リリカルなのは SS

はやてのクロノ!
「はい、シャマル………」

 はやてが脇から取り出した体温計をシャマルに手渡す。ベッドに寝ながら腕を伸ばすと言う僅かな動作だが、それすらも緩慢であり今のはやてには労力を要した。

「う〜………」
「熱は……37・8℃。今朝とそんなに変わりませんし、これは明日になっても下がりそうにありませんね………」

 間違いなく風邪である。体温計を見ながら眉を顰めてシャマルがそう告げる。その言葉から伝染したように回りにいた他の守護騎士達もシャマルと同じように眉を顰めた。

「まずいな。明日、私は近隣の次元世界で魔獣退治、ヴィータは士官候補生の戦闘講義、シャマルは治療班とのミーティング、ザフィーラはレティ提督の護衛。いずれも外せぬし代役も立てられぬ任務だ」

 シグナムの言葉に重苦しい沈黙が流れる。シャマルはおろおろしそうになるのをなんとか堪えて、ヴィータは苛立ちを隠そうともせず口をへの字に曲げ、ザフィーラはより一層寡黙になる。
 兆候らしき物は確かにあった。鼻がむずむずしていたようだし、少し肌寒そうにしていたし、小さなくしゃみを何度かしていたのも見た。しかし、結局それが風邪の兆候だと見抜けず、この有様である。

「我らヴォルケンリッター、一生の不覚!!」
「いや、ただの風邪やからそんなに思いつめんでも」
「でも、はやてちゃんもはやてちゃんです。体調が悪いなら言わないと」
「はは、ごめんな。なんやちょう調子悪いなぁとは思ってたんやけど、ここまでになるとは思ってなかったわ」

 その言葉には少しばかり嘘だ。体調の悪くなっている事の自覚はあったし、風邪だろうとも思っていた。けれど、その内収まるだろうとほうっておいてしまったのだった。

「なぁ、はやて。あたし明日」
「駄目やで、ヴィータ。お仕事はちゃんといかんと」
「でも………」
「ただの風邪やから心配あらへんって。ほら、皆明日早いんやからもう寝よ。私も寝るから。あ、ヴィータ。移るとあかんから今日は別のベットな」
「………うん」
「………それでは失礼します」

 そう言ってシグナム達ははやての部屋を出る。が、皆部屋に戻らず階段を下りて、リビングへ向かう。シグナムはソファーに、その左右にヴィータとザフィーラが床に座り、シャマルがその向かいに経った。

「それでどうなのだ。主はやての容態は?」
「ただの風邪には違いないわ。でも、あの容態で一人にはしたくないわ」

 実際はやての症状はただの風邪だ。ヴォルケンリッター達の反応は過剰すぎるのだが、以前闇の書に侵食されて弱っていくはやての知っていれば仕方が無いとも言える。

「だが、どうする。我らには任務がある。それを断ってまで主の傍にいることは主が許すまい」
「このままじゃ、気になって講義なんてできねーよ」
「そうね……。やっぱり、誰かはやてちゃんについてもらわないと」
「誰かとは誰だ?」
「とりあえず虱潰しに当たってみるわ」

 シャマルが携帯を取り出し、思いつく限りに電話をかけていく。五人ほど当たったがいずれも用事があり、一日はやてにつくのは難しいとの事だった。最悪、何人か交代で身に来てもらおうかと思いながら次の相手に電話をかける。

「───────────」

 その相手に事情を話し、一言二言言葉を交わして電話を切るとシャマルが携帯を閉じる。それが意味するところをシグナムが尋ねた。

「シャマル。誰か都合のいい者がいたのか?」
「ええ。駄目元だったけど、一番理想的な相手が見つかったわ」

 嬉しそうに笑うシャマル。だが、その顔は心温まるものではなく、背筋に冷や汗を流しそうになる策士のそれであった。それに若干引きながらシグナムが尋ねる。

「……一体誰だ?それは?」
「ふふふ、それはね───────────」











「それでは行ってまいります」
「うん。気をつけてな」

 管理局に向かうシグナム達をベッドの上で送り出す。名残惜しそうなヴィータの姿が扉に遮られるのを見届けてからはやてぼふっと上体をベッドにを倒れこませる。

「あ〜………気だるいなぁ」

 体調は回復した様子は無いが、昨晩から寝てばっかりなので眠気はほとんどなかった。しばらくその気だるさのままぼ〜っとして過ごす。
 が、段々その気だるさに慣れのようなものを感じてくると、他のことに意識が向くようになってくる。友人達は学校でどうしているだろうか?全員とは言わないがきっと見舞いには来てくれるだろう。ああ、そういえば今日は算数があったから後でノート見せてもらわんと。
 その友人達の姿を探すように窓に目を向ける。そこからは曇りの無い青空が広がっているのが見えた。

「いい天気やね…………」

 絶好の洗濯日和やなぁ。そう思い至った瞬間に気がついた。
 そういえば昨日は洗濯物が多かった気がする。いや、気じゃない。確かに多かった。こんないい天気なのに洗濯しないなんて勿体無い。それに今日洗わないと溜まる一方だ。ああ、それに掃除もしきゃなと思ってた頃だ。なのに、寝て過ごすしかないなんて勿体無い。勿体無すぎる。勿体無さ過ぎて勿体無いお化けが出てきてしまう。
 そう思ってしまうと、ただベッドで横になっているのが我慢ならなくなってくる。落ち着きなく、何度も窓の外に目をやり、布団から抜け出そうとするように身体をくねらせる。
 落ち着こう。そう思ってはやては大きく深呼吸する。そうして自分の体調を冷静に確認しようとする。気だるさはあるが動けない程ではない。それにさっきより楽になっているような気だけはする。

「うん、だからちょっとくらい起きても」
「───────いい訳無いだろう」

 言葉と共に起こした上体が、冷やりとした感触と共に額を押されて再びベッドに倒れこむ。
 なんだろうと思ってその感触を確かめるために額に手を伸ばす。が、そこにあったのはがっしりとした人の手の感触だった。その手を遡る様に視線を上に上げていき、そこにあった顔にはやての目が驚愕で見開かれる。

「くくくく、クロノ君!?」
「ああ、こんにちははやて。と言ってもまだ午前中だが」
「な、なんでクロノ君がおるの!?それに、その格好!?」

 そこにいたのはいつも多忙で暇なんてなさそうな人物であるクロノ=ハラオウン執務官の姿があった。それだけに驚愕物なのにその格好がさらにはやての驚きを大きなものにしていた。

「なにって………君達の世界の服じゃないか?」
「だからってなんで執事服!?」

 そう、クロノが今来ているのはまごう事なき執事服。どう考えてもクロノが着る服ではないし、そもそも一般人はそんな服を着ない。

「シャマルに渡されたんだが。君の看病をする時はこれを着てくれと」
「シャマル、が?」

 そこから事の経緯を説明される。
 昨日シャマルから電話がかかってきて、はやてが風邪を引いた事。誰かはやての看病をする人を探している事。自分の都合がつくかどうかを聞かれた事。幸い、今日が休みである事を告げるとシャマルが是非にと言って来たので引き受けた事。
 そうして、今朝方玄関先ですれ違った際にこの服を手渡され、着る様に頼まれた事を話した。

「この服は誰かの世話をする時に着るものらしいじゃないか。何か不都合があるのか?」
「いや、それは色々と誤解が………。それと、今朝渡されたって言ったけどそれにしては顔出すの遅かったやん。そんなに着替えるの手間取ったんかい」
「いや、着替えはすぐに済んだが、この服を着たものは神出鬼没のライセンスをもってなくてはならないと言われてな。君の様子を見る事も兼ねて潜んでいた」

 隠密行動も執務官スキルの一つだ。そう語るクロノにはやてはツッコむ気力を失う。

「あんな。クロノ君…………」

 はやては気だるい体を押してクロノが着ている服がどういうものか懇切丁寧に説明する。説明されたクロノは自分が間違った知識を植えつけられそうになった事を考え込むように口に手を当てた。

「なるほど……。そう言えば、アリサの家の鮫島さんがこんな服を着ていたな」

 ちなみに、その鮫島さんがこの服の入手経路だったりするがそれは全くの余談である。

「だからな。クロノ君はそんな服着なくてええし、看病も─────」
「まぁ。それでもいいか」
「えっ!?」

 クロノの言葉にはやてが声を上げる。少なくとも呆れ果てて服を着替えるくらいはすると思っていたのでなおさらだった。

「今日は君の看病をすると決めたからな。わざわざ用意してくれたんだし、元々シャマルの頼み事だ。最後まで付き合うことにする」
「え、でも、その」
「はやて」

 何か言おうとするはやてを遮るようにクロノが名前を呼ぶ。

「今日一日だけだが君に仕えることにする。なんなりと言ってくれ」

 そう、笑顔と共に言われて、はやては心臓の音が一際高く鳴ったのを感じた。











「で、君はさっき何をしようとしていたんだ?」
「え、えと洗濯やけど………」
「ああ、なるほど。確かに今日は洗濯日和だ。よし、片付けてくるとしよう」

 そう言ってクロノが部屋を出て行く。それをぽ〜っと見送って、ようやくはやては自分の顔が風邪ではない赤になっている事を自覚した。

『今日一日だけだが君に仕えることにする。なんなりと言ってくれ』

 その言葉を反芻する。なんか知らないが凄い威力だった。思い出すだけでまた顔が赤くなる。

(これが狙いか、シャマル!)

 本人は未だ素直に認めていないがはやてがクロノに抱く感情は一部を除いて周りには理解されてしまっており、シャマルもその一人である。

(ああ、もう余計なことを〜………)

 そう思いつつも、もう一度さっきの言葉を思い返してみる。

『君に仕えることにする。なんなりと言ってくれ(※ 一部脳内編集)』

 ばっと手の平で口元を押さえる。ごめんなさい、口元が緩みそうで仕方ないです。
 その緩みそうな頬をなんとかしようと他の事に目を向ける。飛び込んできたのは空の蒼。ああ、本当に今日はいい天気だ。この天気なら洗濯物もよく乾くだろう。そう言えば、このパジャマ汗で少しじっとりしてる気がする。この際だからもっと可愛いのに着替えて、いやいや別に可愛いのに着替える必要は────────。

 「……………」

 着替え。洗濯。洗い物。
 その連想にはやては口元から手を離し、赤くしていた顔を青ざめさせる。それに僅かに遅れて魔力を足に通し、弾かれたように洗濯機のある一階へと駆け出す。

「───────────っ!」

 どうして気づかなかったのか。
 今クロノが洗おうとしているのは八神家の洗濯物。つまり、八神家の者が着ていた物。
 その中には、当然衣服だけではなく───────────!!

「クロノ君、ちょっと待ってやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!

 今まさに洗い物を洗濯機に入れようとしているクロノ。
 その手には、薄い緑のはやての下着が摘まれていた。

「ああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………………」

 遅かったと絶望し、魔力制御を失って崩れ落ちるはやて。そのはやてを尻目にクロノははやての下着を洗濯機に放ると、スイッチを入れた。そうして、いたずらを見つけた教師のような顔で告げる。

「こら、寝ていないと駄目だろう、はやて」
「って、なんでそんなに淡白なんやあっ!人の下着手に取っておいて!!」

 恥ずかしいやら悔しいやらその他諸々でで半泣きのはやて。そのはやてが口にした事にさすがにクロノがばつの悪そうな顔をする。

「今の、君のだったのか………」
「そうや!あんまり可愛く無い奴や!何、そんなに子供っぽかったから赤くもならへんのか!?」
「君が何に対して怒っているのか、わかりかねるが女性の下着はある意味見慣れてるからな」
「───────────それ、どういう事?」

 泣き叫んでいたのから一転、エターナルコフィンに匹敵するくらい冷たいはやての声。視線だけでも空港火災を鎮火される事が出来そうだった。

「い、いや。ほらウチは母さんにフェイトにアルフでどうしても目に付いてしまうことが多いんだ。それとずっと前によくリーゼ達に洗濯をさせられて………」

 そう言ってクロノは一瞬過去の情景を思い出す。
 大量の洗濯物。何故か下着が主で『この動作が訓練になるのさー』とか言って恥ずかしいのを我慢してこなしたら『いやぁ、あんまり効果なさそうだね、ダイジェスト的にあったコマだし』と言って持っていた漫画を目の前でヒラヒラしやがった時は本気で師弟関係を切ろうかと思った。ああ、本当に今更ですがどうしてあれが僕の師匠なんでしょうか─────────?

「ふ、ふふふ…………」

 知らず知らこぼれるネガティブな笑み。それは絶対零度の視線を送っていたはやてを引きつらせるほど凄絶な笑みだった。











 とりあえず、洗濯物は下着だけはやてが干す事になった。それだけなら量もそんなに無かったのでクロノも渋々ながら了承した。

「そろそろ昼だな」

 やらなくてもいいと言っているのに掃除を済ませたクロノが読んでいた本を閉じてそう言った。時計を見ると確かに12時を回っている。

「あ、それじゃ」
「僕が作ってくるから、大人しくしている様に」

 有無を言わさず立ち上がったクロノが部屋を出て台所に向かう。それを何か恨みがましい目で見送りながらはやては考える。
 なんだかさっきから言いように振り回されすぎているような気がする。それはそれでまぁ、悪くは全然無いのだがこのままというのは少し癪に障る。
 そうだ、このままではいけない。少し懲らしめてやる事にしよう。自分の発言を後悔させてやる。そう思ったところで扉が開かれた。

「出来たぞ。味は余りよくないが、栄養はたくさん入っている」

 クロノが持ってきたお盆をはやてに手渡す。膝の上に置いて上から見下ろすと、味付けなどは違うのだろうが土鍋にお粥が入っていた。

「…………」

 はやてはそれをじっと見つめるが、黙って手につけようとしない。不審に思ってクロノが声をかける。

「はやて?どうかしたか?」
「なぁ、クロノ君。クロノ君は今日は私の執事さんなんやよね?」
「あ、ああ。そうだが」
「───なら、食べさせてくれへん?」
「なっ!?」

 たちまちに顔を赤くするクロノ。それを見てはやてが内心でガッツポーズを取る。それや、それ。それこそクロノ君って反応や!

「駄目なん?執事さん?」
「う、く…………」
「あーあー………、私の執事さんは私のお願いを聞いてくれへんのかなぁ」
「………わかった」

 観念したようにクロノがお粥をレンゲですくってフーフー、と息を吹きかけて冷ます。それを見て、はやては自分がかなり恥ずかしい事を頼んだ事を自覚してしまう。さっき、一矢報いたと思った気持ちははちまち恥ずかしさに塗りつぶされてしまう。

「ほら………、口を開けてくれ」
「う、うん………、あ、あ〜ん…………」

 クロノが持った若干震え気味なレンゲがゆっくりとはやての口に近づいていく。それでもしっかりと口に運ばれたその時だった。

「こんにちは、はやてちゃん」

 ガチャリ、と扉が開いて石田医師が姿を現した。

「……………」
「……………」
「……………」
「………お邪魔だったみたいね」

 バタン、と扉が締められる。

「ままままま、待ってくださいー!!!」

 膝元には食事が置いてあるし、石田医師の前で歩くわけにも行かない。
 はやてに出来るのはただただ切実に叫ぶ事だけだった。










「急にどうしたんです?石田先生」

 立ち去ろうとした石田医師をなんとか引き止めたはやてが事情を尋ねる。身体が回復に向かい始めてから、石田医師が様子を身に来る事はほとんどなくなっており、連絡も無くやってくるのはなおさら不思議だった。

「ええ。昨日シャマルさんからはやてちゃんが風邪を引いたって聞かされたから様子を身にきたの」
「シャマルから?」
「午前中は用事があるから難しいって言ったんだけど、やっぱり気になって様子を見にきたのよ」

 はやてとクロノを二人きりにしようとしたシャマルだったが、他に連絡をいれた人間が来るかもしれない事を失念していたようだ。実にシャマルらしいウッカリである。

「でも、急に来るからびっくりしましたわー」
「ごめんなさいね。でも、びっくりしたのは私も同じだわ」

 ふふふ、と笑う石田医師。その顔にはやては背筋に冷たいものが走るのを感じた。

「い、石田先生?」
「ねぇ、はやてちゃん。あなたとは長い付き合いよね?」
「そ、そうですね。かれこれ何年になるんやろか」
「こう言うと何だけど、私はあなたの保護者のようなつもりでいてきたわ」
「わ、私もです。石田先生にはほんま、それくらいお世話になりましたし………」
「それなのにっ」

 石田医師ががしっとはやての肩を掴む。さほど強く掴まれた訳ではないのにはやては金縛りにあったように動けなくなる。そんなはやてに石田医師は顔を近づけて問い詰めるように言う。

「彼氏が出来たのに言ってくれないなんて水臭いとは思わない?」
「かか、彼氏!?ちちちち、違います!!クロノ君はそんなんやなくて!!」
「あの子、クロノ君って言うのね」
「ええと、ほら!フェイトちゃん、わかります!?私のお見舞いに来てくれた!あの子のお兄ちゃんなんです!それだけです!!」
「ああ、あの子。じゃあ、いつかは妹さんになるのね?」
「そうやなくてー!!!」

 そこでドアが二回ノックされ、下でお茶を入れていたクロノが戻ってくる。静かな動作でまずはやてにお茶を渡し、軽く一礼してから石田医師にお茶を渡す。

「ありがとう。ええと、クロノ君でいいのかしら?」
「はい。クロノ=ハラオウンと言います。こうしてお話しするのは初めてですね」
「あら?どこかでお会いしたかしら?」
「春の花見の時に。姿をお見受けしました」
「ああ、そう言われると確かに見た気がするわ」

 そこではやてをちらりと見る。その目ははやてにしかわからない目で『そんな頃からのお付き合いしてたの?』と語っていた。ぶんぶんと首を振るはやて。そのはやてに首を傾げるクロノ。

「よくこの家には来るのかしら?」
「たまに、ですが。彼女の勉強を見に来たりしてます」
「そうなの。ああ、そういえば成績がよくなったって話してくれたけどクロノ君のおかげだったのね」
「いえ、はやての努力の結果ですよ。僕は少し手伝ったに過ぎません」
「………ところで、その格好は?」
「シャマルの趣味です(キッパリ)」
「そう………」

 他人に寛容な理解のあるいい子だ。うんうん、と頷きながら石田医師はそう思った。それを見てはやては頭を抱えるばかりである。

「クロノ君。いいかしら?」
「はい。なんでしょう?」
「私はずっとはやてちゃんを見てきました。この子はとってもいい子だけど、苦しくても一人で抱えてしまおうとしようとするところがあります」
「ええ。わかります」
「だから、誰かが見守って、つらい時に支えてあげないといけないんです」
「………はい」
「クロノ君」

 石田医師がクロノの手を取り、頼み込むように頭を下げる。

「はやてちゃんを見守ってあげて下さい」

 その懇願とも思えるほどの想いが込められた声。

「はい、僕でよければ」

 その言葉の真摯さに応える様に、クロノは迷い無く答えた。

「…………ありがとう」

 肩の荷が下りたように表情が楽になる石田医師。それから残りのお茶を飲み干すとすっと立ち上がった。

「それじゃ、失礼するわ」
「もうですか?もう少しゆっくりしていっても」
「元々ちょっと様子見に来ただけだったし。それにこれ以上お邪魔するのも悪いわ」
「お邪魔?」
「ふふ、それじゃあね」

 含みのある笑みを残しながら石田医師は部屋を出て行く。それを見送りながらクロノがはやてに声をかける。

「いい方だな。君が慕うのもわかる………、どうしたはやて?」
「誤解された………、絶対誤解されたぁ…………」

 肩が抜けたのではと思うほどがっくりと肩を落とすはやて。
 なお、はやてが後日リハビリで病院に行った時、顔見知りの患者や看護婦から質問攻めにあうが、その内容とそれが誰のためなのかは言うまでも無い。












「う〜…………」
「大丈夫か、はやて?なんだか凄いぐったりしているが………」

 石田医師が帰ってから気が抜けたのか、はやては先ほどから気分が悪そうにしている。

「熱自体は下がってきているはずなんだが………」

 どちらかと言えば精神的疲労から来るものだとわかっていないクロノは献身的に何度もタオルを絞り、はやての汗を拭いていく。

「ええて、そんな………」
「いいから。気にしないで寝るんだ。その方が直りが早い」

 遠慮していたはやてだったが、疲労と冷えたタオルの感触にだんだん意識がまどろんでくる。このまま、寝てしまえばどんなに気持ちいいだろうか。でも、何かを惜しむように眠りたくないとも思い、なんとか意識を繋ぎとめる。

「ごめんな、クロノ君…………」
「いいさ。皆心配しているから早く治して安心させてやってくれればいい。フェイトも昨日から心配していたぞ」
「………クロノ君はぁ?」

 熱があるから当然なのだがどことなく熱っぽい視線で見つめられる。その視線に若干うろたえ、視線を外しながら答える。

「もちろん心配したよ」
「ほんまぁ?」
「嘘をついてどうする?」
「もう一声…………」
「………苦しむ君の姿なんて見たく無いよ」
「………あ、ありがと」

 思った以上に感情の込められた言葉に嬉しさと恥かしさが入り混じった気持ちになり、それに身を委ねるようにはやてが目を閉じる。もう、さすがに眠気が限界だった。
 と、そこ前にやては蒸し暑そうにパジャマのボタンを上から二つまで開けてパタパタとする。若干膨らみ始めてきた僅かな谷間がちらりと見えてしまい、クロノは狼狽しながらも注意する。

「こ、こらはやて。はしたないぞ」
「だって、熱いし…………」
「ああ、もう。寝る前にボタンをちゃんと閉めろ」
「クロノ君、やってぇ…………」

 それだけ言うとはやては返答も聞かずすぅすぅと寝息を立ててしまう。

「お、おい。はやて」

 呼びかけてみるが反応は無い。完全に寝入ってしまったようだ。

「ああ、もう………」

 ガジガジと頭を掻いてため息をつく。ともかくこのままにはしておけない。クロノは諦めてはやてのパジャマに手を伸ばす。指先が震えそうになるのを堪えながら、余計なところを触らないよう細心の注意を払いながらボタンと穴を合わせようとする。

「はやてちゃん、お見舞いに来たよー」
「はやて、具合は大丈夫?」
「はやてー、調子はどうー?」
「はやてちゃん、お邪魔します」

 その時、ガチャリと扉が開かれた。

「……………」
「……………」
「……………」
「……………」
「……………」

 ギギギ、とクロノが顔を横に向ける。
 そこには、執事服を着た五歳年上の男が風邪を引いて弱っている少女に覆いかぶさって、あまつさえパジャマのボタンを外そうとしている所を目撃してしまったかのような視線とぶつかった。
 待て、という間もなかった。

「「ク───────────」
「はやてに何してんのよぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!」
「ごはぁっ!?」

 鉄拳制裁。虚無発動。炎上爆砕。
 八神家の外で雷光が走り、大きな効果音が擬音と共に轟き、断末魔の叫びが大きな吹き出しと共に響き渡る。

「…………」
「…………」
「アリサちゃん、素早い」

 二人の魔法少女よりも先んじて一撃を入れたアリサに、すずかが感嘆したように呟く。

「当然でしょ。ここはあたしじゃないとネタにならないじゃない」

 ある意味、本来の役どころを奪われた少女はそう言ってこの話のオチをつけてくれた。


















 おまけ

『ねー、クロノ君。執事出張サービス始めたんだって?よかったらその格好でお店手伝ってくれないかなー。あ、なのはの世話でもいいわよー』
「やってませんから」





「で、その後クロノ君とはどうなの?」
「いつ知り合ったの?どんな子?」
「おめでとー!はやてちゃん!」
「わしらのはやてちゃんがのぉ。嬉しいが、寂しいのぉ」
「だから、ちゃいますってー!!!」





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