リリカルなのは SS

                       夜天の誓い
                      第五話 再戦

 ハラオウン家のマンションの一室。一人で使うには少々広すぎるその部屋にはやてとヴォルケンリッターは宛がわれた部屋だ。そこではやてはベッドの上で膝を抱えて顔を埋めていた。敵の襲撃に備えて、窓は雨戸とカーテンで遮られており灯りをつけなければ夜と一切変わらない暗さだった。光が刺す事のない闇。今のこの部屋ははやての心情に良く似ていた。

「…………」

 身を縮めたようなその姿勢は何かから身を守るようだった。けれどそれには意味がない。今、彼女を襲っているのは外からではなく自分の内から生まれているものである。いくら身を縮めてもそれは小さくならず膨れ上がるばかりだった。こうしている今もはやてを攻め立てる。
 その言葉を反芻する。

『これでわかった。八神はやて、お前に罪は償えない』

 今のはやてにそれを否定することは出来なかった。けれど肯定するわけにもいかない。顔を埋めているのは首を横にも縦にも振れないよう固定しているかのようだった。

『罪の所在がわからぬ者に、どうして罪が償える?』

 その通りだ。自分は闇の書の罪を償うと誓った。でも、その罪がどういった物なのか考えたことは少ない。ただ、懸命に償おうとすればいつか許される。そんな都合のいい幻想を抱いていた。だがそんなことはない。闇の書の罪が一つではない様に贖罪の方法も一つではない。罪の数だけ求められる贖罪の方法も変わるのだ。自分はそれに気づくことが出来なかった。気づける筈もなかった。だって、とても身近に合った罪にも気づかなかったのだから。

『その人の名はクライド・ハラオウン。クロノ・ハラオウンの実の父親だ』

 つい先日に見た写真を思い出す。屈託のない笑顔をしながら父親にしがみ付いているクロノ。あんなに無邪気な笑みを浮かべていた子供が、ある時を境に笑顔を失った。それからその子供はいつも何かに耐えているかのような顔で、絶えず怪我をしながら物覚えが悪いと言われた自身を鍛え上げていた。その間に本来過ごす筈だった子供の時間をどれだけ失ったのだろうか。それを、奪ったのは────────────。

「はやて」

 ドアの向こうから声が響いた。怯えるように身を竦める。その声の主は今一番顔を合わせられない人だった。相手もそれがわかってくれているのか、そのままの扉を開けずに話をしてくれた。

「これから、エレナとその部下の逮捕に向かう。君は全てが片付くまでここで待ってくれていればいい」

 その言葉をどんな表情で言っているのか、はやてには想像が出来なかった。考えたくなかったと言う方が正しいかもしれない。それだけ告げるとクロノがドアから離れていく足音が聞こえた。

「……………」

 はやては動かない。彼女は未だ闇の中にいる。







 はやての部屋から離れて廊下を歩いていると、待ち構えていたかのようにヴォルケンリッターの三人が立っていた。一人にしておいて欲しいと言う主の言葉に従い、はやてが部屋に閉じこもってから彼らもはやてとは顔を合わせていなかった。
 シャマルとヴィータが気まずげにクロノを見る。ザフィーラはいつもと変わらないように見えるがその瞳に若干迷いにも似たものが揺らいでいるのは気のせいではないだろう。

「はやては」

 ヴィータが尋ねてくる。どんな時でもはやてを第一に気にするのはなんとも彼女らしい。クロノは首を振りながら答えた。

「声をかけたが返事はなかった。部屋にも入っていないから様子はわからない」
「……そっか」

 返ってきた返答にはまるで覇気がない。かけるべき言葉が見つからない。元々、口が達者なほうでもない。自分の心中を表す言葉が見つからないのだろう。

「クロノ君、あの………」
「君達までそんな顔をするな。こっちが悪い事をした気になる」
「……笑えませんよ、それ」
「そうか、すまない」

 エレナが去って戦闘が終わった後。一部始終を見聞きしていた三人にクロノはそこで何があったかを聞かされた。はやての様子からエレナから何を聞かされたか想像がついており、それは外れていなかった。はやては知ってしまったのだ。クロノと闇の書の間で何があったかを。それはそのプログラムであった彼らヴォルケンリッターにも深く関わっていた。自分達と主を救った少年。以前と変わらぬ生活を出来る場所を作ってくれたその少年の父親が亡くなったのが自分達のせいであると知ったのだ。目の前の少年に負い目を感じるのは無理もなかった。
 特に主であるはやては人の迷惑になることを嫌う。恐れていると言ってもいいかもしれない。そんな少女が親しい人の父親が亡くなった理由が自分に関わっていると知ったのだ。その衝撃がどれほどのものだったか、それを図ることはこの場にいる誰にも図れなかった。
 それでもはやての事ばかりを気にかけていられない。この事件を終わらせない限り、はやての身の安全は保障されない。心の傷も命がなくなっては癒すことも出来ない。

「はやてを頼む。僕達は撃って出るが、彼女の守りは君達に任せる」

 だから、クロノははやてを彼らに任せて先に進む。真っ直ぐに正面を見据えてまま、三人の横を通り過ぎる。その迷いの無い瞳を見て、ザフィーラが背中越しに尋ねた。

「ハラオウン執務官。一つ尋ねたい」
「なんだ、ザフィーラ」
「お前は主に何を望んでいる?」

 返答はすぐに返ってこなかった。時間にすれば五秒にも満たないだろう。だが、この場にいる誰もがその時間を時が凍ったように長く感じた。

「何も望んではいないさ」

 振り返らず答えたクロノの声はつらい思い出を語るかのようだった。だが、その言葉に揺らぎは無い。

「けど、強いて言うなら立ち止まらないで欲しいと思う。誰のためでもない、はやて自身のために」

 そう思ったこの心が本心であると信じている。その心にかつて誓い、今も抱き続けている信念を立てる。

「そうなって欲しいから、僕は彼女を止めてくる」

 クロノが歩き去る。その背に三人は道を切り開く騎士を連想させた。







 クロノ、なのは、フェイト、アルフの四人は海鳴市の空をそれぞれ配置につく。クロノは桜台近辺で、なのは達は市街地に位置している。なのは達三人はほぼ同一の空間にいるが普段と違うのは主であるフェイトではなく、なのはの側に腕を組んだアルフが寄り添っていることだ。
 作戦は単純なものだ。こちらから姿を見せて敵をおびき寄せる。だが、作戦を単純にするためにいくつもの準備がされていた。
 まずは広域に張られた結界。結界は海鳴市全域を囲っており、外に出ようとすれば確実に引っかかる代物だ。その構築にはリンディとレティによって送られてきた腕利きの結界師が数名で行っている。増援は期待できなかったというのにそれを送り込んだ二人の手腕には恐れ入る。
 その増援だが、それも敵をいぶり出す要因になっている。クレアが掴んだ武装一個中隊という情報は誤りではないが真実でもない。確かに管理局では武装一個中隊が派遣される予定では合ったがそれはなのは達の世界ではなくそれに近い次元にである。それをあたかもこの世界に送り込んだかのように見せかけたのだ。そして実際に数名ではあるが増援を送ることで真実味を帯びさせる。誰であろうと敵の戦力が増えるのは好ましいことではない。時間を引き延ばしても状況がよくならないなら撃って出る他無いだろう。後方支援だけである結界師だけの増援も、他の局員をそれほど関わらせたくなかったクロノにも都合が良かった。
 そして四人の配置。先日の戦闘で逃げられたもののその転移パターンからある程度敵の根城は特定しており、その場所は市街地にあった。そこに姿を見せることで既に敵の状況を煽る。もう、根城を掴むまで時間の問題だぞと見せ付けるのだ。
 その中でクロノのみが単独でいるのは、敵の首謀者であるエレナをおびき寄せるためだ。確証は無い。けれど、ここに至るまでの過程にクロノは確信していた。決着をつけるために、彼女は一人で来ると。
 悟りを開くように佇むクロノの目の前で空間に魔法陣が浮かび上がる。そこから生えるように彼女の姿が現れた。

「クロノ・ハラオウン」
「エレナ」

 お互いに過去を振り返ったような目で相手を見る。月日に従って成長した以外、何も変わっていない。エレナはそう思った。思ったというのに、彼は変わってしまった。自分を裏切ったのだ。

「闇の書の主はどうした?罪に潰れて寝込んでいるのか?」
「はやては来ない。だが、代わりと言うわけじゃない。僕は僕の意志で君を止める」

 クロノが取り出した銀のカードが槍のように鋭い先端を持つ杖へと変わる。『デュランダル』。本来は闇の書を永久に封じ込めるために作られたデバイス。闇の書事件が終結してから事件の詳細を調べて続けていたエレナはその銀のデバイスが作られた目的を知っていた
 クロノ・ハラオウンとデュランダル。本来ならば、闇の書を罰するにこれ以上ないほど相応しい人間と杖が自分の前に立ち塞がっている。そのことにエレナは深い苛立ちを感じた。

「裏切り者め………」

 気が付けばその苛立ちが滲み出た様に心情を漏らしていた。だが、言われたクロノは心底意外そうな顔をした。

「裏切り?僕が何を裏切った?君をか?」
「決まっている。貴様自身と私の誓いをだ」

 そうだ。目の前の男は裏切り者だ。躊躇ってはならない。そうでなければ『私達の』復讐は成し遂げられない。この男を殺し、あの闇の書の主である少女に深い絶望と悲しみを───────────。

「エレナ」

 その思考はただの一声で遮られる。その声には哀れみにも似た響きがあった。

「君があの時の事ををそんなに想っているとは思わなかった。でも、想い出せ。君がそうしようと誓ったのはなんだ?闇の書の復讐か?」

 違う。もっと願いにも似た崇高で尊い誓いだ。『こんなはずじゃなかった』。そんな悲しみをなくしたい。だから、そのために自分は──────────。

「その誓いは、闇の書に復讐しなければ果たせなかった事なのか?」

 そんなことはない。復讐が連鎖だと言うことは知っている。それは悲しみに繋がる。そんなことはわかっている。もし、この男を殺せば多くのものが悲しむ。『こんなはずじゃなかった』と何人の人間が嘆くだろう。それはあの闇の書の主でも同じかもしれない。でも、それでも為さねば、『私』は『私達』は───────────。

「エレナ。本当に君は復讐を望んでいるのか?」

 問いかけるクロノは彼女と作戦を共にした部隊の隊員の話を思い出す。

『なんだか賑やかな連中でしたよ。ちぐはぐな組み合わせなのに随分と噛み合っていましたよ』

 その事はクロノを驚かせた。クロノの知る限り、エレナが笑ったところを見たのは数えるほどだけ。片手でも足りる回数だ。それほどまでにエレナは頑なだった。士官学校時代、ともに訓練をする度、模擬戦で交える度、任務をこなす度、悲壮とも言える顔をし続けていた。
 その彼女が笑っていたと言う。自分が知ることの無かった四年間。その間に彼女は自らが変わるほど確かなものを手に入れたのだろうか。よく知っているつもりで何もわかっていなかったのだと思った。
 だからこそ、今向かい合っている彼女に違和感を禁じえなかった。いや、今だからわかるが事件が起こる直後から何か不自然だった。何かに追い立てられられているような、そんな気負いを感じる。

「エレナ、答えてくれ。君は本当に」
「黙れっ!!」

 クロノの口を押さえるようにジャッチメントを向ける。突き出された先端がかすかに揺れる。まだ戦ってもいないと言うのに、エレナは肩で息をしていた。何故そんなことになっているか、その理由を考える前にエレナは捲くし立てた。

「貴様に私の何がわかる!!例え、なんであれ私は為さねばならない!!『私達』の復讐を!!為さねば、『私達』を否定する事になる!!それだけは出来ない!!出来ぬのだ!!」

 エレナが体勢を低くする。突進のための体勢だ。クロノはデュランダルを両手で構えて迎え撃つ。

「そのために散れ!!クロノ・ハラオウン!!!」

 エレナが感情のままに肉薄してくる。それをクロノは地を踏みしめるような構えで待ち受ける。退きはしない。エレナにはそう言っているように見えた。
 共に同じ道を目指し、願いと誓いを立てた筈の二人が違えた道を交錯させた。








 その光景は、本部でもあるハラオウン家に待機していたヴォルケンリッターも見ていた。
 クロノ・ハラオウンとエレナ・エルリード。二つの闇の書の罪がぶつかり合う。それを見たザフィーラがエイミィに念話を繋げる。

『リミエッタ執務官補佐。主の部屋にこのモニターを繋げて貰いたい』
「ザフィーラ?」

 その提案にシャマルが戸惑う。ヴィータは何も言わなかったが気持ちはシャマルと同じようで戸惑った視線を送る。

『出来るけど……いいの?』
『主には見届けなければならない義務がある。例え、それがどんなものであろうともな』
『………うん、わかった』

 はやては変わらず明かりをつけない部屋で堪えるように膝を抱えていた。その部屋に、モニターが浮かび上がり部屋を薄暗く照らし出した。闇に目が慣れていたはやてはその光を明るいとは煩わしく思った。だから、目を向けなかった。

『はやてちゃん』

 エイミィからの念話も同じだ。何も見たくない、聞きたくない。何をしたって自分は償えない。だから、何も出来ない自分を放っておいてほしい。何を聞いても見てもこんな自分ではどうすることもできないのだから。

『しっかり受け止めてね。クロノ君の答え。それくらい出来ないと皆に申し訳が立たないよ』

 それだけ言うと念話は切れた。言われるがままに、促されるように顔を僅かに上げる。モニターではクロノとエレナが交戦していた。同期の執務官であり、友人だった二人が自分のせいで戦っている。それを目にして、はやてはまた顔を膝に埋めた。やはり、罪を見ることは出来なかった。
 だから、せめて耳だけは傾けることにした。それが今のはやての精一杯だった。








 エレナがクロノと交戦を開始する前に時を遡る。
 海鳴市全域に張られた結界を探知し、誘うように姿を晒す敵にエレナは状況を察する。情報通り、増援が来たのだろう。こうなると状況は一刻を争う。これ以上時を重ねて状況がさらに深刻になる前にエレナは決断した。

「敵の誘いに乗る。その上で敵を打破しこの場を離脱する」

 部下である『ナイツ』が集まった前でエレナはそう言った。要は各個撃破である。こちらは敵と違い、それしかない故の単純な作戦だった。

「んで、敵さんは分担されてるけど、どうすんだ隊長?」

 訪ねたのはフォックスだ。作戦自体に誰も反対しないのは彼らもそれしか手段が無い事、この隊長が下手な意見は聞いてくれない事を知っているからだ。なので肝心の話に進めるようフォックスはあえて質問したのだ。このチームのこういった流れを円滑にするのはほとんど彼が担っていた。

「敵は二組に分かれております。単独で動いているハオラウン執務官、残りの三人は前回交戦した三人ですな」
「そっちはいいとして何考えて単独なんだが。クイーンと守護騎士の姿が無いのも気になるし。なんなら三人のほうは無視って一人のほうを狙うか?」

 フォックスの言葉は嘘である。クロノが何を考えているか、フォックスは理解している。彼もエレナとクロノの因縁は聞き及んでいる。今回の事件が起こった一つの要因でもあるその彼が単独で待っている。誘い以外の何物でもないだろう。だからこそ、あえてフォックスはそう言ったのだ。それが無駄なことだとわかっていながらである。

「いや、それでは意味が無い。クロノ・ハラオウンだけを狙えばすぐに三人も駆けつけてくる。ならばあちらの期待通り、誘われてやろう。奴の相手は私がする」

 ほらな、とフォックスは内心でため息をついた。クロノを殺すとエレナは言った。そのクロノと戦うことを選んだということはそれを自らの手で行うつもりなのだ。自分達は最早重罪の域に達しているが、管理局の執務官を殺害したとなればその罪は格段に重くなる。それをエレナは背負おうとしている。そうすることで自分達が被る罪の比重が軽くなるように。こうなると耳を貸さないだろうと言う事はその場にいる全員が理解していた。

「フォックス・スターレンス、マキシム・アイオーン、ロッド・ブラムは市外にいる三人を相手にしろ」
「私はどうします?」
「クレア・アンビションはここで指揮をしろ。もうオフィサーのカートリッジはないのだから前線に出てもやられる可能性が高い。ここで敵の動きを見ていた方がまだマシだ」
「わかりました」
「お前達は先に向かえ。全員が配置についてから私も出る」
「了解」
「承知した」
「………」

 三人の男達が部屋から出て行く。その様は散歩に行くかのように軽い。これから自分達より遥かに格上の魔導師と再び向き合わなくてはならないと言うのにどこまでも不敵な連中だった。それはこれから旧友と雌雄を決することになるエレナにとって心強いものだった。

「そうだ、隊長」

 三人の姿がなくなると同時に、クレアが思い出したようにエレナに何かを差し出した。最初は手渡されたその細い輪っかは腕輪かと思ったがそれにしては直径が広すぎる。瞳のような赤い宝石を持った首輪だった。

「これは?」
「お守りです。わずかではありますが、魔力の増幅を補助します。相手が相手ですから気休めにもなりませんが」
「……いや、すまない。礼を言う」
「いいえ、お気にせず」

 これは三人が出て行った後の話。故に三人が知りようの無い話。

「それでは、御武運を」

 クレアは、いつもの通りの笑みを浮かべてエレナを送り出した。







 市街地に転送されたフォックス達は、ビルの屋上にいた。そこからロッドの射程距離ギリギリのところになのは達の姿がある。
 今回は逃げるための転移は無い。また、身を隠しながら狙撃できるポイントもない。一撃でも放てば居場所が暴かれ、逃げ出すことも出来ない。故に狙ったのならば確実に仕留められるよう、状況に合わせてヒドラの弾の選別を入念に行っていた。
 それが済むまで待機していたフォックスがぼやく様に言った。

「なあ、隊長の方針どう思う?」

 ロッドは答えない。もともとこの男に答えなど期待していない。答えを求めたのは寡黙なほうでありながら律儀な巨漢の男だった。

「……どういう意味だ」
「らしくねぇ、って思わねぇか?」

 マキシムは答えない。迷いが無いなら即答で返すこの男がすぐに返答しない事が答えになっていた。
 それはマキシムだけでなく、ロッドも思っていたことだった。そもそも、この計画を持ち出してきたところからエレナらしくないと思った。あの気丈な彼女が何かに追い立てられるような決意を見せていた。そうなると、どんなことでも間違えたとわかるまで事を進める少女だ。だから、彼らは何も言わずに付き従った。

「ま、別にいいんだけどよ」

 そう言ってフォックスは自分から持ちかけた無意味な会話を打ち切った。エレナの様子がなんであれ、これから戦闘を行うのだ。それ以外のことは無意味と言えた。

「楽しそうだな、フォックス」
「ん?ああ、そうかもな。まともに戦えたってのは、随分と久しぶりだからな。続きが出来るとならそりゃ、喜びもするぜ」

 フォックスが自嘲気に笑う。心底楽しそうな笑みだった。

「何より、これが終わったらどんな結果であれまともに戦うなんてことはねーだろうよ。なら精々楽しむのが人情ってモンだろ?」
「人情かどうかは知らんが一理あるな」
「だろ?」

 そこでロッドが合図のようにヒドラを構えた。弾の選別が終わったようだ。それを見てフォックスとマキシムも自分のデバイスを召喚する。

「それじゃ行ってくるわ。間違えて俺らを撃つなよ」
「いつも通りでいい。慎重にな」
「……行け」

 珍しく必要の無い返答が帰ってきて、フォックスとマキシムが目を見張る。それを気にせずロッドは敵がいる方向を見定める。その様はいつも通りで二人は苦笑すると、その場から飛び去った。ロッドは無言のままそれを見送った。








「来た」

 高速で接近してくる物体を見つけたフェイトが呟く。なのはが釣られて視線を向けたときにはそれは二つに分かれて一つはフェイト前に、一つはなのはとアルフの前で静止した。

「よう、出迎えご苦労さん」

 会った時から変わらない軽口のまま、フォックスがフェイトの前に立ち塞がった。初めて自分よりも高い高速機動を見せた相手。それを担う青銅色の金属靴を見て、彼がそれに至るまでの経緯を知ったフェイトは複雑な気持ちになった。

「せっかくの再会だが早速やろうか。そっちもあんまり俺と話したくなさそうだし、こっちもまあ、そんなに余裕が無い」

 その言葉に答えるようにバルデッシュを構える。それに合わせてスピードスターから薬莢が飛び出しフォックスの姿が掻き消えた。
 一方、なのはとアルフと対面したマキシムは無言。話すことはもうないと言わんばかりにアイアスを突き出してその身を遮る。

「……アルフさん」
「あいよ、任せな」

 ガキッ、と両の拳につけた手甲を合わせる。なのはの前に出るアルフにマキシムは不審に思う。情報に寄れば攻撃力ならばなのはの方が上である。それを持ってしても破れない自分の障壁に対し、何故目の前の使い魔をぶつけようとするのか。疑問は尽きないが、マキシムは動じず構える。相手が何者であろうと自分には一つのことしか出来ないのだから。

「行くよー!!」

 掛け声と共にアルフがマキシムに突進する。大きな魔力の発動は感じられない。不審を膨らませつつもマキシムはカートリッジをロードして防御魔法ウェイブシールドを展開した。放出系の防御魔法。相手は無手であり、魔力を付随した打撃のみで破壊出来る様な柔な代物ではない。
 だが、それにも例外がある事をマキシムは思い知ることになる。

「バリアァァァッ、ブレイクゥゥゥゥゥ!!!」

 障壁に叩きつけられる拳。それを阻んだ障壁が拳を叩きつけられた一点から侵食するように術式を崩壊させていく。その光景を見て、マキシムは敵の狙いをようやく理解した。

「術式に割り込みをかけておるのか!?」

 マキシムの障壁がいくら強固であろうとも防御魔法であることには変わりには無い。その魔法を構築する術式に割り込みをかけられ根幹から崩壊させられれば展開した障壁は消滅する。防御魔法『のみ』を扱うマキシムにとってこれ以上ないほど相性の悪い攻撃であった。
 驚愕するマキシムだが、ブレイクをかけているアルフも苛立ちを含んだ驚きを抱いていた。

(何だってんだい、この固さは!!)

 敵の反撃を考えずに全力で割り込みをかけているというのにその進度は牛の歩みのようであった。放出系の防御魔法が解析を行おうとするアルフの術式を押し返そうとしているためだ。無論、アルフも押し返す。ほとんど力比べと変わらないこの魔法と魔法のぶつかり合いは僅かにアルフが優っていた。
 例え、どんなに解析が遅かろうと敵の割り込みの方が優っている事は事実である。このままでは障壁を突破されるのは時間の問題であった。

「があああああ!!」

 雄たけびと共にカートリッジをロード、新たに供給された魔力を起爆剤にして自らの障壁を爆発させる。

『Burst Wave』
「のわああああっ!?」

 突如の爆発に巻き込まれ吹き飛ぶアルフ。同時に距離も離れるがこの敵が相手ではマキシムに勝機は無い。なんとかロッドの射程距離まで引き寄せようと思うが、そこに桃色の魔力球が迫った。

「ぬっ!?」

 アルフを弾き飛ばすために自ら障壁を解いたマキシム。そのため彼が展開する堅牢な防御魔法はこのとき確かに張られていなかった。

「がっ!!」

 背中に、わき腹に、肩に、なのはの放った誘導操作弾が直撃する。衝撃に意識が飛びそうになりながらもマキシムは再び障壁を展開。残りの魔力球をなんとかやり過ごす。

「ぐぬううう………」

 呻くマキシム。正面では排気ダクトから煙をはいているレイジングハートを構えるなのはがいる。一対一なら詰めることの出来る距離。しかし、後ろでまた拳を合わせている使い魔の存在によってその距離ははてしなく遠いものになっている。元々有利に運ぶとは思わなかった戦況だったが予想を上回る状況の悪さだった。
 されど、耐え凌ぐしかあるまい。元より己にはそれしか出来ぬ。
 そう思い返し、アイアスを構え直したマキシムが自分を挟み込む敵に備えた。







 目にも映らぬ速さで動く敵。それを自分が高速機動で戦う時の知識と経験から読み、迎え撃つ。

「シャアッ!!」

 迫る蹴りを弾き返す。一撃を放った時点で離脱するフォックスを追わずフェイトは次の攻撃を自分の予想通りに誘い込むため、移動する。
上方へと飛ぶ。敵が先の攻撃を放ってから飛んだ方向は自分から見て前方方向。だとすれば、次の攻撃は視界の正面ではなくそれ以外の方向から。そして、自分の経験上から言って次の攻撃は。

「右!」

 言うと同時に構えたバルディッシュが迫る蹴りを受け止める。押し合う足とデバイスを挟んでフォックスが笑う。

「当たりだ。百発百中じゃねえかさっきから」

 フェイトとフォックスはほぼ同じ戦闘スタイルである。高速機動による一撃離脱戦法。同じゆえにその高速機動を生かすための戦術は変わらない。だから、互いに手の内は知っているも同然だった。故にその速さについていけなくても経験と知識から来る予測によってフェイトはフォックスの攻撃を捌いていた。
 これが通常の魔導師なら射撃魔法や砲撃魔法といった中遠距離の攻撃魔法を計算に入れるのでそう単純なものにはならない。だが、今のフェイトはそれを計算に入れなくていい事を知っていた。
 また、手の内がわかる故にフォックスも不審を抱く。先ほどからフェイトは攻勢に出てこない。確かにあの速度重視の形態で来ようとも自分の速度の方が速い。それでもあの速度が脅威であることには変わりなく自分速度に対抗するにはアレしかないだろう。だが、フェイトはその形態をとらず防御のためにちょこまかと動くのみだ。自分の動きを完全に読んでカウンターでも入れるつもりなのだろうか?
 疑念はつきないが、だからと言って他の戦術が取れるわけでもない。こちらの動きを読もうと言うならそれより早く動くまで。フォックスは眼前の少女に意識を集中させる。
 その戦況をヒドラのスコープ越しに眺めているロッドも手が出せずにいた。マキシムと戦っている二人は射程外。フォックスと交戦している一人も射程内外の境界を行ったり来たりしている。
 現在、ヒドラに搭載されているのは通常弾。射程はバレットにおける換算で中距離、通常のロングレンジに当たる。特化した性能は無いが高い汎用性を誇るこの弾でも敵の防御を突破するのは可能である。だが、それでもロッドは引き金を引けずにいた。
 精密な狙撃とは自身の狙いだけではなく、敵の動きも計算に入れなくてはならない。例え、狙ったところに撃てたとしてもそこに目標がいなくては意味が無いからだ。長距離の狙撃は射撃の角度が僅かにでも違えば狙いは大きく逸れる。故にあちこちと動き回る敵を狙い撃つのは非常に困難であった。
 一撃放てば自分の居場所はばれる。そうなれば自分の身は非常に危ういものになる。それは同時に前線で敵を抑えている二人の身の危険にもなる。
 だから、一度引き金を引いたら確実に落とす。最低でも一人は落とさないと採算が合わない。フォックスがそのチャンスを作るのを信じてロッドはフェイトが確実な隙を作るのを待ち構える。
 フォックスもロッドもフェイトという敵に意識を集中させている。他のことに目をくれている余裕など無い。実際、この時二人はマキシムがどのような状況に陥っているかなど集中の余り考えてもいなかった。
 それ故に二人は気づかない。常であっても気づくことが困難であろうそれを今の彼らが気づくことが出来るはずが無かった。
 ロッドがいるビルの下。一匹のフェレットが探索魔法を使っていることに。

『見つけた!!エイミィさん!!』
『OK!座標確認!!フェイトちゃん、なのはちゃん、アルフ!!作戦決行!!』

 ユーノの知らせはエイミィを伝ってすぐに三人に伝えられた。突如、身を翻したなのはに不審を抱きマキシムは追おうとするが、それを魔力の鎖が絡め取った。

「もう、ちょっと、大人しくしてなぁっ!!」

 アルフが渾身の力を込めて鎖を振り回す。それに引きずられてマキシムは大きく体勢を崩した。
 フェイトもフォックスに背を向け、転送された座標へと飛ぶ。一瞬、不審に思ったフォックスだったが、その向かった方角の正確さからその意味を理解した。いつの間にかロッドの居場所を突き止められ驚愕するが、すぐさまフェイトを追った。

「おいおい!俺のこと忘れてんじゃねーよ!!」

 フェイトにはすぐ追いついた。同時にその背に向けってとび蹴りを見舞う。

『Defensor』

 同時に響き渡るバルディッシュの声。それほど固いとも言えない高速自動防御魔法。だがそれはフォックスの渾身の蹴りをあっさりと弾き返した。その間、フェイトは振り向きもしなかった。
 その事からフォックスは理解した。自身の使い魔を仲間に預けた理由。速度で勝負せずここまで防戦に回っていた理由。それに至るための条件。

(バレてやがる!!)

 無駄とわかりつつフェイトを追いながらフォックスは顔を顰めた。







「欠陥、魔導師?」

 そのどう解釈しても好意的に取ることの出来ない言葉にフェイトは戸惑った。クロノは引き締めた顔の中に複雑な感情を見せながら説明する。

「フォックス・スターレンス、マキシム・アイオーン、ロッド・ブラムは十二年前の闇の書事件の時にリンカーコアを抜かれて重傷を負った。ただ、この時の抜かれ方は去年の冬の時に比べてずっと荒っぽかったのだろう。回復したリンカーコアは以前の通りのままに回復しなかった」

 なのはとフェイトが顔を見合わせる。去年の冬の時、二人はリンカーコアを抜かれると言う体験をしたが、損傷が残らないよう抜かれたにも関わらず形容しがたい虚脱感に負われた。そのおかげでリンカーコアは正常に回復したが、そうならなかった時はどうなったのだろうとは考えてもいなかった。

「結論から言う。フォックスは飛行魔法、マキシムは防御魔法以外は初級の魔法しか使えない。ロッド・ブラムに至っては射撃魔法以外使えず、念話すら通信機器に頼らないと使えない身体をしている」

 クロノの言葉にその事を知っていたユーノ以外誰も反応できなかった。言葉の意味が理解できなかったのだ。その気持ちはクロノもよくわかる。最初にその結論に至った時は自分でもあまりに馬鹿馬鹿しい話だと思ったからだ。だが、それが調べていくうちに笑い話ではないことをクロノは知った。それを皆に説明する。

「ユーノがある依頼から調べていた資料の中にリンカーコアが抜かれた魔導師のその後の影響を記録した資料があってね。それによると、リンカーコアを抜かれた事による障害で術式の構築が不可能になるというものがある」

 クロノの言葉に合わせてユーノが端末を操作する。浮かび上がったのは魔法を構築するための術式を図式化したものだった。

「魔力のパターンは指紋の様に一人一人異なる。だが、構築のための術式には体系がある。射撃魔法なら射撃用の術式、砲撃魔法なら砲撃用の術式、防御魔法なら防御用の術式といった風にね。数あるそれをどう組み合わせるかがその魔導師の特色になるわけだが、彼らの場合」

 一旦、言葉を区切ると図式化した術式から色が抜ける。残っているのは字の枠線のみだった。

「その術式の構築の多くができない障害をリンカーコアに残してしまった。一部の魔法しか扱えない、半人前の魔導師よりも扱いづらい欠陥魔導師。それが彼らの実態だ」

 クロノも無限書庫の資料だけでは納得しなかっただろう。だが、エレナと作戦を共にした部隊からその時の詳細を聞いてようやく確信を得た。互いに欠けたものを補い合うことで自らの欠点を覆い隠し敵と渡り合う。それが『ナイツ』の基本戦術に隠された大前提であった。
 そこまで説明されてフェイトもそれを裏付ける心当たりがあることを思い出す。自分よりも高速で動き、死角を取りながら格闘戦以外仕掛けてこなかったフォックス。何故、射撃魔法の一つも使わなかったのか。もし、それが『使わなかった』のではなく『使えなかった』のであれば納得が言った。

「さて、以上の事から敵で君達を倒せる可能性を持っているのは驚異的な射撃魔法の使い手であるロッド・ブラムのみ。あとの二人は砲撃魔法のような大魔力を伴った攻撃が扱えない。フォックスは防御魔法の一つでも張れば無効化でき、マキシムは距離を取れば、攻撃手段を持たずアルフのバリアブレイクで防御魔法を崩壊させることも可能だ。だからまず、君達を撃墜できる男を倒す」

 そう言って、クロノは作戦を説明する。事件発生からの交戦記録、戦いが行われる場所、そこから推測される敵の狙撃位置、それらを加味したこちらの戦力に合わせた役割分担をし、いくつかの質問を交えられる。

「この作戦の要はフェイト、君だ。やってくれるな?」
「うん、任せて」
「作戦の決定は翌日の十八時。それまでに増援の結界師の配置も済む。それまでゆっくりしていてくれ」
「あの、クロノ君」

 それまで静かに話を聞いていたなのはがクロノに声をかけた。

「なんだ、なのは?」
「あの、はやてちゃんは………」
「………はやてとヴォルケンリッターは作戦には参加させない。そんな状態ではないだろう」
「そうじゃなくて!」

 なのはの言いたい事はわかる。この場にいる全員がはやてが傷ついた理由を聞いている。聞いているからこそ、その悲しみをクロノに拭って欲しいと思った。それが一番はやてを救うと思ったから。
 だが、クロノは首を横に振った。

「言葉だけでどうにかなるとは思えない。だからまず事件を解決する」

 そのクロノの言葉に解散する一同。そのうちの一人であるエイミィにクロノが歩み寄る。

「エイミィ、話がある」
「ん?どうしたの?」
「実はなんだが………」

 それを聞かされたエイミィは目を丸くした。

「それ、ほんと?」
「ああ、管理局の動きはある程度読まれているから局外からの増援が欲しくてね、だから調べ物をしている間に依頼したんだ」
「でも、よく受けたねあの二人」
「事が事だからな。以前の借りもある。簡単に引き受けてくれたよ。だから、君はそっちの方のサポートも頼む」
「了解」

 これで出来る限りの手は尽くしたつもりである。あとはその時を待つのみ。クロノは真っ直ぐな視線を窓に向けて日が昇る方角に見つめた。








 高速で迫る敵。真っ直ぐやってくるそれを見た時、ロッドは小さく眉を動かした。知らぬ間に位置を特定されていたようだ。目視でしか魔力の発動を感知出来ない自分にはどうやったのかは知ることは出来ないがそれはもう考えるべきことではない。考えるべきは接近してくる敵だ。
 敵は見る見る迫ってきている。フォックスが追いつくたびに攻撃を加えるが、初級クラスの肉体強化の魔法でしか攻撃を補強することが出来ない彼の攻撃はほとんど蚊に刺された同然なのだろう。防御魔法を張った敵の速度を落とすことが出来ない。
 それを前にしてもロッドは引き金を引かない。もう敵は射程距離に達しているが、今の距離では10%ほど落とすことが出来ない可能性がある。もし、その10%の確率を引いた場合、倒されるのは自分だ。故にロッドは引き金を引かない。確実に落とすことが出来る距離に来るまで引きつける。
 9。
 敵は直線で向かってくる。
 8。
 それではいくら高速でも射線上にいることには変わりない。
 7。
 迂闊だ、そう思った。
 6。
 だが今は少しでも狙いが逸れれば、もしくは逸らされれば落とせない。
  5。
 前回はそれで敵を落とし損ねた。
 4。
 だから今度こそは確実に落とす。
 3。
 引き金に指をかける。
 2。
 引き金にかけた指に力を込める。
 1。
 もうどうあっても外すことがない距離まで一息。

 その瞬間、フェイトの姿がスコープから消えた。

「!?」

 あと僅かのタイミングで姿を消したフェイトを探すためにヒドラのスコープから顔を離す。
 自分の撃つタイミングを読まれたのはまだいい。狙撃の確実な距離を推測するのはそう不可能な事ではない。予め、その距離を予測して射線から外れる。それを読まれて狙いを逸らされた。それはまだいい。
 だが、どこに消えた?今いるこの辺りではこの辺りで一番高いビルの屋上だ。遮蔽物の無いこの場所では、いくら接近に遮蔽物を使っても斬りかかるなら真っ向から姿を見せなくてはならない。だと、言うのに敵は身を翻してバレットの射線上から消えたように見えた。距離を詰めてもそれでは意味が無い。
 敵の狙いがなんなのか、推測するロッド。その彼に答えを示す様に視界の正面に星のような桃色の光を見つける。

「ディバインバスター………」

 彼はフェイトに気を取られていた為、気づけなかった。そのビルの屋上から遥か先。バスターモードのレイジングハートを構えたなのはがその場所を狙っていることに。

「エクステンション!!!!」

 放たれる桃色の奔流。星のようだった光が太陽のように瞬き、迫ってくる。バレットの最大射程には劣るが、並の砲撃魔法に比べれば十分に規格外と言える射程距離を持つそれがロッドを飲み込むように迫る。

「───────」

 ロッドは動かない。射撃魔法としては異常なほどの貫通力と射程を誇るバレットであるが、砲撃魔法に比べれば破壊力と魔力量に劣る。放ったとしても迎撃することは出来ない。そして、防御魔法も飛行魔法も使えないこの身では防ぐこともかわす事も出来ない。

「すまん」

 ブレスレットの通信機器による念話を繋ぐ間などない。必要なことをしか言わないロッドだが、届く事の無い謝罪を口にする。それと桃色の閃光に飲み込まれ、衝撃で意識を失うのは同時だった。








「……殺す気か、あれ?」

 その光景を目の当たりにしたフォックスは正直にそう思った。非殺傷設定だとは思うが、あれだけの威力の砲撃魔法を防御魔法が使えないロッドに向けるとは容赦が無いにも程がある。そう思うのは、放った術者のことをよく知らないフォックスでは仕方が無かった。

「……にしても、まあ見事にしてやられたなぁ」

 高速機動で敵の注意を引きつけ、本命の砲撃で敵を落とす。自分達の戦術とほとんど同じであると言うのに全くその狙いを読むことが出来なかった。敵にやられると意外とわからないものである。今まで、その戦術で倒してきた敵の事をなんとなく思い返していると、ロッドの狙いから逃れたフェイトが姿を現し、声をかけてきた。

「これであなたたちが、私たちを倒す事は出来なくなりました」

 フォックスの格闘技術は目を見張るものがあるが、初級クラスの身体強化魔法でしか攻撃を補強できないフォックスでは防御が得意ではないフェイトの防御魔法でも突破する手段を持たない。防御魔法を展開し続けるだけでフォックスはフェイトを倒す手がなくなるのだ。

「引いてくれませんか?もう、戦い続けても意味がありません」
「そいつは間違いだな。嬢ちゃんを倒さなきゃ、他の連中のフォローにいけない。どいつもこいつもやられるまでやめない頑固者ばっかりだ。なら、嬢ちゃんを倒して助けにいかなきゃならんだろう?」

 その言葉に、フェイトは先の戦いから感じていた疑問を尋ねた。

「……一つ、聞かせてください」
「ん?なんだ?電話番号なら喜んで教えてやるぞ?スリーサイズは秘密だが」
「あなたは本当にはやてが憎いんですか?」
「……あん?」

 初めてフォックスと対面した時、なんて不真面目な男でこんな男にはやての命を奪おうとしているのかと憤慨した。
 だが、戦闘を続けるうちにその印象はだんだんと薄れてきた。戦う相手から悪意のようなものが感じなれなかった。暗い憎しみではなく、確固たる意志の元で戦っているように思えた。はやてを救うため、信念と誓いを曲げてまで戦ったシグナム達と同じような物を感じた。全く同じではない、似て非なる意志が伝わってきたのだ。

「………ク」

 問われたフォックスは顔を抑えて低く笑った。本当に大した少女だと思う。これは間違いなくいい女になる。早ければ四〜五年、遅くても十年後にはそうなっているだろう。その時に男がいなかったら、口説くとしよう。最もいなかったとしても男の方が放って置かないだろうからライバルは多そうだが。
 そう決めたフォックスは、思いやりを込めたような顔で言った。

「……隊長がよ。そうしたいって言ってんだ。なら付き合ってやるしかねえだろ?」

 初めてエレナに会ったときの事を思い出す。会うなり、自分は闇の書のマスターの娘だと言った時は思わず胸倉を掴んだ。だがエレナは怯みもせず言った。

『お前の憎しみは闇の書と巡りあうまで引き受けてやる。だからそれまで私に付き従え。お前がここにいる意味を作ってやる』

 そう言って自分のような厄介者を抱え込んだ少女。それまでお荷物と蔑まれ、それでもそこしかすがる物が無かったからしがみ付いた場所。ただ、そこに居続けたあの頃は死人も同然だった。
 それを、あの少女は確かに救ったのだ。

「引けないんですね」
「ああ、わりぃけどな」

 その答えを受けてフェイトは諦めた。確実な決着をつけなければこの男は止められない。戦わずに止まってくれることを諦めたのだ。

「さて、嬢ちゃん。お互い、というより俺のほうが時間のない身だ。だからこの間みたいに時間をかける訳にはいかない。だから一発でケリがつくように戦うつもりだが、嬢ちゃんがそれに付き合う義理はない。まともに受けないなら嬢ちゃんの勝ちは揺るがない。それでも言うんだが………付き合ってもらえるかな?」

 自分本位の身勝手な頼み事。だが、フォックスはフェイトは断らないだろうと思ってそう言った。
 フェイトは答えない。その代わりのようにバルディッシュの声が響いた。

『Sonic form stand by ready Gat set』

 フェイトのバリアジャケットからマントが消え、手足からソニックセイルが発動する。フェイトの最速を誇るソニックフォームである。

「ありがとよ」

 戦って抱いた印象の通りの答えにフォックスは満足すると、距離を取った。後退ではない。加速のための助走距離だ。その距離を取ってから陸上選手が短距離走で取るクラウチング・スタートのような体勢を取る。
 自身の一度に発揮できる魔力を最大にして肉体強化とスピードスターに回す。続けてカートリッジをロード、スピードスターに搭載されている弾数は片足につき三発の計六発。それをすべてロードする。
 限界を超える魔力を込められ、スピードスターが魔力の残照である煙をまるで発炎筒でも焚いたように大量に噴出す。それでもまだ魔法を展開しない。ブレーキを踏みながらアクセルを吹かせるように発動を堪える。
 これ以上、待てば魔力の負荷にスピードスターが耐えられない。また、押さえ続ければ魔法の制御が不可能になり、スピードスターだけが弾き飛びそうになるその瞬間にフォックスは魔法を解放した。

『Triple Star』













 フェイトは何が起こったのか自覚できなかった。
 フォックスの速度はただでさえ、目にも止まらず追うことすら困難な速さであり、文字通り姿を消したかのような脅威を与えてきた。
 だと言うのに、今発動したらしい魔法はそれを凌駕していた。およそ魔導師の限界を超えた飛行速度。自らの身体を省みずに放たれたその速度は瞬くよりも短い時間でフェイトに肉薄し衝撃波すら伴って通り過ぎた。それに吹かれて二つに結った髪はまだ靡いている。その名残のような通り過ぎた煙も辺りを覆ったままだ。
 それほどの速度。人間が認識できないほど短い時間。だから、フェイトは自分が何をしたが自覚できなかった。

「……いや、大した、もんだ」

 だが、確かにフェイトが振るったバルディッシュは自分の後方にいるフォックスを捉えていた。

「まいったな。今のを捉えられるとはな」

 最大速度での攻撃は初見。それを無自覚とはいえ捉えられるとは全く持って恐れ入る。
 身体の内側が悲鳴を上げている。身体を裂いた一撃の痛みも混ざり合ってどこが痛いのかわからない。だが、フォックスはフェイトの言葉を聞くまで意識を失うつもりは無かった。

「………いえ、あなたが正面から向かって来てくれなかったらこちらの負けでした」

 それしかなかった故に鍛えられた飛行魔法。ただ、加速するというだけの魔法が自らを脅かした事をフェイトは身を持って理解していた。

「そうかい。なら、それで、十分、だ」

 そう言うと、フェイトよりも速く駆けた星は解けた髪を靡かせて地に落ちていった。








「あんたの相方、フェイトにやられたよ。ま、当然だけどね」

 フェイトからの念話を受けたアルフはチェーンバイントで絡め取ったマキシムにそう伝えた。聞かされたマキシムはアルフに聞こえない程度に呻いた。
 ロッドの居場所を掴んだと同時に戦場を変えた高町なのは。自分の足止めをした使い魔。こちらの能力を全て把握してなければ取れない作戦。完全に手の内で踊らされていた。
 ロッドとフォックスが倒され、残るは自分のみ。自分に出来るのは守り、凌ぐことのみ。その自分だけでは、どう足掻いてもここにいる者達を倒してエレナの救援には迎えないだろう。
 だが、それでも。何もせずこのまま投降するという選択肢をマキシムは選ぶつもりはなかった。

「おおおおおおおおおおおお!!」

 それまで大人しくしていたマキシムが裂帛の気合を入れ叫ぶ。アルフがそれに驚いている間にカートリッジをロード、爆発させるように展開した防御魔法がマキシムの身を絡め取っていたチェーンバインドを引き千切った。

「おわっ!?」

 力一杯引っ張っていた鎖の抵抗がなくなりアルフがたたらを踏む。しかし、マキシムはその隙をつかなかった。自分の背後に年若い砲撃魔導師の少女が戻ってきている事に気が付いたからである。

「もう止めにしませんか?」
「愚問」

 なのはの気遣いをマキシムは一言で切って捨てた。決意を突き出した盾に掲げながら言う。

「この身は既にあの方に捧げている。それ故、この身は砕かれるまであの方に付き従うのみよ」

 確かな決意。それを感じてなのはも覚悟を決める。この敵はどうあっても倒さない限り止ってはくれない。ならば、全力を持って掛からなければ止まってはくれないと。

「レイジングハート、エクセリオンモード!ドライブ!!」
『Dlive Ignition.Excellion mode standby ready set up.』

 カートリッジロード。薬莢が飛び出し、レイジンハートが槍のような形状へと変化する。

『A. C. S., standby』
「アクセルチャージャー起動、ストライクフレーム!!」
『Open』

 さらにその先端が開き、魔力の刃であるストライクフレームを形成。零距離で大魔力を叩きつけるエクレリオンバスター・ACSを放つための形態が完成する。
 とてつもない魔力である。それは自らに向けられようとしている。だが、マキシムは怯まない。自らに出来るのはただ防ぐことのみ。なればこそ、動じない。彼は自分の成せる事を理解していた。

「来いっ!高町なのは!!」
「エクセリオンバスター・A.C.S.ドライブ!!」

 叫びと共にぶつかり合う両者。槍が盾を貫くために、盾が槍を防ぐために鬩ぎあう。鬩ぎあい、絡み合った互いの魔力が撒き散らされる。その撒き散らされた魔力に身を焼かれながらなのはとマキシムは魔法を制御し続ける。
 ストライクフレームが障壁に阻まれ、アイアスに届かない。逆に弾き返されそうとする圧力になのはは抗う。
 すこしだけど話して、戦って、わかった。この人は凄く頑固だけど悪い人じゃない。この人はこの人の大切なもののために戦っている。その決意が意志がこっちにも伝わってきた。
 だけど、それはこっちも同じである。大切な友達がいる。その人を守りたい。例え、それでこの人の決意を阻むことになっても、自分が大切だと思える友達を傷つけることがどうしても正しいとは思えない。だから止める。止めてみせる。だから───────。

「届いてっ!!!」

 その声に応じて、カートリッジが四連続でロードされる。その瞬間、レイジングハートから発生していた六翼の翼を大きく煌いた。その煌きと共にマキシムは見た。自らの障壁を貫く桃色の刃を。

「ブレイク、シュート!!」

 瞬間、なのはが叫んだ。障壁を貫きその内側に入り込んだストライクフレームから零距離からエクセリオンバスターを放つ。そこにいるのはアイアスと生身のマキシムのみ。それに直撃した砲撃は放ったなのはをも巻き込んで爆発を起こした。

「………っと!」

 爆発に吹き飛ばされたなのはは体勢を整えながらその爆心地となったマキシムの方を見る。煙が次第に晴れていきマキシムの姿が現れた。
 マキシムは盾を突き出した状態のまま、静止していた。突き出されたアイアスは所々ひび割れているが、原型は留めていた。あれだけの砲撃を直撃して形を残している。堅牢な障壁を生み出していたデバイス自体も恐ろしく堅牢な作りをしていた。

「まさか、アイアスを突破されるとはな」

 煙が晴れきった後、マキシムが口を開いた。その声になのはは戦慄にも似た驚きを抱いた。あれだけの砲撃を受けて意識を留めていられるとは一体如何なる理由なのか。
 こうなると残る手はスターライトブレイカーしかなくなる。非殺傷とはいえ、相手の身を考えるなら出来れば使いたくない。
 身構えるなのはだが、対照的にマキシムは盾を降ろした。怪訝に思うなのはに目をくれず、マキシムは天を仰いだ。

「隊長。申し訳ありませぬ。『ナイツ』は全て倒されました」

 そう言ってマキシムは断崖から落ちる岩のように落下していった。
 それがこの場における戦闘の終了を告げていた。





 続く


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