リリカルなのはSS

二人のお弁当
 1 始まりはこの人

「はい、なのは。今日のお弁当」
「ありがとう、おかーさん」

 桃子が女の子らしい可愛らしい包みに入ったお弁当を掲げる。なのはが学校で毎日食べている、桃子が毎朝丹精込めて作ったお弁当である。

「んー、そう言えばなのはってクロノ君にお弁当作った事ある?」

 ふと、桃子が思い出したように娘の彼氏について尋ねる。桃子もそうだが、最近周りの人間がなにかとつけて自分達の事を聞いてくる現状に内心だけでなく困りつつ、なのはは答える。

「うん。お出かけした時に何度か」
「じゃあ、仕事場には?」
「え?持っていってないけど」

 その言葉に、弁当を手渡そうとする桃子の動きがピタリと止まる。動揺していると言うより、何かを考えているかのようなその静止になのはが首を傾げようとしたところで桃子がお弁当を渡す手を引っ込めて、ズイっと詰め寄る。

「駄目よ、なのはー」
「え?え?な、なにが?」
「クロノ君、お仕事大変なんだからちゃんとそういう事まで気遣ってあげないとー」
「だ、だから何が?」
「頼まれなくてもお弁当作って持って行って上げなきゃ駄目って事よ」
「で、でもアースラにはちゃんと食堂あるよ?」

 その唐突な物言いになのははしどろもどろになりながらもっともな事を言う。が、それで言い包められる桃子さんではなかった。

「あら?じゃ、なのはは中学に上がったら私のお弁当要らない?」
「そ、そんなこと無いよ。私、おかーさんのお弁当好きだよ」
「うん、そう言ってもらって桃子さん感激。それと同じことよ」
「あ」
「きっとクロノ君、喜ぶと思うなぁ〜」
「……………」






 2 否定と現状

 昼休み。
 アースラの食堂で昼食をとるために列に並んでいるクロノとエイミィ。そこで並んでいる暇つぶしにとエイミィが尋ねる。


「で、最近なのはちゃんとどうなのよー?」
「またそれか。最近そればっかりだな」

 クロノがうんざりした様子で言う。エイミィもそうだが最近周りの人間は何かとつけて自分達の事を聞いてくる現状に内心だけでなく困りつつ、クロノは答える。

「別に。普通に付き合っているよ」
「ふんふん。この間お泊りしたり、愛用のデバイスになのはちゃんの声を入れるのが普通のお付き合いと」
「っ!?ど、どこで知った!?」
「ふっふっふー。管理局にプライバシーがあるとは思わない方がいいよー」

 その怖すぎる発言にクロノは顔を逸らして逃げる。どーなのどーなのどーなのよー、と肘で突付いてくるエイミィをひらすら無視して順番がまわって来るのを待ち、ようやくカウンターまで辿り着いた所で。

「ク、クロノくーんー」

 とても聞き覚えのある声が食堂に響き渡った。

「───────────」

 食堂にいた人間の視線が、そちらに向く。それはまるで他クラスの女子生徒がわざわざ教室まで迎えに来たのを見るのと同じような視線だった。その視線は、だんだんとクロノの方へ向かっていく。正確にはその視線を集めた人物がクロノの方へ歩いていくのでそれを追って視線がそちらに移っていく。

「ま、間に合ったぁ」

 そして、目の前にやってきた人物にクロノは動揺しながらも、声をかける。

「な、なのは?」
「う、うん。こんにちわ、クロノ君」

 現われたなのはは、クロノに負けず劣らず震えた声で挨拶を返す。その声に一体どうしたのだろうと思いながら尋ねる。

「今日はどうしてアースラに?」
「ちょ、ちょっと本局に行く用事があって、その前に寄って来たの。ここからトランスポーター使わせてもらえれば十分間に合うし」
「そうか。なら一緒に昼食でもどうだ?昼はまだ食べて無いんだろう?」
「───────────」

 その言葉に顔を赤くしてなのはが押し黙る。何か地雷を踏んでしまったのかと身を固めるクロノ。そのクロノになのははおずおずと後ろ手に隠したものを差し出した。

「これ、は?」
「お、お弁当」
「お弁当………」
「つ、作ってきたから、よかったら食べて」

 クロノが弁当を受け取る。呆然としたような顔をして固まるクロノになのはが不安になって恐る恐る尋ねる。

「あの、迷惑だったかな?」
「いやっ。その、急なことだからびっくりしただけで、その………」
「その………?」
「その、………ありがとう。嬉しいよ」
「う、うんっ」

 満面の笑みを浮かべるなのは、それに釣られるようにはにかむクロノ。

「………普通のお付き合いねぇ」

 職場にお弁当を届けにくるのがか〜、と言うような目で見るエイミィ。

「「───────────!」」

 はっとなって周りを見るクロノとなのは。見れば、誰もが食事の手を止め、フォークやスプーンを置いてしまっている。そうしてこちらを見る視線は皆こう言っていた。

『ごちそうさま。もうお腹一杯です』






 3 事態発覚

 逃げるようにと言うか逃げ出した二人は食堂から執務室に駆け込んだ。ここなら、邪魔は入らないし誰からも見られる事は無いだろう。

(……昼休みが終わった後が怖いな)

 そう思いつつ、そんな内心を表には出さず、席に着いたクロノは弁当の包みを解く。

「それじゃ、ありがたく頂くよ」
「う、うん」

 少し緊張した様子のなのはの前で、カパッとお弁当の蓋を開ける。

「…………」

 カポッと蓋を閉じる。

「………なのは」
「な、何。クロノ君?」
「これ、桃子さんの入れ知恵だろ………」
「………わかる?」
「そりゃぁ、なぁ………」

 クロノがもう一度蓋を開ける。その目には桜でんぶの大きなハートマークが映っていた。






 4 ところで

「ところで、なのは」
「なに?」
「君は昼はどうするんだ?その、お弁当は一つしかないようだが」
「あ」
「………自分の分、忘れたな」
「あ、あはは………」
「…………」
「…………」
「………半分に分けるか?」
「い、いいの?」
「も、もちろんだ」
「う、うん。あ、でも………」
「?」
「お箸、一つしかない………」
「───────────」

 その三十分後。弁当の中身はご飯粒一つ残さず食べられたがその過程がどうだったかはご想像にお任せする。






 5 後押しはこの人

「最近、なのはさんがお弁当を持ってきてくれているんですってね」
「………そうですが、何か?」

 どこから聞いたと思いつつ、クロノは答える。最もあれだけ大勢の人前でお弁当を手渡されるところを見られたのだ。なんだかわからない異常な情報網が敷かれているこの状況でリンディの耳に情報が入らない訳が無かった。

「それで、何かお礼はしたの」
「え?」
「お礼。まさか、作ってもらいっきりなんて事は無いでしょうね?」

 クロノがリンディの言葉に固まる。その状態のまま、気まずげに頷くとリンディがズイッ詰め寄ってきた。

「駄目よ。クロノ」
「は、はい?」
「作ってきてくれるのが当然とか思って、何もして無いと何かあった時、そういうところから嫌われていく事もあるのよ」
「嫌われて………」
「ちゃんと、形にしてお礼をしないと」
「形に………」






 6 結果

 昼休み。
 聖祥学園の屋上でなのは達はいつも通り仲良く昼食を取っていた。

「なのは、これ貰うわねー」
「あ」

 アリサが有無を言わせぬ気軽さでひょいと玉子焼きを摘み上げて、口に運ぶ。が、ニコニコ顔だったアリサの顔が咀嚼するごとに段々と怪訝な顔になっていき、ごくんと飲み込んだ後、不思議そうに尋ねる。

「なーんか、いつもの桃子さんの味と違うわねー」
「そ、そうかな?」
「うん、いつもより風味が無いというか味気ないというか全体的にグレードダウンしてる感じ」
「わ、私は好きだけどなー」
「う〜ん………。ま、たまには桃子さんも失敗するって事かしら」
「失敗じゃないよっ!クロノ君が頑張って作ってきてくれたんだから!」

 その言葉に一同のお弁当に伸ばしていた箸の手が止まる。

「クロノが」
「頑張って」
「作ってきてくれた?」
「あ」

 しまったと口を塞ぐがもう遅い。がしっとアリサがなのはが肩を掴み、邪悪なオーラを背負い、メデューサさながらに髪をうねらせてながら目を輝かせる。それはなのはにはまさしく悪魔の笑みに見えた。

「ふふふ、洗いざらい喋ってもらうわよ〜…………」
「あ、あぅ…………」

 その後の昼休みは、尋問タイムとなった。






 7 割合は月に一度

「おはよー、クロノ君」
「おはよう、なのは」

 待ち合わせた二人が挨拶を交わす。それから、きょろきょろと周りを確認してから互いに目的のものを取り出し、交換する。

「はい、お弁当」
「すまないな、朝は弱いのに」
「それなら、クロノ君だって忙しいのに」
「君の方が作ってきてくれている」
「でも、こうして作ってきてくれて交換するの、私嬉しいよ」
「………それならよかった」

 恥ずかしさに視線を逸らす二人。そうして頬が緩みそうになるのをなんとか堪えるのだった。













 おまけ

 恥ずかしさに視線を逸らす二人。そうして頬が緩みそうになるのをなんとか堪えるのだった。

「やー、初々しいですねー」
「ええ、本当に」

 スクリーンに再生されるその光景を微笑ましく見る二人の母親。

「それにしても、桃子さん。ここまで計算していたんですか?」
「まさかー。単になのはにお弁当作らせようとしただけですよー。それにリンディさんがクロノ君にお弁当作らせるなんて考えてませんでしたからー」
「こんな楽しそうな事、逃せませんでしたから」
「さすがリンディさんですねー」
「いえいえ、桃子さんほどでは」

 互いに相手を称えあってから視線をスクリーンに戻す。

「それにしても、この二人」
「私達の想像を超えて」

「「微笑ましいですねー」」





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