リリカルなのは SS

聖夜の聖戦

 クリスマス。それは子供達が夢見る夜。多くの希望が望まれる夜。
 これはその聖夜に激闘を繰り広げた一人の少年の物語である。


「レディースアーンド、レディース。僕の名前はサンタクローノ。今夜はクリスマス。今年も幼女と少女と妹とたまには年上の女性にプレゼントを頑張って配ろうと思う」
「女の人限定かよ!」
「当然だろう」

 そう言って何故か偉そうに腕組みするのは赤を基調に白で縁取ったバリアジャケットを纏った少年サンタクローノ。突っ込みを入れたのは、淫獣である。

「って、なんか説明短いんだけどっ!?」
「いや、もう説明なんかいらないだろうという認識のようだぞ」
「誰のっ!?」

 何故か不服そうにする淫獣。なので行を割いて説明すると彼の名は淫獣。狐の代わりにパートナーとして登場するが、フェレットに成りすまし、少女の着替えを目撃したり、脱衣所に連れ込まれ多数の女性の着替えを盗撮したり、そのまま一緒に温泉に浸かると言う暴挙に出て以来、淫獣の名を与えられ、何かあるたび『狐と交換しない?』と古参ファンから言われる憎まれ役である。

「ごめんなさい。もう、勘弁して下さい」
「なんだ、もういいのか。これから、独断と偏見とちょっぴりの悪意に満ちた比較と見解が始まろうとしていたのに」

 なんだか少し残念そうなサンタクローノ。従者の出番を心配してくれるなんとも優しい主人である。

「まぁ、いい。これ以上、プレゼントを待つ女性を待たせるのは、サンタに反する。さっさと行くとしよう」

 そう言って、クローノは大きな、というか家一軒収まるんじゃないかと言う巨大すぎる袋をソリに積み込む。今年も僕があれを引くのかと淫獣がげんなりしたその時だった。

「いや、その必要は無いぞ。サンタクローノ」
「っ!?」

 言葉と共にクローノを前を何かが高速で横切る。あまりの速度に突風が巻き起こり、反射的に顔を腕で覆うクローノ。その間に視界が自らの腕で遮られるが、それは数秒にも満たぬ短い間。しかし、その間に、視界を遮った腕をどけたクローノが見たものはさきほどまで自分の前にあったプレゼント袋の消失であった。

「何者だ!」

 少年の夢と希望と欲望の詰まったプレゼントを奪われ、憤激するクローノ。その行方を追うために、突風の流れた方へと視線を向ける。
 すると、奪われたプレゼント袋のはすぐに目に入った。つーか隠しようも無い。
 だから、クローノが目を見開いたのは別の理由。

「久しいな。サンタクローノ」

 その言葉を発した人物は月を背に、サンタの象徴である赤の衣装を身に纏い、奪ったプレゼント袋の上で悠然と腕組みをしてクローノを見下ろした。

「貴方は………っ!」

 その衣装、その声、その姿。いずれも忘れられる筈もなく、そしてここにある筈の無い者の物。
 その驚愕を確かめるように、クローノはその名を口にした。

「サンタグレアム提督!何故、貴方がここに!?」
「何、そのツッコミどころ満載な名前!?」
「ふっ、サンタが聖夜にやる事など一つであろう」

 驚くクローノを鼻で笑うグレアム。とりあえず、双方淫獣のツッコミは無視する方向のようだ。

「馬鹿な。貴方は闇のプレゼント袋事件で、足長おじさんを装い、聖夜以外に少女達に贈り物を送り先の住所付きで贈り、お礼の手紙とか手作りクッキーとか貰った事が発覚して時空サンタ局をやめた筈だ!!」
「えっと、それって重罪なの?あと時空サンタ局って何よ?」
「いや、特に罪は無い。単に嫉妬したサンタ達の満場一致で追放決定」

 ちなみに僕もその一人だ、と付け加えるクローノ。あと時空サンタ局は、サンタ共の集まりだとでも思って下さい。

「それはともかく、サンタが聖夜にやる事。それはプレゼントを配る事以外に有り得ない。だが、今更貴方がそれをすると!?」
「またお礼の手紙が欲しくなってな。あと、暇だし」
「ほぼ自分のため!?」

 律儀にツッコミを入れる淫獣はやはり無視する両者。睨みあう二人は自然と戦闘体勢を取っていた。

「だが、そんな事はさせない!少女達の夢と希望は僕が守る!」
「え、そんなつもりでプレゼント配ってたの?」
「ふっ、ならばまずはこの二人を倒してからにしてもらおう!!」

 その言葉とともに、クローノと淫獣の前に二つの影が踊り出る。

「やほ、クローノスケー。お久しぶりー」
「元気にしてた?」
「トナカイアリア!トナカイロッテ!君達か!」
「だからなにその名前!?つーか、猫でしょ彼女達!?」
「まずいな。向こうはトナカイ、こっちは淫獣。戦力は歴然だ。従者が狐だったらなんとかなったかもしれないが……」
「まだ言うか、こん畜生ー!!」

 その間にもじりじりと寄ってくるトナカイ姉妹。過去の経験もあって思わず後ずさってしまうクローノ。

「………淫獣」
「なに?」

 言うや否や、クローノは淫獣の首根っこを掴み取る。

「囮になってこぉぉぉぉぉぉぉぉいっ!!」
「うえぇぇぇぇぇぇぇっっ!?」

 トルネード投法で淫獣を放るクローノ。

『ん、んにゃー!』

 その淫獣を猫だけど犬のようにボールを追いかけるトナカイ姉妹。彼女達はおもちゃな少年が大好きだったのだ。

「……あのような戦術、教えた覚えは無いのだがな」
「一人でも精進しろといったのは彼女達ですから」

 どこか的外れなやりとりをしつつ、再び睨みあう二人。緊迫した空気が場を支配し、静寂が訪れる。その静寂に耐え切れなくなったように木々に積もった雪がドサリと地に落ちる。
 それが会戦の合図だった。

「サンタパーンチッ!!」
「サンタキーック!!!」

 ぶつかり合う拳と脚。

「サンタビームッ!!」
「サンタバスター!!」

 奔る光の奔流。

「ガトツ、サンタスタイルッ!!」
「サンタノキワミ、アーッ!!」

 応酬される技と技。激闘は数時間に及び、永遠に続くかと思うほど長く、長く続いた。

「ぐっ!!」

 だが、ついに均衡が崩れ、クローノが膝をついてしまう。

「腕を上げたな。よもやここまで手こずるとは思わなかった」

 荒く肩で息をするグレアム。赤の衣装はあちこちボロボロになっているがそれでも、揺るぎ無い姿でクローノの前に立っている。

「だが、それもここまで。止めを刺してやろう。何、心配する事は無い。お前のプレゼントは責任を持って私が(送り先の住所付きで)届けてやろう」
「……そんな事はさせない」

 グレアムの言葉に、クローノは闘志を奮い立たせ、再び立ち上がる。

「何故だ?何故、そこまで無茶をする?どのサンタがプレゼントを配ろうと子供達には関係あるまい?私が配ったところで、子供達の感謝はサンタ全体ではなく、私というサンタに向けられるだけの違いしかないというのに」
「………ええ、その通りです」

 グレアムの言葉を認めつつ、しかしクローノはきっぱりと言う。

「けれど、クリスマスはサンタのための日じゃない!!」
「!?」
「そう、クリスマスはクリスマスを祝う人達を祝福する日!!サンタがプレゼントを配るのはその一端でしか無い!!」

 言いながら、クローノは腕を左右に大きく広げ、二本の杖を召喚する。

「その日に、自分が感謝されるためだけにプレゼントを配ろうとする貴方に!!」

 クローノが跳躍する。その姿を追って顔を上げたグレアムが見たのは白んだ空を背に、腕を交差させる少年の姿。

「負ける訳にはいかないんだぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「まさか、その構えはっ!?」

 そう、今クローノが放とうとしているのはかつて時空サンタ局を創設した初代サンタがブラックサンタとの死闘に決着をつけた超必殺究極奥義!!

「サンタ、クロ───────ッス!!」

 駄洒落かよっ!
 淫獣がいればそう突っ込まれたであろう一撃が、グレアムの身体をX字に切り裂いた。










「見事だ……」
「グレアム提督……」

 クローノの奥義に身を横たえるグレアム。クローノはその姿を複雑そうに見下ろした。

「そうだったな。クリスマスはサンタクロースの日ではない。感謝の手紙が欲しいなら、普通にプレゼントを贈ればよかったのだ………」
「…その事を教えてくれたのは貴方でした」

 クローノの言葉にグレアムは心底以外そうな顔をして、それからこれ以上ないくらい苦い笑みを浮かべた。

「いかんなぁ……。歳を取るとどうも忘れっぽくなるようだ」
「グレアム提督……!」
「サンタクローノよ。サンタの未来と、子供達の夢を頼んだぞ」
「ええ、きっと守ってみせます!」

 その言葉に満足したようにグレアムは最後の力を振り絞って上体を起こし、東の空に目を向ける。

「見ろ、クローノ。東の空が明るい。まるで希望の光のようだ……」
「ええ。本当に……………?」

 東の空が明るいという事は、朝を迎えたという事で。でも、サンタがプレゼントを配るのは夜中で、朝に子供達が起きる前にプレゼントを配り終えていなくてはいけなくて訳でありまして。

「………クリスマス過ぎちまったぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?!?!!」

 クローノの絶叫が、聖夜の終わりを告げていた。





 あ、プレゼントは今年はザフィーラクロースが配ったので、全く問題なかったようですよー。

























 もぞもぞ。

 あ、プレシア、今年も袋から出し忘れた。



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