リリカルなのは SS

                    エレナとナイツ

 その知らせを知ったのは獄中に送られた手紙からだった。

「そうか。死んだのか、あいつは」

 事実を噛み締めるようにエレナはそう呟いた。衝撃はそれほど受けてはいない。ただただ、意外だった。死に急いでいるわけでも、死にそうにも思えなかった彼女が死んだと言う事に。

「…………クレア・アンビション」

 その名を呟く。自分とその仲間を利用し裏切った女。だが、彼女に対してエレナはそれほど憎しみを抱いてはいなかった。
 復讐のためにという事こそ嘘だったが、クレアの想いは確かに純粋だった。それがどう純粋だったのかは見抜けなかったが、だからこそエレナはクレアを自分の旗下に入れたのだ。

「嫌いではなかったぞ、お前の事は」

 そう言って、エレナは静かに読んだ手紙を折りたたんだ。










 四年後

「あれか」

 そう言ってエレナは眼下にある施設を見下ろした。真夜中だというのに、ほとんど光を漏らさず、闇にまぎれる様に施設はあった。
 そこは量産型カートリッジシステムの生産工場。近年、その効力と危険性で管理局を脅かした技術を流出させた組織の最後のアジトである。

「先の任務の時で、あれだけ叩いたというのに。根は残るものだな」
「そうだよなぁ。あん時の隊長といったら破壊神と見紛うばかりの暴れっぷりだったってのに」

 自分の言葉に続いた人物をジロリと睨む。その人物──フォックス・スターレンスは動じた様子も無くエレナに尋ねる。

「で、隊長。取り逃した敵の首領を探すこと三ヶ月。その間に回った次元世界は十四つ。そのほとんどが空回りで書く内容も無い報告書の枚数は思い出したくもないが、ようやく見つけた訳だがどうすんだ?」

 今、自分達がついている任務はあくまで捜索だ。確実を期するなら増援を呼んだ方がいい。

「いや、増援は待たない。このまま敵を叩き潰す」

 だが、この隊長は思ったとおりの事を言った。フォックスは何も言わず、肩をすくめる。その代わりのように、巨漢の男──マキシム・アイオーンが尋ねた。

「隊長。よろしいでしょうか?」
「なんだ。マキシム・アイオーン」
「管理局に復帰して以来、就いた任務のほとんどがあのカートリッジシステム関連のものばかりです。今回も無理に押し通して任についたと聞いております。そこまでして、この任務に固執するのは如何な理由でしょうか?」

 尋ねられ、エレナはもう一度眼下の施設を見下ろす。そこにある彼女の残照を胸に思い、それを口にした。

「………死んだものには始末はつけられない。だから、私がその始末をつける。それは私の不始末でもあるからな。それが理由だ。不服か?」
「いえ、了解致しました」
「それでは目標の破壊に移る。作戦はいつもどおり。狼煙を上げた後、フォックスは遊撃、マキシムはその補佐。それを陽動に私が本命を叩く。いいな」
「りょーかい」
「承知」
「では配置につく。──────ロッド」

 そこでエレナは自分達から数歩離れたところで、デバイスの最終確認をしている黒ずくめの男────ロッド・ブラムに声をかける。

「狼煙を頼んだぞ」
「………」

 ロッドは頷いて答える。それを見届けてからエレナ達は飛び立ち。ロッドは先ほどエレナがしていたように施設を崖から見下ろした。

「………」

 そこから、距離と角度を読み取りながらロッドは静かに仲間達が配置に着くのを待つ。そうしながら、夜の闇の中。ここにいる事の意味を思った。









 ロッド・ブラムは両親の顔を知らない。彼が生まれた世界は戦争の最中で物心ついた頃には既に武器を握っていた。彼に与えられた役目は見張り。ただ一人で敵がやってくるのを眺め、それを味方に知らせた。故に言葉を発することは極端に少なかった。
そんなある時、彼は敵の部隊を発見し、これを報告。上官はこれに対策を練ろうとしたが敵は圧倒的に早く、作戦を立てる前に敵部隊は自軍を襲撃。瞬く間に殲滅させられてしまった。
 その中をロッドはなんとか生き延びた。敵が自軍の生き残りを掃討する中、一人息を潜めて難を逃れた。敵が掃討を終えて去るとロッドは隠れた場所から這い出たが、元々行くところも戻るところもなかった彼はその場所に留まることにした。
 一人蹲り、時間を過ごす。元々一人でいることには慣れていた。変わったことと言えば見張りの対象が無いことくらいだ。そうして彼はいくつかの夜を越えた。その内に残っていた食料も尽きたがそれでも彼はそうして過ごしていった。
 食料が尽きて数日経つと身体はもう動かなった。それでも習慣として辺りの気配を探っていたその時である。
 足音が聞こえた。それに反応して顔を上げた。そこには老年に差し掛かろうという男が黒の法衣を纏って立っていた。






 男は時空管理局の局員だった。彼はロッドを保護すると、身寄りの無かったロッドを引き取った。ブラムと言う名はその男から貰った名だ。
 養父も身寄りが無く、二人きりの暮らしが始まった。ロッドも寡黙だったが、養父となったブラム氏も寡黙で、それは静かな生活だった。それでも確かな人の営みがあり、時折休日にロッドに魔法の講義をしたり森に連れていって鳥の眺め方を教えていた。

 そんな生活は数年続き、なんの前触れもなく終わりを告げる。

 家にいたロッドに管理局の局員がやってきて、養父が任務で亡くなった事を告げた。それから何人もの人が家にやってきて、葬儀を進めてくれた。
 その様子を見ながらロッドは考える。養父は一体どんな人だったのだろうかと。
 一緒に暮らしていたが、ロッドは養父の事を何も知らなかった。おそらく養父もロッドの事をよく知らないだろう。他人から見ればとても空虚な関係に見えたかもしれないが二人にはそれで十分だった。
 ロッドは考える。一体養父はどんな場所で、何を見、何を得て、死んだ後ここに人を集めたのだろう。
 それを知るため、ロッドは養父が立っていた場所に足を踏み入れることを選ぶ事になる。








「………」

 養父が何を見て、何を得たのかを知るために入った時空管理局。そのためにだけに入った彼にとってリンカーコアに欠陥出来たことは障害でこそあれ、そこを去る理由にはならなかった。
 そうして、十年。今だ養父が立っていた場所は見えない。だから、彼の知ろうとしている事は見つかっていない。
 けれど。

『ロッド。各員配置についたぞ』

 エレナから念話が繋がる。ロッドは黒のコートから、カードを引き抜き自身のデバイスである『ヒドラ』を召喚する。
 その後を追う様に、空いた手でもう一枚のカードを手にし、それを前に放った。宙で粒子となったカードが一瞬にして広がりその姿を変える。
 そうしてロッドの目の前に長大な砲台が出現する。その砲台には細い穴があり、ロッドは鍵を差し込むようにヒドラをその穴に差し込み、その手から魔力を流し込んだ。
 低い唸りを上げながら稼動する砲台。砲身に魔力が走り、夜の闇に光を灯す。砲身の両脇がスライドし、二発の薬莢を吐き出すと唸りも光も最大限のものとなった。
 ロッドはリンカーコアの欠陥により、射撃魔法以外の魔法の構築が不可能になった。それ以外の魔法はデバイス等を使って構築を肩代わりしなくてはならない。念話のような初級の魔法ですらそれは例外ではない。
 故にこの長大な砲身はそのための長大さ。
 補助デバイス『ヒドラOver Dose』。ロッドの規格外の射撃魔法を砲撃魔法へと転換するためのデバイス。
 それは『ここ』にいるために得た力。養父が立っていた場所はまだ見えないけれど。

『ロッド』

 自分にはここにいる意味がある。

『狼煙を上げろ!!』

 引き金を引く。夜を裂く様に、光の砲弾が奔り闇に紛れた施設の中央を撃ち抜いた。










「な、なんだぁっ!?」

 突如起こった爆発に施設にいた人間達は混乱に陥った。施設の周りには探知結界が張っている。にも関わらずこれだけの砲撃を探知できない理由を彼らは理解できなかった。それもそうだろう。広域の結界のさらの外から届くような砲撃など常人の想像を超えている。

「くそっ!どこに火がついた!!早く消せ!!」
「工場の方には火を回すなよ!!この辺りが吹っ飛ぶぞ!!」

 混乱しながらも砲撃によって起こった出火を止めようとする。氷結魔法で火を止めようと、施設の魔導師が火元へと駆け走る。

「よっ」

 それを遮るように、彼らの目の前に細身の男と岩のような巨漢が立っていた。

「な、なんだお前ら!?」

 突如の砲撃の直後に、いつの間にか現れた二人にその場にいた彼ら以外の人間は狼狽した。その様子を気にした様子も無く、フォックスは隣にいるマキシムに尋ねた。

「マキシムよ。なんだお前ら、と聞かれたがやっぱここは答えてやるのが世の情けか?」
「必要は無いだろう。名乗る必要がある輩とは思えん」
「だな。野郎相手に名乗っても行が惜しい」
「………何の話だ?」
「ふ、ふざけやがって!!」

 まるで緊張感の無いその会話は砲撃で過敏になっていた男達の神経を逆撫でした。激昂して男達はデバイスをフォックス達に向ける。

「………少ないな。まだ周りにいんだろ。そっちの方、引っ掻き回してくるから、ここは頼んだぜ」
「承知」
「やっちまえ!!」

 十に近い攻撃魔法が放たれる。魔力の光が二人を覆い、爆発が高波のように二人を飲み込んだかのように見えた。

「やったか?」

 爆煙が立ち込めて敵の姿は見えない。それでもあれだけの攻撃だ。跡形も無く消し飛んでいるだろう。

「…………は?」

 だが、煙が晴れたその場所には盾を翳し、何事もなかったかのように佇むマキシムがいた。その姿のどこにも攻撃を受けた形跡など残してはいない。高波に飲まれて、濡れぬ道理など彼らは知らなかった。

「そんじゃま、あいつの相手よろしく頼むわ」

 呆然とする魔導師の肩をフォックスが叩く。ぎょっとなって振り返るがその時には既に自分の肩を叩いた相手の姿は消えていた。一瞬、幽霊にでも出くわしたかのような錯覚をその男は覚えた。
 その間にマキシムは『アイアス』のカートリッジをロード、盾の両側から二発の薬莢が飛び出した。盾の下部からスパイクが飛び出し、地に突き刺さる。同時に盾の両側からブースターが現れ、火を噴いた。
 マキシムが何をしようとしているのわからない男達は、それでもその何かに脅威を抱き、立て続けに魔法を連打する。しかし、そのどれもマキシムの障壁を突破する事は出来ない。その間に男達は危機を脱する時間を失った。
 マキシムが盾の裏側の取っ手を回す。地に穿たれたスパイクが引っ込み、ブースターの加速を止めるものが存在しなくなる。

「ボウリングストーン………ッ!!」

 瞬間、衝撃波すら伴い地を抉る勢いでマキシムの巨体がアイアスとともに突撃する。その暴走列車さながらの威圧感を感じると同時にその通り道にいた男達が吹き飛ばされた。
 その行く手を遮る事は、その場にいる誰にも出来なかった。









 マキシム・アイオーンは軍人の家系であり、近代では代々時空管理局に勤めている生粋の武装局員である。
 『選んだ道を貫き通せ』。それが彼の一族の家訓であった。その彼にとって、例えリンカーコアに障害を持つようになってしまったとしても選んだ道から逸れる事は選ぶことの無い選択であった。
 どんな目で見られようとも、訓練には出続けた。例え、任務に出る事がなくともいつ出動がかかってもいいように魔法を磨き続けた。自分の進む道を曲げないことに誇りを持とうとし続けた。

 同時に、その事しか出来ないことに忘れることの出来ない虚しさを胸に抱き続けた。

 それを拭ったのはある人物の下に就いてからだった。
 その人物は不屈だった。前に出ることしか知らず何度も躓き、倒れそうになりながらもそれでも前に出ることを止めなかった。
 その仲間も変わり者だらけだった。自分と同じリンカーコアに欠陥を持つ者達。だと言うのに、彼らと共に戦い続けているとただ守ることしか出来ない事が酷く尊い行為に思えた。
 何故ならその仲間達は自分を守る手段を持っていなかった。自分が果たすべき役割がある。その事に大きな充実感を覚えたのだ。
その事に確信を持ったのはある任務で戦闘に巻き込まれた子供達を救出する任務に就いた時だった。
 飛び交う魔弾。止むことの無い爆音。満ち溢れる殺意。
 そんな中をただの五人で敵中に突っ込み、救うべき命の元に走った。その役を自分は与えられたのだ。
 仲間達が敵を引きつけている間に、子供達の元に辿り着いた。それからはただ、ひたすら耐えるのみ。血を流し、傷つこうとも仲間達がやってくるまで彼は守りを崩すことは無かった。
 そうして、気がついたときには彼の周りにはいつの間にか仲間がやってきていた。それから、子供の一人が傷だらけの自分を見上げて「ありがとう」と言ってくれた。
 それまで得ることの無かった言葉。それを得させてくれた仲間。
 その時に思ったのだ。この道を貫き通すことは間違いでないと。
 故に彼はその道を行く。ただ、守ることしかできなくとも。そうする意味がここにはあった。











 フォックス・スターレンスは地方の権力者の息子だった。ただし、正妻ではなく妾の子供であり、兄弟の中で一番下の三男であった。そのため、正妻から嫌われ、親の感情が移った年の離れた兄弟とも反りが合わなかった。その母子のために父親も母親を遠ざけていた。そんな環境で育ったフォックスは自分一人の力で生きることを望み、管理局入りを決意する。
 管理局に入り、魔導師として訓練を始めたフォックスの才能は目覚しいものがあった。入局一年で正式に武装隊に配属、二年目を迎える頃にはAAランクの魔導師として優秀な成績を収めていた。執務官や捜査官としての資質も高くAAAランク入りも確実とされていたほどだ。
 そして優秀な分だけ危険な任務に就かされた。皮肉なことに優秀な分だけ危険を引き寄せ、彼はそれまで築き上げてきたものを失うことになる。
 闇の書事件。管理局でそう呼ばれる一つのロストロギアに関わる任務でリンカーコアに損傷を受け、正常な機能を失いフォックスは魔導師として一部の魔法しか使えない欠陥を持った。
 その事に告げられ激しいショックを受けた彼に悲報が告げられる。権力者であった父親が失脚したという知らせを受けたのだ。家財は無くなり、一家は離散。母は所在こそわかってはいたが、この数年で身体を壊していた。
 母を養えるのは自分しかいない。そのための費用はいままで溜め込んだ貯蓄だけでは足りない。新たな職を探す時間すら惜しい。だから、フォックスは魔導師として欠陥を抱えながらも管理局にい続けるしかなかった。
 そのためならなんでもやった。局員としての権利をうまく利用して子悪党どもから金を巻き上げた。無能な上司を揺すって金をせしめた。時には局の情報を売ることまでした。そのくらいしないと、任務に就くことが出来ないフォックスに母親を養うことなど出来なかった。
 そんな中でもフォックスは入局してから送っていた母親への手紙を欠かさなかった。送れば必ず返事が返ってくる。最近の返信には必ず『顔を見たい』との書かれていた。
 フォックスは何かと理由をつけて、それを避けた。母の願いはわかる。しかし手紙の内容ももう半分以上が嘘で固められ母を養うためとはいえ、汚れた事に手を染めた自分の顔を母親に見せたくなかった。
 そう躊躇っている間にその機会は永久に失われることになる。
 母親は壊した身体を治すが出来ずそのまま亡くなった。知らせはただ一本の電話。結局フォックスは顔をあわせるだけでなく死に目を見届ける事も出来なかった。
 それからフォックスは最も荒んだ時期を送る。酒も飲めば、女にも手を出し、気に食わなければ誰彼構わず喧嘩を売った。それにも飽きてくると、満たされることのない乾いた日々を過ごし出す。
 そんなある日のことだった。彼の目の前に、執務官になったばかりの少女がやってきたのは。
 その女は自分の人生を狂わせた闇の書の主の娘だった。それを聞いた瞬間、その少女の胸倉を掴んだが、少女は怯む事無くこう言った。

『お前の憎しみは闇の書と巡り合うまで引き受けてやる。だからそれまで私に付き従え。お前がいることの意味を作ってやる』

 そう言って、その少女はフォックスの許可を得ることも無く彼を自分の旗下に入れた。気がつけば、自分と同じようにリンカーコアに欠陥を持った奴らが揃っていた。
 それ以上に唖然としたのは少女の無鉄砲さだった。自分達のような厄介者を預かったからには何か明確なビジョンでもあるかと思えば、問題に当たってから対処するのが常だった。それに身の危険を感じて、自分から問題の対策を練るようになり、気がつけば面倒な厄介ごとを任されるようになっていた。
 やれやれと頭を抱えつつ、苦笑する。そうしてリンカーコアに欠陥を持ってから笑った覚えなど無い自分がいつの間にか笑えている事に気がついた。
 面倒なことでも、やれることを与えられるなら、悪くはないと。そう思ってフォックスはもう一度笑った。











「ヒャッホゥー!!」

 愉快気に叫びながら、魔導師達の頭上を飛び越える。着地点に人がいたので顔を踏んづけて足場にしてやる。怒った魔導師が射撃魔法を放つがかすりもしなかった。
 フォックスは施設を飛び回り、周囲の魔導師にちょっかいを出し続けた。尻に蹴りをいれて逃げ、大声で驚かせては逃げ、相手の膝の裏を膝で折っては逃げと、いらずら小僧と変わらないレベルで相手をおちょくり続けた。おちょくられた方は激昂してフォックスを追い回す。

「野郎に追われても嬉しくねぇんだがなぁ」

 女がいればスカートの一つも捲って追いかけられたい所だ。管理局の白い悪魔やヴォルケンリッターらにその類の事をして死に掛けた事を思い返しつつ、フォックスは高速で飛行し続ける。

「この、待ちやがれ!!」
「くそ!!蝿みたいに飛び交いやがって!!」

 その言葉にフォックスの片眉が上がる。そうして、計算する。場所も悪くない。ここらでいいだろうと思い、フォックスは迂闊な事を言った敵に後悔を与えるために砂塵を上げながら着地した。

「誰が蝿だ、コラ」

 突如止まったフォックスに戸惑う魔導師達を睨みながら、身を伏せていると思わせる程に膝を折って身を低くする。それは跳躍する獣に似ていた。

「俺は───────」

 その姿勢を取るとカートリッジをロード。両足に装着した『スピードスター』からそれぞれ一つずつ薬莢が飛び出した。内部に魔力が走り、スピードスターの所々が淡く発光する。

『Jumping Star』

 魔力を解放すると同時にフォックスは獲物に襲い掛かる鷹の様に飛び掛り、反応も出来ない魔導師の胸に左足で蹴りを叩き込んだ。
 その反動の利用と飛行魔法の制御で右手に飛ぶ。その方向にいた魔導師の顔を右足で踏み抜く。それと同時に先と同じようにして逆に飛び、次の相手に蹴りかかる。
 跳ねる。
 跳ねる。
 跳ねる。
 跳ねる。
 跳ねる。
 跳ねる。
 跳ねる。
 跳ねる。
 跳ねる。
 跳ねる。
 瞬く間に十二人の魔導師を蹴り倒し、目の前の光景を理解できない───先ほどフォックスを蝿呼ばわりした魔導師の眼前で大きく足を振り上げる。

「─────『ナイツ』だ」

 言葉と共に雷の一閃。魔力による加速と加重を加えられた踵落としに魔導師は、痛みを感じる暇もなく意識を失った。

「っと」

 フォックスは男の身体が倒れきる前に、胸を蹴って飛び退り宙で反転して着地する。それに合わせるように背後の建物の壁が崩壊した。振り返るとよく知った仲間の姿があった。

「おう、お帰り」
「うむ」

 壁を突き破ってやってきたマキシムに手を振ってやると律儀に頷いてくれた。

「土産は?」
「それなりに。だがお前ほどではないだろう。何故なら」

 マキシムが言い切る前にいくつもの足音も迫ってきた。周りを見れば、憤怒の表情を浮かべた魔導師たちが数十名こちらを睨んでいた。

「私はお前ほど人を怒らせるのに長けていない」

 その様を見てからマキシムは途切れた言葉の続きを言った。

「ここまでだ、散々引っかき回してくれやがって!!」

 魔導師たちが一斉にデバイスをフォックスとマキシムに向ける。だが、二人は慌てた様子もない。それどころかフォックスはまぁまぁと自分達を囲む魔導師に声をかけた。

「まあ、待て。少しだけ待て。そしたら、サプライズがあるぜ?」
「あんだと?」
「3」
「おい、何のつもりだ」
「2」
「ふざけてんじゃねぇぞ」
「1」
「ええい、構うか!!やっちまえ!!」
「0」

 フォックスの言葉と共に数人の魔導師が糸が切れたように倒れ伏した。何事かと疑問に思う間にまた数人の魔導師が倒れる。疑問を確かめるために周りを見回す間にまた数人。理解できない現象に恐慌が走るまでにはもう一発で十分だった。

「………」

 現象の正体は、目視も出来ない距離から放たれた銃弾。彼らは狙いが定めやすい広場まで誘き寄せられていたのだ。遮蔽物さえなければその距離はロッドにとって困難な距離ではなかった。

「な、驚いただろ?」

 からかうように笑いながらフォックスが狼狽している魔導師たちに蹴りかかる。マキシムが盾を叩きつけて吹き飛ばす。その間にもロッドの銃弾が敵を射抜いた。
 そうして、その場の敵を殲滅するのに十分と掛からなかった。

「ほいっと。終了っと」

 パンパンと手を払ってフォックスは腰に手を当てる。マキシムは空になったマガジンを捨てて、新しいマガジンを装填していた。

「もう大半は潰しただろ?必要ねぇんじゃねぇの?」
「何があるか、わからん。備えは必要だ」

 その生真面目さに笑ってから、フォックスは自分達がいる区域とは逆の方を眺める。

「さーて、我らが隊長はうまくやっているのかね?」










「がっ!!」

 遭遇から僅かに五秒。相手の鳩尾を撃ち抜き、意識を失わせる。それを確認してからエレナは『プレッジ』を引き戻す。その後を追うように男はゆっくりと崩れ落ちた。

「ここまでで遭遇したのは三人。思ったより少ないな」

 派手な砲撃にあからさまな程に姿を晒したフォックス達の役目はあくまで陽動。目的である敵の首領の拿捕がエレナの役目だ。それは目前に迫っていた。

「ここか」

 事前に得た情報では、目の前のこの場所に敵の首領はいると聞いている。既に逃げた可能性もあるが、フォックス達が相手に姿を晒した事を考えれば遭遇を恐れて留まっている可能性もある。

「スゥーーーーー・・・・・・・・・」

 両手に握った二つのデバイスを構えて、姿勢を低くする。

「ハッ!!」

 そして、跳躍。引き絞り、放つようにして突き出した『プラミス』が建物の扉を粉砕した。
 逃げた可能性も留まっている可能性もある。いずれにしろ、エレナはなんの躊躇も間もなくその建物へ突入した。

「な、なんがはっ!!」

 中にいた男が吹き飛んだ扉に目を丸くする。その間に、突撃した勢いのまま、間合いを詰めたエレナが男の鼻っ柱にプレッジで一撃を叩き込む。隣にいた男が一瞬呆然とした後、エレナにデバイスを向けようとするが、それよりも早く身を切り替えしプラミスを側頭部に叩き込む。それを見届けてからエレナは周りを見渡した。
 それなりの広さを持つ玄関ホール。正面には奥へと続く扉。左右には二階への階段がある。どちらに向かうか一瞬考え、目の前最短距離の正面の扉を選び、駆け出す。
 そこで、扉が開きデバイスを構えた魔導師が数人現れる。

「邪魔だぁっ!!」

 敵が魔法を放つより早く踏み込む。そうして自身がもっとも得意とする魔法を解き放った。

『Pile Banker』

 突き出される先端。先頭にいた魔導師がその一撃に吹き飛ばされ、余った衝撃で後ろにいた仲間を全員巻き込んだ。エレナの歩みを一歩たりとも止められなかった彼らはそのまま床に転がり、踏んづけられて気を失った。
 それは誰が止めに入っても、同じだった。誰も彼もがエレナに立ち向かい、その進撃をとめることなく倒れていく。
 そして。

「見つけたぞ」

 建物の中央ホール。その場所に上等のスーツとコートを羽織った男を見つけた。周りには数人の魔導師が男を護衛している。

「バル・リカルドだな。量産型カートリッジシステム技術の流出、それによる不当な収入、それにまつわるその他の容疑で貴様を逮捕する」

 デバイスを向ける。対して敵の首領、バル・リカルドは動じない。それどころかエレナの顔を見ると可笑しそうに笑った。

「何が可笑しい」
「いやいや、まさか顔をあわせることになるとは思わなかったからな。エレナ・エルリード」

 名を呼ばれた事に、エレナが目を細める。目の前の男は『彼女』と繋がっていた。ならば、自分のことを知っていたとしてもおかしくはなかった。

「あいつから聞かされたか?」
「ああ。頭の固くて利用しやすそうだってよ」
「・・・・・・・・・」
「ま、あの計画が失敗したんだから、そこまで使える訳じゃなかったみたいだけどな」
「・・・・・・・・・・・・」
「しかし、そりゃしょうがねぇよな!計画考えた女自体が使えなかったんだからな!!使えないもの同士が集まったって何が出来るわけもねえよな!!ああ、ああ!そういや、あんた、欠陥品ばっか集めてるんだってな。使えないもの同士気があったのか!?」
「・・・・・・くたばりたいようだな」

 エレナが構える。それをからかうような視線で見てからバルは口を開いた。

「ああ、そうそう。そういやもうひとつ、あいつが言ってた事がある」
「何?」
「あんた、搦め手に弱そうだってな」

 その瞬間、エレナを押しつぶすような重圧が襲った。


「っ!?」

 身が沈み、膝が折れそうになる。必死に抵抗し倒れるのだけは防いだが、それで精一杯だった。

「これ、はっ!?」
「上見てみな。上」

 重圧に逆らってぎりぎりと顔を上げる。その視線の先、天井に紫色の宝石が設置されており、鈍い光を放っていた。

「侵入者対策の重力系バインド発生装置。あいつが設計して、未完成だったのを俺が完成させたのよ」
「・・・・・・・・・」
「あれだけじゃない。量産型カートリッジシステム。あいつに関わったものは全て俺のもんだ。あんたもだ。あんたを盾にこの場は逃げさしてもらうぜ。生産技術さえ抑えておけば俺はいくらでも這い上がって見せる」
「──────フッ」

 バルの言葉に、エレナは潰れそうな重圧の中にも関わらず、薄く笑った。

「・・・・・・てめぇ、何がおかしい」
「大の、男が、随分と、恥ずかしいことを、言っていると、思って、な」
「なにぃ?」
「あいつが、関わったものを、利用して、這い上がった。つまり、裏を返せば、あいつが、いなければ、何も、出来なかったと、言うことだ」
「───っ!」
「大した、子悪党、だな。貴様」
「てめぇ!!」

 怒りに我を忘れたバルがデバイスを召還し、エレナに向ける。見れば、先端近くにマガジンが付いている事から量産型のカートリッジシステムである事が見て取れた。この状態で受ければただではすまない。少しでも防ごうと魔力を引き上げるが、頭上からの重圧に思うように魔力をコントロール出来なかった。

「死ね!」

 バルのデバイスの先端に魔力が収束する。それが限界まで膨れ上がり、正にエレナに放たれようとしたその時だった。

「─────────────────────あ?」

 突然、バルの放とうとした魔力が急速に萎み、霧散する。エレナが何事かと疑問に思っていると、これもまた突然に身体にかかっていた重圧が消え去った。その異変にバル達が驚いていると、彼を護衛していた魔導師達がバインドに拘束される。

「な、なんだってんだ!?」

 立て続けに起こる不可解な出来事にバルが狼狽する。

『本当に手を加えないで、作っちゃったんですねぇ。マスター認証まで変更されてないじゃないですか』

 そこに冷や水をかけるように、聞き覚えのある念話が繋がった。

「───────────!?」

 驚くバルの目の前で魔法陣が展開する。その中央から浮かび上がるように一人の女性の姿。そこに現れたのは顔をあわせなかった年月の長さこそ感じさせるが、見間違えもない女の姿だった。

「クレア!?てめぇ、生きてやがったのか!?」
「お久しぶりですね。バル」

 変わらぬ、いや以前よりも柔らかくたおやかな笑みを浮かべたクレア・アンビションがそこにいた。
 その笑みをエレナにも向ける。エレナはクレアの顔を見るとそれこそ幽霊にでもあったかのような顔を浮かべていた。それをおかしく思いつつ、数年ぶりに声をかける。

「隊長も。お久しぶりです」
「─────眼鏡、外したのか」

 思わず、横にずっこけそうになる。いや、確かに眼鏡からコンタクトに切り替えましたが。

「四年ぶりにあって第一声がそれですかっ!?。生きていたのか!?とかそういうお約束の台詞じゃなく!そこの小悪党みたいに」
「───フンっ。そう簡単に死ぬような奴ではないと思っていたからな。生きていないほうが不自然だ。だから眼鏡の方が不思議だ。クレア・アンビション」
「そうは言いますけど、これでも本当に死に掛けたんですよ?─────それと、今はその名を名乗っていません。今はアレク・シュツルムヘイムと名乗っています」

 何故かうっとりとした感じになるクレアにエレナが首を傾げる。

「男みたいな名前だな。───────それと奇遇だな。この施設の場所の情報提供者の名前が確かそんな名前だったぞ」
「あら、それは偶然」
「さらに奇遇なことにな。私達のデバイスの技術提供者の名前も同じ名前だったぞ」

 管理局に復帰してしばらくしての事だった。突如、名も知らぬ技術者から自分とナイツ達のデバイスを強化させるための設計図が送られてきた。それは、各々の欠点─────マキシム、フォックスならば個々の攻撃能力の低さ、ロッドならば超長距離射程を有しながら射撃魔法のみしか使えないこと──────をフォローするための物で、余程自分たちのことを熟知してなければ考え付くものではない。実際、不審に思いながらも製作されたそれらの使い勝手は以前より明らかに増していた。
 それも、目の前の人物が答えならば簡単に納得がいった。

「あらあら、すごい偶然もあるものですねぇ」

 しかし、その人物は変わらぬ笑みで答えを濁した。追求しなくてはならない事ではない。エレナはそれ以上何も言わなかった。

「てめぇ!!クレア、何しにきやがった!!」

 バルが業を煮やしたように叫ぶ。それとは正反対に落ち着いた様子のクレアはさも当然のように言った。

「決まってます。カートリッジシステムの技術を返して貰いに来ました」
「なっ!?」
「いや、確かに貴方に預けた技術ではあるのですけどね。最近のものを回収したんですがビックリしましたよ。酷い粗悪品。ここまで質を悪化させているとは思いませんでしたよ。──────人に預けたとはいえ、自分の子供。不当な扱いを受けているのならば取り返したくなるのが親心です」
「ふ、ふざけ」
「ふざけてません。真剣です」

 言い切れられて、バルは言葉を失う。わなわなと震えるが、感情を表す言葉を彼は見つけられなかった。

「────────さて」

 痺れを切らしたようにエレナが一歩踏み出す。

「貴様、さっき色々と言ってくれたな」

 エレナがバルに歩み寄る。怯えて、バルは一歩後ずさるがそれ以上は眼光に射抜かれて動けなかった。

「私のことはいい。確かに頭が固いし使いづらい。不快だが事実として受け止められる」

 右手を伸ばす。バルにはエレナが手にしたデバイスが裁きの鉄槌に見えた。

「───────だが、我が誇り高きナイツ達を侮辱した事は許せん」
「う、うわあぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 恐怖し、理性を失ったバルがエレナに射撃魔法を放つ。エレナはそれをプラミスを突き出して粉砕する。突き出された右腕はそのままバルの腹部を撃ち抜いた。

「っが!!?」

 身体中の空気が吐き出される感覚。一瞬にして呼吸を不可能にさせられたバルの身体はそのまま右手一本で持ち上げられる。

『Pile Banker』

 衝撃が突き上げ、バルの身体が高々と撃ち上がる。バルの身体は天井に設置された紫の宝石を砕き、勢いのまま天井にめり込んだ。
 それを見届けてからエレナは腕を下ろす。プラミスの先端が元の位置に戻り、魔力の残照を吐き出した。

「──────死んでないですよね?あれ」

 捕まえるのが警察の仕事だろうに、と困ったように尋ねるクレアにエレナはさも当然のように答えた。

「当然だ。加減はしてある」












「ここです」

 バルを捕縛したエレナとクレアは中央よりさらに奥に進んだ。そここそがバルの組織の最後の拠点、量産型カートリッジシステムの生産工場だった。

「あれはデバイスへの互換性はそれこそ簡易ですが、並みの技術者ではその機構を流用することは出来ないでしょう。ここを潰せば、今出回っている以上は広まらないでしょう」

 そう言うクレアの心情は複雑なものがある。もう、人の手に渡すべきものではないとは言え、自分が作り出した技術だ。それをこれから壊すとなると忍びないものがあった。

「なるほど」

 が、そんなクレアの心情を知らないエレナは単純明快に言った。

「ならば、全て吹き飛ばせば終わりという事だな」
「───────────え」

 エレナが魔力を高める。その高さにクレアはエレナが何をしようとするのかを察した。

「ちょ、ちょっと、まさかあれを!?」

 慌てるクレアを余所に、エレナはプラミスとプレッジの先端を拳を突き合わせるようにして合わせる。合わさった先端部分を繋げる為に接続具が構築され、その身を一つにした。

「プラミス、プレッジ。デュアル・インパクトフォルム」

 それは大魔力の放出を苦手とするエレナの欠点を補うために作られた機能。隙の多さ、魔力の収束時間の長さ、長大となる事でエレナの武器である手数の多さを封じてしまうなどの欠点を多く抱えるが、最大出力だけならカートリッジのブーストにも劣らない。
 それをエレナは魔力の溜まり場であるカートリッジ生産工場に放とうとしている。

「わかってます!?それ、ぶっ放したらどうなるかわかってます!?」
「我が一撃は、裁きの一撃」

 デバイスに紫電が奔る。それは絡み合い、互いを喰らって大きくなり巨大な雷光をデバイスに纏わせた。

「って全く聞いてないー!?」
「隊長ー、遅れたぜー」
「遅くなりました」

 そこにひょっこり姿を現す事態を把握しきっていない者が二名。

「逃げてー!むしろ、止めてー!!」
「む、貴様、クレアか」
「あ?お前、眼鏡外したの?眼鏡が無い方が可愛いと─────」
「パイルバンカー」

 槍を投げるように身体を限界まで捻り上げる。そして、デバイスに纏った雷光を投げ飛ばす勢いで腕を伸ばし突き出した。

「ジャッチメント・ストライク!!!!!!」

 放たれる光の一撃が工場へと放たれる。その一瞬後、夜を白い閃光が照らした。

「……………………」

 施設を見下ろしていたロッドが、そこから巨大な爆発を見たのは同時間だったのは言うまでも無かった。









 瓦礫だらけの場所。その僅か前までここに建造物があったなどその場にいた人間以外信じないだろう場所。

「ゲホッ!ゲホッ!」

 その瓦礫の中からフォックスとマキシム、クレアが姿を現した。

「なんとか助かりましたね。貴方の盾と私の結界でなんとかなるレベルでしたけど」
「備えあれば、憂いなしか」
「つーか、お前ら盾にしなかったら死んでたぞ俺…………」

 そこに念話が繋がる。ロッドからだ。

『…………生きているか?』
「死ぬかと思ったわ!!」

 必要の無い事は尋ねないロッドがそう聞いてくるという事は、死んでておかしくない光景に見えたと言う事だ。その深刻さにフォックスは思わず叫んだ。

「…………隊長は?」

 マキシムの言葉に皆がはっとなる。自分達は防御結界を張ったためになんとか助かったが、エレナは防御を展開することなくあの爆発に巻き込まれたはずだ。不安に駆られながら辺りを見渡す。

「あ」

 エレナはすぐに見つかった。エレナは煤だらけになりながら、デバイスを突き出した体勢のままで止まっていた。

「隊長?」

 声を変える。するとエレナはこちらに振り向いて、心底驚いた顔でこう言った。

「死ぬかと思ったぞ」
「それは俺の台詞だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 設定忘れてない!?俺、防御魔法使えないんだからね!!迂闊な設定作ると後に響いたりするけど!!その辺、忘れてない!?と騒ぎ立てるフォックス。今回はさすがにフォックスの言い分が正しいと思いますと、生真面目な口調で言うマキシム。何も言わないがやれやれという感じで話を聞くロッド。悪かった、すまんとあんまり悪いと思っていない感じで謝るエレナ。

「───────────」

 それをクレアは少し離れて眺めていた。以前、自分がいたその場所。夢を追っていたころには気づけなかったけど。

「─────く」

 なんて、楽しそうな場所なんだろう。

「くく、くくく、くくくく…………」

 そうしてクレアは必死に笑いを堪えながら、彼らのやりとりを眺めていた。










「さて、それじゃ私はそろそろいきますね」

 フォックスが叫びすぎて呼吸困難に陥りだした辺りでクレアはそう言った。

「もう行くのか?」
「隊長。これでも死んだ事になってる犯罪者ですから。あんまり顔を合わせてちゃ駄目でしょう」
「今更、と思わんでもないがな。が、その前に一つ尋ねさせてもらおう」
「なんでしょう?」
「今回の件、何故私達に協力した?」

 傍から見れば、クレアは組織を潰すためにエレナ達を利用したと言うようにも見える。だが、クレアの情報が無ければここに辿り着くことは出来なかった。利用するだけなら自分を助ける必要も無かっただろう。それを疑問に思ってエレナは尋ねた。

「………初めの数年は生きるのに精一杯でした」

 その疑問にクレアは思い返すように答えた。

「自分のために生きることは大変でした。何かのためなら、挫折するわけには行かない。でも自分の事となるといつでも諦めることが出来る。だから大変でした。最近になってようやく余裕が持てるようになって、何か生きるため以外のしようと思ったんです。そうしたら最初に思い浮かんだのが貴方達でした」
「・・・・・・・・・」
「自分でもよくわかりません。利用しようとしただけの人達。でも、一番最初にその人達に何かしようと思ったんです。理由はそれだけです」
「・・・・・・・・・なるほどな」

 その言葉の何に納得したのだろうかと、クレアが疑問に思う。自分ですら明確にわからないその理由をこの人は理解したのだろうか。
 そう思っているときだった。

「─────アレク・シュツルムヘイム」

 エレナがその名で呼ぶ。

「今回の助力、感謝する。何かあったら呼べ。時空管理局員としてはどうかわからんが、個人としてならいくらでも力を貸してやる」
「─────何故です?そこまでされる義理はないと思いますが?」
「そうだな───────────」

 エレナは笑いながら目を瞑り、思い返すように言った。

「かつての『部下』に似ているのでな。その誼といったところだ」
「──────────────────────」

 その言葉に、アレク・シュツルムヘイムは心底驚いた顔をしてエレナを見た。それは心からの言葉だったのだろう。その顔に一片の曇りもなかった。

「────ええ、そういう事なら。何かあったら連絡させていただきます」
「ああ、元気でな」

 そうして、アレク・シュツルムヘイムはエレナ達の前から転移して姿を消した。
それを見届けてから、フォックスが声をかける。

「───いいのか、隊長?」
「何がだ?」
「逃がしちまって。あいつは隊長を───────」
「知らんな。それはアレク・シュツルムヘイムとは関係の無い話だろう」
「──────ま、隊長がいいって言うんならそれでいいけどよ。それより」

 フォックスが振り返る。その後ろには瓦礫の山。

「これ、どー報告すんだよ?何にもなくなっちまったじゃねーか」
「そうだな。何もなくなった。これではクレア・アンビションという女が作った物の痕跡は見つけられないだろうな。全く困ったものだ」
「───────────」

 その言葉にフォックスは珍獣を見たかのような目でエレナを見る。

「なんだ?」
「いや…………珍しく考えても物壊したんだなーと…………」
「どういう意味だ?」
「はっはっは。気にすんな、隊長」

 わざとらしく笑うフォックスにエレナは何も言わず、代わりに皆に告げる。

「よし、我がナイツよ。これで任務は終了だ。これより帰還する!」
「りょーかい」
「承知」
「…………」

 視界が明るくなる。見上げると夜の終わりを告げる朝日が昇り、任務を終えた彼らを明るく照らしていた。












「何や、大変だったみたいですね」

 はやてが自宅を訪れたエレナに紅茶を差し出す。エレナは紅茶を口に運び、満足げに頷いてから答えた。

「うむ。帰ったら、クロノ・ハラオウンにくどくどと小一時間ばかり説教された。同期だというのに偉そうになったものだ」
「ははは………………」

 同様の経験があるはやてはその光景を思い浮かべて乾いた笑いを浮かべる。

「なら、こないな所いてええんですか?事後処理とかあるんやないんですか?」
「それなら大丈夫だ。私には優秀な処理係がいる」



「がぁーーーー!!なんだ、この量!!過去最大じゃねえか!?こんな高々と積み上げられたら取れねぇっつうの!ってか、隊長の始末書じゃねえか!!失敗した本人でない者が書く始末書になんの意味があるのだろう!!あれ、これどっかで聞いたことあるような!!マキシム、てめぇ仕事手伝うとか言って仕事持ってくることしかしてねぇじゃん!!ロッド!こっそり、抜け出そうとしてんじゃねぇ!!こっそりお前の弾薬費の請求書が混じってやがるんだぞ!!あ、なんだこんな時にメール?『お元気ですかー、頑張ってますかー、大変ですかー A・S』。どんな皮肉だこの野郎おぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」




「…………なんや、いまとんでもない絶叫が聞こえた気がしますけど」
「そうか?まぁ、空耳だろう」

 そう言ってエレナは膝の上のリィンを撫でながら、午後の一時を楽しむのだった。
inserted by FC2 system