランサーが放たれた。オリジナルであるファランクスシフトほどの数は撃ち出せないがそれでも数百発のフォトンランサーが傀儡兵を粉砕する。撃ち終えるころにはこの区画の傀儡兵の大半が行動不能に陥っていた。

「いまや、なのはちゃん!!」

 それを合図になのはとユーノが傀儡兵の頭上を飛ぶ。それを阻もうとする傀儡兵もいたが、大した障害にはなれず逆に倒されていった。

「頑張ってな・・・・・・」

 それを見送るはやてを後ろから襲い掛かろうとする傀儡兵。それをフェイトが斬り倒して、はやての後ろを守った。

「はやて。ここからが大変だよ」
「わかっとる。今度は自分の事守らなんとな」
「……よかったの?はやても行きたかったんじゃ……」
「それ言うたらフェイトちゃんもやろ?けど、友達にあんな顔されたらしょうがないやん」
「……だよね」
「それじゃ、頑張っていこか!」
「うん!」

 背中を預けあった二人に、傀儡兵がにじり寄ってくる。二人はなのはがクロノを連れて帰ってくることを信じてそれを迎え撃った。












 片足を引きずり、上体を揺らしながら歩く。一歩一歩ごとに呼吸を必要とした。視界も霞んでいる。身体中の傷から出た血と汗が入り混じった雫が床に落ちて赤い斑点を作っていく。持ち上がる力も惜しいのか、手にした皹だらけのデュランダルを引きずるようにして持ち運ぶ。正に満身創痍。無事なところなど一つもない。生者よりも死者に近いような状態だった。
 それでも、ついにクロノはここに辿り着いた。

「ここ、か・・・・・・・・・」

 首を持ち上げる。それだけで激痛が走ったが、それでもクロノはそれを見上げた。
この区画の中央。天井と床を繋ぐ柱が存在した。その柱からは様々な機器と繋がっており、それらがこのリヴァイアサンを稼動させるためのエネルギーを各部に送っていた。
 これこそが、移動要塞リヴァイアサンの動力炉であった。

「・・・・・・・・・」

 クロノはそれを確認すると、引きずっていたデュランダルを持ち上げた。常なら軽く扱えるそれが今は鉛のように重い。それでもなんとか、目の高さまで持ってくる。
クロノの目に映ったデュランダルは痛々しいほど損傷していた。最新型デバイスの見る影もない。クロノの胸がズキリと痛む。こんなに傷つけてすまないと思う。よくここまで耐えてくれたと思う。けれど、まだ無茶をさせることをまたすまないと思う。
 それでも、これで。これで、最後だから───────────。

「頼むぞ、デュランダル………ッ!!」
『OK,Boss』

 デュランダルが答える。その抑揚のない電子音声に胸を暖めながら、クロノは目を瞑った。これからすることの前にやる事がある。
 術式を組む。展開しようとしているのは念話だ。通常なら、さしたる労力も必要としないそれも今のクロノには堪えるものになっていた。さらに、広域全チャンネルと普通なら使わないような形で展開しようとしていることも苦労の一つだった。

『───────リヴァイアサン内部にいる局員に告ぐ』

 そうして、残り少ない力を使って展開した念話でクロノは内部にいるであろう局員達に呼びかけた。













 次の区画に繋がる通路を進む。すると何故か段々と寒くなってきた。吐く息が白くなるほどだ。それを不審に思いながら、次の区画に入るとなのはとユーノは目を見張った。
 そこは氷の世界だった。広いホールの大半が氷で閉ざされており、その中に多数の傀儡兵が標本のように閉じ込められていた。それが棺を思わせ、この場を墓場かと連想させた。

「これ、クロノがやったの………?」

 意思なき兵士に対してすら無残と思ってしまうよな光景にユーノが呟く。なのはも同じ事を思ったが、気を引き締めるように頭を振るとその氷の世界を駆け出した。敵は氷の中に封じ込められているから道を阻むものはいない。なんの障害もなく、このまま進めると思ったその時だった。

『───────リヴァイアサン内部にいる局員に告ぐ』
「───────────!?」

 聞きたかった声が頭の中で響いた。すぐに念話を返そうとしたが何故か相手の居所が掴めなかった。

「全方位チャンネル……?皆に呼びかけているのか?」

 それは魔法を使えない人間にすら届く無差別な念話。そのため、その念話はなのはやユーノだけでなく、この場にいないフェイト達にも届いていた。
 その念話から驚愕の言葉が告げられた。

『これから、リヴァイアサンの動力炉を破壊する』
「───────────なんだって!?」

 思わず、声の届かない相手に叫んでいた。それもそうだろう。作戦では破壊するのは動力炉ではなく転移装置を破壊する予定だった。何故なら、動力炉を破壊すればそれを行った人間は確実に崩壊に巻き込まれる。それを言ったのは他ならぬクロノなのだから。

『破壊までにはまだ時間がある。それまでにリヴァイアサンを脱出しろ。それ以上の猶予は与えられない。───────────頼むから、それまでに逃げてくれ』

 それだけを告げると念話が途切れた。

「クロノ!?クロノ!!」

 なんとか回線を追おうとするが無理だった。苛立ちを隠せず、ユーノは堪えるように強く拳を握った。
 戦いが始まる前のことを思い出す。なのはを頼む、と言ったあの時既にクロノは決意を固めていたのだろう。そこまで強い自責の念にクロノは駆られていた。それを気がつけなかった自分に腹が立つ。
 なのはを見る。背中を向けているのでどんな顔をしているのか、わからない。なんと声をかければいいのかわからない。そう迷っている時だった。
 なのはが駆け出そうとしていた。

「なのは!?」

 慌てて手を取って引き止める。それでもなのはは振り向きもせず、ユーノを引きずらんばかりに前に進もうとしていた。

「待ってなのは!!どこに行こうとしてるんだ!!」
「クロノ君のところ!!!」
「───────今の念話を聞いただろう!?ここはもうすぐ崩壊する!!早く脱出しないと巻き込まれる!!」
「わかってる!!」
「わかってない!!先に進むってことは死に行くようなものだ!!クロノはそれを選んでる!!」

 ユーノが言葉を切る。それでもなのはを引き止めるために口に出したくない事を口にした。

「───────あいつはここで死ぬ気なんだ!!」
「わかってるよ!!」
「──────────!?」

 間を置かず言い返されてユーノは口を噤む。そこで、なのははユーノに泣きそうな顔を向けながら言った。

「だから、行かなくちゃいけないんだ」

 そう言われてユーノは力なく、なのはの手を離してしまった。その途端、楔が抜けたように駆け出すなのは。すると、氷の影から現れる影があった。クロノの氷結魔法から免れた傀儡兵であった。

「通して!!」

 なのはがレイジングハートを構える。だが、それよりも早く傀儡兵の身体が鎖で拘束された。驚いて、振り返ると拘束魔法を発動させているユーノの姿があった。

「行って!なのは!!」
「ユーノ君………!」
「行って、クロノを連れ戻してきて!!」
「───────────うん!!」

 なのはが拘束された傀儡兵の横を通り抜ける。その後ろを追う様に傀儡兵の生き残りが現れそちらに向かおうとする。
 それを遮るように、ユーノがその間に割り込み、チェーンバインドを発動。その全てを鎖で絡め取った。

「なのはの後ろは、僕が守る………っ!!」

 鎖に魔力を込める。拘束力を最大にしたバインドが、絡め取った傀儡兵の四肢を引き千切った。













 念話を終えたクロノは大きく息を吐いた。これ以上はもう余計な魔力は使えない。魔力以上に消耗している体力を考えれば待つことも出来ない。故に即座に行動に移った。

「デュランダル。カートリッジフルロード」

 マガジンからカートリッジを全て俳莢させる。その反動でデュランダルの外装が弾けとんだ。

「悠久なる凍土」

 魔力を身体に行き渡らせる。その源であるリンカーコアに砕けるような反動がやってくる。

「凍てつく棺のうちにて」

 術式を構築する。その計算をする脳に焼け付いたような痛みが走った。

「永遠の眠りを与えよ」

 それでもクロノは唯々魔法の展開に専念する。大気が凍てつく。全てが動きを止める。何もかもを封じ込めるような凍気が完成した。

「エターナル、コフィン………ッ!!」

 苦しみを吐き出すかのように、魔法を解き放つ。凍気がこの区画の中央にある動力炉に迫るように収束していく。天井と床を繋ぐ動力炉は凍結していき、すぐさま氷柱となった。だが、凍気はそれだけでは留まらず、這い上がるように辺りを侵食していく。凍てついた天井から冷気が伝わり、その内部の魔力回路を凍てつかせる。床も同様だ。凍気は押しつぶさんばかりに動力炉と繋がる回路を凍結していった。
 クロノはこの無尽蔵なまでに魔力を精製する動力炉を完全に凍てつかせるのは不可能だと計算した。どんなに頑張ろうと所詮は人一人の魔力。巨大都市のエネルギーを賄って余りある魔力を封じ込めることは出来ない。
 だから、クロノが封じ込めたのはその魔力の行き道。膨大な魔力と言えど、その一つ一つのパイプならば完全に凍てつかせることが出来る。そうすることによって、動力炉の魔力は行き場を無くす。
 それがクロノのリヴァイアサン破壊の術。行き場を無くした動力炉の暴発であった。これならば、リヴァイアサンが崩壊するまでにそれなりの時間差が出る。その間なら局員が脱出することも可能だろう。
 ただし───────────その中にクロノ自身は含まれていない。

「───────────ぁ」

 がっくりと膝を突く。それを合図にしたように辺りが振動し始めた。エターナルコフィンの影響でこの区画の構造はひどく脆くなっていた。そこに動力炉を通る筈の魔力が行き場を無くして辺りを崩壊させ始めた。
 凍てついた床や壁が砕けるように崩壊していく。その様は氷の大地が海中に沈んでいく様に似ていた。

「───────────」

 それをぼんやりと眺めながら、クロノは何もすることも出来ず、崩壊に飲まれていった。














 皆に開いてもらった道をなのはは突き進む。ただ、前に。少しでも早く、辿り着けるように。その目は前にしか向いていなかった。
 次の区画にやってくる。それまでとはまるで変わってそこには傀儡兵は存在していなかった。警戒して辺りを見回しても戦闘の形跡がいくつか見られるだけで潜んでいる様子もない。なのはは躊躇せずに進みだす。ただ、前に。逸る想いに動かされるように前だけを見ていた。
 だから、その視界の外で崩れた彫像のような巨大な手が動いていることに気が付かなかった。

『Master!』
「えっ!?」

 レイジングハートが警告するがもう遅かった。巨大な鉄の手が弾かれたように飛び掛り、なのはを突き飛ばす。なのはを握ることが出来る程の大きさだ。その衝撃は鉄球の直撃とさほど変わらなかった。

「──────────あぅっ!」

 なのはが地面と二転三転して転がっていく。十数メートルほど吹き飛ばされてようやく勢いが収まったが受けた衝撃にすぐに立ち上がることが出来なかった。
 そのなのはに浮遊した巨大な手が迫ってくる。近づきながら、手は発光しその形を変えていく。光が消えるころには細身の傀儡兵がそこにいた。全体修復を不可能と判断して身体を再構成させたのだ。
 近づいてくる傀儡兵に、立ち向かおうとするが両手を使ってなんとか上体を起き上がらせるのが精一杯だ。それでも、すぐに攻撃に移ろうとしたところでなのはは気づいた。
 その手にレイジングハートがなかった。先ほどの衝突の際に落としてしまったようだ。見れば、傀儡兵の後ろに愛杖が転がっているのが見えた。
 取りに行くことは出来ない。行こうとしても傀儡兵に阻まれるだろうし、それを振り切れるほど、今の状態では素早く動くことも出来ないだろう。

「こんな、ところで………っ!」

 どうするべきか考える。防御魔法で凌ごうかと思ったが、それで事態が好転するとは思えなかった。だからと言って、デバイスが無い状態では傀儡兵い攻撃されるよりも早く魔法を構築することは出来ないだろう。どちらにしろ、手詰まりだった。

「───────どいて」

 けれど、なのはは攻撃することを選択した。

「私は」

 少しでも前へ。先へ進むための選択を選ぶ。その想いに突き動かされるように魔力を掌に集める。まだ砲撃を構成するには至らない。それを遮るように傀儡兵の影がなのはを覆う。それを突き破るようにまだ魔法が完成しないまま腕を突き出した。

「クロノ君のところに行くんだからーーーーーーーーーーーっ!!」

 その想いに。

『Blaze Cannon』

 歌が応えた。

 閃光が傀儡兵を飲み込む。なのはの想いに応えるように込められた魔力は大きな光となり傀儡兵を跡形も無く消滅させた。

「───────────」

 信じられない面持ちでなのははその手に握られたデバイスを見る。
 緑の宝玉が埋め込まれた、片翼を持つ黒のデバイス。

「S、2、U………」

 クロノがお守りにと渡した、彼の半身がその手にあった。

「───────────」

 S2Uを抱きしめる。彼がお守りにと渡したそれはその役目の通り、自分を守ってくれた。その事に、クロノがこのデバイスに込めた想いを感じ取り、それを離さないように強く強く抱きしめた。
 想いを閉じ込めるようにS2Uを待機状態に戻す。それから、レイジングハートのもとに駆け寄り、拾い上げる。

「いくよ、レイジングハート」
『All right』

 魔法陣が展開される。桃色の魔力光の中でなのはは目を瞑り、想いを巡らす。

(クロノ、君)

 五つ年上の、異世界の少年。
 最初は、少し冷たそうだと思った事もあったけど、すぐに凄く優しい人だと知った。

『君は、魔法に関わらなくても、まっすぐに生きていけたかもしれないな』

 夜空の下。
 自分が選んだ道の事を心配してくれた事。

『故郷に似ているんだ。この場所は』

 二人で足を踏み入れた草原。
 そこで、大切な思い出を話してくれた事。

『だから、なのは。これからも、一緒に頑張って欲しい』

 思い出の草原。
 自分の思いを守るために大怪我をして、でもこれからも頑張ろうと約束してくれた事。

『なのは。僕でよかったら手伝うがどうだろう?』

 休日の喫茶店。
 忙しそうにする自分を見かねて、手伝いを申し出てくれた事。

『ぼくの、こと?』

 初めて自分の部屋に入った日。
 何故かその事にとても緊張した事。

『守れるように頑張るから、また約束させて欲しい』

 雨の中。
 一人でなんでも背負って、約束を破って、でもまた約束してくれた事。

『あの草原で、君と一緒に、お弁当を、食べたい』

 休日の約束。
 その約束を破った事を謝って、とても真剣に一緒に行きたいと言ってくれた事。

『ああ、約束だ』

 桜を待つ草原。
 そこにまた一緒に行こうと約束した事。

 そのどれもが大切な思い出で。
 そのどれもがクロノと一緒に過ごした思い出。
 これからも、ずっと一緒に増やしていきたい思い出。
 けれど、今それが閉ざされようとしている。
 自分はそれが堪らなく怖かった。嫌だった。
 もうクロノが傍にいてくれない。もう思い出を増やす事が出来なくなる。

(そんなのは絶対に嫌だっ!!)

 だから早くクロノの下へ行くために。
 そのためだけに術式を構築していく。
 その想いを形にするための魔法を想い描いていく。

「お願い、レイジングハート!」

 その主の願いをレイジングハートが叶える。

『Seraphim Fin』

 なのはの背に翼が広がる。なのはの魔力光である桃色をした六翼の翼。想いの強さを表すように輝くその翼を大きく広げて、なのはが浮き上がる。

「───────────待ってて、クロノ君!!」

 翼が煌く。なのはは星が駆けるように飛翔し、最深部へと向かっていった。








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