リリカルなのは SS

Song to you forever after
二人の買い物

「むぅ………」

 職務の中休みである昼休み。クロノは難しい顔をして携帯を眺めていた。画面を閉じたり開いたりし、ボタンを押しては取り消してと落ち着きの無いことこの上ない。彼を知るものが見ればまったくらしくないと目を見張っただろう。

「よし………」

 だが、決心がついたようで、クロノは迷いを断ち切るように瞼を上げると握りこむようにして閉じていた携帯を開き、かけ慣れた電話番号を選択する。

「もしもし、なのはか。ああ、僕だ。いや、その今度の休日なんだが………」

 その電話の三日後。その日にクロノはなのはと出かける約束をした。









「う〜ん…………」

 休日二日前。なのはは難しい顔をして床を眺めていた。床には床を埋め尽くさんばかりの服が並んでいた。それでもなお、なのははクローゼットから別の服を引っ張り出してひとしきり眺めた後、また床に服を置いていくのだった。

「なのはー、ちょっといいかなって、うわ、どうしたの?」

 そこに姉の美由希が入ってきて部屋の惨状に驚きの声を上げる。その声になのはが美由希の方へ振り返る。

「あ、お姉ちゃん」
「なのは、どうしたのこれ?」

 問われてなのはがとても困って思い悩んでいる表情をする。けれどその顔はどことなく照れているところがあった。

「えっと、明日クロノ君とおでかけするからどの服を着ていこうかなって」
「そうなんだ。どこに行くの?」
「クラナガンって、向こうの世界の町。海鳴よりずっと大きいんだって」
「クラナガン………」
「あ、お姉ちゃん。どれがいいかアドバイスしてくれないかな?」

 可愛い妹の頼み事に答え、美由希は二、三の私見を述べて服選びの助力をするとなのはの部屋を出る。そこで自分の用件を言うのを忘れていた事に気がつき、しかしまぁいいかと回れ右をする。

「さてと」

 部屋でまだ思い悩んでいる妹の姿をドア越し背中越しに思い浮かべ、ちょっぴり罪悪感を覚えながら美由希は携帯を取り出した。










「これより『明日、二人はどこいくのっ!?』会議を始めたいと思います!!」

 休日前日。そう言ってエイミィがカンと木槌を叩く。乾いた音が響き渡るが、周りは気にした様子も無い。もう慣れきってしまっているようだった。

「でも、少しは遠慮しようよエイミィ………」

 そんな中、フェイトは少し恥ずかしそうに肩を小さくした。
 さて、ここは翠屋のテーブル席。そこには美由希から連絡を受けたエイミィに集合をかけられた面々が揃っていた。
 その内の一人、最高責任者の一人であるリンディ=ハラオウンは神妙な面持ちで口を開いた。

「では、エイミィ。今回の議題を」
「はっ。本日一四〇〇時、構成員ダブルソードシスターより伝達。明日トキとデーモンがクラナガンにてデートをするとの連絡が入りました」
「えっと、それで何で集合がかかっとるの?」

 気がつけば、フェイトと一緒に構成員の一人にさせられたはやてが疑問の声をあげる。それにエイミィはダンと机を叩いて力いっぱい言う。

「今の今まで、あの二人のデート先はいつもの所と称してどこだか特定できなかった。そのために我々は青春の青い1ページが覗けず苦い思いをさせられてきた。だが、今回どこに行くかが明確にされた。つまり、千載一遇絶好のチャンス!尾行をするならその時以外他には無いわ!!」
「尾行って隠す気も無いんだ、エイミィ………」
「それにね、今回はどうもいつもと感じが違う気がするのよ」
「それってどういうことよ?」

 そう聞いたのは部隊長アリサ・バニングス。同世代組みの冷かし筆頭である。

「ここ数日……四日五日前くらいかな。なんだかクロノ君が落ち着きなくってね。携帯をいじくりまわして持て余してたのよ。多分、あれは今回のデートの切り出しに迷ってたんじゃないかな」
「なるほど……。あの子、デートの約束はいっつもあっさり決めてた筈だし………」
「何故切り出しに迷ったのか?何故クラナガンでデートなのか?その謎を解明しなくてはならないのよ、私たちは!!」

 そう豪語するエイミィ。その止められそうも無い勢いにフェイトは心中で親友に謝りつつ、ここ数日確かに落ち着きの無かったクロノの姿を思い返し、ある事を思い出す。

「あ………」
「ん?どうしたの、フェイトちゃん?」
「えっと、ここ数日って言えば執務室に言った時なんだけど……」

 それはフェイトがクロノに判を押してもらう書類を持って行った時だった。
 フェイトが執務室に入ると、クロノは不在だった。仕方なく、書類と書置きを残そうと思って机に歩み寄ると、その上には珍しく仕事とは関係の無いものが置いてあった。
 何かの商品カタログのようで、適当にページを捲って見るとネックレスや腕輪と言った貴金属の写真が写っており、一体何のカタログなのだろうと思ったところで、自分が入ってきた扉が開く音がした。顔を上げると部屋の主が戻ってきたようで、フェイトは顔を上げて自分が部屋にいることに怪訝な顔をするクロノに用件を告げた。
 その時は大した事だとは思わなかったが、堅物と言う言葉がこれ以上ないくらい似合うクロノという人物の事を考えれば、それは不自然な事だと思われた。

「あれって買いに行く物に目星をつけてたんじゃないかな?見た感じ、こっちの世界の売り物じゃなかったと思う」
「ふぅむ、なるほど。クラナガンに行く事にしたのはこっちの世界じゃ買えない物だからって事か。しかし、何を買いにいくつもりなんだろ?」

 腕を組んで思い悩むエイミィ。他の面々も材料が提示された事で考え込む。
 そんな中、それまで沈黙を保っていたすずかがポリツと呟いた。

「貴金属………。ネックレス、腕輪、…………指輪?」

 その言葉に一同の時が止まる。同時に頭に謎の問題が流れ出す。

 Q 次の問いに答えよ。なお、この場合の×はラブラブとする

 (クロノ×なのは)+(プレゼント×貴金属)

 その問いに一同が、同じ答えに思い至り、異口同音にその答えを紡ぐ。

『婚約指輪──────────────────────!?』

 エイミィが背後に雷鳴を響かせ、リンディが驚愕に目を開かせ、フェイトが顔を赤くし、はやてはわなわなと震え、アリサはあんぐりと口をあけ、すずかは何故か笑っていた。

「エイミィ!明日は私の全権をもってお休みにしますから、任務の遂行を!!」
「はっ!一命に換えましても任務を遂行いたします!!」
「ちょちょちょ、なにあの子!?そんなところまで進んでんの!?」
「つまり、クロノさんはお兄さん?」
「えええええええと、な、なのはが私のお義姉さん?」
「な、なのはちゃんは悪魔じゃなくてクロノ君を人生の墓場に引きずり込む死神やったんかー!?」

 そこに騒ぎを聞きつけ、高町家の面々までやってくる。

「何何々っ!?その桃子さんに嬉しい話題はっ!?」
「い、いざってなると寂しいものがあるなぁ父さん」
「俺は妹に先を越されるのか…………?」
「それを言ったら私はどうすれば……?」

 店側の人間も一緒になって混乱し、アルバイトがすいませんすいませんと頭を下げ、客は面白いからいいさーと寛容な態度で応じつつでも早くメニューは来ないかなーと矛盾した思いを抱く。
 今日も翠屋はとても賑やかだった。









「もうそろそろ来る頃ね………」

 休日当日。クラナガンのテレポーター付近で物陰に隠れながらエイミィは時間を確認する。事前に入手した情報と今朝方に入った工作部隊『ハイタウン』からの連絡を照らし合わせると、次の転送でクロノとなのははやってくる予定だ。

「準備はいい?皆」
「ええ。あの子の奥手っぷりを見届けてあげるわ」
「なのはちゃん、どんなデートするんだろう?」
「……なんで私達、ここにいるんだろうね」
「しょうがないやん。私はレティ提督直々の命令やし」
「そうだよね。母さんに『私の代わりに二人をお願い』なんて涙ながらに言われたらしょうがないよね………」
「はい、そこ!もっと気合を入れて!」

 今回の任についたアリサ、すずか、フェイト、はやてがそれぞれ意気込みを語る。が、前二人と後二人で明らかにやる気に差があった。その二人にエイミィが檄を飛ばしたその直後だった。

『こちらオペレーターA。トキとデーモンの姿を確認しました』

 リンディから派遣された工作員から連絡が入る。その一報に、エイミィ達はもちろん、やる気のなかったフェイトとはやても思わずそちらに顔を向ける。
 見れば、テレポーターから降りたなのはが物珍しそうに辺りを見回している。なんというか初めて都会に来た田舎物丸出しな感じだった。

「ああ、もう。あの子は別の意味で恥ずかしいわねー」
「でも見て。アリサちゃん」

 そんななのはの様子に苦笑しながらクロノが手を差し出す。なのははちょっと回りを見回してからその手を繋ぐ。それから何か言うとクロノは視線を逸らして頬を掻き、少し引っ張るようにしてなのはを連れて歩いた。

「うわぁ〜、緩んでる、緩みきってるわよあの子」
「さっきなのはちゃん、なんて言ったんですか?」
「ん〜、ちょい待って。もしもし、オペレーターB?録画映像から読唇術、出来る?」
『はい、ただいま。………『人が多いところで手を繋ぐの初めてだね』『………そうだな』かと。っていうかそのコードネームはどうに』

 聞く事だけ聞くとエイミィは速攻で通信を切り、さして必要な距離も出ないのに双眼鏡でクロノとなのはの姿を追う。

「ふっふっふ〜。自分から手を差し出しておいて、照れてるって訳ですか。初々しい、初々しいですよお二人さん」
「手を繋ぐくらいには進んでいると。もう一押し欲しいところね」
「なのはちゃん、可愛い」
「……ねえ、はやて。私たちも任務って割り切らないと駄目かな?」
「それが出来たらどれほどいい事か………」

 ノリノリな三人と良心を苛ませる二人の計五人は、周囲から奇異な目で見られながら二人の後についていく。その間、一行は色々と想像を膨らませていく。

「ところで、どんな指輪を選ぶと思います?アリサ隊員?」
「やっぱりそれなりに値が張った物を選ばないと納得いかないわね。となると王道のダイヤの指輪ってところかしら」
「アリサちゃんが納得することじゃないと思うけど。あと、なのはちゃんならシンプルな物選ぶと思うな」
「あ、はやて。あの店行ったことある?エイミィに連れられていったけど結構美味しいよ」
「そうなん?じゃあ、今度シグナム達と行ってみるわ」

 訂正。二名ほど今この時だけでもと必死に任務から離れようと足掻いていた。
 そうして、一行は二人の事で話を咲かせつつその一挙手一投足を観測しながら尾行を続けていく。が、しばらくするとノリノリだったエイミィの表情が怪訝なものになり、眉を寄せながらどこからともなく端末を取り出した。

「どうしたの?エイミィさん?」
「いや、今大体この辺りなんだけど」

 エイミィが示したのはこの辺り周辺の地図だ。それは簡潔ながら明確に周辺施設を表示しており、エイミィはその画面を指でなぞりながら自分たちが進んでいる方向を示した。

「こっから先ってジュエリーを扱うような店はないんだけど………」

 その言葉にエイミィの表情の色が一同に広まっていく。そうして、それでは一体何を買いに来たのかと考え出すが、あれだけ婚約指輪と決め付けていた頭では想像がつかなかった。

「エイミィさん。この辺りって何があるの?」
「え〜っと。ちょい待ってね」

 エイミィは端末を操作し、画面を広域表示にする。画面により細かく周辺施設が表示され、その中から二人に関係ありそうな物を探していき………あんぐりと口をあける。

「え…………、もしかして……………」
「なになに?この先に何があるのよ?」

 唖然とした表情をするエイミィをアリサが急かす。が、エイミィは何も答えず上を見上げるように視線を上げた。その視線の先を追ってみるとそこには洒落っ気の無い、実務一点張りな巨大なビルがあった。その屋上に掲げられた社名に覚えがあるフェイトが呆然として呟く。

「あれって………、確か………」

 デバイス会社アイヴォリー。
 管理局とも深く関わる大手デバイス社のビルが二人の向かう先だった。








「クロノ・ハラオウン様ですね。ただ今、担当の者に確認を取ってまいりますのでしばらくお待ちください」

 そう言って入り口の警備員が中に入っていくのを見送る。その折、何か微笑ましそうな顔をしていた気がするが一体何なのだったのだろうかと思って首を回すと未だに手を繋いだままだった事に気がつく。さすがにこういう場で手を繋ぎっぱなしと言うのはまずいと思い、一声かけてから手を離す。少々でない程に名残惜しかったが。

「それでクロノ君。これからどんな事するの?」
「こっちの要望は伝えてあるから、主に値段の相談かな。あとはあっちが何かいいパーツを提供してくれるかもしれないし、何か意見を言ってくれるかもしれない。何て言っても向こうは専門家だからね」
「そうなんだ」
「………だから、そんなに面白い話にはならないからな?」
「それはもう聞かされてるよ」

 きっぱりと笑顔で言い切られ、クロノはやれやれとため息をつく。そこに先ほどの警備員が戻ってくる。確認が取れたので、二人についてくるように声をかけた。

「それじゃ、行こうか」
「うんっ」

 そう言って歩き出そうとしたその時だった。

「『それじゃ、行こうか』、じゃないわよー!!!」

 言葉と共に十分な助走距離からたっぷりの加速を乗せた、ミサイルの如き勢いに捻りまで加えた見事なドロッブキックがクロノの側頭部を捉える。首が吹き飛ぶような錯覚を覚えながらクロノが二三転して5メートルほど転がっていった。

「ク、クロノ君!?」
「こんのフラグ大好きな朴念仁が!!釣った魚には餌はやらないってか!」

 クロノの身を案じるなのはをよそにエイミィが追い打ちにゲシゲシとストンピングを見舞う。その様には一片の情けも容赦も感じられなかった。

「あのねぇ!せっかくのデートなのよ!?彼女とお出かけなのよ!?買い物に行くでも何か食べにいくでもベタベタの王道で遊園地に行くでもなんでもあるじゃないのよ!?それをよりにもよってこんな色気の無いところに来るなんて!!いくらなんでも失礼ってもんじゃないの!?」
「そうよ!!まず私たちに失礼だわ!!ワクテカして尾行してきた私たちの立場はどうしてくれるわけ!?」
「アリサちゃん、本音出てる」
「クロノ、さすがにこれはちょっと………」
「そやなぁ、フォローできんわ」

 さらにはいつの間にか現われた聖祥四少女が言葉の追撃をかける。同情の余地なし、とエイミィは支持するようにクロノを取り囲んだ。

「…………ク」

 事態を理解できず呆然とするなのは。

「クロノ君をいじめちゃダメ───────────!!」

 だが、クロノがリンチを受けていると事態に身を挺して庇いに入った。

「っとと。な、なのはちゃん?」
「クロノ君をいじめちゃダメです!!」

 普段の運動神経のなさが嘘のように絶妙なタイミングで割り込んだなのはにエイミィが慌てて振り上げた足を止める。急に足を止めたためにバランスを崩して一歩下がり、なのはの剣幕に二歩下がってしまう。だが、許しがたい憤激に食いかかるように言い返した。

「で、でもなのはちゃん!こんのボンクラ朴念仁はせっかくの休日になのはちゃんをこんな所に連れてきてるんだよ!?なのはちゃんはそれでいいの!?」
「いいんです!!だって!!」

 エイミィの言葉に反論するなのは。

「私が連れていってって言ったんですから───────!!!」
「───────────ほへ?」

 その言葉にエイミィは間の抜けた声を上げた。










 三日前。
『もしもし、なのはか』
『クロノ君?』
『ああ、僕だ』
『どうしたの?何か用事』
『いや、その今度の休日なんだが………』
『うん』
『………すまない。その日に用事が入ってしまった』
『用事?なんの?』
『………今、僕はデバイスを局からの支給品を使っているだろう?』
『あ……』
『けど、しっくりこなくてね。それで、局と関わりのあるデバイス社に頼んで新しいデバイスを作る事にしたんだ。ただ、向こうとこっちの都合が合わなくて先延ばしになっててね。ようやく都合のついた日が………』
『今度の休日?』
『ああ、だからすまない。せっかく休みを合わせてくれたのに一緒に過ごせそうに無い』
『…………クロノ君』
『………なんだ?』
『それ、私もついていっていい?』
『え?』
『だめ?』
『い、いやついてくる事自体は別に問題ないが、その言ってみれば商談みたいなものでついてきても面白くもなんとも無いぞ?』
『それでもいいよ』
『しかし………』
『その、今私がS2U預かってるし、その、クロノ君のデバイスの事だし。気になるよ』
『………わかった。それじゃ三日後。局のトランスポーターからクラナガンに行くから。そこで待ち合わせを』
『うんっ』









「というわけなんです」

 なのはからの説明を聞いたエイミィはへそくりが見つけられた時の言い訳をするようにしどろもどろになって聞き返す。

「え、えっと、じゃあここ数日クロノ君の様子が落ち着かなかったのは?」
「せっかく休日を合わせてもらったんだ。こっちの都合で予定を変えるなんて申し訳ないと思うのは当然だろう。だから、言い出しにくかった」
「えっと、クロノの部屋にあったネックレスとかが載ってたカタログは?」
「アイヴォリー社の物だ。あそこは魔力増幅効果を持ったアクセサリーの販売もしているからな。君が見たのはたまたまそのページだったんだろう」
「じゃ、じゃあ、なのはがやたらと服に気合を入れていたのは!?」

 その質問に、なのははモジモジしながら恥ずかしそうにポツリと呟いた。

「だ、だって、クロノ君とお出かけだから、その、………ちょ、ちょっとでも可愛くしていきたいなって」

 その言葉に一同が辺りを見回す。ここ、アニメ版の世界だよね?

「───さて、僕からも質問がある」

 地獄の底から響くような声。その声にいつの間にか復活していたその存在に気づき、エイミィはギギギという擬音と共にそちらに振り向いた。

「何故君たちが───特にエイミィ。今日は仕事だったはず君が何故僕達を尾行し、何ゆえ捻りも見事な華麗なドロップキックをかましてくれたのか。納得のいく説明をしてもらおうか」

 背後を怒気で空間を歪ませるクロノ。エイミィは一筋の汗をたらし乾いた笑いを浮かべながら、懐からスッと煙玉を取り出した。

「撤収──────────────────────!!!!」

 地面に叩きつけられた煙球がボワンと辺りに白い煙を撒き散らす。クロノは腕で顔を隠しながらなのはを庇う。逃走用だったので殺傷能力は皆無だったが、煙が晴れた頃にはエイミィ達の姿は消えていた。

「なんだったんだ、一体…………」

 意図も目的も見えないまま、襲撃し立ち去っていったエイミィ達にクロノはため息を一つつく。しかし、一つだけ彼女が言っていた事で気にかかることがあり、それをなのはに尋ねた。

「なのは。今更だが、やっぱり付いてこなくてもよか」

 言い切る前に人差し指を唇に押し当てられる。呆気に取られて瞬きしているとなのははにっこりと笑っていった。

「来る前に行ったよね?クロノ君の事なんだから気になるって。だからいいんだ」
「………そうだったな」
「あ、あのぉ………」

 そこで事態に全く付いていけなかった警備員が声をかけてきた。

「ええと、中にご案内してもよろしいでしょうか?」
「ああ、すみません。お待たせしました」

 普通なら待たせたのは警備員の方だが、その事を指摘出来るほど図抜けた人格の持ち主ではなく、なんとなく居心地悪そうにクロノ達を案内しだす。そうしてようやくクロノとなのははアイヴォリー社内へと入っていった。






 ちなみにその時、クロノのデバイスの商談に立ち会った社員はその時の様子をこう語っていた。

『いやー、私も色んなお客様を相手にしてきましたがああいう方は初めてでしたねー。商談自体は有意義なものでしたよ?けどね、雰囲気が違ったんですよ。戦闘用デバイスの登録魔法の選択とか連携時における処理速度の兼ね合いとかな話をしてるのにね、なんか甘ったるいんですよ?なんていうかあれはまるで二人でプレゼントを、婚約指輪でも選びに来たかのような感じでしたよー』










 それから数週間後。

「クロノ君、新しいデバイスが出来たって本当?」

 執務室へとやってきたなのはがクロノに尋ねる。先日、デバイス社を訪れた時にどんなデバイスを作るのかは聞いていたが、やはり現物を見ないと実感がわかないので心待ちにしていたのだ。

「ああ。フレームもイメージ通り、パーツもこっちが考えていたよりいい物が揃ってたから、納得のいくものが作れたよ」
「見せて見せて」

 そう頼むとクロノは困ったような顔をした。ポリポリと頬をかくクロノになのはは頭に?を浮かべて首を傾げる。

「いいんだが………、その、怒らないでくれよ?」
「?どうして?」
「いや、その………」

 結局、言い訳が見つからずクロノはため息をついて黒いカードを取り出す。それはなのはに託したS2Uと全く同じ意匠をしたカードであった。
 そして、その名も同じ。

「S2U」
『Start up』

 クロノの手の中に黒の杖が現われる。黒のフレーム、緑色の宝玉、片翼の意匠が逆になっている以外、それはなのはが知るS2Uのままだった。
 ただ、一つ。以前と異なっている所があった。

「………クロノ君」
「………なんだ?」
「今の、私の声だったよね?」

 そう、異なっているのは抑揚のない電子音で紡がれる声。
 クロノの持つS2Uから発せられたのは、自分の口から紡がれてはいないが間違いなく自分の声だった。

「…………ああ」
「な、なんで!?ええっ!?どうして!?」
「いや、声自体は取る機会は色々とあったから、無断で………」
「そ、そうじゃなくて!いや、それもそうなんだけどなんで私の声なの!?」

 非難するようななのはの視線に堪えきれなくなったように、クロノは視線をそらしてその理由をぽつりと呟いた。

「その、これなら君の声がいつでも聞けるなと思って…………」
「──────────────────────」

 その言葉に別の意味で頭が加熱する。言い知れない感情にふるふると身体が震える。それに押し出されるようになのははぽつりと呟いた。

「ずるい」
「え?」
「クロノ君だけずるい」
「えっと、何が………」
「私だっていつでもクロノ君の声、聞きたいよ」
「──────────────────────」

 その言葉に今度はクロノの頭が加熱する。落ち着きなくあちこちに視線をやり、ガジガジと後ろ頭を掻く。それからちらりと横目で、言った後恥ずかしくなって俯いている顔を赤くしているなのはを見ながら尋ねる。

「じゃあ、その………今S2U持っているか?」
「え?う、うん」

 ポケットからクロノが手にしている物と同じ名を持つデバイスを手渡す。それをクロノは指で挟んで、表と裏を見るように二三見回した。

「歌の機能が生きていたから、多分………」

 中央の宝玉が淡い光を放つ。それは僅かながらに機能が生きている証拠だった。

「これって………」
「……中枢機能は死んでいるけど、歌と同じ、周辺機能はまだ使える。それで、その、その中に録音機能があるんだが」
「え───────────」
「………なんて、入れればいい?」

 問われて、少し考えてそれに思い至り、名案とばかりに顔を輝かせて、しかし恥じらいに顔を俯かせ、けれどその魅力に堪えきれないように顔を上げてこう言った。

「それじゃあ──────────────────────」










「なのはー」

 声が重なる。黒のカード響く声がから右の耳へ。姉の声が左の耳へ伝わってくる。

「って、お姉にゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 いつの間にか部屋に入ってきていた美由希に気づき、なのはが驚いて仰け反る。仰け反りすぎて、そのまま重力に引かれて、大きな音を立てて椅子ごと倒れこんだ。

「わっ、なのは大丈夫!?」
「う、うん〜。大丈夫」

 美由希が手を貸してなのはを助け起こす。そうして、痛そうに頭を擦っているなのはの手に倒れながらも手放す事のなかった黒いカードに気がつく。

「あれ?なのは、それって………」
「あっ!」

 指摘され慌ててカードを背中に隠す。明後日のほうを見てなんでもないとアピールするが、美由希の疑念は消えない。

「なのは。それ耳に当ててたみたいだけど……何?」
「なんでもない、なんでもない」

 そう言ってなのはは、乾いた笑いを浮かべてどうこの場を切り抜けようかと、すがる様に黒いカードを弄びながら考えるのだった。














 おまけ デバイス没案

 先のリヴァイアサン事件でデバイスを失ったクロノ。それに際し、新しいデバイスを兼ねてより組んでみようと思ったインテリジェントデバイスにすることに決めた。

 そうして、作られたデバイスは。

「行くぞ、S2U」
『うん、クロノ君!』

 高町なのはを基に人格設定されたインテリジェントデバイスであった。






『いくよー!全力全開!!』

 他の追随を許さない圧倒的な砲撃性能!
 二人の行く手を遮るもの全てを破壊尽くす閃光の歌!

『クロノ君をいじめちゃ駄目―!!』

 あらゆるものを弾き返す結界言うべき防御性能!
 構築された二人の世界を侵すものを阻む悪魔の結界!

「ご苦労だった、S2U」
『クロノ君もお疲れ様〜』

 マスター、デバイス間の信頼関係は抜群。
 誰もがこの一人と一基の関係を理想的と思い、心配など抱くような事など無かった。ある筈もなかった。








 だから、その悲劇を予見できるものはいなかった。

『クロノ君といっつも一緒にいるのは私なの!』
「ち、違うもん!ずっと一緒にいるって約束したのは私なの!」
『でも、一つ屋根の下にはいないの!』
「え、でも、それは………」
『私は違うの!いつも肌身離さず持たれてるの!いつだってクロノ君の体温を感じているくらい一緒なの!!』
「う…………」
『だから、クロノ君と一緒なのは私なの♪』
「────────でも、クロノ君は私の事好きって言ってくれたの!」
『!?』
「そ、その時は抱きしめてくれたりくれたの!そういう事するのは私だけなの!」
『くっ!』
『だから、クロノ君と一緒なのは私なの!』
「あー………、君たちちょっと落ち着き」
「『クロノ君は黙ってて!!』」
「はい…………」

 これを皮切りに、時空管理局武装隊局員・通称『白い悪魔』こと高町なのはとインテリジェントデバイス『S2U』の争いは激化。その争いは次第に周囲の人間をも巻き込み、いくつもの次元世界を超えた凄まじい愛憎劇を繰り広げ、魔導師とデバイスの争いという前代未聞、管理局史上に類を見ない被害をもたらす、後に『高町なのは大戦』と呼ばれる戦いへと至るのであった。








 Q やらなかった理由は?

 A いや、収集つかなそうだったんで………
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