リリカルなのは SS

過ぎ去りし日の頃

「これが今回、回収してきたロストロギアか」

 クロノが艦長室で厳重に封印されたケースに触れる。後はこれを本局で解析し、どういった物なのかを判別した後、然るべき措置を取る。それがロストロギアの回収任務の基本的な流れであった。

「しかし、予定が重なったとはいえ、君達三人が一緒に出向く事になるとはな。レティ提督辺りには人材の無駄遣いだと叱られそうだよ」

 そう言ってクロノは今回の任務に就いた三人に視線を移す。

「ご苦労だったな、三人とも。こんな簡単な任務に引っ張ってきて悪かった」
「ううん、そんな事無いよ」
「これもお仕事だし」
「久しぶりに一緒の任務で楽しかったで」

 そう言って笑うのは高町なのは教導官、フェイト=T=ハラオウン執務官、八神はやて捜査官の三人。管理局でもその名を知られる三人の少女達が同時に参加するなどかなり大きな事件でも無い限り有り得ない。今回はたまたま要請をかけた部隊に彼女たちが参加していたために明らかな戦力過剰な人材投入をする事になったのだった。

「さて、こいつをユーノに回す前に一応現物を確認しておくか。何も確認せずに渡すと愚痴るからな、彼は」

 クロノの言葉に三人が苦笑する。それを尻目にクロノが封印を解き、ケースを開ける。そこには回収したままの状態、ロストロギアを収納している箱がある筈だった。

「なっ!?」

 だが、ケースを開けた途端、回収したままの筈の箱から白い煙が噴出していた。ここに来るまでに何か不審な事があったとは聞いていない。予想外の事態にクロノは一瞬狼狽しかける。

「な、何これ!?」
「はやて!エイミィに連絡!処理班も呼んで!」
「うん、わかった!」

 そこで三人の声が耳に入り、すぐに気を取り直した。同時に、ロストロギアが発している煙が漂っている辺りに結界を張る。

「クロノ!?」

 フェイトが驚きの声を上げる。クロノは自分ごと、結界の中にロストトギアを閉じ込めていた。フェイトの声につられてなのはとはやてもそちらに視線を向け、言葉を失う。

「クロノ!何やっているの!?」
「君達も処理班が来るまで下がれ!艦長命令だ!」
「そんな事より、早く結界を解いて!何があるかわからないんだよ!?」
「だからこそ、こうして防いでいるんだ!いいから早く─────!?」

 そこでクロノの言葉が途切れる。同時に煙の隙間から目の眩むような光が差した。その光にフェイト達は目を覆い、光が止んで目を開いた時にはクロノの張っていた結界は消え失せ、煙が硝煙のように漂っていた。

「クロノ………?」

 フェイトがクロノの名を呼ぶ。しかし、返事は返ってこない。

「クロノ君!?いるんだよね!?」
「ちょっと、返事して!悪い冗談やめてや!」

 なのはとはやても不安に声を震わせながらクロノを呼ぶ。けれど、やはり返事は返ってこない。

「───────────」

 最悪の想像が頭を過ぎり、フェイトは目の前が真っ暗になるのを感じた。それから絶望に心を捕らわれそうになったところで───────。

「あの………」

 遠慮がちにかけられた声に現実に引き戻される。声がしたのはクロノがいた所から発せられた。はっとなってそちらに視線を向ける。
 そこには───────────。

「───────────」
「───────────」
「───────────」
「あの、ここはどこでしょうか……?」

 クロノを小さくしたような少年が不安そうな視線をフェイト達に向けていた。









「解析の結果だけど、あの箱の中には氷が入っていたみたいだね」

 時空管理局無限書庫。
 そこで今回回収してきたロストロギアの事を調べたユーノがフェイト達三人にまずそう言った。

「氷?」
「そう。回収してきた次元世界、寒かったでしょ?だからあの世界にある内は凍ったままだったけど、そこから常温のところに持ってきたから溶けて液体を通り越して気体───煙の状態になったって訳」
「それはわかったけど、どんな効力を持ってたの?あのロストロギア」

 そう言いながらフェイトはちらりと視線を横に向ける。そこには相変わらずどこか不安そうに顔を強張らせた小さなクロノがいた。

「どうやらあのロストロギア、巻き戻りの効果があったみたいだ」
「巻き戻り?」
「そう、例えば壊れた物に使えば壊れる前の状態に。枯れた花に使えばかれる前の状態に、そして人に使えば………ああ言う事になる」

 ユーノが複雑そうな顔でクロノを見る。自分よりも年下となったクロノを見るのは何故だか居心地が悪かった。

「クロノ君が私達の事、覚えていないのは?」
「さっきも言ったけどこれは若返りじゃなくて巻き戻りだからね。あの頃のクロノがタイムスリップしてきたと思えばいいよ」
「それで、効力はいつまで………?」
「使った量にもよるみたいだけど、気体の状態で吸っただけだからそんなに長くは無いみたいだね。せいぜい三日四日ってところかな」

 その言葉にほっとするなのは達。正直、クロノがこのままだったらどうすればいいかわからなかった。

「あの………」

 そこでそれまで黙っていたクロノが声をかけてくる。全員の視線がクロノに向けられ、少し俯きながら尋ねる。

「その、まだ信じられないんですが事情はわかりました。………それで、僕はどうすれば?」
「どうすれば、って?」
「………ロストロギアが危険な物だとは聞いています。僕がその影響下にあるなら、どこかに隔離しておいた方が………」

 その言葉に一同は唖然となり、すぐに呆れた顔になった。全員が納得した。今、ここにいるのは子供の頃だろうと根の部分は成長した時と全く変わっていない、クロノなのだと。

「そんな事しないから安心して」

 なのはが目線を合わせてクロノに微笑みかける。クロノはぱちぱちと瞬きして、恥ずかしげに視線を逸らした。

「けど、危険なんじゃないんですか………?」
「大丈夫。何かあってもきっと私達が守るから」
「………なのは、さん」
「なのはでいいよ。クロノ君にそんな風に呼ばれるとくすぐったいから」
「………ありがとうございます、な……は

 クロノが礼を言おうとして、けれど名前が尻下がりになってしまう。その姿に心の中にある保護欲はかなりくすぐられた。

「そうだよ、クロノ。私達は家族なんだから、ずっと一緒にいるよ」

 フェイトがクロノの肩に手を置いて言う。その言葉にクロノは困惑した顔でフェイトを見上げた。

「あの、さっきも気になったんですが、家族って………」
「私はクロノの妹だよ。クロノが私のお兄ちゃん」
「妹、ですか………?」
「うん。今は私の方が年上になっちゃってるけどね」

 フェイトの言葉にクロノが暗い顔をする。その理由がわからず、フェイトは不安になって尋ねる。

「クロノ?どうしたのかな?」
「いえ、その………」
「私と兄妹なのは、嫌かな?」
「そうじゃなくて、その………」
「言ってみて。抱え込んじゃうとつらいでしょ?」

 内心を押し隠して、フェイトは優しく尋ねる。それからクロノは恐る恐るという感じでフェイトに聞いた。

「その………母さんは」
「母さん?」
「母さんは、誰か別の人と一緒になったんですか?」

 そう尋ねてきたクロノの表情はそれまで見た中で一番不安な、怯えすら含んだ表情だった。そして、どうして暗い顔をしていたのかをフェイトは一気に理解する。
 だから、クロノを安心させるために微笑んでいった。

「大丈夫。私は母さんに引き取ってもらっただけだから。母さんは別の人と一緒にはなってないよ?」
「……本当ですか?」
「うん、私は父さんはいないから。母さんはいたけどもういなくなっちゃったから」
「……………すいません。失礼な事を聞きました」
「いいよ。クロノがそう言うのは父さんが好きだったからだよね。私もわかるよ。なんとなくだけど」

 そう言ってクロノの頭を撫でるフェイト。なんだか、親のいなくなった子供達を相手にしている時のように過保護気味な気持ちがに湧き上がってくる。

「ま、そんな訳やからドーンと頼ってや」

 少ししんみり気味の雰囲気を拭う様にはやてがおどけた感じで言う。そのはやてにクロノは躊躇いがちに聞く。

「ええと………はやてさんでしたよね?」
「そ、八神はやてや」
「……貴方と僕はどういった関係で?」
「ん〜、恋人同士」
「こ、恋びっ!?」
「は、はやて!?」
「………そうなんですか?」
「冗談や冗談。二人ともそんな過剰に反応せんでも」

 はははー、と笑うはやて。そのはやての言葉にクロノは心底驚いた顔で胸に手を当てて動悸を抑えていた。

「びっくりしました………」
「そんなびっくりせんでもええやん」
「いえ、大きくなったらはやてさんみたいな綺麗な人と恋人になっているのかと思って………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「………?」

 黙りこむ一同。その意味がわからず首を傾げるクロノ。

「はやてちゃん、なんで顔が赤くなっているのかな?」
「子供が言っていることだよ?」
「い、いややなぁ。そんな事ないって。まぁ、そんな訳やから私もさん付けなんていらんからな。あ、でも今は年上やからはやてお姉さんとでも呼んでもええよー」

 渇いた笑いを浮かべながらはやてが冗談めかして言う。しかし、クロノは生真面目にはやての言葉を真に受け、言われた通りにする。

「はやて……お姉さん」
「─────────────────」

 はやてが固まる。一体どうしたのだろうとクロノが戸惑っているといきなり動き出したはやてに抱きしめられた。

「あ、え……!?」
「はやてちゃん!?」
「はやて!?」
「あかん………」
「あ、あの、はやてお姉ちゃん?」
「駄目や!この子、可愛すぎる!!私の家の子にする!!」

 そう言うとはやてはクロノを抱きかかえたまま、無限書庫を飛び出す。ご丁寧に捕縛用の結界を置き土産にして。

「あ、ちょ、はやてちゃーん!?」
「なのは!スターライトブレイカーで結界を!!」
「ちょ、ちょっと!そんな事されたら無限書庫が!!」
「ごめんね、ユーノ君」
「撃つ気満々!?」

 そうして、ユーノの懇願でブレイカーの発射だけは止められ、なのはとフェイトが結界の中から脱出するのには、しばし時間を要するのだった。










「そんな訳で、今日からこのクロノ君はウチの子です」
「あの、要領を得ないのですが……」

 本局から自宅へ帰ってきたはやては開口一番、ヴォルケンリッターにそう言った。帰って来るなり、そんな事を言う主に戸惑いながらシグナムが一同を代表するように尋ねる。

「え〜、さっき説明したやん。これはロストロギアのせいで小さくなったクロノ君で………」
「いえ、それはわかったのですが、何故この家で預かる事に?」
「シグナム、この子の可愛さの前にそんな事言えるの?」

 はやてがクロノの肩を押してシグナムの前に立たせる。見下ろすシグナムを前にクロノは申し訳なさそうに顔を下げる。

「あの、ご迷惑ですよね。急に押しかけるなんて。やっぱり僕はどこかに迷惑にならない所にいた方が邪魔にならないですよね………」
「うっ………」

 俯くクロノになんだか自分が大人気なく子供をいじめているような錯覚に陥るシグナム。確かに疑問とか事情とか関係無しに何か言う気を失わせる何かを目の前のクロノは持っていた。
 そこにさらに追い打ちがかけられる。

「シグナム………。あかん…………?」
「な──────────────────────」

 絶句する。平和な日常に疎く、自分達の世話をしてばかりで保護者同然だったはやてが、他人の重荷になる事を嫌い、苦しくても無理に微笑んでいたはやてが、まるでおもちゃをねだるような、拾ってきたペットを飼わせてと言わんばかりの目で自分を見ている───────────?
 その目に、シグナムは抗う術を持たなかった。

「………わかりました。主の決められた事です。反対する気はありません」
「ありがとうな、シグナム」

 なんだか見たことの無いくらい満面の笑みを浮かべるはやて。それだけでシグナムは全てを納得する事にした。

「でも、ほんと可愛いですねー。何歳ですかー?」
「ご、五歳です………」
「あ、そや。クロノ君、記憶もその頃に戻ってるから皆の事覚えてなかったね。さっきのがシグナム、こっちはシャマルや」
「よ、よろしくお願いします。……シャマルお姉さん」
「───────────まぁ」

 クロノの言葉に花開いたような笑顔を浮かべるシャマル。それから拾ってきた猫のようにクロノの頭を撫で回す。

「まぁ、まぁ、まぁ。なんていい子なんでしょう。ねぇ、聞いたシグナム?お姉さんですって。お姉さん。なんだかとってもいい響きですっ」
「あの、僕は何か変な事を言いましたか?」
「ええんや、クロノ君。グッジョブや」
「────まぁ、あたしははやての決めた事だから口ださねーけど」

 そこでそれまで興味の薄そうだったヴィータがそれだけ言って、背を向ける。なんだか少し拒絶しているようなその態度にクロノがはやてに聞く。

「あの、僕嫌われてます?」
「あー、あの子。案外人見知りというか他人への関心が薄いというか。あ、ほんなら………」

 はやてがぼそぼそとクロノに耳打ちする。その内容に首を傾げながらクロノはリビングを出ようとするヴィータに声をかける。

「あの、短い間ですがよろしくお願いします。………ヴィータお姉ちゃん」

 ズルッと足を滑らせ、仰向けになるように倒れるヴィータ。そうして、ガバッと起き上がり、赤くしながらクロノに詰め寄る。

「だだだ、誰が姉ちゃんだ、誰が!!」
「あ、その、あの」
「気にせんでええよ、クロノ君。ヴィータは嬉しいけど恥ずかしがっとるだけやから」
「はやて!」

 珍しくはやてに食って掛かるが顔の赤さを隠せないヴィータ。幼い外見をしている彼女は何気に姉ポジションに憧れを抱いていたりした。

「わー、クロノさんは小さくなってもリインより大きいですー」
「わ」

 はやてとヴィータの言い争いを眺めていたクロノの目の前にふわりとリインが姿を現す。その小さな少女にクロノは妖精でも見たかのように何度も瞬きした。

「あの、君は………?」
「リインフォースUなのです。クロノさんの恋人なのです!」
「え、ええっ!?」
「こら、リイン。そのネタはもう私がやったしクロノ君、真面目やから真に受けるからな」
「ふふふ、望むところなのです」
「ちょ、リイン!?いつのまにそんな黒い子に!?」

 クロノの存在が八神家に受け入れられ、和やかな雰囲気に包まれる。

「っ!?」

 その時、薄暗くなった空の一点、否二点が星のように輝き、その光が八神家に近づき、その光は八神家の庭に降り立った。
 はやてが窓を開ける。そこには白のバリアジャケットと黒のバリアジャケットを纏った二人の少女がデバイスを起動させて立っていた。

「た、高町?テスタロッサ?どうした、そんな戦闘態勢で?」
「やっぱり来たな。なのはちゃん、フェイトちゃん!」

 戸惑うシグナムに顔を引き締めるはやて。二人は問いに答えず、デバイスをはやてに向ける。

「クロノ君は返してもらうよ。守るって約束したから」
「クロノは返してもらうよ。クロノは私の家族なんだから」
「くっ!」

 いかにはやてと言えど、なのはとフェイトを二人同時に相手では分が悪すぎる。形勢の不利を示すように一歩後ずさるはやて。
 が、そんなはやてを守るようにシグナム、ヴィータ、シャマルが一歩前に踏み出す。

「ヴィータちゃん?シャマルさん?」
「シグナム………?」
「主の望みはあの子を引き取る事だ。騎士としてその願い、叶えぬわけにはいかん」
「もうあの子はウチの子なんです!お姉さんとして渡せません!」
「べ、別に姉ちゃんじゃねえけど、はやてがいさせたいって言ってるんだ」

 言いながら、デバイスを召喚させる騎士三人。それを見て緊張を高めるなのはとフェイト。まともにぶつかり合えば町一つ壊滅させられる戦闘力の持ち主たちがご近所の迷惑も考えず、気を高ぶらせる。

「やめて下さい!」

 まさに一触即発というその時、小さな子供が身体に不釣合いなデバイスをその手に両者の間に割り込む。

「クロノ君?」
「クロノ?」
「ク、クロノ君?」
「やめて下さい。そんな、僕のせいで喧嘩なんて………」
「え、あの、こ、これは喧嘩とかじゃなくてそのー」
「じゃあ、何なんですか?」
「う………」

 五歳の子供に黙らされるなのは。管理局に轟く彼女の名を知る者が見れば、その天地がひっくり返るような光景に倒れるかもれない光景だった。

「僕のせいでご迷惑になるようなら、僕はここから出て行きます」
「で、出て行くって出てってどこに行く気や?」
「どこでもいいです。ご迷惑になら無いなら。僕なら平気なので心配しないで下さい」
「そんな……、そんなの駄目だよ、クロノ」
「けど………」
「主」

 そこでそれまで口を挟まなかったザフィーラが厳かに口を開いた。

「小さくなったとは言え、確かにハラオウンはハラオウン。この家に預かるのは筋違いでしょう」
「う………」
「そして、ハラオウン。心配はかけぬと言うが何処とも知れぬ所に行くのはそれだけで主達に心配をかける。せめて、我らが知る所に留まってはくれぬか?」
「………」

 その理にも情にも適っている、その大人の言葉に子供のクロノは躊躇いながら頷いた。










「さて、それじゃそろそろ寝よか?もう子供は寝る時間や」

 そう言って風呂上りでパジャマ姿のはやてがそう告げる。同じく風呂上りで牛乳を飲んでいたなのは、いいと言っているのにクロノの髪をタオルで拭いていたフェイトも頷いた。
 さて、ここはハラオウン家のマンション。その後の話し合いで、ハラオウンの家の子はハラオウンの家に帰るのが道理、という事でクロノは自宅(と言っても今の彼に覚えないが)に帰ってきた。ただ、やはり心配という事でなのはとはやても付いてきてそのままお泊りと流れになった。
 そうして、先ほど皆でお風呂に入り(その時、またひと悶着あったがそれは割愛)、時刻は十時前。五歳の子供には夜更かしと言っていい時間だった。

「うん、そうだね」
「それじゃ行こうか、クロノ」

 そう言ってクロノの背を押すフェイト。そのフェイトの肩を後ろから二本の手が掴む。

「フェイトちゃん」
「何、ナチュラルにクロノ君を自室に連れ込もうとしとるの?」
「クロノは子供なんだよ?誰かが傍にいてあげなきゃ不安なんだよ」

 いえ、大丈夫ですけど。というクロノの声は届かない。そのクロノの目には三者の間でバチバチと空気が弾けている様に見えたが、気のせいだと思いたかった。

「なら、私たちも傍にいてあげるよ」
「そやなー、多いほうがクロノ君も安心やろー」
「うん、でも隣は私だからね」
「「「……………」」」

 川の字に寝る、という言葉がある。それは大抵の場合、真ん中に位置するのは歳幼い子供であり、その位置には既に両サイドが固められている。仮に、そこにもう一本線が加わろうとその線は真ん中の線に接する事は出来ない。
 フェイトはずうずうしくもその内の一本の線の位置を既に陣取るつもりであり、残るはあと一本。いや、そもそもフェイトにその位置を譲る道理など無い。なら、フェイトを蹴落とすべきか。いや、フェイトには義妹というとてつもなく有利な立場にある。だとするならば、ここは──────────。

「う………」

 三者の間のただならぬ雰囲気にクロノが子供ながらに胃を痛め始めたその時だった。

「ただいま、フェイト。ユーノ君から聞いたけどクロノがなんだか大変な事に…………」
「あ………」

 本局から帰宅したリンディがクロノの姿を見て、目を見張る。クロノもまた、ここに来て初めて今のクロノが知っている人物、母親の姿に目を見開いた。

「クロノ─────?」
「母、さん」

 戸惑ったようなリンディの声にクロノが躊躇いがちに答える。それだけでリンディは戸惑いを胸に押し込め、静かにクロノの前に来ると慈愛に満ちた表情でクロノを抱きしめた。

「駄目でしょう、クロノ?もう寝る時間でしょう?」
「あ、でも、今日まだ何も修行して無いし………」
「リーゼ達はお休みなの。だから、クロノもお休みなさい」
「そうなの?」
「そうよ。だからもうお休みなさい」
「うん………、わかった………」

 それだけのやり取りでクロノは安心したように目を瞑り、そのまま母の腕の中で寝入ってしまう。そんなクロノの頭をリンディはいとおしそうに撫でる。その姿になのは達は思い知らされる。
 例えクロノだろうと、今はたった五歳の子供なのだ。自分達がどんなに知り合いだと言っても知らない人間ばかりでどれだけ不安だっただろうか。
 また、なのは達は思い出す。
 クロノは五歳の頃には魔導師としての修行を始めていた。それはその時既にリンディの元を離れ、本来過ごす筈だった子供としての期間を無くした事と同じ。それはクロノにとってもリンディにとっても寂しい事だったに違いない。
 だから、例え一時の幻とは言え、この親子の間に自分達の出る幕など無い。

「行こか。私達、お邪魔みたいやし」
「そうだね………」
「ね、真ん中の子供は誰がやる?」
「誰でもええと思うわ。私達、まだまだ子供やから」

 そう言って三人は二人の母子に背を向けて静かに引き下がった。









 それから三日ほど経った。
 そろそろ効果が切れるだろうという事でクロノは本局の医療施設までやってきていた。それにはリンディが当然のように付き添い、なのは達もついでのように付いてきた。

「それで、効果がきれるってどんな風に?」
「まぁ、見てればわかるよ」

 部屋の中央に立たされたクロノがきょろきょろと辺りを見回す。そうしていると微笑んでいるリンディと目が合い、つられるように微笑み返す。

「あ、あれ?」

 とその時、クロノの指先から一筋の煙が噴出した。いや、指だけではない。気がつけばクロノの全身から煙が経ちこめ、全身を覆い隠す。
 そうして、煙の隙間から光がこぼれ出る。やがて、その光に振り払われるように煙が晴れていき、そこには元に戻ったクロノだけが残された。

「………」

 確かめるように手の平を握ったり開いたりするクロノ。そのクロノにリンディが静かに歩み寄る。

「お帰りなさい、クロノ」
「……ただいま、戻りました」
「ふふ、今回はいい思いをさせてもらったわ」
「…・・・それは何よりです」

 物凄くバツの悪そうな顔をするクロノ。そのクロノになのは達も歩み寄って声をかける。

「元に戻ってよかったね、クロノ君」
「クロノ、体大丈夫?」
「心配したで、クロノ君」

 その三人にクロノは思いっきり顔をひん曲げ、視線を合わせようとしない。不審に思って三人がクロノの正面に立とうとするが、クロノは体ごと位置を変えて顔をあわせようとしない。

「ク、クロノ君?」
「ど、どうしたの?」
「なに?なんで顔をあわせてくれへんの?」

 三人の問いにクロノは顔をあわせないように搾り出すように言った。

「……君達、小さくても僕は僕なんだぞ。無防備すぎるのはどうかと思う」

 その言葉の意味を考え、やがて三人はある事に気がつく。
 今のクロノの言葉、さきのリンディとのやり取りでどうやらクロノは小さくなった時の事を覚えているようだ。
 つまり、それは自分達がクロノを取り合って争った事とか、感極まってはやてが抱きついた事とか、一緒にお風呂に入った事とか─────。
 ゆっくりと三人が自分達の身体に視線を落とし、それから甲高い悲鳴を上げた。

「「「………きゃああああああああああああああああっ!?」」」

 ぶっ放される魔法。吹き飛ぶクロノ。何故か微笑むリンディ。
 こうして、いつもの日常は戻ってきたのだった。









 おまけ

 「ザフィーラ、何か届いているわよ?誰からかしら」
 「ハラオウンからのようだ」
 「わ、すっげー。これ松坂牛ってやつだろ?すげーな、くれよー」
 「ザフィーラ。クロノ提督に何かしたのか?」
 「はて、特に覚えは無いが」



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