リリカルなのは SS
夜天の誓い
第三話 断罪
「そうか。では聞きたい事は以上だ。協力に感謝する」
「いえ、それでは失礼します」
武装隊の隊長が、一礼して部屋を出て行く。その後姿を見送ってから、クロノは聞いたことを書き留めたノートに目をやった。
いま出て行った人物はエレナと作戦を共にした武装隊の隊長である。協力的にその時の事を仔細はっきり話してくれたおかげでどうやら調べ物は思ったより早く終わりそうだった。
『クロノ、残りの資料選別終わったよ』
「わかった。それを持ってこっちに戻ってくれ」
無限図書で調べ物を頼んだユーノから念話が繋がる。敵の能力については武装隊から聞いた話で予想がついた。あとはユーノの持ってくる資料でそれを確証に至らせるだけだ。
「にしても」
ノートを手に取る。武装隊と共に任務についたエレナ達の様子が事細かに書かれている。それを見ながらクロノは考える。
もし、予想が正しければこの部下達は一癖二癖ですむような連中ではない。それを指揮してクロノが知るだけでも多くの実績を残したエレナの手腕は並大抵のものではないだろう。いま聞いた任務についても自身と部下のことを知り尽くさなければ実行できないような作戦をやってのけている。
「『ナイツ』、か」
エレナに従う騎士達。十二年前の闇の書事件の被害者と言われている集団。彼らは何を思ってエレナに付き従っているのだろうか。
それがはやてとエレナが向き合うより、六時間ほど前の話であった。
十二年前の闇の書のマスターの娘。
そう名乗った少女が目の前に現れることをはやては知っていた。知っていたから闇の書の罪が自身に突きつけられると覚悟していた。覚悟していたからこそしっかりと向き合おうと決めていた。
だが、目まぐるしい展開と思いもよらなかった状況に動転したはやてはそう名乗った相手を前に何も言えず、ただ身に迫る危機感から無意識にシュベルトクロイツを構えた。
対してエレナは気にした様子も無く、無造作に顔をバインドによって捕らえられているヴォルケンリッターに向けた。
「ふん、揃いも揃ってあの頃と寸分も変わっていないな。忌々しい限りだ」
「……っ」
家族をなじるその言葉に幾分正気を取り戻したはやてはシュベルトクロイツを強く握った。それを警戒したわけでもないがエレナは顔を正面に戻し、はやてに呼びかける。
「さて、八神はやてよ。一つ提案がある」
「提案………?」
「そうだ。私の目的は闇の書の残した異物を消し去ることだ。八神はやて、お前は闇の書に選ばれただけで十二年前の出来事には関わっていない。生まれてもいないのだからな。故に目的のための最良の手段がお前を殺すことでも出来ることならば選びたくはない。私に言わせれば、お前は闇の書に『選ばれてしまった』という、ある意味での被害者だからな」
はやては答えない。その慈悲をかけているつもりの言葉に反感を抱きつつ、目の前の少女が何を言いたいのかを見定める。
「だから、八神はやてよ。選ばせてやろう。自身の命が惜しいのなら今この場でそこにいる忌まわしいプログラムと闇の書の残した十字剣を消せ」
その声は氷のように冷たく、槍のように鋭くはやての頭と心を抉った。その冷たさと鋭さに反発するように体中の血が怒りで巡る。例え、なんのつもりだろうが今の言葉を受け入れるわけにはいかない。
「……わたしが頷かなかったら?」
「その時はしょうがない。選びたくない手段をとる」
明確な敵意。初めて受けるそれにもはやては怯む事無く、返答のようにシュベルトクロイツの先端に魔力を込める。
「それが返答か」
「私は夜天の書の王です。夜天の書が闇の書になって犯した事も全部背負ってます。背負って私の騎士達と一緒に生きていくと決めてます。だから、そないな言葉には頷けません」
「そうか、ならば」
エレナが腕を横に振るう。その手には召喚されたデバイスが握られていた。銀と言うより灰に近い色のデバイス。その先端から拳一つ分ほどの取っ手がついておりエレナの手はそこを掴んでいる。その形状は杖と言うより長大なトンファーだ。そのデバイス“ジャッチメント”を手の中でまわし、はやてに差し向ける。
「裁かれるがいい。闇の書の主よ」
フォックスに斬りかかろうとする寸前、フェイトは視界の先にある桜台で結界が展開されるのを見た。
「結界……?いったい誰が……?」
「ウチの隊長だよ」
フェイトが考えるよりも早くフォックスが答えを示した。その答えに新しく沸いた疑問を口にする。
「一体なんのために………?」
「ウチのもんがそっちのキングをあそこに招待したんだよ。結界が張られたところを見ると無事にすんだみたいだな。あ、女だからクイーンか?」
「え……?」
フェイトがその言葉を完全に理解する前に通信が入る。聞こえてくる声は聞いた事がないほど慌てていた。
『なのはちゃん、フェイトちゃん!はやてちゃんたちが転移魔法で連れ去られた!場所は桜台!!』
通信はフォックスの言葉を証明していた。フェイトははっとなって顔を上げる。
「まさか……あなたは囮?」
「ご名答。追跡は見事だったが大局の見方はまだまだだな、嬢ちゃん」
フォックスがニヤニヤと笑う。まんまと一杯食わされた形になったフェイトは奥歯を噛み締める。そのフェイトを尻目にフォックスはポケットから取り出したカードを宙に放る。カードが四散すると辺りを魔力がドーム上に包んだ。広域結界の発動である。
「さて、これで暴れまわっても被害は出ないし、俺を倒さないとここから出られない。あとは隊長がそっちのクイーンを詰んだら終了って訳だ」
「……なら、その前にあなたを倒します」
「出来るかな?」
「やってみせます」
フェイトの言葉にフォックスが好戦的な笑みで答える。いい答えだと思った。それは若いと言っていい自分の半分も生きていない少女を一人の戦士として認めるに値した。実力のほどは聞いているがその通りかどうかは全力を持って確かめるとしよう。応じるように青銅色の金属靴が煙を吹いた。
「…それがあなたのデバイス?」
「おう。『スピードスター』っつてな。ま、そっちのインテリジェントみたいな上等な代物じゃねえよ。一つの魔法しか使えない不器用な代物さ」
愚痴るように自らのデバイスを語る。だが、言葉のうちに秘めた自信にはまったくの揺らぎはない。
「そんなデバイスだが、まあ、使い道がない訳でも無い訳ないんだわ」
言葉を継ぐように青銅の靴から伸びた筒から薬莢が飛び出した。
『Single Star』
次の瞬間。
「こんな風に、な」
フォックスの姿が消えた。
「!?」
何が起こったか理解できなかった。それでもフェイトは反射的に横から迫った気配に反応し、防御の姿勢を取った。
腕に走る衝撃。見ればバルディッシュの柄に足が伸ばされていた。その足の主であるフォックスは快速の速さで繰り出した蹴りを受け止めたフェイトを賞賛する。
「はっ!いい反応だ、嬢ちゃん!」
「っ!」
バルディッシュを回るようにして足を弾く。返す刀でフォックスに斬りかかるも彼は既に間合いの外から離れている。その距離は回避のためには長すぎる。攻撃のための助走距離だ。スピードスターに魔力の残滓を吐き出させ再び加速を始める。瞬く間にフォイトに肉薄するフォックス。だが、接触する直前でフェイトの姿が掻き消える。
「!?」
咄嗟に飛行高度を下げる。下げた瞬間、さきほどまでいた空間を後方から黒の戦斧がなぎ払った。冷や汗を掻きながらフォックスは自分の頭上を越えて行ったフェイトを追撃する。フェイトは大きく旋回し、正面から迎え撃つ。フェイトとフォックスが擦れ違い様に攻撃を放つも、どちらも当たらない。構わず二人は次の攻撃のための加速を開始する。
「……どうすりゃいいのよ、これ」
前後左右。上方下方。三百六十度全方位。フェイトとフォックスは一撃一撃ごとに互いの裏を取ろうと場所を移動し続ける。目で追うことすら困難な高速機動戦闘にアルフは途方にくれた。手を出そうにも速すぎて出せないのだ。下手な手助けはフェイトを助けるどころか足を引っ張りかねない。アルフは手の届かない物を見るようにしながらこの状況に歯噛みした。
「シャアッ!!」
すでに二十を超える交錯。フォックスの放つ鞭の様にしなやかな回し蹴りをフェイトは後方に下がってかわす。それを追ったフォックスがフェイトの左側に回りさらに蹴りを繰り出す。
「くっ!」
最初は二度に一度、次には三度に二度、今に至っては五度に四度。フェイトはフォックスの攻撃に対し防戦に回らされている。それはある一つの事実を示していた。
フォックスが頭上から高々と踵落としを見舞う。受けに回っては押し込まれる。そう判断したフェイトは大きく後方へと下がった。
「逃がすかよ!」
それを追いすがるフォックス。後から追ってきたにも関わらずフェイトとの距離がみるみる縮まる。その事にフェイトはある事実を認めなければならなくなる。
だが、それはまだ覆る。何故なら自分はまだ限界を見せていないからだ。
「バルディッシュ、ライトニングフォーム、パージッ!」
『Yes sir Sonic form stand by ready Gat set』
フェイトのバリアジャケットからマントが消え、手足から光の羽『ソニックセイル』が生える。瞬間、フェイトはフォックスとの距離を引き離した。
「おおっ!?」
突如の加速に驚愕するフォックス。その驚愕の間にフェイトは最短距離で旋回、瞬く間にフォックスの背後を取った。
「もらった!」
敵に優る速度で完全に後ろを取った。例え、どんな機動を取ろうとも捉えられる間合い。フェイトは確信と共にバルディッシュを振るった。
それを。
『Double Star』
スピードスターが吐き出した排莢が覆した。
「!?」
フォックスを斬り伏せる筈だった一撃が空を切る。元々、そこにいなかったかのように敵の姿が消えた。余りのことにフェイトは加速を止めてフォックスの姿を探す。
「いや、驚いた。そこまで速いとは思わなかった」
声は後ろから聞こえてきた。振り向くと随分と離れた距離でフォックスが賞賛するように手を叩いている。
「まさか、もう一段ギアを上げさせられるとは思わなかった。管理局でも一番速いんじゃねえか?」
愕然とする。自身の最速を誇るソニックフォームで完全に捉えたと確信した攻撃をかわされたばかりが、その姿を見失い、後方に逃げられた事すらわからなかった。
「ま、それも『俺が』抜けた後の話だがな」
それが示す一つの事実。
フォックス・スターレンスはフェイト・T・ハラオウンよりも速いと言う事実だった。
エイミィの通信は無論、なのはにも伝えられていた。その内容に厳しい目つきで立ち塞がるマキシムを見る。だが、その強い瞳に射抜かれてもマキシムは岩のような身体そのままに動じない・
「どうした。我が身が邪魔ならば押し通るがいい」
「……レイジングハート!」
その言葉に直前で止めていた魔法を発動し、なのはの周りに十二個のディバインスフィアが形成される。加減はしない。一刻も早くはやての元に駆けつけなければならないから。
「アクセルシューター!」
その名を紡がれ、十二個の魔力弾が一切に発射された。正面から二発、左右から二発づつの計四発、後方から一発、上方と下方から二発づつに大きく旋回し敵の動きに合わせてようとする物が一発。それぞれが軌跡を残しながらマキシムを囲う。これだけの数と弾速ならば、フェイトでも回避するのは困難な誘導操作弾。威力も並の防御魔法なら易々と貫通することが可能な威力である。
それを前にしてもマキシムは動かない。手にした盾形のデバイスを前に突き出す。
『Wave Shield』
瞬間、薬莢が飛び出しマキシムは自身の防御魔法に囲まれる。その表面は波打つような魔力の光を放っていた。
全ての方位から迫った魔力弾がマキシムの防御結界に接触する。接触した魔力弾は防御結界を突き破らんと鬩ぎあう。しかし、それも数秒もしないうちに波の飲まれたように魔力弾が掻き消える。それを目にして様子を窺うように旋回していた弾も放つが結果は同じだった。
「……雨粒で岩を砕くには時間が要るぞ」
すべての魔力弾を受けきったマキシムは事も無げに言った。なのはは驚きを隠せずに呟く。
「な、なんだか凄く硬いよ、あの結界……」
『魔力波長から放出系の防御魔法かと思われます』
戦闘中にやりとりをする魔導師とデバイス、そしてその発言にマキシムは少し目を丸くする。
「ほう、今ので見切るとは。中々目ざといデバイスだな」
通常、防御魔法は術者の魔力で形成される盾である。その盾は組まれた術式と魔力に応じてその堅牢さを変える壁であり、その領域を侵すものを阻む。その代償として攻撃に蝕まれた分だけその強固さを落とす。つまり、例え一撃でなくとも最終的にその壁を切り崩せるだけの攻撃を入れれば突破することが出来るのだ。
だが、マキシムの行使した防御魔法は通常のそれとは異なり、魔力を放出し続けることによって常に最大の防御力で敵の攻撃を相殺する超極短の放出魔法である。切り崩そうにも次の瞬間には新たな障壁が展開されているのである。突破するにはそれを上回る一撃で粉砕するしかない。最も、この防御魔法はその防御力の根幹たる魔力放出のため、通常の倍以上の魔力を必要とする事から使い手は少ない。マキシムはその少ない使い手の一人だった。
そしてマキシムはその使い手の中で、誰もしない使い方をする者でもあった。
「次はこちらから行こうか!」
マキシムは盾を大きく振りかぶる。その盾の裏側から薬莢が飛び出すと同時に体当たりするようになのはに突進する。
「えー!?」
その迫力と勢いに驚きながら、なのはは防御魔法を展開。一体何をするのかと思っているとマキシムは振りかぶった盾を前方に突き出し、なのはの防御魔法に叩きつける。
「ぬぅん!!!」
低い唸り声を上げながら、マキシムは先ほどの防御魔法を展開する。超極短の放出魔法。それは叩きつければ、超極短の攻撃魔法となり相手を打ち砕く、『盾』でありながら『矛』の役割を兼ね備えた矛盾した使われ方だった。その矛がなのはの防御を穿つ様に破ろうとする。
「くううううっ!!」
その威圧感と圧力はまさに岩そのもの。突破はされていないが、一瞬でも気を抜けば押し潰されそうだ。片時も気が抜けぬ魔法制御になのはが呻く。
『Barrier Burst』
それを見てレイジングハートが自己判断で魔法を起動。なのはのバリアが爆発し、マキシムを吹き飛ばす。なのはも後方に下がり、二人の距離は再び砲撃戦に適した距離となる。
「あ、ありがとう。レイジングハート」
『お気にせず。それよりも敵を』
相棒の言葉になのはは顔を上げる。吹き飛ばしはしたものの、マキシムとそのデバイスは傷一つ負っていなかった。また、こちらの出方を窺うようにその場を動かない。
あの障壁は生半端なことでは砕けない。ならば最大威力を発揮できるエクセリオンモードで立ち向かうのが最良だが、ここまででアクセルシューターに一つ、防御魔法に一つ、バリアバーストに一つ、カートリッジを使っており現在のマガジンに残っているカートリッジは残り三発。その数ではエクセリオンモードの起動は出来ても魔法を最大威力で放つことは出来ない。先ほど見たが敵もカートリッジシステムを搭載している。このシステムを使うものなら弾数の重要性はよくわかっているはずだ。易々とマガジンの装填を許すほど甘くはないだろう。
ならば、現状で出来うる限りで最上の攻撃を放つしかない。
「レイジングハート!バスターモード!」
『OK』
そう判断したなのははレイジングハートをバスターモードに変形させ、マガジンをグリップ代わりに掴み、照準を合わせる。それと同時にカートリッジが二発ロードされ、環状魔法陣となのはの足元に魔法陣が展開される。
「ディバイン……ッ」
先以上に膨れ上がる膨大な魔力。それを前にしてもマキシムは未だ不動。カートリッジをロードさせると、先ほどと同じ放出型の防御魔法を展開させる。
「来るがいい」
「バスター・エクステンション!!」
放たれる大規模な砲撃魔法。防御魔法に守られたマキシムごと飲み込むほどの魔力の閃光が迸る。通常なら考えられないほどの長距離射程と驚異的な弾速と精度を誇るソレは間違いなく直撃した。
「どうかな………?」
自信の魔法が通ったかどうかの心配、通った時の相手の身体の心配。双方の心配をしながら、なのはは爆煙を見やる。
だと言うのに。
「……大したものだ」
未だ晴れない煙の中から低い声が響いてきた。
「その歳でこれだけの砲撃魔法。感服した」
「……っ」
煙の中から現れたマキシムは煤に汚れてはいたが、傷自体は負っていなかった。そのマキシムはなのはの魔法を賞賛しながら、厳然な評価を下した。
「なれど、我が『アイアス』を突破するには足りぬ」
その姿になのはは岩どころか山のような威圧感を覚え始めた。
「くうう!」
身に迫る射撃魔法の光弾をかわす。それを読みきったかのように飛び上がったはやてにエレナが肉薄する。横から魔力を付随して叩きつけてくるジャッチメントの一撃をはやてはなんとか受け止めるが、勢いは止められずそのまま振り切られて吹き飛ばされる。そこに追撃の射撃魔法が放たれる。
先ほどからこの展開の繰り返しだ。なんとか凌いではいるものの、反撃の機会を掴めず防戦一方だ。
エレナの得意とするのは中距離から近距離戦の射撃と近接戦闘。だが、フェイトのような高速機動による一撃離脱戦法ではなく発射速度の速い射撃魔法を放ちながら強引と言っていいほど無理やりに近接戦闘に持ち込み、威力でも機動でもなく手数をもって相手を圧倒する。それがエレナ・エルリードの得意戦術である。
そしてはやてはその戦術に翻弄され続けている。はやてでもわかるほど直線的な機動のおかげでなんとか攻撃に対しバリアを張って防いではいるが全くと言っていいほど手の出しようが無かった。
「はっ!どうした!その程度で闇の書の罪を償うとはよく言ったものだ!」
言いながらもはやてに突撃するエレナ。元々はやては近接戦闘は得意ではない。なんとか距離を取ろうとスレイプニールで発動させた羽を羽ばたかせ距離を取ろうとする。そうはさせまいとエレナが射撃魔法を放つ。
激情とともに放たれたようなそれをなんとかかわす。かわしながらはやては戦闘による魔力行使だけではない疲労を覚えていた。一撃一撃ごとにぶつけられる殺気と感情。最初こそ拮抗してみせたものの、疲労した体と精神を蝕むようにそれらははやての身に這い上がってくる。
怖い。つらい。叫びたい。逃げ出したくなる。そんな思いがはやてに忍び寄ってくる。けれど。
「私は、あの子たちのために、引けへんのや!」
決意を表すと同時にブラッティーダガーを発動させる。高速で放たれる七本の短刀。だが、エレナはそれをわずかに進路をずらすことだけでかわす。切り替えしのつもりで放った攻撃をあっさりかわされ、動きを止めたはやてにエレナはジャッチメントを突き出す。防ぎきれないとわかりつつもそれを受け止めるはやて。
「あの子たち、とは下にいるプログラムどもの事か?」
だが、予想に反して絡み合ったデバイス達は鍔迫り合いのように押し合うようになる。否、わざと拮抗に持ち込んでいるのだ。エレナに比べて筋力の劣るはやてはそれを正確に理解していた。だが、相手の意図は読めない。
「プログラム…やないっ!私の家族や!」
家族を貶める言葉に反発する。それをエレナは鼻で笑った。
「家族………か。そのために戦うと?」
「そうや!あの子達は私に幸せをくれた!一緒に生きていく大切な家族や!だから一緒に罪を背負って生きていく!」
それを聞いてエレナは笑いを納めた。変わりに厳粛な判決を下す裁判官のような顔ではやてに訪ねる。
「それは、本当にあのモノ達だけのためか?」
「………え?」
「お前の事は聞いている。ずっと一人で生きてきた。その孤独からお前を救ったのであれば、なるほど地獄の使者でも大切に思えるかもしれないな」
「何を言って……」
「お前は、その幸福を手放したくないだけはないか?」
「───────!?」
予想だにしなかった言葉だった。思わずそんなことはないと否定しそうになったが言葉にはならなかった。自分はあの子達といたい。それは偽りのない想い。それを僅かにでも否定することははやてには出来なかった。
「それこそが、闇の書の呪いだ。本来持ち得なかった欲望を掻き立てる。そしてそのために何人もの人間が犠牲になった」
「う………っ」
「私も例外ではない。闇の書のマスターになる前の父は本当に優しい人だった。一緒に生きていこうと誓い合っていた。だがそれは、闇の書を手にしてから変わった。頬をこけ、目から正気を失い、蒐集が捗らなければ辺りに当り散らしたようになった。そこに以前の姿はどこにもなかった。そんな変わり果てた父は何をしたと思う?」
エレナは薄く笑う。
「私の最後の父の記憶はな、八神はやて。私のリンカーコアを抜いた姿だ。」
「……!!」
「闇の書は人を惑わせる、狂わせる。そうして私は家族を失った。私だけではない、多くのものが家族を失った、傷を残した。その中で八神はやて、お前は自らの幸福のためにあのプログラム達を生かすのか?」
はやては凍りついたように何も答えられない。それを見てエレナは笑いを収めるとさらに怒気を膨れ上がらせて言った。
「それとな、八神はやて。私にはもう一つ気に入らない事がある」
「もう一つ……?」
「それはな、お前がクロノ・ハラオウンに擁護されている事だっ!!」
拮抗させていた押し合いを止め、はやてを弾き飛ばす。吹き飛ばされたはやては追いすがってくるエレナの進路を遮るように防御魔法を展開。エレナはそれにジャッチメントを拳ともに叩きつけるように突き出す。ぶつかり合う魔力と魔力。なんとか防いだと思った刹那、エレナのデバイスに動きがあった。
『Pile Banker』
取っ手を握った拳側の先端がスライドし、電光を発しながら駆ける。先端の内部を棒が引き絞られた弓矢のように走りながら突き出された事により長さの比が一瞬にして逆になった。
“パイルバンカー”。バリア突破を目的とした近接魔法。突き出される一点に魔力を集中したそれは堅固なはやての防御魔法を一点から粉砕し、そればかりかその衝撃はバリアの後方にいたはやてを吹き飛ばした。
「っ!?」
胸を殴られる衝撃と強風に吹き飛ばされる感覚を一遍に味わったはやては呼吸が困難になった。
胸を押さえながらも、はやては離脱のための飛行を止めない。そこに撒き散らすように放たれた射撃魔法が迫る。
その中ではやては先ほどのエレナの言葉を反芻する。
『それはな、お前がクロノ・ハラオウンに擁護されている事だっ!!』
何故、そこでクロノの名前が出てくるのだろうか?同じ執務官でありながら自分を庇ったことがそんなに気に入らないのだろうか?
放っている射撃魔法そのままにエレナは叫び散らす。そのいくつかがはやてに辺り、体勢が崩れる。
「貴様らを庇ったことであの男にまで怨恨が向けられた!何故だ!何故、貴様のためにあの男まで闇の書の被害者の怨恨を受けねばならない!?あの男とて闇の書の被害者だと言うのに!!」
「…………!?ちょ、それどういうこと!?」
よろめきながらもはやてが問う。今、目の前の少女はなんと言った?
「………なに?」
対してエレナは放っていた射撃魔法を止めた。あとわずかではやてを押し切れると言う状況にも関わらずだ。それほど彼女にははやての言葉が意外であり、信じられないものを見るようにはやてを見る。
「それはどういう意味だ、八神はやて」
「クロノ君が……闇の書の被害者ってどういうこと!?」
その言葉にエレナは顔を抑えた。まるで何かを押さえ込むように。
「何も、知らないのか」
エレナが小さく笑う。
「ふふ、ふははははは」
その笑いはすぐに大きなものへと変わっていった。
「ふははははははははははははははははははは!!!」
まるで活性化した火山のような笑いだった。だと言うのに、はやてはその笑いに心を凍りつかされる感覚に負われた。
この人は何を笑っている?何を知っている?一体何を、何を、何を?
凍りついた喉ではそれを尋ねることは出来ない。そのはやての前でエレナは疲れたように次第に笑いを収めていく。
「ふざけるな」
押さえていた手を離してあげたエレナの顔をこれ以上ほど冷徹な顔で怒りを宿していた。憎しみも殺意もない、ただただ純粋な怒りのみがそこにはあった。
はやてはそれを今まで見たエレナの表情で一番恐ろしく感じた。
「いいだろう、教えてやる。十二年前、管理局に回収された闇の書は護送中に暴走し、一隻の戦艦とその艦の艦長であった一人の提督を道連れにした」
「十二年前………?提督………?」
はやての脳裏に一枚の写真が過ぎる。小さな子供の頃のクロノ。それを抱き上げる優しそうな父親。なくなったのは三歳。十二年前。提督。闇の書。
点と点が繋がり線となり、一つの答えを導こうとする。
そんな、まさか、でも、しかし、そんなことは、けれど、だけど、そんな─────────────────
「その人の名はクライド・ハラオウン。クロノ・ハラオウンの実の父親だ」
心に沸き立った想像を、闇の書の罪が肯定した。
「これでわかった。八神はやて、お前に罪は償えない」
突き出されたジャッチメントの先端に魔力が集中する。砲撃魔法だ。殺傷設定でまともに受ければ人一人の命を容易に断つそれを目の前にしても、はやては動けなかった。ただ、身を震わせてその光景を呆然と眺めるのみだった。
「罪の所在がわからぬ者に、どうして罪が償える?」
「─────────────────」
その言葉に、はやては構えていたデバイスを下ろしてしまった。
『Heavy Pressure』
放たれる砲撃魔法。
下から聞こえる怒声。
眼前に迫る光。
はやてはそれらに何も感じられないまま、呆然と佇む。
その刹那、はやての前に黒い影が立った。
「──────────っ!?」
エレナが息を呑む。その黒い影は自身の放った砲撃魔法に対し、防御魔法を展開し正面から受け止めた。爆煙は晴れきっていないがその影が何者であるか、エレナは悟りきっていた。
煙が晴れ、一人の少年が姿を現す。黒の髪に黒の法衣、ただ、握られている杖は記憶と違い黒の杖ではなく、槍のように鋭い銀の杖だった。その現れた影の名をエレナが呼ぶ。
「クロノ・ハラオウン………ッ!」
予想外の乱入者。誰も彼もが意表を突かれていたが、その中でもエレナの驚きは誰よりも大きかった。自分の読みではまだ戻ってくるには速すぎた。
その中、いち早く動いたのはそれまで不動沈黙を保ち続けていたロッドだった。手にしたヒドラを空に向ける。狙いは無論、クロノ。カートリッジの装填は既に完了している。込められているのは長距離用の弾だが撃ち抜くだけならなんの支障もない。正確な動作と精度でクロノを狙う。
「!?」
だが、それが放たれることは無かった。ロッドがヒドラを撃つよりも早く詠唱を終えていたクロノがバインドを彼に向ける。ヒドラを持つ右腕がそれごと鎖で絡め取られる。腕を圧迫されながらもヒドラは手放さなかったものの敵を狙い撃つ事は出来なかった。
これでロッドは無力化された。顔を正面に戻し、こちらを睨みつけているエレナを見る。
「エレナ」
ギリ、と歯軋りをする音が聞こえた。あと今一歩で全てが終わるはずだった。それの邪魔をした少年に飛び掛りたい衝動に駆られる。
『隊長、撤退しましょう』
それを止めたのは冷静なクレアの声だった。ロッドがバインドに絡め取られた時点で彼女はこの場の不利を悟っていた。
『もうすぐ、プログラム達にかけたバインドも解かれます。それまでにクロノ執務官を倒すのは不可能です』
『しかし………』
『クロノ執務官が来たことは予定外です。引かなければ、『私達の』復讐を果たすことは出来ません』
『………わかった。頼む』
エレナの許可が出るとクレアはオフィサーで地を突いた。カートリッジロード。エレナ、ロッド、クレアの足元に魔法陣が展開される。はやてたちをこの場に呼び寄せた転移魔法だ。
「……クロノ・ハラオウン」
彼の名を呼ぶ。大した意味はない。今、語るべきことも無い。それがわかっているのか、クロノは何も答えなかった。
互いの姿が見えなくなるまで、二人は相手を見つめ続けていた。
「いや………ほんとに………大したもんだ」
ゼイゼイと走り終えたマラソン選手のように息を切らせながらフォックスがフェイトを賞賛する。戦闘開始から今の今まで高速機動戦闘を続けていたのだ。彼自身、ここまで長く戦闘したことも無く、するつもりもなかった。そうなると、そうまでさせた少女に褒め言葉の一つもかけたくなる。
対するフェイトは何も答えない。自分を上回っている男からの慰めのような賞賛に何も感慨を抱かなかったことが一つ、彼女自身もフォックスと同様に高速機動による疲労があったことが一つ、そしてもう一つは戦闘中に沸いた疑惑からだった。
何故、この男は格闘戦に固執しているのだろう?それがフェイトの抱いた疑問だった。
ソニックフォームですら追い切れない速度を見せたフォックスは幾度と無くフェイトの死角を取った。もし、そこで射撃魔法のひとつでも放たれれば防御の捨てたこの形態では一撃で落とされかねなかった。
だが、それを彼はしなかった。わざわざ回り込んだ死角から接近を試み、肉弾戦を挑んできた。それに反応してなんとかフェイトはここまで凌いできた。そのために未だ戦闘が続いているとも言える。
何かの作戦なのだろうか?それともそうしなければならない理由があるのか?疲労した身体に引きずられた思考では及びつかなかった。
一方のフォックスも全く余裕が無かった。自身の未知の領域に至る戦闘時間。それは彼の身体を確実に蝕んでいた。高速で動くと言うことはそれだけ身体に加重がかかり負担を与える。それに耐える訓練は無論しているが、ここまで身体を行使したのは実戦でも訓練でも初めてだ。あと、どれだけ持つか見当もつかない。
こりゃあもう、次でケリをつけなきゃ不味いな。
そう思い、身体にさらに鞭を入れようとした時、念話が繋がった。
『フォックス、撤退です』
『……あん?』
『クロノ執務官が現れました』
『……うわ、当たり半分かよ、隊長のカン』
やっぱり信用ならねぇなぁ、と思いつつフォックスは指示に従うことにした。多少名残惜しいが致し方ない。
突如、構えを解いた自分に怪訝な顔をするフェイトに声をかける。
「わりぃな。嬢ちゃんのお兄ちゃんが来たんで逃げるわ」
「クロノが?」
そういや、あのクロノ執務官の妹なんだよなこの嬢ちゃん。何かあったらどんな目に合ってたんだが。怖いことしてたなぁ俺、と今更な感想を抱きつつフォックスがなのはと交戦中のマキシムのもとに駆ける。
「聞こえてたろ?帰るぜ」
「承知」
それだけのやり取りをするとフォックスはマキシムの身体を掴んで瞬く間になのはとフェイトから距離を離した。思わず拍子抜けするほどあっさりとした撤退であった。
「そうか、わかった。こっちもはやて達と一緒に戻る」
エイミィからなのはとフェイトの状況を聞いたクロノはそう返答した。結界も既に消えている。敵の戦力は皆、確認しているからこれ以上の襲撃はないだろう。何の問題も無く帰れる。
「そういうわけだ、はやて。二人は無事だからまずは下の三人を………?」
はやては何も答えない。怪訝に思って見てみるとはやては夏場だと言うのに身体を震わせていた。寒さに耐え切れないかのように身を抱いている。
「はやて?」
不審に思ったクロノがはやてに手を伸ばす。
「──────っ!!」
その瞬間、身を竦ませたはやてはクロノから飛び退った。触れられたくない、そう言っているかのようだった。
「……はやて?」
もう一度彼女の名を呼ぶ。堪えきれないように静かに上げたはやての顔を見てクロノは驚いた。
はやては泣いていた。これ以上ないくらい顔をくしゃくしゃにして大粒の涙を止め処無く流していた。
思いも寄らないことにクロノは呆然とはやてを見る。そのはやての口から小さく紡がれた言葉を聞き、クロノは伸ばしかけた手を下ろした。
二人はそのまま、守護騎士達が戒めから解かれるまでそうしていた。その間、クロノははやての言葉を幾度と無く反芻していた。
その言葉は
─────────ごめんなさい、と言った。
続く