リリカルなのは SS

                     十四歳と成長期

 それは体育の時間。更衣室で着替えをしている時の出来事だった。

「む…………?」
「ア、 アリサちゃん?」

 着替えの途中、上着を脱いだすずかをアリサが凝視する。その只ならぬ様子に周りにいたなのは、フェイト、はやても注目する。皆から見られてすずかが自分を抱くように身を縮める。その動作にアリサは気難しい表情で言った。

「すずか………、あんたまた大きくなった?」
「え?」
「だってそのブラ、新しいしサイズも変わってるし」

 その言葉に三人もすずかの胸元に注目する。その視線にすずかが胸を腕で隠す。自然とよせられた形になった胸は確かに以前より大きくなっている気がする。

「あんたねー、もう十分なのにこれ以上大きくなってどうする気よ?」
「そ、そんな事言われても………」
「そういうアリサちゃんも結構なもんやけど………」
「すずかほどじゃないわよ。あー、言ってたらイライラしてきたわ」
「ア、アリサちゃん?」

 後ずさるすずかだがあっさりとアリサに捕まる。うりうり〜、ひゃわわっ、などと言う声が聞こえるがそちらには目を向けずフェイトは自分の胸元に視線を落とす。大きく伸びた身長に比べると、成長が遅めの胸。少しくらいこっちに回ってもいいんじゃないかと思わないでもないが、それほど気にしてはいなかった。
 ───────この時は。





 後日の事である。フェイトはエイミィと買い物に出かけていた。小物やアクセサリーを見てから、服を見て回る。その時、下着の話が出た時にフェイトはふとこの間のすずかの事を思い出した。

「そういえば、すずかがブラのサイズを変えたみたいなんだ」
「えぇ?」
「また大きくなったみたいなんだって」
「すごいねぇ、あの子……。その内、シグナムさんみたいになるんじゃない?」
「そうかも」

 このまま、成長を続けるようならその可能性は否定できない。フェイトは笑って答えた。

「そういえばさぁ」

 特に意識してではない。思い付きを言うようにエイミィはあっさりと言った。

「クロノ君って大きい方が好きっぽいよね」

 一瞬にしてフェイトが固まる。エイミィの言葉はミストルテインとなってフェイトの胸を抉り、石化させた。おかしいなぁ。この魔法、ベルカ式だよね?なのにミッド出身のエイミィがなんで使えるの?そもそもエイミィって魔法使えないよねー………。

「ちょ、フェイトちゃーん!?」

 突如石になったフェイトをエイミィが揺さぶる。しかし、フェイトの意識を取り戻すのにそれはなんの役にも立たなかった。









「そういうわけなんだけど………どう思う?」

 組んだ手を机に置きながら、フェイトは問う。集められた二人───なのはとはやては実に深刻そうな顔で考え込む。
 ここは巡航L級8番艦アースラの執務官室。つまりフェイトの仕事部屋だ。防音完備、ドアはロックしてあるから不意に誰かが入ってくることもない。秘密の話し合いをするのにここ以上のところをフェイトは知らない。

「ど、どうかなー。クロノ君、好みとかそういうのなさそうだけど」
「いや、わからんでなのはちゃん。結構ムッツリな所ありそうやでクロノ君」
「ム、ムッツリ?」
「そうや、ただでさえ生気溢れる年頃。そっちの方に興味ないほうがおかしいやろ」
「そ、そっちのほう?」
「ほら、恭也さんおるやろ。クール系のあの人でも忍さんっていう恋人がおるやん。だったらクロノ君も色々と溜め込んでるのが普通や」

 言われてみるとフェイトやクロノと出会った頃の恭也は今のクロノと同じ年頃だった。その頃には、忍という恋人がおり割と人目を憚らず抱きつかれていたりしている。
 つまり、クロノにもそういう相手がいてもおかしくない歳であり、それは、つまり、その、ええと──────────。

「はやて、なのは。少し話が逸れてる」

 軽く眉を寄せながらフェイトが注意する。その様は意識しているのかどうかわからないが、少しクロノに似ていた。

「そうやな。重要なのはクロノ君の好みや。果たして大か小か?」

 言って空気が重くなる。この場にいる三人はお世辞にも胸が大きいほうではない。もしクロノの好みが前者だったらどうしようも出来ないし、後者だったらそれはそれで彼の性癖にちょっと疑いを持ってしまうし、自分達の女としての尊厳が割と傷つく。
 その重みをぐっと堪えながら、フェイトは切り出す。

「それ………なんだけど。気になる事があるんだ」
「なに、フェイトちゃん?」
「その、人の価値観や基準って環境に左右されるよね。お金の無い人から見て高いものでもお金のある人にとっては大した事ないみたいに」
「どういう事や………?」
「…………母さん、胸大きい」
「「!?」」

 その言葉に衝撃が走る。リンディ・ハラオウン。十九歳の息子がいるとは思えないほど若々しさを保つクロノの母親。そのスタイルは一児の母とは思えなかった六年前とさほど変わっていない。その事を話していたはやてとエイミィが『わかった!ハラオウン家にはきっと不老の秘術があるんや!』『よし、あたしも習う!』と言う結論に至っていたがそれはさておき、クロノは未だ形崩れをしないスタイルをずっと見てきたのだ。さらに言うなら、小さい頃のクロノはその胸で育てられた訳である。それを考えるとクロノの基準は明らかに大きいほうに傾いてもおかしくない。

「そういえば…………」
「どうしたの、なのは?」
「リーゼさんもスタイルよかったよね………」
「「っ!?」」

 さらに衝撃が走る。リーゼアリアとリーゼロッテ。クロノの師匠である双子の猫の使い魔。クロノは五歳の頃から彼女達に手取り足取り個人授業を受けて育てられてきた。そんな幼い頃から、スタイルのいい姉妹を見て育ったのだ。おまけにスキンシップが過剰なロッテの存在を考えるとクロノの基準は火を見るより明らかと言っても過言ではない。

「あ………」
「はやて………?」
「………エレナさん、おるやん」
「う、うん」
「…………あの人、むっちゃ着やせするタイプや」
「「─────」」
「そ、それに私の事は軽くあしらったりするのに、シグナムやシャマルにはそんなことしてへん気がするっ!」
「それははやてのせいだと思う」

 それはともかく場の空気はこれ以上ないくらい重くなっている。つまり、なんだ。クロノは自分達と出会う前から今に至るまで大きいのに囲まれ続けていたのか。それを考えるなら、彼の基準がいかに高水準であるかかなど考えるまでも無いではないか。

「あ、でもちょっと思い出したんだけど」
「何、なのは?」
「毎年皆で海に行ってるけど、『クロノくん、毎回なのはちゃん達の水着姿に動揺してて面白いよねー』ってエイミィさんが言ってたよ」
「そういえば、確かに………」
「そ、それや!私らの水着に動揺してた!つまり、大きいのだけが好みでない証拠や!」

 そうして三人は、もう恒例となっている海での出来事を思い出す。

 十歳の時。

『ど、どうかなクロノ君……』
『う………、い、いや!と、とても似合っていると思うぞ!うん!』

 十一歳の時

『こ、今年は去年とは違う感じのにしてみたけど変じゃないかな、クロノ?』
『あー……、その、か、可愛いと思うよ』

 十二歳の時

『今年の私はどうや、クロノ君』
『うん、はやてらしくていいと思うぞ』

 十三歳の時

『また新調したんだー』
『皆で買いに行ったんだよ』
『どや、そそる?』
『ははは、毎年のことだが壮観だよ』

 回想終了。

「……………」
「……………」
「……………反応が淡白になってきとる?」

 それは単に耐性がついてきただけの話だったが、今の彼女達にはそんな冷静な判断は行えなかった。途端に三人は騒ぎ出した。

「い、言っちゃ駄目だよはやてちゃん!」
「考えないようにしてたのに!!」
「でも、おかしいやん!私らかて成長してるのに!はっ、まさか特盛りかペッタンコしか興味ないんかクロノ君は!!未熟な果実なんていらへんのかー!!」
「そ、そんな!!」
「私、まだセーフかな!?公式で最下位だし!セーフかな!?」
「「アウト」」
「にゃー!!」

 一頻り騒いだ後、無駄に絶望的な雰囲気が執務室に漂う。これまで様々な事件に対し、他者から見れば無理無茶無謀とも取れる選択を取り解決に結びつけた彼女達だったが、選択肢すら見えない今回の状況に諦めたように項垂れる。

「──────まだや」
「はやて………?」
「まだ、真実まではわかっとらん!」
「はやてちゃん…………」
「それがわかるまで、希望を捨てたらあかん!」
「でも、どうやってクロノの好みを………?」
「そこは考えとる」

 不敵に笑うはやて。随分と邪悪な笑みだったが、フェイトとなのはにはそれが頼もしく見えた。









 艦長室のインターフォンが鳴った。

「ん?」

 クロノが動かしていたペンを止める。彼は今ブリッジではなく、艦長室で書類仕事の最中だった。一体誰が来たのだろうと扉を開く。そこに現れたのは意外な人物だった。

「リィン?」
「こんにちはです、クロノさん」

 リィンはピョコピョコという効果音が似合いそうな歩き方でクロノの所にやってくると、椅子に座ったままのクロノの腰に抱きつく。どういう訳だか知らないがクロノは八神家の人間ではないのにリィンに懐かれていた。主と守護騎士達に可愛がられて育てられた小さな管制人格の少女の過剰なスキンシップに苦笑しつつ、その頭を撫でる。

「どうしたんだい、リィン。一人でこんな所に来て?」

 リィンが一人で行動すると言う事はまずない。必ずと言っていいほどはやてや守護騎士達が付き添っているのが常だ。あらゆる意味で幼いこの少女をはやて達が一人で放っておくなど考えられないと言うのにどうした事だろう。

「クロノさん、聞きたい事があるのです」
「聞きたい事?」
「はいです」

 その言葉にクロノは少し困った顔で笑った。好奇心旺盛なこの少女は突拍子も無い事をよく聞いてくる。この間は『どうしてクロノさんはマイスターの騎士じゃないんですか?』等と聞かれ、色々と説明したが『リィンはクロノさんも騎士になったらいいと思うです!』と言い張って随分と困った。その時、その場に居合わせたはやても話を振られて困っていた。何故か顔を赤くしていたが。
 今度はどんな事を聞いてくるのやら。試験に向けて備えるような心構えをしながら、クロノは優しく聞いた。

「なんだい、聞きたい事って?」
「クロノさんはおっぱいが大きいのと小さいのどっちが好きですか?」

 ゴガスッ!!と言う音を立ててクロノが机を叩き割らんばかりに倒れこんだ。人が立ててはいけない音を聞いてリィンが慌てる。

「ク、クロノさん!大丈夫なのですか!?」
「あ、ああ。平気だよ、リィン」

 額を決して平気ではない赤色にさせながらクロノが言う。それから、出来る限り、顔を引き攣らせないように、優しく、リィンに聞いた。

「それで、リィン。どうして、そんな事を、聞くのかな?」
「クロノさんの周りにはおっぱいの大きい人が多いから気になったです!」

 邪気の欠片も無い、キラキラと輝きそうな顔で言う。その眩さに屈しそうになりながらクロノは尚も尋ねる。いや、そんな事も無いだろう。君のマイスターやその友人二名はどうなるんだ、と思ったがそれは口に出さなかった。

「どうして、気になったのかな?」
「………リィンのおっぱいは小さいです」
「は?」
「クロノさんがシグナムみたいにおっぱいの大きい人が好きだったら嫌われるです」

 いやそんなに瞳を潤めながら上目遣いで見られても。あとさっきからおっぱい連呼しすぎだよリィン。そう言いたかったが、言ったら泣き出しそうなのでぐっと堪える。

「えーとだな、いいかいリィン」
「はいです」
「僕はそのだな、別段そういった身体的特徴においてそんな極端な選り好みはないわけで、どちらかと言えば人格を重視すると言うか、ともかく君が言うようにどっちがいいと言う事は特にない訳なんだが」
「?難しくてリィンにはわからないです」
「ええと、つまりだな。どちらでも構わないと言うか関係ないと言う事だ」
「どっちでもいいですか」
「いや、そう言うと語弊があるが………まあ、そんな所だ」
「じゃあ、リィンのこと好きですか?」
「ああ、好きだぞ」
「よかったです!」

 晴れ渡った青空の様な満面の笑みを浮かべるリィンを見て、納得してもらえてよかったとクロノは内心で安堵した。










「どうやった、リイン!?」

 任務から戻ってきたリインをはやて達が迎え入れる。任務とは無論、クロノの好みを聞き出すこと。無邪気なリインに聞かれてはクロノも無下に断ることも出来ないだろうと読んでのことだ。クロノにした質問のほとんどは予め仕込んでおいた事ばかりだ。

「聞いてきたのです!」
「そ、それで………クロノの好みは………?」

 ゴクン、皆が喉を鳴らす。リインはもったいぶっている訳でもないのに三人にはリィンが言葉を発するまでが某クイズ番組並に長く感じた。名づけるならばミリインオネア。そのように勝手に重苦しくなる三人に気付きもせずにリインは明るく言った。

「シグナムのおっぱいもリインのおっぱいも好きだそうです!!」





 それから数日後、『クロノ艦長はおっぱいならなんでもOK』という噂がアースラ艦内に流れ、女性局員の信用を大きく落とした。
 噂の出所を洗いながら、一体僕が何をしたと心で泣くクロノの肩を相方である管制司令が叩いた。

「クロノ君。今更なんだから気を落とさないで」
「今更ってなんだあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 アルカンシェル級の叫びがアースラに響いた。



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