リリカルなのは SS

                        夜天の誓い
                       第七話 終結

 禍々しい。その姿を見てはやてはまずそう思った。
 揺らめく長い赤い髪。虚ろな瞳。意志は感じられずただ強いだけの力がそこにはあった。
 こんな、ものが。

『どうですか?他人の融合デバイスの姿を見るのは』

 こんなものがリインフォースと同じであるものか。
 大きな怒りを胸にシュベルトクロイツを構える。吹き飛ばされたクロノは気がかりだが目の前の敵は見過ごしてくれる事は無いだろう。デバイスの作用なのか、ほとんど空に近かったはずのエレナも魔力は回復したどころか増大していた。あの苛烈だった意志の強さは感じられないが威圧感はずっと大きい。
 警戒を強める。その一挙手一投足を見逃さぬよう意識を集中させ、変わり果てたエレナを迎え撃つ。

「…………」

 エレナは動かない。どこを見ているのかわからない石像のように佇む。そして、その姿がブレたように見えた瞬間、エレナの姿が眼前に合った。

「えっ!?」

 驚いている間にジャッチメントが薙ぎ払われる。偶然にも構えていたシュベルトクロイツがそれを防いだが、勢いは殺せない。そのまま振り切られて叩きつけられるようにはやての体が地面を転がった。

「く……うっ!」

 膝を突いたままの体勢でスレイプニールを発動、翼をはためかせ宙へと逃げる。それを見上げたエレナが身につけた赤銅色の金属靴が煙を上げる。フェイトが見ればそれが自分が戦った相手が使っていたデバイスと同型の物だと気づいただろう。その金属靴が吐いた煙を尾を引くように残しながら、エレナがはやてに肉薄する。距離は一瞬にして詰まった。

「速い!?」

 接近したエレナが左手に手にした盾で殴りかかる。押し潰す様に突き出されたその盾をはやては防御魔法を展開して防ぐが、咄嗟に構築した防御では堪えきれず吹き飛ばされた。それを追撃するためにエレナがはやてからは見えない盾の内側で引き金を引いた。
 盾の中央が開かれる。そこには銃口があった。砲撃のための砲門である。空間にある魔力がその砲門にかき集められ収束し、吐き出すように一気に魔力の閃光が放たれた。
 迫る閃光。吹き飛ばされ慣性制御で手一杯だったはやてに防御魔法を構築する間がなかった。衝撃に堪えるように目を瞑る。
 響く爆音。だが、衝撃がはやてを襲うことは無かった。

「ご無事ですか、主」

 その聞き間違えるはずの無い声にはやてが目を開ける。そこには力強い背中があった。その背中越しに見える障壁がエレナの放った砲撃を防いでいた。

「ザフィーラ」

 盾を突き出したエレナに四つの鉄球が紅い光の尾を引いて迫っていく。エレナは防御魔法を展開してそれを遮った。鉄球を放った少女がそれを見て不機嫌そうに手にした鉄槌を構える。

「ヴィータ」

 呟いたはやての身を柔らかく温かい感覚が包み込む。攻撃を叩き込まれた部分の痛みが引いていくのがわかる。見上げると緑の法衣を来た女性がいた。

「シャマル」
「大丈夫ですか?はやてちゃん」

 見守っていて欲しい、そう言ってついて来させなかった守護騎士がその場に集ったことにはやては呆気に取られる。そのはやてに自分達の意志をザフィーラが総意として語った。

「状況はわかっております。これももう我らが罪との戦いではありません。ただ、あなたに害を及ぼそうとするならそれを阻むのが我らの役目」

 そう言っている間にヴィータがエレナにむかって突進する。振り下ろされるグラーフアイゼンを左腕の盾を掲げて防ぐと同時に右腕のジャッチメントを掬い上げる。ヴィータは身を捻ってそれをかわすとそのまま身体を捻じ曲げて薙ぎ払うように殴りかかった。
 瞬間、エレナの姿が掻き消える。この間合いから攻撃を外し、空振りした事により体勢を崩したヴィータの背後にエレナが現れる。その気配にヴィータが驚いている間にエレナがジャッチメントの先端を押し当てる。

「あかん!」

 はやてが叫び声を上げるが、もう遅い。はやてはヴィータが吹き飛ばされる光景を想像して顔を青ざめる。

『Schlangebeiβen!』

 それを遮るようにうねる連結刃がエレナを横から襲った。後方に下がってかわすエレナを蛇のように執拗に追っていく。
 その使い手をはやて達が間違えるはずが無い。慌てるように連結刃を目で辿っていくといるはずのない騎士の姿がそこにあった。

「迂闊だぞ、ヴィータ」
「シグナム!?」

 そこにいたのは、この事件の発生時ロッドに撃ち抜かれて重症を追ったはずのシグナムだった。傷の詳細を知るクロノから事件への復帰は無理と言われたはずの彼女の姿に唖然とする。

「ちょ、シグナム!?大丈夫なん!?」
「問題ありません。主はやて」

 平然と答えるシグナム。だが、そこに意義の声が上がった。

『大丈夫、じゃないわよ。シグナムさん!安静にしててって言われたばかりでしょ!』


 念話から声を上げたのは、本局の病院からシグナムの姿がなくなった事を聞き、いち早く彼女の転送を知ったエイミィだった。

「すまんなリミエッタ。だが、主を守る戦いに将である私が参じぬ訳にもいくまい?」
『その怪我で何言ってるんですか……。もう現場に着いちゃってるから何言ってもしょうがないけど……』
「すまんな」

 呆れるエイミィにもう一度詫びるとシグナムがはやてに向き直る。

「主はやて。それであの者を如何致しますか?」
「助ける」

 問われたはやては即答した。エレナには生きてもらわなくてはならない。自分の贖罪を見届けてもらいたいから。自分の贖罪を果たすためにも絶対に救わなくてはならない。

「エイミィさん。どうすればエレナさんを助けられます?」
『……融合デバイスでもデバイスには変わりないから魔力がなくなれば自然に解除すると思う。ただ、バイタル削ってまでしてリンカーコアを活性化させてるから、完全に枯渇させないとすぐに魔力を精製しちゃうみたい……』

 語るエイミィの口調は固い。敵の様子からそれがどんなに困難であるかは客観的に事を見ている第三者として理解していた。
 だが、はやては迷わなかった。

「なら、決まりや。皆、魔力ダメージをガンガンに与えて止めるんや」

 答える騎士達も迷いはなかった。王の命に迷う筈が無かった。

「了解しました」
「はい!」
「任せとけ!」
「御意」

 夜天の王が号令をかける。

「行くで、私の騎士達!!」
「「「「おう!」」」」

 王の命を受け、王を守護する騎士達が突撃を開始した。








 その一方で状況の変化を知らないなのは達は突如立ち昇った魔力に戸惑っていた。

「あの、エイミィさん?今クロノ君の方はどうなってるんですか?」

 おそるおそる聞いてみると、苛立っているというか慌てているというか。とにかく余裕の無い返答が返ってきた。

『えーっと!ちょっと待って!クロノ君は今はやてちゃんと……え、何?嘘!?シグナムさんが!?あー、何してるのよあの人はー!?』

 まともな答えは返ってこなかったが、伝わってきた断片的な内容になのはとフェイトは顔を見合わせた。もう一度聞いてみるか迷っていると再び返答が返ってきた。

『えっとね!いまあっちの方は今………!?』

 エイミィが言葉を途切れさせる。さすがに不審になったなのはが思わず尋ね返す。

「エイミィさん!どうしたんですか!?」
『結界内に傀儡兵の反応!結界の外に出ようとしてる!数は十五!あっちこっちに散在してる!』
「えっ!?」

 その言葉にフェイトが驚きの声を上げる。エイミィのさらに焦った声が事態を告げる。それはクレアが海鳴市に潜伏している間に配置した傀儡兵だった。

『まずいよこれ!多分、この傀儡兵、外にいる結界師達を狙ってる!もし、一人でもやられちゃったら結界が解けて通常空間に戻っちゃう!』

 現場の全員が息を飲む。何が起こっているかわからないが伝わってくる波動から向こうでは戦闘がまだ続けられている。その最中に、結界が解けたら災害程度ではすまない惨事が通常空間で引き起こされることになる。

『あっちは向こうに任せて、なのはちゃん達は傀儡兵を倒して結界の防衛!座標を送るから各自分散して撃破して!!』

 指示とほぼ同時に座標が送られる。西方に二体、南方に五体、東方に七体、北方に一体、それぞれ傀儡兵の反応がある。

「なんだか変に偏ってるね」
『確実に戦力を分担させるためだと思う。一体でも逃したらこっちの負けだから、どんなに少なくてもこっちは無視できないし』
「どれも見逃せないってことか」
『そういう事!皆急いで、自分達の仕事に集中!頑張って!』

 指示を出しながらエイミィが激励を送る。なのは達は力強く答えるとそれぞれ取り決めた方角に全力で向かった。
 掴むことの出来ない状況、急変した事態、各々がそれぞれ為すべきことに集中していた。
 だから、離れたその場所にいるはずの者がいなくなっていた事に気が付かなかったのは無理も無いことだった。







 はやて達の戦いは当人達にしてみれば思わぬ展開になっていた。
 はやては大成していないとは言え、Sランクの魔導騎士。それを守護する守護騎士達は長い戦歴を持つ百戦錬磨の戦士たちである。いくら融合デバイスで強化されようともその全員を相手にして勝てるものではない。
 だが、デバイスと融合したエレナの一つの性能が敵対するはやて達を上回っていた事から戦いは決定的な事態を迎える事無く、膠着した状況になっていた。

「あー!ウッゼー!!」

 叫びヴィータのグラーフアイゼンが空を切る。その攻撃をかわしたエレナはすでに離れた位置でシグナムと斬り結んでいた。それも二、三合撃ち合った後、薙ぎ払われたレヴァンティンをエレナが上方にかわして終わる。傷が癒えきっておらず、動きに精彩を欠くシグナムにそれは追えなかった。
 エレナが融合させられたデバイス『キメラ』は完成度で言えば四割にも満たない。魔力の増大には成功したが、それを瞬間発揮能力の増大には至っておらず、ただ貯蓄できる魔力が増えただけに留まっている。それでは魔力を効率的に使用させる通常のデバイスを持った方が汎用性はずっと高い。
 そこでクレアが考案したのが、融合デバイスの他にデバイスを持つことで能力を補うというものだった。それによって魔力の消費量は大きくなるが増大した魔力がカバーされるので問題はない。そうして融合時に装着することになったのが補助デバイス『キメラAH』『キメラS』である。
 それらはクレア自身が開発したデバイスからカートリッジシステムを排除、簡略化によって基本性能を向上したものである。防御魔法を展開する盾、その中に内蔵された砲門、飛行魔法を行使する靴。融合した魔導師の負担を無視したそれらのデバイスは増大した魔力によってその性能を遺憾なく発揮していた。
 シグナムから離れたエレナがはやてを守るザフィーラに接近する。対してザフィーラは拳を振るって迎え撃つ。

「ぬっ!?」

 顔面を捉えるつもりで放った拳だったが、放って時点で狙ったはずの相手はザフィーラの横に回っていた。エレナがジャッチメントをザフィーラに叩きつけようとするが、それをヴィータのシュワルベフリーゲンが阻止する。ジャッチメントを横に振るって鉄球を叩き落とし、落とした次の瞬間には、再び距離を取っていた。
 その速度にシグナムが顔を顰める。補助デバイス『キメラS』による飛行魔法は好敵手であるフェイトのソニックフォームより速い。その速度によって、この五対一の戦況の中で断続的な一対一を作り続けていた。執拗に繰り返される一撃離脱戦法をはやて達は捉えることが出来ない。すぐに距離を離されベルカの騎士の本領である接近戦に持ち込むことが出来ないのだ。それがこの膠着にも似た状況を作り上げていた。

「シャマル!旅の扉は!?」
「駄目です!やっぱり速すぎて捉えられません!」

 押されている訳ではない。はやての身だけを考えるなら、まだ話は深刻ではない。だが、この戦いの目的はエレナを救う事にある。そのためには融合デバイスを切り離さなくてはならない。そして、その制限時間は刻一刻と近づいていた。

「エイミィさん!エレナさんの反応、どうなってます!?」
『依然低下!完全停止までおよそ七分!』

 その言葉にはやては焦る。あの異常な速度を誇る相手をあと七分で撃破することが出来るだろうか。
 いや、違う。出来るか、ではなくやらなくてはならない。ここでエレナを救えなくて何のための贖罪か。
 そのはやての決意を余所にエレナが攻撃を仕掛ける。接近してくるヴィータに向かってジャッチメントの先端を突き出し、パイルバンカーを放つ。ヴィータとの距離は埋まりきっていない。にも関わらずその届かぬ距離から近接魔法を発動させた事にヴィータが訝しんだ瞬間。

「んなっ!?」

 衝撃がヴィータを襲った。弾き返されるように後方に吹っ飛んでいく。続けて、エレナが様子を窺っていたシグナムに第二射を放つ。反射的に横に飛ぶが、突風に煽られたかのように体勢が崩れた。
 近接魔法“パイルバンカー”。その一番の特徴は驚異的な貫通能力にあるが、それに付随して生まれたのが高速で突き出されることにより発生する衝撃波である。その衝撃波の射程を伸ばし、威力を増大したのが今放った、“パイルバンカー・ウェイブシフト”である。不可視の衝撃波。敵の攻撃を見切る事が重要になる中距離戦においてそれは脅威的な魔法であった。
 吹き飛ぶヴィータに体勢を崩したシグナム。その隙をついてエレナがはやてに向かって中央突破をかける。
 それを易々と許すザフィーラではない。正面に立ち塞がりその進路を塞ぐ。その後ろではやてが援護のためにブラッティーダガーを詠唱する。両者の距離があと僅かで近接戦に入るところでエレナがジャッチメントを持った腕を横に伸ばした。
 突き出される先端。それによって生じた衝撃波によって、エレナの機動がほぼ直角に曲がった。

「!?」

 ザフィーラから見れば高速で接近してきた敵が突如視界から消えたように見えた。その横を鮮やかなフェイントを駆使するサッカー選手のようにエレナがすり抜ける。

「え!?」

 援護をしようとしたはやてがあっさりとザフィーラが突破された事に驚いている間に、エレナが盾をはやてに翳す。盾の中央で開かれた砲門がはやてを睨みつけた。

「────────」

 息を呑む。魔法の詠唱に入っていたから防御魔法の構築には間に合わない。もし、あの砲門から放たれる砲撃魔法が直撃すれば唯ではすまない。だが、打開策を練る間もなく、砲門から高密度の魔力が放たれた。はやてが光に飲み込まれ、爆発が起こる。

「はやてーーーーー!?」

 ヴィータが悲痛の叫びを上げる。その光景を守護騎士達が呆然と見た。あれだけの出力の砲撃を防御魔法も無しに直撃させられたのなら無事であるはずがない。敵のことも忘れて祈るように爆発によって立ち込めた煙を見る。

「──────え」

 守護騎士達は瞠目した。煙が晴れてそこに姿を現したのは騎士達の主ではなく盾を翳した巨体の男だった。
 はやてもその岩のような大きな背中が突如飛び込んできた時のまま固まっていた。
それらの驚き、静寂を裂くようにその男マキシムが吼えた。

「フォックス!!」

 声に応じてエレナの背後に影が躍り、細身だが鍛えられた腕がエレナの腕に絡んで羽交い絞めにする。。それを見届けて砕けたアイアスとともにマキシムの巨体が揺らいで落ちた。

「ロッド!!」

 解けた髪を揺らしながらフォックスが吼える。その声は真下に待機していたボロボロになった黒のコートを着た男に届いた。
 ロッドは答えない。代わりとばかりにヒドラの引き金を引く。精密な射撃がエレナの足元を撃ち抜いた。
 爆発が起こる。今回ヒドラに装填したのは着弾と同時に爆発する爆裂弾だ。その弾を装弾して対物破壊設定で放たれたバレットはエレナが装着した『キメラS』の右片方を完全に粉砕し、余波で左片方を半壊させた。

「今だ!やれ!!」

 その言葉と同時に勢いをつけて振られたエレナの後頭部を顔面に打ち付けられ、フォックスが拘束を解いて落ちていった。
 その声に呆然としていたはやてが気を持ち直す。確かにこれ以上のチャンスはない。畳み掛けるなら今だった。

「今や!皆!!」

 はやての声にいち早く反応したのはザフィーラだった。魔法陣を形成すると、ほぼ同時に地上から伸びた数十メートルに及ぶ拘束条がエレナを突き刺した。
「鋼の軛!!」

 エレナが自分を貫く拘束条を防御魔法を展開して遮断する。時間にすれば数秒ほどの拘束。だが、その数秒があれば二人の騎士には十分だった。

「グラーフアイゼン!!」
『Gigantform.』

 カートリッジがロードされ、先端のハンマーヘッドが巨大化する。それを振り回し、横に構えるとその大きさは数十倍にまで巨大化し、巨人の武器のようになる。

「轟天爆砕!ギガント・シュラーク!!!!!」

 その巨大さから単純で純粋な破壊力を伴った一撃が真横に振るわれる。迫る巨大な鉄槌をエレナは盾を掲げて迎え撃った。質量比で言えば、虫を潰すに等しい差がありながら盾が形成した障壁は巨大化したグラーフアイゼンと拮抗した。そのまま、防ぎきると思われた刹那、障壁に皹が入った。
 補助デバイス『キメラAH』の防御性能は、元となったアイアスよりも基本性能は高い。だが、それ故にカートリッジシステムは排除され、最大瞬間出力には劣っていた。そしてその劣っていた部分が致命的な差となった。

「ぶっ飛べえええええええっ!!」

 砕かれる障壁。それを破ったグラーフアイゼンがそのまま振り切られ、盾を粉砕してヴィータの叫び通りにエレナが吹き飛ばされる。

「レヴァンティン」
『Bogenform!』

 シグナムの手に鞘が召喚され、剣と連結する。それに合わせてカートリッジをロード、その姿を剣から巨大な弓へと変形させた。
 シグナムが構えると巨大な弓に合わせた矢が形成される。そこにさらにカートリッジがロードされ、膨大な魔力が上乗せされた。

「翔けよ!隼!!」
『Sturmfalken!』

 放たれた矢がその名の通り、獲物を狙う隼のごとくエレナに迫る。吹き飛ばされるエレナの勢いは凄まじい物があったが、隼の速度はそれを凌駕した。獲物を撃ち抜き、命中して巨大な爆発を引き起こした。

「皆、下がって!大きいのいくで!!」

 はやての声に守護騎士が正面を開ける。頂点に円を持つベルカ式の巨大な魔法陣が形成され、その三つの頂点で黒い電光を発する巨大な魔力が生み出される。
 はやてが持つ魔法で最大の威力を誇るラグナロク。これを受ければどんなに魔力生成能力があろうとも人一人の魔力を枯渇させられないわけがない。
 それを叩き込んで全てが終わると思われた瞬間。いまだ晴れない爆炎が裂かれた。

「!?」

 シグナムの最大魔法を受けてなお、エレナはまだ活動を止めなかった。ジャッチメントを後方に突き立て、突き出した先端から発生する衝撃波で加速してはやてに肉薄する。

「まずい!」

 はやてのチャージはまだ終わっていない。エレナの接近の方が速いだろう。はやての魔法のために下がった守護騎士たちではとても割り込むことは出来なかった。
 迫るエレナ。自分の魔法の発動より接近される方が速いのははやても理解した。もうさける事も防御魔法を構築する間もない。息が詰まる中、それでも一縷の望みにかけて魔法の構築を続ける。
 だが、無情にもエレナがそれを上回る速度ではやてに迫ったその時だった。

『Stinger Blade Ice Age Shift』

 下から青い魔力刃が五十本、進路を遮るようにエレナを貫いた。命中した刃は砕け、冷気の粒子となってその身体を氷の内に封じ込めた。
 驚いて下を見ると、眼下にある桜台に黒い人影があった。

「クロノ君!?」
「やれ!はやて!!」

 突然のクロノの支援に驚いたはやてだったが、その言葉に大きく頷く。クロノの氷結魔法に動きを封じられたエレナは最早、動かない的だった。かろうじて動く左腕を油の切れた機械のような動作でこちらに向けるがそれは何の意味も成さなかった。

「響け終焉の笛」

 魔法が完成する。詠唱の通り、この戦いを終焉に導くその名が紡がれる。

「ラグナロク!!」

 放たれる白い閃光。エレナの身を包んだ氷を氷解させながらその身体を飲み込んでいく。
 その光に押し潰される様に、エレナの首に巻かれた『キメラ』が砕け散った。







「これはやられましたね」

 その光景を見たクレアはそう一人ごちた。元々他人の計画を利用した、用意不周到な計画だった。こうなることも十分考えられたので落胆はしなかった。
 だが、自身の成果を見られた事には満足した。敵が殺す気でかかってきたわけではなかったが完成度の四割足らず夜天の王と守護騎士四人相手に善戦したのだ。これを見れば完成に至った時、どれだけの能力を発揮できるのか考えるだけで楽しくなってくる。
 しばらくは身を隠さなくてはならない。脱出ルートはすでに確保している。同時に再びはやてを狙う計画の両方の算段をしながら立ち上がる。

「────え?」

 そうして、クレアの身体が拘束された。突然の出来事にクレアは何が起こっているのかわからない。

「駄目ね。いくら補助専門だからってこんなに接近されても気が付かないなんて」

 その声に唯一動く首を後ろに向ける。

「あ、あなた達は!?」

 そこに立っていた二人組にクレアが驚愕する。管理局でも有名な、しかし今は管理局から立ち去ったはずの二人組みだった。

「リーゼ姉妹!管理局を退局したあなた達が何故!?」
「退局してたから、こそかな」

 局員であったエレナ達はある程度は管理局の動きを予測し、また読むことが出来るだろう。そう考えたクロノは管理局外からの増援を個人的に要請した。動きを悟られることのない勢力。それを依頼した相手がリーゼ姉妹だった。
 エレナ達は事件の詳細を調べていたが、艦隊指揮官、執務官長に歴任したことまであるギル・グレアム提督が事件に関わっていた事までは調べられなかった。「時空管理局歴戦の勇士」とまで謳われた人物が第一級ロストロギアの消滅のためとは言え、当時一般人にしか過ぎなかったはやての命を犠牲にしようとしたという事実は管理局の一部の人間しか知らず、また奥深くに隠された。デュランダルがなんのために作られ、どう使われたかまでは調べていたがそれ以前の経緯、何者によって作られたかまでは知る事が出来なかったのだ。その繋がりを知らなかったクレアにして見ればまさに想定外の人物の登場だった。
 リーゼ姉妹にしてもその時の負い目もあるし、話を聞いた主であるグレアムにも協力するよう言われた。何より可愛い教え子の頼みである。迷う事無く依頼を受けた。
そうして二人は戦闘の最中、融合デバイスで操ったエレナの制御を行う魔力波動を探知して、クレアの居場所を突き止めたのだった。

「いくら怪しまれないためとは言え、もっとセキュリティーを強化するべきだったね。何事も万全じゃないと」
「くっ」
「さてと」

 リーゼロッテがぷらぷらと手を振りながらクレアの前に立つ。

「クロスケは真面目だからねぇ〜。捕まえた相手を痛めつけるなんてしないだろね」

 非難するわけではない。むしろ、誇らしげにロッテが言う。

「だから、これはクロスケの代わり」

 ニッコリと笑った後、クレアの腹に豪速で拳がめり込んだ。バインドに絡められたまま、身体がくの字に折れ曲がり地面に倒れ伏した。意識を失わないように打ち込まれた拳にクレアは悲鳴をあげることも出来ず、呼吸を詰まらせ激痛に身を縮めた。

「仕置き終了、っと」

 そう言ってロッテは胸を張り、アリアはしょうがないと言うように腰に手を当てた。






 こうして空を見上げるのは今日で二度目だった。薄暗かった空は星を抱いて輝いている。それが時間の経過を告げていた。
 他人事のように自分の身体の具合を確認する。魔力は空、外傷らしい外傷はないが全身がズキズキと痛む。体中の骨が抜かれたかのように力は入らない。右手を指だけ動かすと激痛が走った。どうやら手の骨に皹が入っているらしい。パイルバンカーを連発すると、反動を押さえ込んだ右手がこうなるがいつの間にそんなことをしたのだろうか。
 そこに至って、ようやく自分の身に何が起こったかを振り返る。クレアに裏切られた。その事実を噛み締めるように空を見つめた。

「気が付いたか、隊長」

 声をかけられて周りに気をやる。それで自分の側に三人の部下が座り込んでいることに気が付いた。痛む首を回すと、揃いも揃ってボロボロの姿が見えた。

「お前達もやられたか」
「ああ。負けも負け。完敗も完敗だ」

 楽しげにフォックスが言う。何事にも悲観しないこの男にどれだけ救われただろうか。

「身体の方がご無事ですか?」
「命に別状はない」

 マキシムが自分の身を案じる。この義理堅い男にどれだけ支えられただろうか。

「………」

 ロッドは何も聞かなかった。聞きたいことは既に聞いたからだ。寡黙で、不可能な事にすら文句も言わないこの男にどれだけ頼っただろうか。

「……すまんな」

 その部下達に万感を込めて謝罪した。

「お前達の思いを叶えてやれなかった」

 闇の書によって狂わされた未来。その復讐に導いてやる。そう言って自分の旗下に入れた部下達。自分のした事が過ちだったとわかっていてもそれだけは心残りだった。
 その言葉を聞いた部下達は唖然とした。フォックスはおいおいと言わんばかりに顔を抑え、マキシムが深いため息をし、ロッドが口を開いた。

「馬鹿が」

 必要な事しか言わない男の罵倒に、エレナは目を見開いて驚いた。フォックスとマキシムは驚かない。必要な事しか言わない男がそう言ったのだからそれは必要な言葉だったのだ。何より、それは二人も思った言葉だったからだ。

「あー、馬鹿だ。本当に馬鹿だ。気づかずに付き合った俺らも馬鹿だが、間違いなく隊長が馬鹿一番だ」
「何?」
「隊長」

 何のことだかわからず狼狽するエレナにマキシムが諭すように語る。

「我々はあなたに救われました。その時に、あなたに全てを委ねました。我らの心など案じなくても良かったのです」
「それは、つまり」
「我らの心はあなたと同じです」

 ぽかんと口を開けるエレナ。困ったように視線を最初に罵倒した男に向けるがその男は既にそっぽを向いていた。

「そう、か」

 馬鹿馬鹿しいと言えば余りに馬鹿馬鹿しい結末と真実。

「………ク」

 思わず、顔が歪む。堪えようとしたが無理だった。

「は、ははは、ははははははははははっ」

 力の入らない身体でエレナが大きく笑った。釣られてフォックスもゲラゲラと笑い、マキシムは忍び笑いをした。ロッドは顔を伏せ、唇をミリ単位で吊り上げた。
 その笑いは近づいてくる足音が止まるまで続いた。








 木霊する笑い声。その様を遠くを見るようにはやては眺めていた。
 ラグナロクを喰らって吹き飛んだエレナを高速で飛行する何者かが受け止めた。それを追って桜台まで来たはやてが見たのがその光景だった。
 割り込む余地のないその雰囲気に戸惑っていると、背後から足音が近づいてきた。振り向いて、それがなんなのかを見たはやてがぎょっとする。

「ク、クロノ君!?だ、大丈夫なん!?」
「あんまり、大丈夫じゃないな」

 現れたクロノは額とこめかみから血を流し片目を閉じていた。左のわき腹を腕で押さえているが、そこからはポタポタと血が流れて地面に滴り落ちていた。バリアジャケットに隠れて見えないが、全身は打撲だらけ。間違いなく重症である。

「じゃ、じゃあ早く病院にいかんと!血、出てるし!!」
「その前に、はやて」

 クロノが慌てるはやてを制する。そうして顎で視線の先にいる四人を指した。

「君が、終わらせるんだ」

 戸惑いのような、迷いのような間を置いてからはやてが頷いた。静かに、確かな足取りでエレナと『ナイツ』に近づいていく。
 十分に近い距離まで来て足を止めると、響いていた笑いが止まる。

「エレナ・エルリードとその部下三名」

 エレナがぼんやりとはやてを見る。その感情を読み取ることが出来ないままはやてが告げた。

「あなたたちを、管理局データベース改竄とその他の容疑で逮捕します」

 こうして、八神はやてにとって、短く長く大きな事件は終わりを告げた。





 続く


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