リリカルなのは SS

                     惚れられる者

「────がああああああっ!?」

 今まで受けたことの無い衝撃が身体を襲う。目を疑うような魔力から放たれた砲撃はこちらが構築した防御魔法を紙のように打ち砕き、魔力を根こそぎ持っていかれた。飛行魔法を展開することも出来ず、地に落ちていく。空中から叩きつけられる様に落ち、床に出来た皹がどれほどの高度から落ちたのかを物語っていた。

(そんな馬鹿な───────────)

 落ちた衝撃を味わいながらも、彼は自分が倒れた事実を信じることが出来なかった。だが、現実を突きつけるように身体に走る痛みがその事実を語っていた。
 それほど長いわけでもないが彼の人生においてここまで圧倒的に打ちのめされた事は無かった。ただの一撃であんな威力を持った砲撃を受けた事は無かった。言い訳も何も出来ないほどの完膚なきまでの敗北を味わったことはなかった。
 それも───────────。

「だ、大丈夫ですかー・・・・・・・・・?」

 自分よりも年下の少女によるものだなんて。

(───────────)

 自分を見下ろす少女の顔を見る。すると、先ほど自分を飲み込んだ砲撃のような衝撃が脳を貫いた。胸は鷲掴みにされたように鼓動を早くする。少女の背後には、神々しい後光が射していた。
 それで彼は確信する。この胸を覆うこの感情は───────────。

「惚れたあぁっ!!」

 上半身を勢いよく起こしながら宣言。

「───────────へ?」

 その突然の告白に、その少女─────高町なのはは瞬きして間の抜けた声を上げた。









「な、ななな、なななななな、なのはが、告白されたあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!?」

 その話を聞いたユーノは立ち上がって本局中に響かんばかりに叫ぶ。

「ユーノ、声が大きい……………………!!」

 フェイトが口に人差し指を当てて、それを止める。ユーノははっとなり慌てて席に着いた。

「そ、それで、それどういうこと……………?」

 内緒話をするようにひそひそと口に手を添えるユーノ。そのユーノにフェイトは事の次第を語り始めた。
 話は長いものではなかった。数日前、なのはが武装隊に所属する二、三歳年上の少年局員と模擬戦を行い、勝利。終わった後、突然告白されその日以来付き纏われているのだと言う。

「そ、そうなんだ…………、そう、なんだ…………」

 話を聞き終え、呆然とし何事がぶつぶつと呟くユーノ。


「───────────それで」

 そして、もう一人。

「なのははどうしているんだ?」

 執務室で仕事をしていたところを二人に乱入されたクロノが淹れ終えたコーヒーを手に席に付いた。

「えっと、困ってる」
「困ってる?どんな風に」
「なんだかその人、熱烈な人で会うたびに言い寄って来るんだって」
「そ、そんなっ!?」
「ユーノ。少し落ち着け。…………で、なのははなんて言っているんだ?」
「断ってはいるんだけど、その、いきなりの事だし、はっきりと断る理由も思いつかないみたいで、はっきりと返事出来てないみたいなんだ。こういう事慣れてないみたいだし、…………なのは、優しいから」
「なるほどな…………」

 背もたれに寄りかかり、思案するように天を仰ぐ。それも数瞬、顔を戻すとフェイトに尋ねた。

「それで、僕達はどうすればいいんだ?」
「え?」
「それを話したってことは何か相談したいってことじゃないのか?」
「え、ええと、こういう場合どうすればいいのかな?」
「どうすればとは?」
「………なのは、困ってるみたいだし、なんとかしたいんだけど」
「なのはにそう頼まれたのか?」
「そういう、わけじゃないんだけど」
「なら、どうしようもないんじゃないか?」

 その言葉にフェイトは理解できず、僅かに非難めいた目でクロノを見た。

「でも、クロノ…………」
「冷たい言い方かもしれないが、これはなのはの問題だ。頼まれてもいないのに下手に首を突っ込めば話がややこしくなる。相手だって本人じゃない第三者に介入されたも納得しないだろう。余程、切羽詰った事になっていないならなのはから相談されるまでは様子を見たほうがいいと思うが」
「それは、そうかもしれないけど…………」
「なんか、冷ややかだね。クロノ」
「こういう事に首を突っ込むとろくな事にならない、とエイミィに言われた事があるんでな」

 ジト目で睨むユーノの事など気にも留めず、クロノはコーヒーを口に運ぶ。

「───────────っ」
「どうかした?クロノ」
「…………な、なんでもない」

 淹れ慣れた筈のコーヒーは話を聞きながらだったためか、やたらと苦い味になっていた。











「しかし、なのはに告白ね…………」

 フェイトとユーノが執務室を退出し、仕事を再開させたが何故か手が付かずクロノは気晴らしにと執務室を出た。売店で何か買って飲めば少しくらい気晴らしになるだろう。

「まだ、十歳じゃないか。最近の子は進んでいるというかませているというか」

 年寄りくさい事を言いながら、ふと思う。そういえば自分は告白だとかなんだとか、そういった事には未だ縁が無い。フェイトにはああ言ったが、そういった事の厄介さを知らないのだから少し突き放した考え方だったかもしれない。

「色気のない人生だな」

 どこからか非難めいた天の声が響いたが、クロノには届かない。届かないのだから聞こえず、クロノは歩みを緩めることなく廊下の角を曲がった。

「ん?」

 角を曲がったその先は各所に繋がるホールの一つ。そこに人が固まっていた。自分とは反対を行く局員も後ろをちらちらと気にしながらそちらを見ている。
 何事なのだろうと、そちらに歩み寄りその中心を見る。列を成すほどには人が集まっていないので簡単にそこを見ることできた。
 そこには。

「何故だぁっ!?何故承知してくれないぃっ!?」

 耳を防ぎたくなる様な声量で叫ぶ少年局員と。

「あぅ…………、えと、そのぉ〜…………」

 その少年と周りに視線を行ったり来たりさせながら、顔を赤くするなのはの姿があった。

「……………………」

 唖然とするクロノと興味深そうに眺める局員達に構わず少年はなのはに犯人を問い詰めるベテラン刑事のような勢いで言い寄る。

「俺はあんたに惚れたんだ!!一生付いていくと決めた!!これだけ言ってなんで承知してくれないぃっ!?」

 ほー、一生と来ましたか…………。

「あの、それより、そんな大声で、そういうこと言わないでもらえると〜…………」
「それより、だとおぉー!?大切なことを伝えようとして何が悪いぃーっ!?」

 言っていることは正しいかもしれないが、確かにうるさい。大声で叫ぶな。なのはが正しいぞ。

「ええいっ!ならばどうすればいい!?土下座か!?竜の首でも取ってくればいいか!?凶悪犯罪者をとっ捕まえればいいのか!?都市一つ破壊する魔法を習得すればいいのか!?それとも、やっぱり土下座かああああああっ!?」
「そ、そんなことしなくていいですー!」

 へー…………、随分と困難な事を言っているがかそれほど入れ込んでいるのかー…………。

「だあぁぁぁぁぁっ!!埒があかん!!こうなれば!!」

 ナニをする気だ、貴様。

「実力行使あるのみ!!」
「え、ええっ!!」

 ははは、───────────いい加減にしやがれこの野郎。

「ストップだ」

 両手を広げて飛び掛ろうとする少年となのはの間に割って入る。顔を掴んで止めるつもりだったが、勢い余って突き出した手は掌底となって少年の顎を打ち抜いた。のけぞってぶっ倒れる少年局員。

「く、くおっ!?貴様何者!?」
「ク、クロノ君!?」

 クロノの姿に驚くなのはと少年局員。そのクロノは冷ややかな目で少年を見下ろした。

「クロノ・ハラオウン執務官だ。先ほどから見ていたが迷惑だぞ君」
「ハラオウン執務官だとっ!?い、いやそれよりこれは俺達の問題だ!!関係の無い奴は引っ込んでいてくれ!!

 額が当たろうかという距離まで詰め寄る少年。しかし、クロノは冷ややかな視線のまま、その反論を封じ込める。

「確かに、君と彼女だけの問題なら口を挟むのは筋違いだ。だが、君はあれだけの大声で叫んで周囲を騒がせた。これだけ風紀を乱して、二人だけの問題と言う気か?言っただろう、迷惑だと」

 自分に言い聞かせるように理屈を並べる。そうそう、これは執務官として風紀について述べただけ。二人の問題には首を突っ込んでないぞ。

「ぬ、ぬぐぅっ!?し、しかし、それは話を聞いてくれないから、止むを得ずだな」

 そんな胸中を知らない少年は、口をもごもごさせながら言い訳をする。そんな苦しい言い分を見逃すクロノではない。

「ほう、そうか。つまり、この場での騒ぎは彼女が原因ということか。全ての責任を女の子に押し付けるとは中々男らしい言い訳だな」
「ごっ!?」
「まあいい。そういう事なら僕が彼女から話を聞いておこう。何、彼女とは知り合いだがこれでも法の執行権限を持つ執務官だ。公正に話を聞いておこう」

 そう言ってクロノは事態についていけないなのはの肩を押して立ち去ろうとする。このまま、逃げる算段だ。根本的な解決にはなっていないがとりあえずこの場はこれでいいだろう。

「──────って、待てーいっ!!納得いかん!!」

 と、思っていたら背後から叫び声が上がった。眉は八の字にしながらクロノは仕方なく振り向いた。

「どうかしたか?何が納得できない」
「まだ俺との話は終わっていないぞ!!こっちが先だったのだから風紀うんぬんはその後にしてもらいたい!!」
「それは個人的な話だろう。こっちは執務だ。私情を優先させるのはやめてもらいたい」

 そう言ってクロノは取り合わずまた立ち去ろうとする。それを少年は走って先回りし、立ちふさがって止めた。

「なら、勝負だ!!」

 そして、突拍子も無い提案をしてきた。

「は?」
「俺と勝負しろ!!勝った方が先にその人に話を聞いてもらう!!これで白黒つけるぞ!!」
「え、ええっ!?」

 その提案に当事者のクロノよりもなのはが慌てる。自分が原因で話がとんでもない方向に向かっている事にオロオロとして両者を見る。

「──────いいだろう」
「ク、クロノ君!?」

 思わず叫ぶ。そんな突拍子も無い提案をクロノが受けるとは思っていなかったので余計に驚いた。

「君の提案には筋も義理も義務も何もない。が、それで納得するというのならあえて受けよう」
「よぉーし!!それなら、この後訓練室に来い!!そこで決着をつけるぞ!!」

 そう言ってずんずんと歩き去る少年局員。その背を見届けてからなのはは不安そうにクロノを見た。

「クロノ君。その、ごめんなさい…………」
「構わないさ。僕が勝手に首を突っ込んだ。君が気にすることじゃないさ」

 そう言いながらクロノはなるほど、こういう事に首を突っ込むとろくな事にならないと、その一端を正確でないにしろ感じるのだった。












「ふっふっふ。こんな形とは言えあのハラオウン執務官と手を合わせられるとはな!!」

 ぶんぶんとデバイスを振り回す少年局員。対してクロノはS2Uを握りながら腕を組んで相対する。
 ホールでのやり取りから三十分後。クロノとなのはは『修羅場修羅場』と呟く局員達を掻い潜って訓練室にやってきた。そこには例の少年がまだかまだかと既に待ち構えていた。そうして余計な介入がないように鍵をかけた訓練室には向かい合うクロノと少年局員、離れたところで勝負の行方を見守るなのはの姿があった。

「勝負の方法は簡単!相手を降参させるか、戦闘不能にさせるかだ!!いいな!!」
「わかった」

 クロノが組んでいた腕を解き、両手を下ろした構えを取る。それを見届けてから少年もデバイスを両手で構えた。

「では、行くぞ!!」

 そう言って、少年は初手から魔力を限界まで引き上げる。その魔力量にクロノが目を細める。構築は甘いが、出力だけならAAランクの魔導師に近いかもしれない。

「ふははははっ!!驚いたか!!このグレイトシュートは対魔導師用としてバリア破壊に優れ、弾速A+!!発射速度が遅くて、これを撃つと魔力の半分くらい持っていかれるが!!」

 わざわざ解説をしてくる相手にクロノは動かない。それを疑いもせず好機と見た少年はクロノに構わず構築を続ける。その甲斐あって、魔法は問題なく完成した。

「さぁ、受けるがいい!!これぞ渾身の一撃!!俺の持てる力を注ぎ込んだ一撃!!いけぇっ!!グレイトシュ」
「チェーンバインド」
「なぁっ!?」

 間の抜けた声を上げて拘束される少年。必死にもがくが、鎖はまるで解けなかった。

「あれだけ隙の多い攻撃を見逃すわけ無いだろう。君が構築をしてる間に四回はバインドを放てたぞ」
「お、おのれぇーーーー!!」

 クロノの言葉に叫ぶ少年。勝負はついた。

「さて」

 が、クロノはゆっくりとS2Uを振り上げる。それに合わせて精製される無数の刃。少年は一瞬、拘束から逃れることも忘れてそれを眺めてから叫んだ。

「き、貴様!!なんのつもりだ!!」
「いや、まだ勝負は終わっていないし。降参させるか戦闘不能にさせるかだったよな」
「俺はこの状態だぞ!?それでもか!?」
「その程度の事を僕は戦闘不能とは言わない」

 キッパリと断言される。

「─────怒っているな!!一見、普通に見えて実は怒っているなアンタァァァァァッ!!」
「ははは、なんの事だか。まあ、安心してくれ。手加減はしないが非殺傷設定だ。死にはしない」
「それのどこに安心できる要素が──────」
「スティンガーブレイド・エクスキューションシフト」

 振り下ろされる断罪の刃。それを目を見開いたまま見て、少年の意識は途絶えた。








「クロノ君、やりすぎです!!」
「いや…………すまない」

 そんな言葉で彼は目を覚ました。むっくりと起き上がると、少年の目に腰に手を当てているなのはとその前で正座させられているクロノの姿があった。

「バインドした所で、もう終わりだったのに!なんでその後、あんな大技出しちゃうの!?」
「いや、君と模擬戦するとバインドで拘束したくらいじゃ終わらないし、あれくらいいつもの事だと思うんだが…………」
「私のせいなの!?」
「いや、そういうわけでは…………」

 それを見ながら少年を思う。
 情け容赦ない一撃だった。耐える事など許さぬ一撃。それにこちらが魔法を放とうとした瞬間を狙ってのバインド。芸術的とも言える速度とタイミングだ。大出力と芸の細かい小技。その両方を兼ね備えているとは、噂に違わない腕前だ。

「もう!クロノ君、なんか変だったよ!どうかしたの!?」
「いや、自分でもそう思わないでもないのだが…………」

 そんな男を叱り付けている少女。やはり凄い奴だと思う。だからと言ってそれで男の凄さが貶められる訳ではない。
 何にせよ───────────。

「惚れたぁっ!!」
「「───────────は?」

 惚れこむ理由には十分だった。












「えっと、つまり何?その人って『女の子』としてじゃなくて『なのはの強さ』に惚れこんだって事?」
「うん………。今まで武装隊で負け無しだったんだって。それで惚れたって…………」
「で、それが今は…………」

 ちらりとそちらを見る。

「待ってくれ!兄貴、姉御ー!!」
「ええい!鬱陶しい!!誰が兄貴だ!!」
「わ、私、年下ですー!」
「そんな事些細な問題だ!俺の魂がそう言っている!!」

 追い回されるクロノとなのは。それを振り切るのに二人は多大な労力を費やすのだった。





 なお、数年後。なのはが教導団入りし、一人の少年がなのはの部隊に志願し、入隊したがそれは語るまでも無い物語である。
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