リリカルなのは SS

                     夜天の小話

 1 対決

 小柄な少女と巨体の男が戦いに相応しい装束を纏い向かい合う。

「手加減はせぬぞ、八神はやて」
「ええで、マキシムさん」

 不適に笑いあう両者。

「それでは、開始」

 その立会いの一人に選ばれたクロノの投げやりな合図と共に二人は手にした獲物を振るう。

「ぬううううっ!!」
「おりゃあああ!!」

 燃え盛る炎。

「はああああっ!!」
「えやあああっ!!」

 響きあう鉄の音。

「がああああっ!!」
「やああああっ!!」

 焼き焦げる匂い。止まらぬ両者の動きは時間との戦いのためだ。

「…………」
「どうした。クロノ・ハラオウン。浮かない顔をして」
「いや、どうしてこんな事になったのかと」
「何か不満か?」
「これでも忙しい身なのだが」
「ならここにいる分、忙しくなってもあまり変わらないだろう」
「…………」

 クロノはため息をつきながら、上に掲げられた垂れ幕を見る。

『お題 ハンバーグ』

「くっ!?これは、いくつもの食材が互いを生かしあう見事な調和!やるな、八神はやて!!」
「こ、この味わい深いながらもあっさりとしていて、それでいて口に残る味付け!只者じゃないな、マキシムさん!!」

 マキシム・アイオーン、ナイツにおける壁兼調理番。







 幕間 夜天のNG 1 脅迫

「……話はそれだけか?なら僕はもう行くぞ」

 不快な話を切り上げるように無表情のまま、クロノは扉に手をかける。その背に向かって、エレナは言った。

「………執務室で眠ってしまった義妹に膝枕」

 クロノの動きが止まった。

「他には任務で足を怪我した某捜査官候補の靴を自らの手で脱がし、治療のために丹念に手で触って調べたり、連携魔法の特訓で魔力を放出しすぎて気を失った某武装局員を抱きとめ、そのままお姫様抱っこで医務室まで運んだな」
「………何が言いたい」
「さあ?ただこれをエイミィ・リミエッタに話したらどうなることだろうな。まあ、誰かにとっていい事にならないのは事実だろうが」
「くっ………」

 身から錆が出たクロノ。この後、彼が取る選択は!?

 夜天の誓い、第二ルート開眼─────────しません。







 2 柔軟な思考

 フォックス・スターレンスはちょっとした用事のため、なのは達の次元世界にやってきていた。

「くぁ………」

 昨晩、一杯やってから寝たのだがなんだか早い時間に起きてしまった。頭をガシガジと掻きながら、何かやっていないかとテレビをつける。

「お?」

テレビに映ったのは、一人の青年が妙なベルトによって全身を銀の装甲を纏った姿に変身しているところだった。その姿になると、正面にいた敵らしき化け物とパンチやキックの応酬で渡り合う。戦いが佳境に入ると変身した青年が銀の装甲を解除してその下に隠されていた赤い姿で敵を追い詰める。
 いや、脱ぐくらいなら最初から取ればよかったんじゃないのか、と設定を知らない初見者の意見を抱きつつ、フォックスは画面を見続ける。どうやら止めを刺すようだ。変身した男がベルトの機械を操作すると片足が発光し、強烈な回し蹴りを敵に叩き込む。爆散する敵。それを見届けてから青年は変身を解除した。

「…………」

 後日、装備課。

「はあっ!?デバイスに魔力を付与させるシステムを持ったベルトを作ってくれ!?あのですね、只でさえ扱いづらいのにそれに連動する様な複雑なデバイスなんて作れません!もう少し考えてから物言ってください!!」

 しかし、この発想が元で加速に回すカートリッジをデバイスに付与させることで攻撃面を強化しバージョンアップしたスピードスターが出来上がるのは少し後の話。






 3 そんな彼だけど

「あー、ったく隊長こんなに書類溜めやがって。えーっと、こっちが捜査課でこっちは装備課。これは前の事件の始末書か。途中で短期起こさなきゃこんなもんでなかったのに。ん、新武装局員の育成カリキュラム案?駄目駄目、隊長にこんなもん作れねえし任せられねえからこれやらねえと。なんだ、電話かよ。もしもし。え?マキシムに防御魔法の講師?いつだそれ?おいおい、その辺り別の任務入ってるぞあいつ。あ、返事はもらってる?あー、すまんそれキャンセル。また後日ってことで。…………あいつも断れよな。頼まれたらホイホイ受けやがって。だー、また電話か。もしもし。何、装備課?ロッドの弾丸費いい加減経費で落ちませんよ?……あの野郎、また好き勝手に撃ちやがって。もうあいつに訓練用デバイス作った方が安いんじゃねぇの?ん、冗談になってない?確かになぁ。ともかくこっちからも言っておくからそっちの方も検討しておいてくれ、じゃ。………さぁーて、とっとと片付けるか」

 フォックス・スターレンス、ナイツで実は一番頭脳労働役兼苦労人。







 幕間 夜天のNG 2 狼煙

「いま、この時より、審判を下す。ロッド、狼煙を上げろ!!」

 その声を受けて、ロッドは狼煙を上げた。








「あれ、桜台の方から煙あがってない?」
「物騒ですね。消防署に通報しておきましょう」

 その日、桜台で放火未遂の黒づくめの男が逮捕されたと言う。







 4 そうは見えない。

「…………」

 黒づくめの服を着たその男、ロッド・ブラムは草むらに隠れながら己がデバイスを取り出した。
 ヒドラ。黒いライフルの形状をしたそれはただ一つの射撃魔法のみしか使用できず、それ故に規格外の射撃魔法を可能にする射撃魔法特化のロッド専用デバイスである。

「…………」

 ロッドは、ヒドラに取り付けられたスコープに顔を寄せる。射撃時に使われるそれは魔力によって射程内の光景ならどんなに離れていようとはっきりと映し出す。だが、狙撃自体はデバイスの補助を受けず完全にロッドの技量のみによるもの。それがいかに非常識な話であるかはデバイスの補助を受け長距離攻撃を行う砲撃魔導師ならばよくわかっただろう。
 そのデバイスを使い、ロッドは数百メートル先の光景を見続けた。

「………あの、エレナさん」
「なんだ、八神はやて」
「あれ、何してるんですか?」
「見てわからんか、バードウォッチングだ」
「デバイス使ってですか!?」
「便利なのだから別に構わんだろう」
「どっちかって言うと狩猟っぽんやけど………」

 ダキューン!!

「撃った!?今、撃ちましたよエレナさん!?」
「どうせ、子供が野鳥にいたずらしようとして投げた石を撃ち落としただけだろう。大抵、間に合わずに驚いて飛び立ってしまうらしいが」
「それ、驚きの理由絶対違いますよ!!」

 ロッド・ブラム。趣味はバードウォッチング。








 幕間 夜天のNG 3 断罪

『それはな、お前がクロノ・ハラオウンに擁護されている事だっ!!』

 何故、そこでクロノの名前が出てくるのだろうか?同じ執務官でありながら自分を庇ったことがそんなに気に入らないのだろうか?
 放っている射撃魔法そのままにエレナは叫び散らす。そのいくつかがはやてに辺り、体勢が崩れる。

「貴様を庇ったために貴様とのフラグが立った!!何故だ!何故私とはフラグが立たない!!やっぱり年下じゃないと駄目なのかあいつはー!!」
「や、八つ当たり!?」








 5 先を行く者

 その日、エレナは八神家を訪ねていた。インターフォンで来訪を告げて家に上がるとピョコピョコと出迎える少女が来た。

「こんにちわです!」
「うむ、こんにちわだ。リィンフォース」

 笑顔で挨拶すると、エレナは手にした箱をリィンに見せる。

「今日はお土産を買ってきたぞ。なんでもこの辺りで有名な洋菓子屋で買って来たものだ」

 それを見て喜ぶだろうと思ったリィンだが、何故か申し訳ない顔をした。

「ど、どうしたのだ、リィンフォース?」
「ごめんなさいです。リィンは一日にケーキを二個食べちゃ駄目と言われてるです」
「それはどういう…………」

 そこにリビングから顔を出した男がいた。

「やあ、エレナ。君も遊びに来たのか」
「っ!?」

 その顔を見て、エレナは挨拶もせず横をすり抜けリビングのテーブルの上にある箱を凝視する。
 それは間違いなく自分が買ってきた店と同じものーーーーーーー!

「ふ、ふふふ。お前はいつだって私の先を行くのだな、クロノ・ハラオウン………」
「いきなり、どうしたんだ君は…………」

 どうもエレナは出所してから人が変わった気がしてならないクロノだった。








 幕間 夜天のNG 4 変身

『強硬手段です』

 瞬間、エレナの身体が光に包まれた。その時に生じた衝撃にクロノが後退する。それまで動かずにいたはやてはクロノに近づきともにその光を見る。

「一体何が………!?」

 萎んでいく光。そしてクロノとはやてはソレを見た。

「「────────」」

 現れたエレナはピンクを基調とし、白のフリフリがたくさんついて所々をリボンで飾った服を着ていた。頭にはでっかいリボンに、手にしたジャッチメントの先端にはハート型の宝石。止めとばかりにキラキラなエフェクト付きでポーズを取っていた。

『やりました!!成功です!!名づけて粉砕少女バンカーエレナ!!どんな事件もパイルバンカーで粉砕解決!!決め台詞はバンカー、マジカル、粉砕です!!これならOVAも行けますよー!!きゃー!!素敵―!!隊長、素敵すぎー!!』

 一人ヒートアップするクレアを余所にクロノとはやてはもの凄く気まずい気持ちになった。一言で言うなら『イタタタタッ』って感じ。

「………殺せ!いっその事殺せー!!」

 エレナの叫びが桜台に響いた。








 6 打ち上げ

「皆、先の事件ではご苦労だった。まだ事後処理は終わってないから明日からも忙しいと思うが、今日は楽しんで欲しい。それでは乾杯っ」
『乾杯!!』






「やー、それにしても凄かったねぇ今日のエレナ」
「うむ、実戦で新型を使ったのは初めてだが思ったより性能がよかった」
「バンカーの衝撃波で建物三つも貫通させておいていう台詞じゃないと思うが………」
「よう、姉ちゃん。酌してくれねぇか?出来れば、この後も付き合ってくれれば嬉しいんだが」
「貴様、まだ斬られ足りないか」
「あ、危ねっ!し、室内でデバイス振り回すなよ!?」
「おかわり」
「むう、このから揚げの絶妙な揚げ加減。見事だ」
「あ、リィン。あかんで。口元汚れとる」
「ああ、ゴシゴシするな。今拭くから。ご飯粒もついてるな。ひょい、パク」
「……………」
「……………」
「ど、どうしたんだ二人とも。急に睨みつけてきて」
「………なんでもあらへんよ」
「………私もやってみたかった」
「ってエレナさん、そっちですか」
「おかわり」
「なあなあなあ。そっちの姉ちゃん、今度の休み空いてねぇか?いい店紹介するぜ?」
「ごめんなさい。家のお仕事がありますから」
「…………バーゲンで五割引き」
「え、それ本当ですか!?」
「シャマル、揺さぶられ過ぎだ」
「だってザフィーラ、五割引きよ!?そんなの滅多にないわよ?と言うわけでお店だけ教えてくれません?」
「きっついなぁ、姉ちゃん………」
「おかわり」
「これがこの国伝統の寿司というものか。なるほど、単純のようで奥が深い」
「う〜ん………、届かないです〜………」
「ああ、無理するな。僕が取ってあげよう。ほら」
「ありがとうです!」
「………………」
「子に寝取られた気分か、八神はやて」
「な、何を言っとるんですか!?」
「そこのお嬢ちゃん。俺と一緒に遊ばはっ!?」
「ヴィータ。返答もせずにアイゼンはやりすぎた」
「食うのに忙しいんだよー」
「ぐふっ!?渋いようで甘い…………っ!?これがワビサビという、もの、なのか……ガハッ!!」
「あ、それリンディ提督が入れたお茶………」
「ナイツの盾を一撃で破るとは………、さすがだリンディ・ハラオウン提督」
「そういう問題じゃないと思うけど………」
「よう、夜天のお姫様。今度お茶でもどうよ?」
「え、私?」
「復活早いね、フォックス君」
「雰囲気もいい店でよ。きっと気に入ってくれると思うぜ?」
「あ、あはは。誘われてしもた。どうしよクロノ君」
「え、何が?」
「もっとなでなでして欲しいですー」
「…………」
「で、どうよ?」
「後ろの子らに聞いてみて」
「え?お、おおっ!?」
「貴様、そこに直れ」
「安心してください。怪我しても癒しますから。また怪我させますけど」
「身の程知らずめ」
「ギガ叩く」
「フォックス。室内でデバイスは使うな。埃が立つ」
「隊長、逃げ道塞ぐなよ!?」
「にしても進展していないようだな」
「ライバル多いからねー」
「そうなのか?」
「うんうん、強敵だよ。見てる分には面白いけど」
「ところでお前はどうなんだ。エイミィ・リミエッタ。いつまでも弟分にかまっていると行き遅れるぞ」
「な、そういうエレナはどうなのよ!」
「出所してから、復帰するのに忙しかったのにそんな話があると思うか?」
「それなら部下で気にしてる人とかいないの?」
「ははははははははははははははははははははははっ!!」
「爆笑するところなんだ………」
「まあ、それは置いておいてしばらく恋はいいだろう。自分としては失恋してからそれほど経っていない気がするしな」
「え?エレナ。君にそんな人がいたのか」
「…………」
「おかわり」
「待て、何故デバイスを召喚してパイルバンカーの準備に入る。しかもダブルで」
「うるさい。悪いと思うなら八神はやてとデートでもしてやれ」
「どういうことだそれは」
「ちょ、エレナさん!?何言っとるんですか!?」
「お前もお前だ八神はやて!この男の事だ、固定ルートに入れば八方美人もなりを潜めてベッタベタの一途になるぞ!!だから押し倒せ!!」
「待て、一見普通に見えて酔ってるな君!?」
「ははは、何を言う。私は今年で二十一だぞ?こちらの次元世界でも酒を飲んでもいい年齢だぞ?今日初めて酒を飲んだが」
「思いっきり酔う要素満載じゃないか!!」
「さあ、クロノ・ハラオウン。貴様の道は二つに一つ。八神はやてとともにリィンフォースを幸せにするか、別ルートに向かい私にリィンフォースを譲るか」
「後者私欲入ってるやないですか!」
「リィンはクロノさんのほうがいいです」
「………………」
「うわ、エレナが砕け散った!?」
「シャ、シャマルー!そっちの残虐非道なリンチやめてこっちに静かなる癒しかけて!!」










「おかわり」

 その騒ぎに我関せずと、ロッドは一人皿を積み上げ続けた。
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