リリカルなのは SS

Song to you forever after
管理局の白と黒

 ミッドチルダ首都クラナガン。
 時空管理局内でも大きな地位を占める国の首都であるその街は、その豊かさを示すように、多くの人で賑わっていた。家族連れ、学生の集団、友人達、営業で歩く者、恋人。その種類は実に多種多様である。
 無論、人が多い分だけ問題も多くなる。諍いや事故、数え上げればキリが無い。故にそれを守るために多くの機関や施設が用意されており、それらを掻い潜って何かを企むのは容易な事ではない。
 だから、人々はこの明るい世界が当然のある筈の物と思いながら、街並みの中を歩いていく。陽の恩恵を当たり前のように受けながら歩いていく。

 その世界に、ふと影が差す。

 突然日の光が遮られ、その恩恵を受けられなくなった人々が顔を上げる。何か大きな雲でも横切ったのだろうか。そんな甘い予想を立てながら。

「────────」

 けれど、その目に映ったのは空の青に赤を混ぜたような紫の空。
 太陽を遮るようなその紫の空が、平穏の終わりを告げるように世界を染め上げた。







「どういうことだ!?」

 クラナガン防衛本部。
 首都の警備の中枢を担うこの場所はありとあらゆる事態に対し常に万全の準備をしている。
 今日も首都全域をモニタリングし、何か異常が無いか監視していた。最も、大抵感知するのは交通事故や火災など突発的な災害がほとんどだ。それもミッドチルダの発達した文明の中では、他の次元世界に比べて圧倒的に少ない。

「ん…………?」

 そうして、今日もクラガナンのモニタリングをしていたオペレーターが異常を示す表示を見つけ、手馴れた様子で状況を探ろうとし、愕然とする。

「し、司令!」
「なんだ?何を慌てている」
「首都東区に正体不明の侵食空間が発生!!」
「何………?」
「パターンに前例無し!発生原因不明です!!」
「何だと!?これは一体どういう事だ!?」
「わ、わかりません。なんの前触れもなく、突然発生したとか………」
「ええい、現地の状況はどうなっている!?」
「状況不明!!侵食空間に通信、念話、全て遮断されています!!」
「侵食空間、現在毎分100Mで範囲を拡大!侵食速度徐々に上がっています!!」
「現地の警備隊からの連絡は!!」
「駄目です!侵食空間による障害で通信系はほぼ遮断!!現地の状況確認、指示は不可能です!!」
「今すぐ増援を送れ!!解析班もだ!!いいな!!」
「は、はいっ!」

 そう言ってこの場の指揮を取っている司令官は忌々しくスクリーンに映し出された謎の魔力場に覆われているクラナガンを睨みつける。
 この様子では現地での通信も遮断されているだろう。となると、現地にいる守備部隊は他の部隊との連携もなく個々の判断で動くしかなくなる。

(この事態、そんな散発的な動きで収まるような事態ではあるまい)

 司令官はただ、平静を装いながら事態の推移を見守る他無かった。









 その子供はただ怯えながら町を彷徨うしかなかった。
 何が起こったのかなど幼いその子にわかるはずも無い。つい、先ほどまで両親とともに町で買い物をしていただけのその子が何故、自分が両親と逸れてしまい、迷子になっている理由を理解できるはずも無かった。
 だから、ただ両親を求めて泣きながら町を彷徨う。

 その耳に小石が転がる音が響いた。

 おそるおそるその音が響いた背後に振り返る。その瞬間、心細さに負われていた子供の心は恐怖で埋め尽くされる。
 そこにいたのは身体が陽炎のように揺らめいている黒の獣。その陽炎の中、白く光っているような瞳が子供を見る。
 それはまさしく獲物を見つけた獣の目。
 子供が一歩後ずさる。獣はそれよりも大きな一歩で距離を縮める。さらに子供が一歩下がったところで獣が跳躍した。
 子供の身体で逃げられる距離と速度ではない。子供は何もわからず、ただ理解できない恐怖に負われながら。

「───────────」

 獣が青い光の輪に拘束されるのを見た。

「───────────」

 続けて奔る桜色の閃光。それが闇をかき消すように獣を撃ち抜き、霧散させる。

「───────────」

 子供が振り返る。
 そこにいたのは黒の法衣を纏った少年と白の衣装を纏った少女。
 その対照的な色彩の二人の姿を認めたところでその子供は気を失った。








「その子、大丈夫?」

 なのはが心配そうに気を失った子供を見る。子供を抱きとめたクロノは少し様子を伺ってから、しっかりと頷いた。

「大丈夫。気を失っただけだ。この状況じゃ仕方ない事だ」

 そう言ってクロノは、周囲を窺う。突如発生した侵食空間。それは晴天を赤を混じらせたように濁った紫色に染めていた。

「なんなのかな、これ?」
「わからない。だが、なんらかの侵食空間であるのは間違いなさそうだ。さっきから本局に通信を繋ごうとしているがそれも繋がらない。空間に何か障害が出ているのは明らかだ」
「どうしよう、クロノ君」
「……調べないとなんとも言えないな。けど、この子を放っておくわけにもいかない」

 視線を気を失った子供に落としてクロノはしばし考える。そうして、この場で最も適切と思う判断を下す。

「なのは。君はこの子を安全なところまで連れて行ってくれ。おそらく、警備部隊が展開している筈だからそこまで連れて行けば平気だろう。部隊には一般市民の避難を最優先にするよう伝えてくれ」
「クロノ君は?」
「僕は、周囲を探索してくる。原因を調べなくてはいけないし、まだ逃げ遅れた人もいるかもしれないし、苦戦している部隊もいるかもしれない」
「………うん、わかった」

 少し、迷いを見せながらなのはは頷く。本音を言えばクロノと離れたくなかったが、クロノの言う事が最もだとわかっているからだ。

「無茶しないでね」
「しないさ。もう無茶をするつもりは無い」

 そう言ってクロノは取り出した黒のカードを指で弾いて宙に放る。カードは回転しながら姿を変え、一振りの杖へと姿を変える。

『Start up』

 そうして手にしたのは片翼を持つ黒の杖。S2Uの名を継いだ新たなる愛杖をクロノは強く握り締める。

「…………」
「どうした、なのは?」

 そのS2Uをなのはが何か言いたげに見つめているのに気づいたクロノが声をかける。

「えっと、………こうして聞くとちょっと恥ずかしいなって」

 新しいS2U。そのシステムボイスはなのはの声が使われている。自分の声が大切な人が持つデバイスから響いてくる事になのはが恥ずかしげに苦笑する。

「………言うな。僕もまだ慣れきってないんだから」

 そう顔を逸らしながら言ってクロノは周囲を探索するため飛び立った。









 なのはと別れたクロノは周囲を一望できる高度まで飛行し、辺りを見渡す。すると、右手の方に魔力光が上がっているのを確認する。

「見つけた!」

 すぐさま、そちらへ向かう。降下速度も合わさり、クロノは瞬く間に魔力光が上がった地点までの距離を縮めていく。距離が短くなるにつれ、目的の場所の光景がはっきりとわかるようになってくる。
 魔力光は現地の警備隊が放った射撃魔法だった。一条の光が黒い獣を消滅させるが、その間に別の獣が魔導師との距離を詰める。魔導師はその事に気づいてはいたが射撃動作の終わり際を狙われ、動く事が出来なず、身を硬くしているのが見えた。
 クロノは瞬時に、遠隔でフィールドを魔導師の周囲に展開。魔導師を覆った結界が獣の爪を阻み、体ごと弾き飛ばした。それで怯んだのか、獣はそのまま後退していく。それを見送ってから、クロノは魔導師と獣の間に割り込むように地に降り立った。

「き、君は………?」
「時空管理局執務官クロノ=ハラオウンだ。緊急時につき、指揮を取らせてもらいたい」
「執務………?りょ、了解しました」
「現在の状況は?」
「この侵食空間が発生してから自分の部隊は分散して防衛ラインを形成しておりました。が、あの黒い獣は倒しても倒しても出現するので押し込まれてきています」
「わかった。君は部隊に合流してそのまま下がってくれ。防衛ラインを維持するより、残った市民の避難を優先するように」
「あの、執務官殿は………?」
「僕は………」

 そこでクロノは言葉を切る。どうしたのかと怪訝に思った魔導師が視線を奥にやり、言葉を失う。
 その先は先ほど獣が逃げていった方向。そこから通路を埋め尽くすような数の獣が姿を現した。

「早く行け。ここは僕が抑える」
「し、しかし」
「大丈夫だ」

 黒の杖を水平に振り払い、クロノが獣を待ち受ける。その姿に押されるように魔導師はその場を立ち去っていく。その気配が遠ざかっていくのを肩越しに見送ってからクロノはS2Uに呼びかける。

「実戦での使用は初めてだが、頼むぞS2U」

 S2Uの先端の宝玉が淡く輝いて主の言葉に答える。その輝きに群がるように獣がクロノに一斉に飛び掛ってくる。
 クロノは上空に飛び上がってそれをやり過ごす。獣からすれば突如、クロノの姿が掻き消えたように見えただろう。戸惑ったように動きを止め、首を左右に振ろうとしたところで、クロノの攻撃は既に放たれていた。

『Stinger Ray』

 S2Uから放たれた高速直射弾が飛び掛ってきた獣全てを撃ち砕く。獣が完全に消滅するのを見届けてからクロノは路地から大通りへと移動を開始する。
 路地を出た途端、あちこちでうろついていたケモノが一斉にクロノを見上げる。それから、周囲の建物の壁を伝って宙にいるクロノ目掛けて襲い掛かってくる。

「───────────」

 クロノは、獣達がどの速度でどの角度から襲い掛かってくるのかを全て認識し、それを撃ち抜くイメージを思い描きながら魔法を紡ぐ。それらが全て合致したところでクロノはS2Uを一閃した。

『Stinger Snipe』

 先端から放たれた魔力光弾がクロノの周囲を旋回する。その通り道にいた獣はその光弾に射抜かれ、瞬く間に撃墜されていく。

「………試運転の時にも感じていたが、処理能力と出力が大分上がっているな」

 二度の魔法行使でクロノは新しいデバイスの感触を肌で感じ取る。初めて使うというのにもう何年も使い込んでいるかのように実に馴染んでいる。

「頼もしい限りだ」

 そう言ってクロノは眼下に視線を下ろす。先に一掃したよりも多くの獣が集まり始めていた。クロノはそれらを導くように飛行、その場から一番近いハイウェイに降り立った。この場所なら周囲への被害は出にくく、広さもあるので待ち受けるには丁度よかった。
 獣がハイウェイの柱を塗り替えるようによじ登ってくる。周囲はあっというまに数十の獣で埋め尽くされた。

「一体どこから沸いてきたのか知らないが………」

 クロノがS2Uを突き出す。その先端に強大な魔力が収束していく。その感触から魔法が以前よりも強く形作られるのを感じる。

「僕の新しい相棒は少しやんちゃだ。相手をするのは大変だぞ」

 そう不敵に笑って、クロノはブレイズキャノンを密集している獣たちの群れに解き放った。









 クロノと別れたなのはは、気を失ったままの子供を抱きかかえて侵食空間から遠ざかるように飛行する。皆、避難はしているだろうから少なくともそちらに向かえば誰かしら人はいる筈と言う考えからだった。

「あっ!」

 そして、その考えは的中した。行く手の方向から射撃魔法と思しき光が見える。そちらに向かうとやはり獣と交戦中の警備隊の姿があった。

「レイジングハート!」
『Accel Shooter』

 なのはの指示にレイジングハートがカートリッジをロード、形成された誘導操作弾が警備隊に襲い掛かっていた獣を撃ち砕いていく。
 獣が一掃され、周囲の安全を確認してからなのはが警備隊の前に降り立つ。

「あの、大丈夫ですか?」
「君は………?」
「えっと、時空管理局の武装局員、高町なのはです」
「管理局の………すまない、助かった」
「あ、いえいえ、大したことではー」

 警備隊の隊長と思われる男が礼を述べる。それに少し慌てながらなのはが腕の中の子供を警備隊の一人に手渡して、隊長に向き直る。

「それで、今クロノ君、じゃなくて、クロノ執務官から市民の避難を優先するようにって指示を貰っているんですが………」
「ああ、そうしたいのは山々なのだが、このラインだけは支えないと市民の安全が確保できない。すまないが協力してもらえないだろうか」
「……わかりました」

 本当ならすぐにでもクロノのところに向かいたかったが、致し方ない。クロノも市民の安全を優先するように言っていたのでなのはは防衛ラインの維持に努める事にした。

「中央は私が守ります。皆さんは左右をお願いします」
「う、うむ。頼んだぞ」

 何か少女の有無を言わさぬ気迫に押されながら隊長は部隊を展開する。左右に広がるラインから一歩突き出るような位置でなのはは敵を待ち構える。

「レイジングハート。とにかく手数で押していくからね」
『All right』

 とにかく敵の数が多いのだ。なおかつ、ここは市街地であり威力の高すぎる砲撃は使えば大きな被害が出る。だから、手早く敵を片付けるには手数が必要だった。

『It comes』
「いくよ!」

 なのはの周囲に魔力球が生成される。それをコントロールしながら、正面の敵に対してはレイジングハートから直射弾を連発して撃ち抜いていく。

「な、なんだあれは………」

 それを遠めに見た警備隊は唖然とするしかない。彼らの目になのはの攻撃は桜色の光が闇を裂くように縦横無尽に駆け回っているように見えた。ただ一人で敵を圧倒する弾幕を放つ少女によって見る見るうちに敵のラインが押し込まれていく。

「いける……いけるぞ!」
「彼女に続け!!こっちも押し上げるぞ!!」

 その奮戦に警備隊の士気が上がる。矛先を揃え、放たれた射撃が獣を貫いていく。そうして、怯んだ獣は後退していき、なのはを頂点とするように警備隊の防衛ラインも徐々に押しあがっていく。

「逃すか!」
「待て!深追いはするな!」

 大勢を立て直そうと背を向けて下がる獣。が、警備隊とは反対の、真正面から射撃魔法を撃ち込まれ、仰け反り倒れそのまま消滅していく。それは獣を追おうとした警備隊の物でもなのはの物でもない。

「あれは………」

 正面からやってくる集団。それはこの防衛ラインよりも前で戦っていた別の警備隊であった。

「おお、無事だったか!」
「ようやく合流できた………」
「しかし、よくここまで戻ってこれたな」
「ええ。今、最前線で管理局の執務官が敵を引き付けているので、戻ってくる事が出来ました」
「───すいません」

 部隊の隊長同士の会話になのはが割って入る。隊長二人が振り返ると先ほどよりも気迫───怒気を孕んだような少女がそこにいた。

「今から、その執務官を援護に行きます。皆さんはここの防衛に専念してください」
「あ、ああ。わかった」

 隊長がそう言うと、なのはは返事も返さず、飛び立っていく。それを見送る部隊の目にはその方向からまたも無数の光が飛び交うのが見えた。









「ふっ!」

 飛び掛ってくる獣にクロノは左手に召喚したデュランダルを逆手に持って跳ね上げる。強かに顎を打ち上げられ、獣の体が一瞬浮き上がり、その腹部にS2Uを突き刺し、ゼロ距離からスティンガーレイを叩き込む。
 その背後から別の獣が接近してくる。クロノは振り向きもしない。左手のデュランダルを逆手のまま引き戻し、背後に突き出し、スティンガーレイを発射。頭部を撃ち抜かれた獣はそのまま霧散して消滅した。
 それと同時にデュランダルを握り直し、S2Uを持つ右腕と交差させる。S2Uとデュランダルの先端がともに魔力の光で輝きだす。

『『Stinger Snipe』』

 両腕を振り払う。交差しながら放たれた二条の光弾が旋風のように獣を薙ぎ倒していく。その風が吹き去った後、全ての敵が一掃されたように見えた。
 だが、どこから沸いてきたのだろうか。黒の獣たちはさも先ほどまでそこにいたかのようにまた姿を現した。

「全くきりが無いな……」

 倒しても倒しても無尽蔵に現われる敵。それはいつかの要塞型ロストロギアの事件の時の戦いを思い出させた。
 そういえば、確かに似ているかもしれない。突然の出来事、未知の敵、一人で敵陣にいるこの状況。どこか、あの時の事を髣髴とさせた。
 けれど、違う。あの時とは全く違う。クロノにはあの時のような悲壮は欠片も無かった。
 あの時は死ぬつもりで戦った。けど、今はそんなつもりは毛頭無い。
 右手を握る。その手にはあの時、置き捨ててきた半身の名を告ぐデバイスがある。
 そして、何より──────────。

「………」

 クロノを飲み込むように、獣達が包囲の輪を縮めていく。対して、クロノは何かを待つように動かない。それを好機と見たのか、獣たちが一斉にクロノに襲い掛かってきた。
 それを。

「シューーーートッ!!」

 天より降り注いだ桜色の閃光が遮った。

「───────────」

 数多に降り注ぐ光。その光に目を細めながらクロノが空を見上げる。空には白の装束に身を包んだ少女がいて、ゆっくりと自分のところに降りたってきた。

「なのは」

 戻ってきたなのはに笑いかける。ところがなのはは不機嫌そうにクロノを上目で睨みつけた。

「?どうかしたのか」
「クロノ君」

 不思議そうに問いかけるクロノになのはは険のある声で問い詰める。

「無茶しないって言ったよね?」
「ああ、言ったが」
「なら、なんで一人で戦ってたの?」

 ああ、とクロノは得心する。それからさも当然のように言った。

「あれくらい無理じゃないさ」
「一人じゃ危ないよ」
「そうでもない」
「なんで、そう言い切れるの?」

 それはあの時とは違うから。

「君が来てくれるとわかっていたから。だから無茶じゃない」

 ─────なのはがいてくれるから。

「───────────」

 その言葉になのはは瞬きをした後、顔を赤くしてなんだか複雑そうな顔で頬を膨らませる。唇を尖らせて、何か言いたげだが結局何も言えず、唸るばかりだ。

「───なのは。あれを」

 その顔をもう少し見たいと思わないでもなかったが、そんな状況でもない。クロノは視線をなのはから右のほうに向ける。それに促されるようになのはもそちらに顔を向けた。

「クロノ君、あれ………」
「あれが元凶、だろうな」

 クラナガンの遥か上空。
 そこに血の赤よりも深黒の星があった。
 その星が揺らめくたび、空はさらにその色を変えていく。脈打ち、流れ出た血が染み渡っていくように赤が空の青に混じって紫に染めていく。

「何かな、あれ………」
「わからない。だが、あれを止めない事にはこの事態は収まらないだろうな」

 クロノが黒の星の真下に視線を向ける。そこには星からしたり落ちたように無数の獣が群がっていた。

「あそこまで飛んでいく?」
「いや、さっき計算してみたがあれはかなりの高度にある。そこまで飛ぶには時間がかかるし、その高度を維持しながらの魔力行使は効率が悪すぎる」
「でも、ここからじゃ私でも届かないと思うよ?」
「ああ、だから何か手を────────」

 そこでクロノが言葉を切り、何かを思い出したような顔でレイジングハートとS2Uを見比べる。
 先の計算を思い出す。あの星は視認こそ出来るがそれは光量───あの闇のような黒に光とは矛盾しているが───のためで、それ自体は拳で握れるほど小さい。
 だとすれば───────────。

「………手はある」
「え?」
「なのは。あれをやろう。あれならここからでも十分に届く」
「───────────」

 そう言われてなのはも思い当たる。確かに『あれ』をやればあの星を撃ち抜く事が出来るだろう。
 しかし。

「で、でもあれ、危ないし………」
「だから練習してきただろう」
「その練習でもうまくいったのそんなになかったよ?」
「大丈夫」

 そう言ってクロノはなのはの肩に手を置く。それだけで不思議と心にあった迷いが晴れていくのを感じた。

「君となら、絶対に届く」
「───────うん」

 頷いて、クロノとなのはがデバイスの矛先を合わせる。二人で魔力を分け合い、なのはが狙いを定め、クロノが収束した魔力の圧縮を行い、二人で術式を編み上げていく。
 かつて、この魔法を放った時は身に余る過度の構築でクロノはその身を滅ぼしかけた。あの時は、なのはの無茶を通すためにクロノが無理をした。互いに大切だと思えるものを守るため、けれど互いに自分と相手を顧みなかった。
 けれど、あの時とは違う。

「シューティング」

 今度は二人、同じ想いで。

「スター」

 その魔法を完成させた。

「「ブレイカーーーーーーーーーッ!!!」

 流星が放たれ、一条の光が天を駆け、黒の星を貫いて空へと還る。その
流星が穿った紫の空の一点から雲間から差す日の光のように空がその青を見える。そこから一瞬にして霧が晴れるように紫の空は霧散して、空は元の色を取り戻した。

「─────」

 なのはは一瞬にして青に戻った空の明るさに目を眩ませながら、隣を振り返る。

「───ふぅ」

 そこにはクロノが突き出していたS2Uを下ろし、待機状態に戻していた。その姿に異常は見られない。そこでなのはの視線に気がついたクロノが微笑みかけてきた。

「───大丈夫。言っただろう?君となら届くって」
「………うん」

 安心したようになのはが頷く。と、そこでクロノがこめかみを押さえてふらりと上体を揺らした。

「クロノ君!?」
「……っと、大丈夫。………まだ少し連携が甘かったみたいだな。魔力の構築と放出で立ち眩んだだけだよ。少し休めば直る」

 言いながらクロノが腰を下ろす。それに合わせて腰を下ろしたなのはは心配そうにクロノを見つめ、何かを考え込んでから誰もいないとわかっていないとわかっていながら周囲を窺う。
 そして───────────。

「──────えいっ」

 クロノの頭を掴んで自分の膝の上に置いた。

「な、なのはっ?」
「えっと、ク、クロノ君お疲れだから休まなきゃいけないから………」

 そう言って俯くなのはの頬を赤い。けど、手は押さえつけると言うには程遠すぎるがしっかりとクロノの頭に添えられている。それに苦笑しながら、クロノは静かに目を閉じる。

「───ああ。なら少しだけ休むとしよう」

 そうして、二人は部隊から念話が届くまでそうして身を休めた。






 このクラナガンで突如発生した侵食空間で一時とはいえ首都機能の一部は完全に停止。結局、原因も掴めなかった異常事態ではあったが、それに対しての人的被害は極端に少なかった。
 そして、この事件に居合わせ、迅速な解決へと導いた執務官の少年と武装局員の少女は『管理局の黒と白』と称され、その名を広める事になる。









 おまけ

「やー、大活躍だったみたいだねー」
「事件あってのことだ。喜ぶような事じゃない」

 事件が一段落し、落ち着いた頃に話しを聞きつけたエイミィがからかうように言う。対して仏頂面で淡々と言葉を返すクロノに一緒についてきていたフェイトが苦笑を浮かべる。

「でも、あんな風になのはちゃんと二人で活躍して悪い気持ちじゃないでしょ?まー、そのおかげで今度から二人で管理局歩きにくくなるんじゃないかなー?」
「………そんな事は無いと思うが」
「いま、一瞬開いた間はなんなのかな?」
「ところで、クロノ。気になる事があるんだけど」
「なんだ、フェイト」
「その日、なんでクラナガンにいたの?」

 その全く悪気も悪意も無い、単に疑問を疑問と思い、問われた問いにクロノは動きを止める。

「………そういえば、そうねぇ。その日は用事があるって聞いてたけど、なんでなのはちゃんと一緒にクラナガンに?」
「なのはもその日は用事あるって言って、どこかに出かけてたみたいだけど」

 言えない。この間のデバイスの購入に付き合わせた埋め合わせにかなり勇気を振り絞ってデートに誘い、三日三晩デートコースを練り上げて、たまたまその最中に事件に巻き込まれたなどとは口が裂けてもいえなかった。

「………クロノくーん?ちょっと、お話聞かせてもらえるかな?」

 そのどこかで聞いた事のある言葉に恐ろしさを感じながら、クロノはどうこの場を切り抜けるか、必死に考えるのだった。







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