リリカルなのは SS
Song to you forever After
幸せ宣誓
 その日、高町なのは教導官は武装隊の訓練の監督をするため、訓練室に向かっていた。もう何度も教えている局員達でこちらを若輩と侮らず、素直にこちらの指導を聞いてくれるので、教える方としても力が入るのだった。

「えっと、シューティングコントロールでしょ。バリア制御に遠距離戦講義に、模擬戦は最後に入れるとしてあとは………」

 そんな訳で指折りしながら訓練内容を確認し、頭の中で訓練の流れを組み立てる。

「高町なのはだな」

 そんな風に意識が他に向けられていたため、声をかけられた事に気付くまで一瞬の間が必要だった。気付いて、顔を上げるとそこには思いもよらない人物がそこにいた。

「エレナ………さん?」
「そうだ。………考えてみればまともに話すのはこれが初めてだな。高町なのは」

 対面してからその事に気付いた様子のエレナだったが今、今日の日付に気付いたとかそんな程度の事だったのだろう。大して気にした様子もない。そんなエレナになのはは戸惑うばかりだった。
 エレナ=エルリード。はやてより前の闇の書の主の娘。その事が原因となってはやての命を狙った女性。期間こそ短かったが海鳴市を舞台とした戦いではP・T事件や闇の書事件に次ぐ事件として忘れられない戦いだった。
 が、その事件の首謀者であるエレナと解決に尽力したなのはの接点は薄い。事件の時に戦ったのは彼女の直属舞台である『ナイツ』のメンバーとだったし、事件の最中に対面したことはない。事件後はすぐに拘束されたのでせいぜいその引渡しの際に見かけた程度だ。
 その彼女がつい最近部下達とともに出所した事ははやてから聞いている。いつの間にそういう関係になったのか、命を狙い、狙われた関係だった筈の二人は友人になっており、監獄にいる間も手紙などでやり取りしていたようだ。はやて曰く、手のかかるお姉ちゃんみたいと苦笑していたのが印象深かった。
 また、エレナの部下であるナイツも出所後、管理局に復帰している。その内、事件の時なのはと争ったマキシム=アイオーンは管理局が保護している孤児達の世話をしていたらしく、その縁でフェイトと知り合いになったようだし、そのフェイトと戦ったフォックス=スターレンスは事件に関わった女性陣にセクハラして目の敵になっている(なのはも被害者の一人だ)。関わり合いがないのは狙撃手であるロッド=ブラムぐらいなもので、時折いきなり隣にいたりして幽霊かとびっくりさせられるくらいだ。
 そういう訳で、名前は重々知っているし、関わった事もあるが直接の対面は無いに等しいエレナに声をかけられた理由がわからず、なのはは困惑するのだった。

「まぁいい。ついて来い」

 そう言って歩き出すエレナ。その方向は元から向かおうとした訓練室の方向だったのでなのは未だに用件はわからなかったが黙ってついていく。
 そうして、エレナに案内されたのは今日使う予定の訓練室。しかし、何故か訓練するはずの局員達の姿が見えない事に首を傾げようとした所でエレナが口を開いた。

「お前はクロノ=ハラオウンと恋人同士らしいな」
「へっ!?は、はいっ」

 いきなり、そんな事を言われて素っ頓狂な声を上げてしまい、その問いを肯定した事に頬を赤らめる。もうそういう関係になって数年は経つのに、未だ持ってその響きにくすぐったい物を感じて、動じてしまうなのは。
 そのなのはを気にした様子もなく、エレナは言葉を続ける。

「が、私の方があの男と早く知り合っているし、同期の同僚だ。奴の事はわかっているつもりだ」

 その言葉に、染めた頬を僅かに膨らませムッとなるなのは。なんだか言い方が物凄く気に食わない。

「だから刑期の間、あの男が心配だったが任せられる者に任せて出所の時を待っていたのだが、出てみれば違う女に寝取られているでは無いか」

 だから、早くしないと奪われると言ったのだ、とエレナがぼやくが何の事かはわからない。ただただ、その知ったような口振りだけが気にかかった。

「聞けば、防御魔法の使えないロッド相手に特大の砲撃魔法を叩き込む極悪非道の魔導師だと聞くではないか。その悪魔の所業のために、ロッドがショックでさらに無口になったとまで聞いているぞ」

 それ、誰から聞いたんですか、とは言わない。大体見当はついているから後で問い質すとして目の前の相手の言葉に集中する。

「そんな女が、果たしてクロノ=ハラオウンに相応しいか」

 そう言ってエレナは右手を突き出すと同時に、召喚したデバイス───プラミスでなのはを指して告げる。

「試させてもらうぞ、高町なのは」









 ルールは単純明快。攻撃は非殺傷設定で、相手を撃破したほうの勝ち。それだけ言うとエレナはロングレンジまで距離を取ってなのはと向かい合った。

「さて、準備はいいか。高町なのは」

 エレナの言葉になのははレイジングハートを構える。普段なら礼儀正しく答えるところだが、今は言葉を返す事はしなかった。
 それはなのはの煮え切らない心情を表している。模擬戦自体を行うのは構わない。しかし、その経緯や本来ならここで武装隊の訓練の時間になっているし、その武装隊の姿も見えない事など気にかかる事が多すぎてどうも集中しきれなかった。
 そんななのはの事を解する事もなく、エレナはカウントダウンを一人で数え出す。

「0。………いくぞ!!」

 数え終えると同時にエレナが一直線になのはに向かって突っ込む。何か策があるようにも見えない。なのはは定石通り、誘導操作弾を詠唱してエレナを迎撃する。

「アクセルシュター………シュ───トッ!!」

 20を超える誘導弾がエレナに放たれる。数を取っても速度を取ってもかわし切れるものではない。かわしたとしても、操作することで再び標的を狙う事ができる。どこかしらで足が止まる筈だ。そこを狙ってなのはは砲撃の構えを取る。

「小賢しい!!」

 迫る誘導弾にエレナは右に持ったプラミスを横に振るって叩き落す。その直後に次の誘導弾が襲ってくるがこれは左のプレッジで叩き落す。その勢いと飛行制御で身を捻りながら回転して飛び掛ってくる誘導弾を巻き込むように打ち砕いていく。その間に足が止まる事はなかった。

「ちぇいっ!!」

 最後の誘導弾を砕く。それを周囲を見て確認すると再びなのはに向かって突進する。
 一方のなのはは驚きを隠す事ができない。アクセルシューターが防がれた事に対する驚きではない。打ち落とされたり、防御魔法で弾かれたり、制御している所を狙われたりという事はあったが、その全てを叩き落すなどと言う芸当をされた事はさすがになかった。
 そのため、チャージしていた砲撃の発射が一瞬遅れた。距離こそミドルレンジだが、発射の瞬間を視認できるタイミングで撃たれた砲撃をまともに喰らうほどエレナは甘くなかった。
 エレナがプラミスを横に突き出す。瞬間、プラミスの先端がスライドし、高速で突き出される。それによって発生した衝撃波がエレナの軌道をほぼ直角に曲げ、砲撃をやり過ごす。

「っ!」

 なのはが小さく呻く。高速で先端を突き出す事で伴う衝撃波───パイルパンカー・ウェイブシフト。その不可視の衝撃波は攻撃だけでなく、飛行の軌道を変える事にも使われると聞いた事はあったが、あそこまで急激な軌道変化ができるとはこの目で見るまで思っていなかった。
 もう次の誘導操作弾を撃つ間は無い。発動の早い射撃魔法で迎撃しようとするなのはの先手を打ってエレナが射撃魔法を放つ。扇状に展開されたそれは威力こそ低いが広範囲に放たれている。防御魔法で受け止めれば、その間に距離を詰められる。なのはは上方へと逃れるように飛行する。
 それを獲物が巣から出るのを待っていたように、エレナはプレッジの先端を後方へと向け、ウェイブシフトを放つ。
 瞬間、エレナの飛行速度が爆発的に高まった。

「───────────!!」

 ウェイブシフトは軌道変化だけでなく、加速にも使う事ができる。どちらも聞かされていた事だが、完全に失念していた。見れば、距離を詰めたエレナが既に右のプラミスを振り被っている。

(もう防御魔法は間に合わない!!)

 叩きつけられるプラミスをなのははレイジングハートの柄で受け止める。電撃でも走った様な衝撃が両手に伝わる。それでもなんとか拮抗状態に持っていこうとする。
 それを侮蔑するようにエレナが呟く。

「ロングレンジからこうも易々と距離を詰められる。この程度か、高町なのは」

 言葉と共に腕にかかっている圧力が大きくなる。出来るのは押し切られないよう堪える事だけだった。

「この程度で、クロノ=ハラオウンが任せられるかぁっ!!」

 叫びと共に殴りかかるようにプラミスが振り切られ、押し切られたなのはが後方へと吹き飛ぶ。が、吹き飛びながらも飛行を制御して距離を取ろうとする。それを追いすがるエレナ。
 そのエレナに対して先の言葉で鬱憤が溜まりきったのか、我慢ならなくなったようになのはが問い返す。

「相応しいとか、任せられるとかっ!さっきからなんなんですか!?」
「言っただろう!お前を試すと!!」
「一体何のつもりでですか!?」
「クロノ=ハラオウンの理解者としてだ!!」
「っ!貴方に、何がわかるんですか!!」
「わかるとも!!奴と私は同じだからな!!」

 言葉と共にエレナがなのはに追いつく。叩きつけられるプラミスを今度は防御魔法で防ぐ。そうして、防御魔法を挟んで二人は睨みあった。

「私の事は知っているだろう?以前の闇の書の主の娘。誰かの言葉を借りれば、闇の書の為に大切な存在を奪われたものだ」
「それは知っ」
「奴と同じように、父親を失ったものだ」
「──────────!」
「同じようように、父親を失い、奇しくも同じ道を、同じ目標を目指すことになった。だから、わかるのだ」

 そこで、エレナは自嘲するように笑う。

「最も、私は一時道を違えたがな。だが、それだけにわかる。道を違える事無く、その願いを叶えようとするクロノ=ハラオウンの危うさがな」

 言葉と共に防御魔法を破ろうとするプラミスから掛かる圧力が強くなる。押し込まれそうになりながらも、なのははエレナの言葉を聞き逃さないよう、耳に意識を集中させる。

「悲しみを知っている。だから、誰かを悲しみから救うためなら自らを顧みない。どんなにつらかろうとそれで悲しみが拭えるのなら、どれほど身を削ろうと構わない.。その強く、尊く、悲しい在り方」

 それがどれだけ他者にとっての救いになり、己の苦痛になるのか。

「奴に救われたものは幸福だろう。訪れる筈だった悲しみを拭ってくれるのだから。救ってくれるのだから。だが、それは自らを幸福にするものではない。クロノ=ハラオウンの在り方は自らを幸福にする事は無い。奴だけに限って言えば、傷ついても救われることの無いクロノ=ハラオウンは不幸だ」

 どれだけ他者を救えても、自らを救うことは出来ない。それでも、悲しみを無くすために自らを傷つけ、削り、すり減らしていく。

「それではいつか折れる。砕ける。自らを滅ぼす。だから、奴の隣を歩く者はそうさせぬよう、支えられる者だ」

 なのはの防御魔法に皹が入る。それでもなお、プラミスの圧力は増す一方。押し切られるのは時間の問題だった。

「一体、お前はどうやってクロノ=ハラオウンと共に歩く?もし、お前が奴の危うさを優しさと勘違いして惹かれたのならば、お前はクロノ=ハラオウンに相応しくない。───もう一度、問う。お前は、一体、どうやって、クロノ=ハラオウンと共に歩む!?」

 咆哮とともになのはの防御魔法が砕け散る。。その衝撃になのはの身体が後方へと吹き飛ばされ、追撃をかけようとエレナはそれを追いかける。
 その間に、左のプレッジに紫電が奔る。それはエレナが最も信頼する魔法の発動の前触れだった。

「答えてみせろっ!高町なのはぁっ!!!」

 エレナの言葉と共にプレッジの先端が高速でスライドし、なのはに突き出される。

『Pile Banker』

 それはバリア突破を目的とした近接魔法。高速で突き出される先端がありとあらゆる防御魔法の一点を突き破り、まともに喰らえばどんな魔導師だろうと一撃で打破できる威力を備えている。

「──────────────────────な」

 故に目の前の光景が信じられない。
 自らがが最も得意とし、信用し、多用する魔法。
 それは確かに完全な形で放たれた筈なのに。

「…………す」

 それを、なのははあろう事か、片手で受け止めていた。

「……てます」

 なのはの片手には高密度の魔力が渦巻いていた。おそらく、片手の範囲程度にまで一点に高圧縮した防御魔法を発動しているのだろう。その技術だけでも十分驚愕に値するものがある。
 だが、だからと言って、パイルバンカーが、防御を突破できないばかりか押し返されるなどという光景は信じられるものではなかった。

「知ってます」

 なのはが何かを呟いている。それでようやく、エレナは驚愕から気を取り戻し、なのはを見つめ直した。

「それぐらい、そんな事ぐらい、知ってます………っ!!」

 言葉と共になのはの腕が突き出される。防がれたという状態ですら信じがたいと言うのにプレッジの先端が完全に押し戻された。

「だから、貴方だけが知ってるみたいに言わないで下さいっ!!!」

 プレッジを押し返していた手から輝き、爆発が起きる。防御魔法を展開していた魔力を起爆させたのだ。

「うおおっ!?」

 それを予見できなかったエレナが爆風に吹き飛ばされる。錐揉み状態で地上へと落下していき、あと数メートルというところで飛行を制御して静止した。見上げるとまだ爆発の煙が立ち込めており、なのはの姿は見えない。
 その直後、爆煙を突き破って閃光が奔る。

「くっ!?」

 回避する間はない。エレナはプラミスとプレッジを十字に構えて防御魔法を展開、真正面から砲撃を受け止める。

「はあああああああっ!!!」

 受け止めた直後こそ、堪えきれず地上まで後退させられたが両の腕を左右に開くようにして砲撃を弾く。弾いた砲撃が地上に着弾し、爆発が起こるがそれを気に留める事無く、エレナは砲撃が放たれた方向を見る。
 なのはがいたのは先の位置からはるか後方。防御魔法を爆発させてからの僅かな間にロングレンジまで距離を取っていた。

(先の爆発と砲撃の反動で距離を取ったか!)

 単に飛行しただけで取れる距離ではない。そして、開戦の時のように一直線に距離を詰める事も出来ない。
 何故なら、はるか先にいるなのはは既に砲撃の体勢を取っていたからだ。

「クロノ君は優しくて、悲しいって事を知ってるから、痛いくらい優しくて」

 砲撃のチャージをしながら、なのはが口を開く。エレナはそれを聞きながらプラミスとプレッジの先端を突き合わせる。

「だから、誰が、どんなに心配しても、無茶をしちゃって、傷ついて」

 突き合わせた先端に接続具が構築され、プラミスとプレッジがその身を一つにする。
 デュアル・インパクトフォルム。エレナが自身最大出力魔法を放つための変形機構である。

「自分が、傷ついちゃっても、誰かを助けようとしちゃう人だって知ってます」

 そして、それが本当は悲しいと言う事がどれだけつらい事かを知っていて、自分の無力に自分が悲しまないようにするためという弱さだと知っている。

「だけど!!」

 例え、自己の救済のためだとしても彼が他人を救おうとするのは優しい事に違いない。だって、あれほど悲しいと言う事を知っている人だから。知っているからこそ、人を救おうとしているのだがら。
 だから、彼を止める事は出来ないのかもしれない。

「クロノ君が、幸せになれないなんてこと、ないっ!」

 だって、約束したから。

「クロノ君が傷ついたのなら、私が癒します!つらいなら私が支えます!!悲しいなら私が慰めます!!!」

 ずっと一緒にいようと約束したから。

「そうやって、私はクロノ君の傍にいます!ずっと、ずっといます!!」

 なのはの砲撃よりもエレナの魔法が先に完成する。エレナが握る変形したプラミスとプレッジは雷光を束ねたような光を放っていた。

「ずっと傍にいて、どうする!?」

 パイルバンカー・ジャッチメント・ストライク。エレナが放てる魔法の内、最大の威力を持つ大出力砲撃魔法。

「ずっと傍にいて、貴様は奴とどう生きる、高町なのは───────────!!!」

 叫びと共にエレナが腕を突き出し、雷光を解き放つ。人一人丸ごと飲み込むほどの奔流が迫ってくる。

「例え、クロノ君の在り方が自分を幸せに出来なくたって」

 それに対してなのはは動じる事無く、レイジングハートを握る手に力を込める。

「絶対に、不幸になんてさせない」

 レイジングハートの先端に幾重のも環状魔法陣が展開される。

「だって、ずっとずっと、私が傍にて」

 なのはが顔を上げる。今、口にしている決意を瞳に宿して迫る奔流を睨みつける。

「私が」

 レイジングハートの先端の魔力球が弾ける様に膨れ上がる。

「クロノ君を」

 そして、放たれる光。

「幸せにしてあげるんだから──────────────────────!!!!!!」

 言葉と共に、桜色の閃光は光がより強い光の前に消えるようにエレナの放った雷光を飲み込む。見る間になのはとエレナの間を埋めていた魔力の光がその色を変えていく。

「押し切られ───────────っ!?」

 エレナは驚愕の言葉を言い切ることが出来なかった。それよりも早く、なのはの放った砲撃がエレナの放った雷光ごとエレナを飲み込んでいた。












「死ぬかと思ったぞ」
「ご、ごめんなさい!ごめんなさい!!」

 エレナの言葉になのはが頭を下げる。
 なのはの砲撃がエレナに直撃し、その爆心地でぴくりとも動かず倒れているエレナを目にして、なのははようやく頭に血が上りすぎた事を自覚した。慌ててエレナのところに降り立ったところでエレナがむっくりと身体を起こし、言ったのが先の言葉だった。

「成る程、こんな砲撃を受けてはトラウマに成りかねない。ロッドがさらに無口になるもの無理は無い」
「う、うぅ〜〜〜」

 それは誤解ですと言っても説得力が無い。それがわかっているからなのはは呻く事しか出来なった。

「さて、そんな事よりもだ」

 煤まみれになったバリアジャケットを申し訳程度に払ってからエレナがなのはに向き直る。その顔は顔を合わした時とは違ってひどく友好的だった。

「お前の決意は確かに聞いた。───今日の非礼を全て詫びよう」
「エレナ、さん?」

 エレナが堅苦しいと思えるほどきっちりと頭を下げる。急なその態度になのはは戸惑ってしまう。

「お前になら、クロノ=ハラオウンを任せられる。お前の事を知らなかったとはいえ、無礼な事を言った」
「い、いえ、そんなっ」

 エレナは頭を上げると慌てるなのはの手を取る。そうして万感を込めて、なのはに言葉を紡ぐ。

「クロノ=ハラオウンを頼む。お前の言うとおりの奴だからな、お前が支えてやってくれ」
「………はい」

 その言葉に強い、強い感情が宿っている事を感じ取ったなのは少し間を開けながらもしっかりと頷いた。

「あの、エレナさん」

 そこで、なのははその感情がどこから来るものなのかが気になった。

「どうして、そんなにクロノ君のこと心配するんですか?」

 その問いに、エレナは既に捨て去ったと思った感情が僅かに傷むのを感じた。

「それは、まぁ、なんだ」

 けれど、もうそれを口にしたとしても意味は無い。少し言葉を濁してから、気持ちに整理をつけてから言う。

「これでも私はアレを弟分だと思っているからな。最も、そんな事を言えば来の悪い姉だと言われるだろうがな」

 それは有り得たかも知れない、けれど訪れる事のなかったある約束。それを思って、エレナは心の中で嘆息した。
 ああ、どうして私は奴との巡り合わせが悪く、どうして奴の周りには私より強い女が集まるのか。
 そのほろ苦い思いを誤魔化すように、ふとエレナは気がついたように言った。

「しかし、幸せにしてあげるか。いくら決意の言葉とはいえ、公衆の面前で随分恥ずかしい事を言うな、高町なのは」
「へ?」

 それってどういう事ですか?
 そう問う前に溢れんばかりの歓声と拍手がなのはの耳に届いた。

「高町教導官、お幸せに─────────!!」
「ヒューヒュー!!お熱いですよ──────────!!」
「うおおおっ!!姉御と兄貴に祝福あれ───────────!!」
「いやー、それにしても噂は本当だったんだなー」
「うんうん、付き合ってるとは聞いてたけど、そういう所見たことなかったからねー」
「ばっか、お前。知ってる奴は知ってるぞー、あの二人の熱々っぷり」
「あー、僕アースラ所属の知り合いがいるから聞いたけど凄いらしいよ」
「なんでも付き合う前に裸の高町教導官(当時十歳)を押し倒したとか」
「いや、それどことかもうお互いのご両親への挨拶が済んでいるらしいぞ」
「うおおおっ、マジで!?」
「よーし、なら今のうちから結婚式の出し物考えるぞー!!」
「「「「「イエェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェイッ!!!!」」」」」

 各自で好き勝手言う人の集まり。そこから目を逸らすように、ギギギとなのはがエレナのほうを向く。

「あの、エレナさん?」
「なんだ?」
「なんで、武装隊の皆が、いるんですか?」

 そう、彼らこそ今日なのはが訓練するはずの武装隊のメンバーだった。本来ならこの訓練室にいる筈だったにも関わらず、姿が見えなかった彼らが何故今姿を見せたのか?
 問われたエレナは、そう聞かれた事をさも不思議そうにして言う。

「何を言っている?元々、お前はここで彼らと訓練予定だったのだろう?」
「で、でも、来た時には誰もいなくてっ」
「ああ、私が隣のモニター室に移動させた」

 しれっというエレナになのはが固まる。

「モニター………室?」
「うむ。本当ならお前が空いている時間を見て戦おうと思ったが、最近訓練室の壊しすぎで、クロノ=ハラオウンから使用禁止令が出てしまってな。だから、お前の名で借りている所を使う事にした」
「どう、して?」
「お前に誘われたと言えば言い訳が立つだろう?しかし、いざその時が来てみたら武装隊の訓練で使うというではないか。さすがに私の都合で訓練を丸潰れにするのは彼らに悪いと思ってな。なので、訓練内容を高ランク魔導師の模擬戦見学に変更したと言って下がってもらった。見てみろ、言った時も騒がれたが今はそれ以上に盛り上がっているぞ。我らの戦いがそれに値するものだったという事だろう、うむ」

 それ、違います。そうツッコむ事すら出来ず固まるなのは。

「こら、エレナ!!君はなのはが借りた訓練室で何をしようとしていた!?」

 とそこに騒ぎを聞きつけた、渦中のクロノ=ハラオウン提督が姿を現した。

「おい、皆!!ハラオウン提督が来たぞ!!」
「いよー!!この三国一の幸せ者ー!!」
「おめでとう!おめでとう!!」
「よし、お前ら!!兄貴を胴上げしながら本局を回るぞー!!」
「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!」」」」」
「って、何事だ───────────!?」

 入った途端、訳もわからないまま胴上げされるクロノ。

「高町なのは」

 それを呆然と見ていたなのはの肩をエレナが叩く。

「幸せになっ」
「なに、綺麗に纏めようとしてるんですか──────────!!!」






 それから数日間。
 恥ずかしさの余り、引き篭もった高町なのは教導官を引っ張り出すため、足繁く高町家に通うクロノ=ハラオウン提督の姿が見られたと言う。




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