リリカルなのは SS

                    Song to you forever
                    第八話 闇照らす星歌

「これで!」
「終わり!」

 フェイトとはやての射撃魔法が傀儡兵を撃ち抜く。動力炉から魔力の供給を断たれた傀儡兵は修復機能を発動されることが出来ず、そのまま機能を停止させた。
 荒くなった呼吸を整える。今ので、この区画で稼動している傀儡兵は全て倒した。あとはなのは達の後を追うだけだ。クロノは退避しろと念話で言っていたが、従えるものではなかった。

「フェイト!はやて!」

 そこに声をかけられる。振り向くと、なのはと先に行った筈のユーノの姿があった。

「よかった、無事だったんだね!」
「うん。それより、なのはは?」
「………クロノの所に行くって」
「じゃあ、私達も………!」

 駆け出そうとするフェイトをユーノが押し留める。

「今から行っても間に合わない。僕らは脱出しないと」
「でも、なのはが………!」
「行っても、出来ることは何にもない。………だから、僕は戻ってきた」
「っ」

 その会話にはやてはどう口を挟んだものかと迷う。無論、はやてだって先に進みたい。先に進んでもやれることがないとしても、感情が戻りたくないと告げていた。一方で、今の内に脱出しないと取り返しのつかないことになることもわかっていた。
 そう迷うはやてに念話が繋がる。

『主はやて!ご無事ですか!?』
『シグナム!そっちは平気なん!?』
『ええ。区画にいた傀儡兵はほぼ殲滅しました。ですから、主も早く退避を!』
『でも………まだ、クロノ君が………』
『あの男がやると言ったのです。早く戻らなくては間に合わなくなる』
『…………』
『どうしてもと言うなら、我らも付き従います』
『───────────』

 その言葉にはやては押し黙る。自分一人ならともかく家族まで我侭に巻き添えにするわけにはいかない。
 そうして、はやては決断する。

「………フェイトちゃん、もどろ」
「はやて!?」
「ユーノ君が言う通りや。はやく戻らんと大変なことになる。私達が出来るのはここまでや」
「…………」
「大丈夫やって。あのクロノ君が考えもなしに、突っ込む訳ないやろ?きっと戻ってくるって。なのはちゃん連れて。な?」

 押し黙るフェイトを納得させるように明るく言う。

「………」

 その言葉にユーノは口を噤む。はやては知らない。クロノが何を思って、一人でここに来たのかを。それを知るユーノははやての言葉を後押しする事は出来なかった。

「………行こう」

 だから、それを悟られないために、二人を先導するように来た道を戻る。唇の端からは血が滲んでいた。













 辺りの振動が激しくなる。床や壁は崩壊の兆しのようにあちこちに皹が入っていた。その中を翼が羽ばたかせる。その度に、羽が舞い、一段と加速して、飛翔する。その様は戦場に降り立った天使のような神々しさすら持っていた。
 もう、クロノは動力炉の破壊に成功したのだろうか。まだ、そこにいるのだろうか。それらの想いに突き動かされながら、なのはは前に突き進む。

「───────────!?」

翼を大きく羽ばたかせ、急停止する。崩壊の影響だろうか、その先からは床が存在していなかった。動力炉にはまだ辿り着いてはいない。クロノの姿も見当たらない。だとすれば、この先にクロノはいるのだろうか。

『魔力反応感知。クロノ=ハラオウンは下にいるようです』

 なのはが尋ねる前に、探査を終えたレイジングハートが結果を伝える。

「ありがとう───────────」

 自分の意思を汲み取ってくれた相棒に礼を言い、なのはは崩壊した床、その下へと通じる闇を見る。
 迷いなどない。それを示すかのように六翼の翼が一層強く輝き、広げられた。

「行くよ、レイジングハート!!!」
『Yes,Master』

 なのはが飛翔する。その様は夜を裂く流星のようであった。
















 ぱらぱらと頬に降り注ぐ感触にクロノは目を覚ました。鬱陶しげに払うと、それが上から降ってくる瓦礫の破片だとわかった。

「───────────」

 そこで、クロノはようやく現状を思い出す。それから、自分が生きていることに疑問を抱いた。
 動力炉の凍結が成功すると、すぐにその区画は崩壊が始まり、自分はそれに飲まれて落ちていった。どれだけの高度があったかはわからないが、意識が混濁し、魔力の尽きかけた自分が落ちて助かる高さではなかった筈だ。
 そのクロノの耳にバチバチと弾ける様な音が聞こえる。はっとなって、そちらを見ると、大破同然のデュランダルがむき出しになった内部から紫電を発していた。

「デュランダル!?」
『───────────』

 デュランダルは答えようとしたが、音声にはならなかった。どうやら、中枢にもガタが来たようだ。クロノはデュランダルがそんな状態で自分を救ってくれたのだと理解した。
 デュランダルはストレージながら、機能最適化のための最低限の自己判断機能を有している。その中には術者の安全も含まれており、術者がなんらかの事情で危険に陥ったとき、自らの判断で防御魔法を展開することくらいならやってのける。実際に、その自己判断能力に以前助けられたこともある。その時と同じように、落死確実の高さから落ちたクロノを助けるために防御魔法、もしくは飛行魔法を行使したのだろう。
 結果、デュランダルは大破に近い状態に止めを刺すような状態になってしまっていた。

「すまない………」
『────……K,B……ss──────』

 その音声を最後にデュランダルの先端の宝玉が色を失った。死者の瞼を閉じるように、クロノはデュランダルを待機状態であるカードの姿に戻した。

「すまない………」

 もう一度謝る。ここまで無理をさせたことに。───────ここまで無理をさせておいてそれを無に帰すしかない事に。
 辺りの振動は激しさを増している。どうやら目論見どおり、行き場を失った魔力が暴走し始めているようだ。このままいけば、リヴァイアサンは内からの爆発で間違いなく消滅するだろう。その内部にいる自分もろとも。

「───────────」

 そのことに恐怖はない。自らの意思で選んだ事なのだ。やろうとした事、やるべき事は全て終えた。ならば、後悔などある筈がなかった。

「───────────」

 だと言うのに、この身を穿つ様な虚しさは何なのだろうか。
 その虚しさにクロノは自分のした事を見つめ直す。目的を果たしたことにより、果たさなくてはならないという強迫観念から逃れたクロノは酷く冷静になっていた。
 そもそも、何故自分はこんな真似をしたのだろうか。このロストロギアが放っておけば、無尽蔵な災厄を振りまくからだろうか。それもあるだろう。自分がした事の選択で、多くの人が傷つき悲しむ事になったからだろうか。無論、それもある。けれど、一番の理由ではないような気がした。
 だとすれば、このロストロギアが自分に悲しみを与えたからだろうか。クロノ=ハラオウンは悲しみたくないから戦うという歪みを持っている。悲しみを知っているから、悲しみから逃れるために、悲しみを無くすように戦う。その歪みから見れば、クロノに耐え切れない悲しみを与えたこのロストロギアは確かに許しがたい存在であった。
 ならば、そもそも自分は何を悲しいと思ったのだろうか?

「───────────は」

 嘲笑のような呟きがもれた。答えはすぐに出た。それに気づかなかった自分をクロノはあざ笑った。
 なのはが悲しんでいるのが悲しかった。なのはが泣いているのがつらかった。そうさせているのが自分なのが、途方もなく苦しかった。
 それを取り払うためにはどうしてもこのロストロギアが邪魔だった。だからこんなことを真似をしたのだった。

「だから、か」

 確かにこのロストロギアが存在する限り、なのはの悲しみは払う事は出来なかっただろう。だからと言って、こんな事をしたって彼女は喜ばない。ただ、自分のせいでこんな事をさせたと自分を責めるだけだ。

 そんな彼女だからこそ、守りたいと、笑っていて欲しいと想ったのではないか。

 なのはが自分を責めると考えると、胸が痛くなった。そんな事はして欲しくなかった。させたくなかった。そうさせないためにこの選択を選んだ筈なのに、今になってなのはが悲しむだろうと言うことに気がついた。

 そんな悲しみこそ、クロノがなくしたいと願っていた悲しみであった筈なのに。

「───────────ああ」

 ようやく思い出した。

 多くの人が嘆いていた。
 多くの人が別れを告げていた。
 多くの人が悲しんでいた。
 その光景に悲しみを知って、それを無くしたいと願った想いを。

 いつしか、自分の在り方は歪んでしまったけど。
 その想いの始まりは、決して歪んだ物ではなかった事を。
 それさえ、思い出せれば、悲しみがなんなのかを思い出せれば。

 きっと自分は違う選択を選べたのに───────────────────

「でも、もう遅すぎる………」

 もう崩壊までそう時間はないだろう。どう足掻いても助からない。もう悲しみを無くすことも出来ない。───────────なのはが悲しむのをとめることも出来ない。

 後悔が湧き上がる。
 怒りすら覚えた。
 叫びだしたい衝動を駆られた。

 それらを押し込めて、それらを────未練を断ち切るように、目を閉じて。

 最後にその名前を呟いた。

「───────────なのは」
















 声が、聞こえた。
 それを導きにして、その場所を目指す。
 彼がそこにいる。
 彼に自分がいることを知ってもらいたくて。
 だから、想いの全てを伝えるように。

 彼の名を呼ぶ。










「クロノくーーーーーーーーーーんっ!!!!!」
















 とても聞き覚えのある声に名前を呼ばれた。
 何も考えられないまま、導かれるように顔を上げる。

 彼女がいた。
 背に翼を広げて。
 桃色の羽を共に舞い降りて。
 闇を裂く様に、星のように輝いて。
 目に涙を浮かべて、泣き出しそうになりながら。

 自分に向かって、手を伸ばしていた。

 それを信じられないまま、手を伸ばす。掴んだ手の平からは確かな温かさが伝わってきた。それでもまだ、クロノは自分が掴んだものを信じられずにいた。

「───────クロノ君」

 目の前に降り立った彼女に名前を呼ばれる。それで、ようやくクロノはそれが現実であることを知った。

「どう……して……………」
「クロノ、君?」
「どうして、来たんだっ!!」

 気がつけば叫んでいた。何故彼女が来たのか、理解できず、錯乱したようにクロノはなのはに言葉をぶつけていた。

「どうして来た!!もう、ここはすぐに崩壊する!!助けに来たって死ぬだけなのに!!そう伝えたのに!!なのに、なんで!!」

言い終えてクロノは自分の下に来た少女を衝動的に非難した事に気がつき、それを直視することが出来ず、クロノは俯いて目を瞑った。

「…………嫌だから」

 なのはの言葉の意味がわからなかった。それを確かめるように、クロノは静かに目を開いた。
 なのはは泣いていた。今まで堪えてきた事を吐き出すように、けれど静かに涙を流していた。

「嫌だよ。クロノ君がいなくなるなんて私、嫌だよ!!」

 その言葉を示すようになのはがクロノのバリアジャケットを掴む。とても、小さな力だったが、それだけでクロノは身動きが取れなくなった。
 なのははそのままクロノの胸に顔を押し付けて言う。

「クロノ君が一人でつらいのなんて嫌だよ!私のせいで、傷ついてるなんて嫌だよ!!悲しいのに、一人で抱え込んでるなんて嫌だよ!!!嫌われてもいい、傷つけられてもいい、けどクロノ君がいなくなるのだけは嫌だよ!!!」

 一つ一つの言葉が胸を抉る。その度に、痛みではない何かが胸を満たした。

「だから───────────」

 なのはが顔を上げる。泣き腫らした顔で懸命に微笑みながら。

「一緒にいさせて?」

 その笑みに、悲しみに穿たれた胸が埋まっていくのをクロノは感じた。胸を満たした何かがなんなのかはわからない。

「───────────」

 けれど、その衝動のまま、クロノはなのはの小さな身体を抱き締めていた。











 抱き締められたなのはは、一瞬身を硬くしたが、すぐにクロノに身を委ねて自分からもクロノの身体を強く抱き締めた。
 クロノの体温が伝わる。なのはの体温が伝わる。互いの存在が強く感じられた。
 どれだけそうしていただろうか。それほど長くそうしていたわけではないのに、ずっとそうしていたかのような錯覚を覚えた。
 そこに一際大きな振動があたりを揺らした。それで二人は事態を思い出したかのように、互いの身体を離した。

「どうしよっか?」

 先ほどまで自分がしていたことを思い返す様に、幾分照れた様子のなのはがそれを誤魔化す様に尋ねる。

「本当になんの考えもなしに来たのか、君は」

 わざと呆れたような声を出して言う。きっと自分もなのはと同じような顔をしているだろうから、それを誤魔化すためにである。

「過程を考えなければ取れる方法は二つに一つ。爆発に耐える、逃れるかだ」
「頑張れば、耐えられるかな………?
「無理に決まっているだろう。クラナガンのエネルギーを賄える魔力の暴発だぞ?個人の障壁でどうにかなるレベルじゃない」
「じゃあ、転移魔法で逃げるとか」
「出来たらやっている。けど、この辺りは、大気中の魔力のせいで座標が不安定になっている。そんなところで転移しようとしたら、どこともわからない次元世界に吹っ飛ばされてもおかしくない」
「じゃあ、どうすればいいかな?」

 思案しようとして顔を下げたクロノは自分達の影を何かが覆っていることに気がついた。弾かれた様に顔を上げると、そこには天井から吊るされ巨大なチューブに括られた球体があった。その下には制御装置と思われる機器が設置されている。

「まさか、あれは…………!」

 駆け出そうとして、身に走った激痛に身体を崩す。忘れていたが、自分は重傷者だった。なのはが慌ててクロノの身体を支える。それでようやく、クロノはその制御装置のところまでやってこれた。
 いくつかのボタンを押し、装置を稼動させる。それから確かめるようにいくつかのデータを引っ張り上げるとクロノはそれが自分の想像通りのものだと確信した。

「これは、リヴァイアサンの転移装置だ……!」

 当初の作戦で破壊する予定だったリヴァイアサンの命綱、山にも匹敵する巨大質量を転移させることが出来る超大規模転移装置だ。無限書庫に残っていた構造図では動力炉の下部に位置していたから場所も間違っていない。

「魔力は………残っているな。これなら!」
「クロノ君。なにかわかったの?」
「ああ。僅かだが、可能性が繋がった」

 言いながらクロノは装置を操作していく。それを目で追おうとするなのはにクロノは説明をする。

「まず、この転移装置を起動させる。そうすることでこの辺り一帯は爆発の被害から免れるだろう。副次的なものだが、それも望ましい結果だ」
「でも、それじゃ………」
「ああ、リヴァイアサンの内部にいる僕らも転移してしまう。それでは爆発からは逃れられない。そこでだ」

 クロノの手の動きが止まる。操作は終えたようだ。それを示すように、転移装置が低い唸りを上げて稼動し始めた。

「これから僕達の周りに、結界を張る。あらゆる魔力干渉を阻むタイプの結界をだ。それを張れば、僕達のいる空間は転移魔法の影響からも逃れられる」
「それってつまり」
「ああ。魔力炉を暴走させているリヴァイアサンだけが転移して、僕達だけがこの場に残ることが出来る」
「じゃあ、私達助かるんだ!」
「───────けど、問題がいくつかある」

 顔を明るくさせるなのはを押し留めるように、クロノは沈痛な面持ちで言う。

「まず、一つ。転移が爆発までに間に合わない場合。これはもうアウトだ。もう爆発に巻き込まれる他ない。対策のしようもないから運任せだ。次に、この不安定な状況で正常な転移がされるかどうかわからない。また、さっきも言ったがこのあたりの空間座標は不安定になっているからその影響で僕達まで転移に巻き込まれるかもしれない。そして、最後の一つ、これがある意味一番の問題なんだが───────────」

 ぽりぽりと頬掻いてなのはを見る。きょとんとするなのはに申し訳なさそうに事実を告げる。

「僕はもう、魔力が尽きている。デバイスもない。だから、君に任せるしかないのだが───────────君、出来るか?」
「えっと、講義で習った事はあるけど、私結界とかの構築は苦手………」
「……だったよな。しかし、それでもやってもらう他ないのだが、生半端な結界では干渉を阻みきれないかもしれないし………」

 どうしたものかと、思案するクロノ。そのクロノになのはは思い出したように告げる。

「クロノ君」
「ん?」
「デバイスならあるよ」

 そう言ってなのははその手に一本のデバイスを召還する。その黒の杖を見て、クロノは目を丸くする。

「──────────S2U」
「……守ってくれたよ、ここにくるまで」
「そう、か」
「はい、クロノ君」

 手渡された半身を握る。それだけ、身体に活力が戻ってきたように思えた。

 これならいける。なんの根拠もなかったがそう思えた。

「……魔法の構築は任せてくれ。君は魔力の伝達を頼む」
「うん!」

 二人は並んで、魔法を構築し始める。いつか、同じものを救いたいと願ったときのように。あの時とは違うのは、お互いの距離だけだった。

「S2U、レベル7」

 クロノの言葉に、S2Uの先端外装が弾け飛ぶ。ズタボロの身体だが、リミッターの制御を外したS2Uならそれでも確かな構築をする事が可能だろう。その様に驚くなのはに 微笑みながらレイジングハートと重ねるように先端を合わせた。その笑みになのはは安心して詠唱を始める。

「────星に願いを」

 クロノの身体がぐらついている。なのはは背中に手を回してその身体を支えた。

「────願いを歌に」

 自分を支えるなのはにクロノは肩に手を回して抱き寄せた。

「僕達を」

 なのはは逆らわず、クロノに身を委ねる。

「帰るべき場所に」

 想いを魔力にするように、魔法を願いのように形作る。

「「その扉を開いて」」

 その願いが歌のように響き渡り、星のように光る。

『『Twinkle Little Star』』

 視界が光に染まっていく。それに身を委ねながら、二人はゆっくりと目を閉じた。














「リヴァイアサンの魔力数値、依然上昇!!規模は中規模次元震クラスを突破!!」
「臨界点到達まであと四分五十秒!!」
「局員の収容完了しました!!」
「二番艦と五番艦より連絡!!次元空間への干渉はそちらで抑えるとの事!!」

 警報が鳴り響くアースラで局員達が立て続けに情報を通知させる。それを受けてロウ提督は厳かに告げた。

「各員へ通達。魔力を全て結界に回せ。アースラは落ちても構わん」

 辺境と言えど、ここはクラナガンに程近い。そんな場所で次元震と変わらぬ爆発が起これば、なんらかの影響が出るのは明白だった。遭遇場所が悪かったとしか言いようがないが、嘆いても仕方がない。ここは少しでも爆発の規模を抑えるしかなかった。

「ロウ提督………」

 そのロウに近づく女性の姿があった。肩越しに振り返る。そこにはまだ顔を青くしたリンディの姿があった。

「ディストーションシールドを張ります。許可を」

 ただアースラが結界を張るよりディストーションシールドを張った方が被害を抑えられる。その制御はリンディにしか行えない。その能力と責務からリンディはそう申し出た。

「駄目だ」

 それを、ロウは僅かに首を振って許さなかった。

「何故です!?あの規模の魔力が爆発すればただでは済みません!少しでも被害を抑えるためには」
「無理をなさるな」
「───────────」
「今の貴方にそれをさせるのは酷過ぎる。制御にも影響が出る。だから、許可できない。………今はこれからの事を受け止める覚悟だけをしていてくれ」

 その言葉にリンディは俯いて、口を噤んだ。ロウは視線を正面に戻す。臨界点まで四分を切っていた。
 そこで、ブリッジの扉が開かれた。リンディが振り返ると、リヴァイアサンから帰還したユーノ達の姿があった。全員、どこもかしこもボロボロだ。それを一向に気にすることもなく皆詰め寄るように艦長席まで駆けた。

「リンディさん!リヴァイアサンは!?」
「……爆発まであと三分ほどです」
「クロノとなのはから連絡は!?」
「…………」

 リンディは何も答えない。答えられなかった。それが物語る事実を否定するようにはやてがエイミィに声をかける。

「エイミィさん!クロノ君、なんか言うてないの!?なのはちゃん、戻ってきてないの!?」
「………」
「エイミィさん!!」
「何にもないよ!!」

 エイミィがコンソールを叩いて悲痛な叫びを上げる。そのらしからぬ声にはやては言葉を失った。

「何回も念話送ったよ!!場所の特定もやった!!でも、全部駄目!!クロノ君もなのはちゃんも何の連絡をよこしてないよ!!」

 言葉ごとにコンソールを叩く。その音がやけに響き渡り、一瞬ブリッジが静まり返っる。ただ、警報だけが無粋に鳴り響いた。

「………三分を切った。結界の展開を急げ」

 その中をロウが命を預かるものとして、冷酷に告げる。その言葉に僅かにして、大きな時間のロスを取り戻すために局員達は再び作業を再開させた。

「………」

 リヴァイアサンから戻った戦士達が押し黙る。戦場において勇猛を発揮する彼らもこの場では無力だった。唯一出来る事として、崩壊していくリヴァイアサンを映し出すスクリーンから目を離すことだけはしなかった。

 爆発まで一分を切る。
 ヴィータが感情をどう表現したらいいかわからない顔でスクリーンを睨みつけた。

 爆発まで五十秒。
 シャマルが不安を抱くように、祈るように胸の前で手を組んだ。

 爆発まで四十秒。
 アルフが悔しそうに歯軋りする。ザフィーラの爪が手の平に食い込み、拳が血で滲んだ。

 爆発まで三十秒。
 シグナムが無念そうに震えていた。自分の無力さを嘆いているかのようだった。

 爆発まで二十秒。
 フェイトが不安からリンディに抱きつく。リンディも同じようにフェイトを抱きしめた。

 爆発まで十秒。
 はやてが小さく首を横に振る。悪夢から逃れようとする子供のようだった。

 爆発まで五秒。
 ユーノが口を開く。けれど、感情は言葉にならず、空気だけが零れた。

 四秒。
 アースラが結界を展開する。
 三秒。
 アースラの局員がショックに備える。
 二秒。
 爆発する様を見ることが出来なくなり、目を逸らす者が出る。
 一秒。
 最後の刹那、その一瞬だけがやけに長く感じた。











 ──────────────────────零。





 空間が振動し、光の柱が立ち昇った。
 白い閃光が辺りを染める。一瞬だけその光がなにもかもを埋め尽くした。
 衝撃は無い。時間すら光に染められてしまったかのようだった。
 やがて、光が収まり現実が色を取り戻し始めた頃、目を覚ましたようにアースラは状況を確認した。

「──────────リヴァイアサンの反応無し。完全に消滅しました」

 まず、真っ先にわかった事実をアレックスが告げた。

「周囲の被害は軽微。アースラに異常ありません。次元振動も観測されていません」

 それから、周囲の状況をランディが報告する。

「───────────妙だな」

 その二つの報告に、ロウは疑問を抱く。

「爆発の規模が小さすぎる。爆心地にしか影響が出ていないようだが一体………」

 誰も何が起こったのかわからず、道を失ったように戸惑う。フェイトを抱きしめたまま、リンディは呆然として立ち尽くしていた。

「───────────え?」

 その耳に、聞き覚えのあるメロディが聞こえてきた。

「───────────なに、この曲?」

 それはとてもやわらかで、子供を暖かく包み込むような音色。聞く者全てを慈しむかのような歌。

「探して………」
「え?」
「この曲が鳴っている場所を!早く!!」
「は、はい!」

 リンディの言葉にエイミィがコンソールを叩く。淀みなく動く指先が、曲の在り処を探し出し───────────静止をかけられたように止まる。

「──────────────────────あ」

 そうして、震える指先で懸命にキーを叩き、それをスクリーンに映し出した。













 緑が香る。
 風がそよぐ。
 歌が草原に響く。

 それらに抱かれるようにして、クロノとなのはは寄り添って眠っていた。
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