狐のお嬢様ハント
交通の要所と言うのは人が集まる場所でもある。ここ、海鳴駅も例外ではない。午前中だというのに多くの人が行き来している。
そんな所になんで来たかと言えば、とくに理由は無い。隣町に行くつもりなんて無いし、単に駅前なら時間が潰せそうなところがあるだろうとやってきただけだった。
そんな訳で今は建物の壁に寄りかかって人並みを眺めながら、どこに行こうかと考えていた所だったのだが。
「……あれは」
構内への入り口。そこに知った顔が二つあった。その内の一つは何もおかしい事は無いのだが、もう一つの方は知る者が見れば疑問を抱かざるを得ない顔だった。
何より、あの二人は面識がある筈は無いのだが。
「………行ってみるか」
気になった僕は、壁から背を離し、その二人のところに歩み寄っていった。
「いやいやいや。警戒するのはわかるけどよ。別にやましい事しようなんて思っちゃいねぇから安心しなって」
「でも……、私、そんなに時間も無いし………」
「一時の遊びってのも、刹那的で面白いぜ?むしろ、印象が深くなるしな」
「けど………、その………」
「迷うくらいならスパッと決めちまったほうがいいぜ?断るにしろ、受けるにしろ、な」
「ええと………」
「で、どうでしょう。お嬢様?」
………何をしているんだ、彼は。
いや、何をしているのかと言えば、ナンパ以外の何物でもないのだが、こんな所まで来てやる事なのだろうか。
まぁ、ともかく。これ以上は放っておくわけには行かない。僕は彼の後ろから声をかけた。
「その辺にしておけ。嫌がっているぞ」
「あ?」
「あっ」
彼が後ろを振り返る。ガラの悪そうな顔が僕の顔を見た途端、『げっ』と言わんばかりに強張る。一方、その彼に話しかけられていた彼女───月村すずかは僕の顔を見て反対に顔を明るくした。
「管理外世界での無意味な干渉は感心しないな、フォックス=スターレンス」
「いや〜……、はっはっは」
呆れ顔をする僕の問いに、エレナ=エルリード執務官直属部隊『ナイツ』のフォックス=スターレンスは乾いた笑いで誤魔化した。
「あの、こちらの方はクロノさんのお知り合いですか?」
僕と向かい合い、すずかが尋ねてくる。三人の立ち位置がフォックスを頂点とする様な三角になる位置になった。
「ああ、友人の部下だ」
「あ〜、こちらのお嬢さん。ハラオウン提督のお知り合いで?」
「妹の友人だ」
「うげっ」
フェイトの嬢ちゃんのかよ、とさらに顔を強張らせるフォックス。そんな彼に僕は追及の手を緩めない。
「で、一体君は何をしていたんだ?」
「そりゃあ、まあ話せば長くなるんですがね」
大げさに肩を竦めてから、フォックスは事の顛末を語りだす。
「いや、そこの可愛らしいお嬢さんが自分の容姿の自覚もなく一人で出歩いて、頭悪そうなのに絡まれてましてね。そこを颯爽と助け出したわけなんですよ」
「……そうなのか?」
すずかに顔を向けるとコクンと頷いた。が、その顔はすぐに困ったような笑い顔になった。
「それで、一人じゃ危ないって言って、護衛代わりに付き合わないかって言われまして………。助けてもらった手前、断りづらかったんです」
「……余計にたちが悪くないかそれ」
それじゃ山賊に襲われた所を、盗賊に助けられて金品を要求されたのと変わりないぞ。
「いやぁ、はっはっは」
乾いた笑いで誤魔化そうとするフォックス。その彼を僕はジト目で睨みつける。
「結局、無意味な干渉には違いないじゃないか?」
「何を仰る、ハラオウン提督。こういうのも管理外世界における異文化コミュニケーションって奴ですよ」
全く反省をしていない、悪意の無い笑いに管理局の関係者として頭が痛くなってくる。ため息の一つもつきたくなると言うものだった。
「………ともかく、この件はエレナに」
と言いかけてやめる。最近エレナはフォックスに言い包められる事が多くなっているとはやて伝手に聞いている。なんでも気がつけば話をすり替えられて元の話から反らされてしまうとか。
だとすると、ここはこの場で実刑を下してしまおう。
「じゃあ、君の言う異文化コミュニケーションとやらを今度報告書にまとめて送ってくれ。三日以内に」
「─────────げ」
「いいな」
「……あいあいさー」
これだから苦手なんだよなー、とぼやくフォックス。これで懲りてくれればいいのだが。
なお、フォックスの出した報告書だが期限をきっちり守り、思いのほか出来のよい報告書だったので来年度の異世界干渉における行動マニュアルの一文として扱われる事になるのだがそれは全くの余談である。
「んじゃま、俺はこの辺で」
がっくりと肩を落としていたフォックスだが、さっさと気持ちを切り替えたらしく、軽そうな笑みを浮かべて手を上げる。
「それじゃ、お譲さん。機会があったら、是非二人っきりで」
そう全く懲りてない言葉を置いて、フォックスは去っていく。その後姿を見送りながら僕はため息をついた。
「すいません、何か苦労をかけたようで」
「いや、苦労をかけたのはこちらだ。すまないな」
苦笑するすずかに僕も苦笑を返す。そこで、ふと疑問に思い至った。
「そういえば、君はどうしてここに?」
どちらかと言えば、すずかは一人で町を出歩くタイプではなかったと思うし、ファリンさんというお付きのメイドもいる。一人で駅前にいるのは珍しい気がした。
「ファリンと猫ちゃん達の餌を買いに来たんです」
「ファリンさんと?」
きょろきょろと周りを見渡す。近くにいれば絶対にわかるであろうメイド服姿の女性はどこにも見当たらなかった。
「行きつけの店は商店街の方にあるんですけど、少し時間がかかるようでしたから、餌の方はファリンに任せてちょっと時間を潰そうと思って駅前に来たんです」
「そこで、彼と遭遇したわけか……」
もう一度辺りを見渡す。案外、その辺に潜んで僕がいなくなるのを待っているかもしれない。
「なんなら、それまで付き合おうか?さっきみたいな事があると面倒だろう」
僕の言葉にすずかは少し瞬きしてから、意地悪そうな笑みを浮かべる。
「今度はクロノさんがお誘いですか?」
「………そう思われたのならやめておく」
思いっきり顔が渋くなる。言われて見れば、さっきフォックスがやった事と変わりがなかった。
その顔が可笑しかったのか、すずかはクスクス笑って僕を見た。
「ごめんなさい。冗談です」
「意外と性質が悪いな、君は……」
そんなからかう様な笑いを収めると、すずかは彼女らしい穏やかな笑みを僕に向ける。
「それじゃ、クロノさん。よろしくお願いします」
「ああ」
さて、それでは。彼女のメイドが戻ってくるまでしばし、お嬢様の護衛をすることにしよう──────。
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