リリカルなのは SS

歩いて行こう

 石田医師がパラパラとレポートをめくっている。その前ではやては固い表情で座っていた。声を発したいが、かける言葉が見つからない。そんな顔ではやてはじっと石田医師がレポートを読み終わるのを待っていた。
 やがて、石田医師は全てのレポートを読み終え、静かに机に置いた。それをきっかけにするようにはやては声をかけた。

「あの……、どうです?」

 尋ねる声は自分でもわかるほどぎこちなかった。それがおかしかったのか、石田医師は少し苦笑しながら、そのぎこちなさを拭うように明るく言った。

「うん、レポートを見る限り大丈夫。私としても許可を出してもいいと思うわ」
「ほ、ほんとですかっ!?」
「ええ、本当よ」

 そうにっこり笑って石田医師は感極まった様子のはやてに告げる。

「はやてちゃん。明日から車椅子を使わずに生活してもいいわ」










 病院から帰宅したはやては、リビングに揃ったヴォルケンリッターに石田医師から今後車椅子を使わなくてもいいと許可された事を伝えると、当然のごとく大喜びした。

「よかったですね〜、はやてちゃん」
「うむ。この日をどれだけ待ち望んだ事か」
「そんな、大げさやって」
「でもあたしははやてが歩けるようになって嬉しいぞ」
「うん、ありがとな……」

 感激しているシャマルとシグナムにはやてが照れた笑いを浮かべ、そんなはやてにヴィータは素直な気持ちを伝える。

『何はともあれ、おめでとうございます』
「うん、これでザフィーラの散歩も出来るな〜」

 ザフィーラの祝辞にはやては頭を撫でながら、車椅子の時に出来なかったザフィーラの散歩を思い描く。元々犬を飼うことに憧れていたはやてにとって自分で犬を連れて歩くというのは、ずっとしてみたかった事だ。一方、今更ながら飼い犬同然の扱いに盾の守護獣は色々と胸中複雑だったが、主の嬉しそうな笑みに、寡黙といわれている事を盾に何も言わないでおいた。他の守護騎士のおかしそうな視線も無視しておく。

「あ、そや。せっかくやから、今度皆ででかけよか。皆、今度の休みいつ?」

 はやての問いに守護騎士達は、自分達のスケジュールを思い出す。

「私は昨日から首都警備任務の最中なのですが……」
「私は医療チームの発表会があるので、それが終わるまでは……」
「あたしは武装隊の訓練あるな」
「レティ提督から護衛任務を受けております」
「見事なまでにバラバラやね……」

 当のはやては、四日後の日曜が丁度休みとなっており、誰とも予定が合わない。せっかく車椅子から降りられるようになってから初めての休日だというのに家族の誰とも過ごせないのはなんとも寂しかった。

「ご、ごめんなさい、はやてちゃん。こんな事ならお休みを入れておけば……」
「しょうがないって。お仕事は大切やで?」

 少し重くなった空気にシャマルが思わず謝るが、はやては困ったような笑みを浮かべる。そう言われては他の守護騎士達も何も言えなくなってしまう。

「まぁ、どこか出かけるのは今度お休み揃えてにしよ。今回のところは、誰か誘っているから」

 そう言って、はやては携帯を取り出すと、知り合いの同級生達に休日の誘いのメールを送るのだった。











「神様は残酷や………」

 そう言ってはやてはぼふっ、とベッドに倒れこむ。その手には、先ほど送ったメールの返信が来ていた。

『ごめん、その日は教導隊の訓練が入っちゃってるの なのは』
『その日は、合同捜査の予定が入ってて…… フェイト』
『あの、バイオリンの発表会の当日なの。ごめんなさい すずか』
『パパが帰ってくる日なのよねー…… アリサ』

 その全てが予定が入っている、つまり今度の休日は空いていない事を伝えるメールだった。この間の悪さに、はやてもさすがにふてくされそうになる。

「ええもーん、薄幸の八神はやては一人で立てるようになった休日を一人で過ごすんやー」

 そう言いながら、他に誰か誘えるような人はいないかと携帯を操作する。幾人かのクラスメイトや仕事で知り合った局員の名前が上がるが、どれも休日に出かけるほど親しいとも言えない。
 やっぱり、今度の休日は一人で過ごす事になるかな。
 そう思ったところで、携帯に一つの名前が上がり、はやての視線、思考、行動などの一切が一瞬停止する。
 ディスプレイに映った名前はクロノ・ハラオウン。はやてにとって友人とも仕事仲間とも一言で片付けるには難しい人物の名前がそこにあった。

「………」

 うつぶせに倒れこんでいた身体を起こし、何故か正座してディスプレイを見直す。それから、若干震えた手でクロノの携帯に電話をかける。
 プルルという発信音を耳にしながら、いやなんで私メールじゃなくて直接電話かけとるのか、というか休日にでかけられるかの電話ってこれ私からデートの誘いの電話やないか、ってまぁクロノ君いっつも忙しいのに何も期待してないしそもそも何を期待し────────。

『もしもし』

 発信音とともに流れていた思考が、携帯から聞こえてきた声に遮断される。それから自分がなんのために電話をしたのかを思い出すのに数秒の間を要してしまい、再び携帯からクロノの声が怪訝そうな響きを伴って聞こえてくる。

『もしもし、はやて?聞こえないのか?』
「あ、う、うん。聞こえとるよ」
『どうしたんだ。そっちから電話をかけてきて無言だなんて。何かのいたずらかと思ったぞ』
「ご、ごめんな」

 軽口を叩く事も出来ず、引きつった声で謝る。きっと携帯の向こうではクロノが怪訝そうな顔をしているんだろうなと、容易に想像できた。

『それで、何か用なのか?』

 はやての胸中を知る由も無いクロノは何の考慮もなく、用件を聞いてくる。その事に理不尽とわかりながら、はやてはこめかみを少し引き攣らせた。

「えっと、あの。私、今日病院に行ったんよ」
『病院……?どこか、悪くなったのか?』
「う、ううん。その逆」
『逆?』
「私、車椅子使わなくても生活していいって言われたんや」
『そうなのか?それはおめでとう』
「う、うん。ありがと。それで、なんやけど………」
『うん?』
「せっかくやから、今度の日曜どこか出かけようと思ってるやけどクロノ君の予定はどうかなーと思って………」

 はやての言葉が途切れる。しかし、クロノからは返答が無い。その事にやっぱりと思いつつ、はやては落胆してしまう。

「あ、あはは。やっぱクロノ君忙しいから無理かー。いや、皆予定入ってて、他に当たれる人おらんかったから駄目もとで聞いてみたんやけどー」
『ああ、その日は空いている』
「へ?」

 クロノの言葉に間の抜けた声を上げてしまう。それでも、クロノの言葉が理解できずにはやてはもう一度尋ねてみる。

「あのー、クロノ君。今なんて」
『いや、その日は空いていると言ったんだが』
「えーと、それってつまり」

 そう言って考えをまとめようとするが考えがまとまらない。その代わりのようにクロノが全てを要約してくれた。

『だから。その日は空いているから、君に付き合うと言っている』

 その言葉を聞いてはやては思った。
 神様は残酷なんじゃなくて、物凄く意地が悪いのだと。











 そうして、日曜日。

「遅いな……」

 クロノは携帯で時刻を確認しながらそう呟く。待ち合わせの時間は既に過ぎていた。
 はやてから誘いの電話を受けて数日。何処かに出かけようというはやてに付き合うと言ったら、何故か言葉を失ったはやてに待ち合わせ場所を確認すると、駅前を指定された。それだけ告げると、はやては電話を切ってしまったので、メールで時刻を確認もした。この時、家に出迎えてもいいがと送ったら文字だけでも怒気が伝わる文面が返ってきたが未だ持って理由がわからない。
 一応そのメールを読み直して待ち合わせの時間をもう一度確認する。やはり、時間は間違えていないし、その時間はすでに十分を過ぎていた。

「何かあったかな……」

 首を傾げながら、メールを読み返したクロノははやてに連絡を取ろうと思い、メールを送るか電話をかけるか一瞬考え込む。

「ご、ごめんクロノ君!」

 そうして、携帯の画面を注視していたところに声をかけられる。どうやら、携帯を使う必要がなくなったようで、それを確かめるために何気なく顔を上げたクロノは思わず、固まってしまった。

「ま、待った!?」

 息を切らしながら、はやてはそう問いかける。その格好はフリルであしらわれた紺のブラウスに白のロングスカート。まだ履き慣れていないのか、こちらに近づいてくる時、真新しい靴で歩きづらそうにしていた。
 それは管理局で共に仕事をする時とも、勉強を見に八神家を訪れた時とも、自分の家に遊びに来た時とも違う、今まで見たことの無いはやての姿だった。

「ご、ごめんな!遅れるつもりなんてなかったんやけど、どれ着ていこうかとか髪が変になって無いかとか、そんなんしてたら時間がなくなって、けどまだこの靴履き慣れてなくて…ってどうしたん?」

 じっと自分を見つめるクロノにはやてが戸惑いの声をかける。それにはっとなったクロノはばつが悪そうに視線を逸らした。

「あ、いや、なんでもない」

 そうは言いながら、クロノの胸中はなんでもない事はなかった。ポリポリと表すには強すぎる力で頬を掻きながら、何故自分が急に緊張しだしたのかを考える。
 すると答えは簡単に出た。何ということは無い。はやてには失礼な話だが、ここに至ってようやくクロノはこれが世間一般で言う『デート』であることに気がついたからだ。

(何だっていうんだ、いきなり……)

 解答こそわかったものの、それに至る公式がクロノにはわからない。それこそ、解き方のわからない計算式にぶち当たったかのような気持ちだった。
 だから、クロノにはわからない。こうして『女の子』しているはやてを見て自分が緊張してしまったという事実に。

「クロノ君……?」
「行こう、電車の発車までそう時間が無い」

 結局、何故そんな思考に思い至ったのか、わからないまま。けれどそれを悟られないよう、クロノははやてを先導するように改札口へと向かった。









 クロノとはやてがやってきたのは、最近隣町の駅前に出来たショッピングモールだった。何を見るでも一通りの店が揃っており、交通の便も良い事も合って、たくさんの人で賑わっていた。

「で、どうするんだ?何か見たいものでも?」

 クロノがはやてにそう尋ねるのは、行き先を決めたのがはやてだからである。当然、当てが合っての事だろうとはやての方に振り返るが、そこにあった顔の眉は八の字になっていた。

「えーと………、どうしよ?」
「おい………」
「や、あの、この間皆でここの事、話してて皆で行きたいなー、とか話してたから………」
「他に行きたいところとかなかったのか?」

 そう聞くと、はやては一瞬俯いてから、照れきった笑みをクロノに向けた。

「こ、こういう時ってどこに行ったらええのか、わからんかったから……」
「っ」

 こういう時ってどんな時だ、言いそうになったのをなんとか飲み込む。なんだか今日はいつもと勝手が違うとクロノは少し乱暴に頭を掻いた。

「……じゃあ、適当に見て回ろう。見る物だけなら沢山あるからな」
「うん」

 そう言ってクロノは入り口正面にある案内掲示板に目を向ける。一通り、どんな店があるのかだけ確認してから入り口から右手の方向、反時計回りに回ることにする。どうせ、目当てがあるわけでもない。一通り見るつもりなら後はどちらから回るかだけだった。

「この辺りは食品売り場か。まぁ、夕食の買出しに来た訳じゃないからここは……」
「うーん、やっぱり近所のスーパーの方が安いなぁ」
「ってこら、はやてっ」

 素通りしようとした食品売り場に蜜を求める蝶のように引き寄せられるはやてはキャベツの値段比べをしていた。

「いきなりうろつくな。せめて一声かけてからにしてくれ」
「あ、あはは。ごめんな」

 そのまま夕食の買い物をし出しかねなかったはやてをそこから引きずり戻す。

「そいや、風邪薬が切れてたようなー……」
「言った傍から薬局に向かうんじゃない!」

 やはり、いつもと勝手が違う気がする。今日のはやてからは目を離してはならない気がするクロノだった。








 最初こそ、緊張気味だったはやてだったが次第にリラックスしてきたようで段々といつもの調子に戻ってきた。
 本屋ではずらりと並ぶ新刊をチェックし、今日は嵩張るから後日買うものをチェックしていた。ペットショップでは、首輪やらペット用の服やら食器やら、果てには新しいシャンプーに目を輝かせ、それらが誰に使われるものかを考えると思わず遠くを見つめてそれ以上考えるのをやめて、ただ冥福を祈るばかりだった。
 まぁ、そんな訳で楽しんでくれているのならそれでいい。今日ははやてが初めて自分の足で出歩けるようになった休日だ。はやてが楽しむ事こそが一番の目的なのだ。なのだが。

「うーん、この色やとこっちの方が合うかなー。あ、こっちでもええかも」
「僕を着せ替え人形にするのはどうなんだ……」

 ゲンナリとした声もはやてには聞こえない。さっきの奴はこっちやったよなー、と何往復目かもわからないくらい洋服と試着室を行ったり来たりしている。
 はやてが今日テンションをクライマックスにさせたのは、洋服売り場だった。ここに着いた途端、はやてはその名のごとく廻り巡った。その様子を眺めながらリンディやエイミィ、フェイトと服を買いに出かけた時もこんな感じでヤイノヤイノと騒いでいたが、服屋には女性を狂わす何かがあるのだろうかと考え始めたクロノの耳にはやての唸り声が聞こえてくる。

「うーん、これヴィータに似合うと思うんやけど、やっぱ本人がいないとなぁ」

 そう言ったはやてがふとクロノを見る。はやての事を見ていたクロノはばっちりと目が合った事に一瞬、しかし心底びっくりする。そして、何故か背筋が冷たくなってきた。

「うん、しゃあない。今日はクロノ君で我慢しとこ」

 そういうはやての目がクロノには狩猟者の目に見えた。







 そうして休憩がてらに取った昼食の席でようやくはやては落ち着きを取り戻した。

「あはは……。ご、ごめんな、クロノ君」
「いや、謝られる事でもないのだが………」

 そう言ってクロノは空いた席に置いた紙袋を見る。その量はどう考えてもこれから出歩くのに、持っていける量ではなかった。

「荷物を郵送で送ってくれるサービスがあったからよかったが………その大半が僕の服というのはどうなんだろうな」

 この荷物が届いた時の家族の顔が目に浮かぶ。今まで服に無頓着だった自分がいきなりこれだけの服を買い込めば、確かに驚くのも無理は無いが、それにしたって最近自分が今までに無い事があるたび、やれ病気だのと正気を失っただのと騒ぐのは少し以上に悲しい物があった。

「やー、人の服を選ぶのってなんか楽しくてなー」
「そういえば、以前聞いたがヴォルケンリッターと会ったばかりの頃は、君が彼らの服を選んでいたんだったか?」
「うん。こっちの事なんも知らんかったから。でも寸法測ったり、どれが似合うかなとか考えるのは楽しかったで」
「………」

 そう無邪気に言うはやてだがその言葉は複雑な物があった。それまで家族もなく足が不自由で人の交流が少なかったはやてに突然出来た家族。その家族との交流はただ楽しいばかりではなく、大きな苦しみもあった事を知るクロノはすぐに言葉を返す事が出来なかった。
 そのクロノに気付かず、はやては言葉を続ける。

「でも、今日はいつもより服選びが楽しくてはしゃいでしもた」
「……どうしてだ?」
「私、足悪かったから買い物って言うと通販とか多かったから。だから、すぐ手に取って選べるのが楽しくって」

 届いていてから、似合ってなかったり思ってたのと違うのはショックやでー、と語るはやて。やはり、その言葉に返す言葉が見つけられなかった。

「まぁ、そんなに楽しかったのなら、また付き合ってもいいが」

 だから、それを悟られないように言った言葉は特に考えた訳ではない。ただただ、無難な言葉を選んだつもりだった。

「…………ほんま?」

 だと言うのに、はやてはきょとんとしてから恐る恐るその言葉を確かめてきた。

「………今日ほど買い込まないのなら」
「や〜……、それは難しいかもなぁ」
「そこは嘘でもいいからうんと言ってくれ」
「………うん。だから約束な」

 そう言ってはにかくような笑みを浮かべたはやてがクロノにはとても印象的だった。











 夕暮れ時。
 沈んでいく夕日を背にクロノとはやては並んで歩いていた。

「今日は楽しかったなぁ」
「午後もはしゃぎっぱなしだったからな、君は」

 楽しい時間はすぐに過ぎていってしまう。午後もあちこちを見て回っていたが、気がつけば日は沈み始めていた。
 それはほんの半日程の時間、だけどそれだけの時間が流れたとは思えない時間の流れだった。
 そうして、その時間が終わって帰路に着いたのはほんの数十分前。そして今、自分は前に伸びる自分の影を踏みながら家族の待つ家へと歩いている。

「………」

 ふとその時間の流れと終わりに、今日一日自らの足で歩いた事への実感が薄くなっていくのを感じる。魔力を通わせれば、歩く事は出来ていたのだ。もしかしたら、今この時も無意識で魔力を使っているのではという、まるで夢が覚めるかのような不安が少しだけ沸いてきた。

「………なぁ、クロノ君」
「なんだ?」
「手、繋いでみてもいい?」

 クロノは一瞬、息を呑み、けれどはやての声色に何かを感じたのか、黙って遠慮がちに手を伸ばす。はやても恐る恐る手を伸ばし、その手を繋ぐ。
 二つの影が繋がれた手によって、一つに繋がる。繋いだ手から伝わる温もりからはやては現実を実感し、遅れて自分が頼んだ事の気恥ずかしさに頬を染めた。

「何だって言うんだ………」

 そのはやての様子に恥ずかしがるくらいなら頼まなければいいじゃないかとクロノが呆れる。

「うん、ごめんな」
「なんだか、今日の君は謝る事が多いな」
「そうかも」
「……それで、どうしたんだ?」
「なんだか、実感がなくって」
「実感?」
「こうして、自分の足で出かけて、遊んできて、家に帰るのがなんだか不思議」
「………」
「あんま不思議すぎて、実は夢の中の出来事とかこっそり魔力を使って歩いてるんやないかと思ってしまったりしてな」
「その点は大丈夫だ。僕は起きてるし、君は魔力を使っていない」
「そういう事ははっきり断言するよなぁ、クロノ君は」

 何故か苦笑気味のはやてにクロノは今の言葉を打ち消すようにゆっくりと語りだす。

「…君の不安もわからなくでもない。君は歩き始めたばかりなのだから」
「え?」
「けど、誰だって歩けるようになったから歩くんじゃない。歩こうと思って、出来もしない最初の一歩を踏み出そうとする」
「………」
「だから、これは君が歩き続けるための最初の一歩だ」
「……うん」
「その内歩く事が自然になるさ。最初のうちの不安は自然な事だ」

 その言葉にはやては意識して一歩を踏み出してみる。足の裏から伝わる硬い地面の感触。その事に先ほどまでより、自分の足で立っていることの実感を得る。

「そうやね。最初の一歩。まだまだ始まったばっかり。不安な事ばっかりや」
「そうだな」
「……不安な内はまた、こんな風にしてもらってもええ?」

 その言葉は、僅かに踏み込んだ言葉。今まで心の奥底に仕舞っておいた想いの僅か。

「ああ。僕でよければ、手を引こう」

 けれど、返ってきた言葉と笑みは本当に優しくて。

「───────────」

 恥ずかしさとか気後れとか、そういうものを一切忘れてしまうような、何かが外れてしまったような気がして。

「クロノ君。私─────」

 気がつけば、唇から勝手に言葉が零れそうになって。

「あ──────っ!!ようやく、帰って来たわねー!!」
「───────────」

 突如、響き渡った大声に言葉を詰まらせる。その声に釣られて前を見れば、もう家の前まで着いており、そこには友人一同が揃っていた。

「み、皆どうしたんっ?」

 用事があった筈の皆の姿に驚き、それからはっとなって繋いでいた手を慌てて離す。その事に気がついた様子もなく、アリサは腰に手を当てて胸を張って言う。

「今日は付き合えなかったからねー。だから、皆頑張って早めに予定を切り上げて、パーティーの準備をしてたのよ」
「中の準備はもう済んでいますよ、はやてちゃん」
「……クロノ、はやてと出かけてたの?」
「ん、ああ。丁度予定がなかったからな」
「ふーん………」
「そうなんだ………」
「いや、フェイト?なのは?君達の視線が何か怖いのだが」
「はやてー!!」

 玄関でヴィータがもう待ちきれないといった様子で大きく手を振っている。その後ろではシグナム、シャマル、ザフィーラもはやての事を待っていた。

「……それじゃ、皆行こか」
「そうねー、時間も惜しいし、ぱーっとやるわよ!」

 そうして、はやては友人達と共に並んで、家族の下へ歩いていった。






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