リリカルなのは SS
Song to you forever After

二人の歩み

 朝。学校に向かう前に鏡の前でリボンで髪を結って、身嗜みを整える。これは毎朝行っているいつもの習慣。リボンも好んでいつも使うお気に入りのもの。
 けれど、着ている制服は見慣れた白の物ではなく、まだ着慣れない茶のブレザー。鏡に映る自分がどこか不自然だと思ってしまう。
 けれども、時は確かに流れていて。

「なのはー!フェイトちゃんが迎えに来たわよー!」
「はぁーい!」

 高町なのは。
 この春から、私立聖祥大学付属中学校一年生である。













「で、最近クロノさんとはどうなのよ?」
「ほぇ?」

 さて、そんな訳で季節は春。
 入学式や新しいクラスでの自己紹介、クラブの部員勧誘などなど新入生を歓迎するイベントも一通り終わり、早くも授業に不満を漏らしたり数週間先のゴールデンウィークに目を向けていたりその先にある中間テストの存在に気付かないでいたりとある程度の慣れとまだ先が見通せないこれからに僅かな不安を抱き始める頃。
 そんな春の日の昼休み、昼食を取っている時にアリサがなのはにそんな事をやぶからぼうに聞いてきた。

「どうって何が?」
「どこまでいってるのかって意味よ。あ、遊園地に行ったとかベタな事言ったら頬つねるわよ」
「遊園地?ううん、私クロノ君と遊園地行った事無いよ?」

 その言葉にガクッと倒れそうになるアリサ。じゃあ、普段何処にデートに行ってるのよと問い詰めたくなるがそれでは話が脱線してしまいそうになるのでなんとか思い止まり(無論、後日問い詰める次第である)、改めてなのはに問う。

「だから、クロノさんとの仲はどれくらい進んだのかって意味よ」
「進んだ?」

 アリサの言葉の意味がよくわからず、その意味を探すように首を右、左と向ける。しかし、今日はフェイトとはやては任務で学校に来ておらず、アリサの隣に座るすずかはにっこりと笑みを返すだけであった。

「なんだかよくわからないんだけど……」
「あー、もう!つまり、あれよ!男女の仲的な意味ってことよ!」
「余計にわからないんだけど……」
「だーっ!もう、つまり──────────」
「もうキスとかしたのかな、なのはちゃん?」

 と、そこでヒートアップするアリサにすずかが藁と火薬満載の助け舟を出す。

「──────────────────────にゃ!?」

 その助け舟はなのはの耳に入り頭の中に辿りつくと、言葉の意味を火が奔る勢いで理解してしまい、同時にアリサに何を尋ねられていたのかもわかり、それが東南の風となってなのはの頭の中と顔に火をつけた。

「ア、アリサちゃ!?え、ななな、なにを!?」
「やー、この調子じゃまだっぽいわねー………」

 半ば予想が付いていたのか、呆れ顔をするアリサ。一方、それどころではないなのははそれでもどうにか言葉を搾り出して尋ねる。

「い、いきなり何言ってるのアリサちゃん!?」
「んー、興味半分心配半分ってとこかしらねー。と言うか言ったのすずかなんだけど」
「最初に聞いてきたのはアリサちゃんでしょ!?」

 悲鳴交じりに問い詰めてくるなのはをどうどうと手を前に出して止めるすずか。その間にアリサは窓に目を向けて語る。

「見なさい、なのは。桜の花はほとんど散ってしまったけど、季節は春。人それぞれ差はあれど、いえ少なくとも世間的には私達は確実に大人の階段を一つ上ったわけよ」

 話す間、手を横に振り払ったりとオーバーなアクションを交えつつ語るアリサ。家柄か、元々の気質か、どうも語り始めると演説調になるアリサである。

「で、クロノさんと言う年上の彼氏がいて、人生の春を謳歌し続けてるあんただからもしかしたら、私達より何歩か大人の階段を上ってしまっているのではないかなと野次馬よろしくな興味を持ったわけよ」
「それじゃ、いつもの冷やかしと同じじゃ……」

 うっかりクロノの事を話すとそれをネタにからかわれ続けたなのはが非難の目でアリサを見る。

「でも、なのはちゃん。本当にした事無いの?」

 そこへ横からすずかがキラーパス。なのはの身体がこめかみを打ち抜かれたように横に倒れそうになる。

「し、ししした事ないよそんな事!!」

 なのははどうにか体勢を立て直し、大声を張り上げそうになるのをなんとか抑える。その言葉にアリサはジト目でなのはを見る。

「そんな事って………。あんたたち、付き合って何年なのよ?」
「そういう雰囲気になった事とかは?」
「………無いと思う。け、けどぉ………」

 その言葉にアリサは深刻そうに腕組みをし、すずかは考え込むように頬に指を当てる。何故二人がそんな仕草をするのかわからず、なのはは恐る恐る尋ねる。

「ど、どうしたの、二人とも………?」
「いや、クロノさんの方はどうなのかなーと」
「え?」

 クロノの名前がいきなり出てきて、なのはは驚く。自分の事の話なのに、クロノの事に話が向けられる事を全く予期していなかったためだ。

「お姉ちゃんと恭也さんがクロノさんくらいの時はもう済ませてたみたいだったけど」
「あっちは同世代だしねぇ。こっちは多少歳の差があるから、そのせいもあるでしょうけど。それより、なんであんたは姉の恋愛状況をしっかりと把握してるのよ」
「え?え?え?」

 話の流れについていけず戸惑うばかりのなのは。ただ、クロノの名前が出てきた事が非常に気になり、彼女なりに重要な話題であると感じたので二人に疑問を投げかける。

「えっと。つまり、どういう事なのかな………?」
「んー?なのはの方は満足してるみたいだけど、クロノさんの方は我慢してるんじゃないかなーってことよ」
「え…………?」

 思ってもみなかった言葉になのははただ呟きを漏らすばかり。その様子に気付いた様子もなくアリサは手に持った箸を教鞭のように回して話し続ける。

「クロノさん、今年で18歳でしょ?言ってみれば主人公適齢期ピークなわけでしょ?もう若気の至りとか若さゆえの過ちとか上等なわけでしょ?なのに、キスの一つも無いなんて溜め込んでるんじゃないかなーと」
「う………」

 アリサが言っている事は半分以上は意味不明だったが、言わんとしている事は伝わり、しゅんとなってしまうなのは。

「まぁまぁ、アリサちゃん。二人のことなんだからあんまり茶々入れたら駄目だよ」
「まー、そうなんだけどねぇ」
「あ、それよりアリサちゃん。この間なんだけど………」

 なのはの気配に気付いてか、話を変えるすずか。それに気付かず、振られた話題を盛り上げるアリサ。
 しかし、なのはは先ほどの事が心に引っかかったまま、昼休みを終えるのだった。









 なのは達が昼食を終えるのとほぼ同時刻。
 昼のピークを終え、穏やかな時間が流れる翠屋で来客を知らせるベルがチリンとなった。その音に桃子が振り返るとそこには見知った顔があった。

「いらっしゃいませー。って、クロノ君じゃないのー」
「こんにちわ、桃子さん」

 軽く挨拶を済ませるとクロノはカウンターの席に着く。そのクロノに桃子はおしぼりとお冷を差し出すと、注文も聞かずコーヒーを入れだした。

「久しぶりねー。最近、来てくれなかったから心配してたわよー」
「すいません、艦長になってから仕事が忙しくなって。その辺りの事はなのはに聞いていませんか?」
「聞いていてもよ」

 そう言われては返す言葉が無い。クロノは苦笑して、コーヒーが差し出されるのを静かに待った。

「でも、前に比べて本当に来れる時間がなくなってきちゃったわねー。この間のなのは達の入学式にも来れなかったし」
「ええ、おかげで母さんとアルフには怒られるし、フェイトには寂しい顔させてしまいましたし、悪かったと思います」
「それでねー、その時のなのはったら見物だったわよー」
「?」

 笑顔と共にコーヒーが差し出される。が、話の内容が気になったのでクロノはまだそちらには手をつけず、桃子に視線を向けたままである。

「と、いうと?」
「入学式のお祝いをここでやったんだけどね、なのはったら事あるごとに入り口の方見てるのよー。来れないって言われてるのに、初デートの待ち合わせみたいに」
「………それは僕には見物になりませんね」

 と、互いに会わなかった間の近況を話し合っていると、あっという間に数時間が経過していた。

「それじゃ、そろそろ失礼します」
「あら、もう行っちゃうの?」
「ええ、そろそろ時間なので。また、今度時間が出来たら来ます」

 そう言ってクロノはあっさりと翠屋を出て行った。

「………」

 桃子はその後姿を見送り、やがて気がついたように時計を見ると見えなくなったクロノを見送るようにニッコリと笑った。

「なんだかいい男になってきちゃってー。なのはったら幸せ者ねー」











 放課後。
 アリサとすずかは用事があるため一人で帰ることになったなのはは、二人に言われた事が気にかかり沈んだ気持ちで校門に向かっていた。
 それはなのはだって女の子である。漫画やドラマで見たようなシーンを自分とクロノに置き換えてシュミレーションした事がない訳でもない。いつかそういう時も来る事をこっそり心待ちにしてたりもする。
 けれど、それを自分からするとかしたいとか言うのはまだ早いと思うし恥ずかしいし、とにかくまだそういう段階ではないと思っていた。
 が、クロノの方はどうなんだろうか?
 昔こそ気にしていなかったが、最近のクロノはすっかり大人びてしまった。出会った時はさほど差のなかった背丈は今では頭一つ分も違うし、歳不相応だった物言いや考え方もすっかり歳相応になっているし、何よりもう大人の風格を漂わせている。
 対して自分は同世代と比べると成長が遅いようでこの間の身体測定で女性が女性たる部分でアリサとすずかにあきらかな差をつけられていたり、フェイトは仲間内で一番背が高くなっていたり、はやては背こそ自分の方が高かったが、否だからこそ自分より大きい事がわかった時のショックは何気に隠しきれるものではなかった。
 そんな自分とクロノが並ぶと恋人と言うより兄妹の方がしっくりくるのではと思ってしまう。
 そして、そんな年上な彼だからこそ自分より一歩や二歩先の事を考えていて、けれど我慢してしまっているのではないかと思う。なんと言っても我慢と理性に定評のあるクロノだ。その可能性が無いとは言い切れない。
 けれど、それを否とするならば自分はクロノとあんな事やこんな事をする事になるわけで。

「…………」

 歩きながら、急に赤くなって頭から煙を噴き出す不審な学生が一人。が、幸いなのか知らないが、他の学生は他の事に気を取られてなのはの事に気がつくことはなかった。

「………?」

 ふと、騒がしいというかそんな雰囲気を感じ取ってなのはが顔を上げる。見れば、どうも校門を通り過ぎる生徒が一様に左を向き、通り過ぎた後何事か話しているようだった。それに釣られるように後に続く生徒も同じように先の生徒が向いていた方を向き、人によっては黄色い声を上げている。
 その様子になのはも他の生徒達と同じように何かあるのかと左を向く。

「───────────!?」

 生徒達の興味を引き付けていたと思われる何かを視認した途端、なのはは驚きの余り足を止めてしまい、声も出なかった。急になのはが止まったせいで後ろを歩いていた生徒がぶつかりそうになり、小さく声を上げて慌ててなのはを避ける。
 その気配を感じ取ってか、生徒の視線を集めていた人物は人波に向けていた視線をそちらに向け、ようやく目当ての人物が来た事を知るとそちらに歩いていった。

「やあ、なのは」
「────クロノ君!?」

 学校で会った時に交わす挨拶のような気安さで声をかけてきたクロノにようやくなのはは驚きの声を上げた。それが周りの視線を余計に集めてしまった事に気がついてもいない。

「ど、どうしたの?急に来るなんて……」
「ようやく仕事が終わってね。時間が丁度よさそうだったから迎えに来た」

 ここに桃子がいれば『またまた〜、さっきまで店で時間潰してたくせに〜』と言われるだろうと思いつつ、しかしそんな事は微塵も表に出さず言うクロノ。一方、なのはは突然の事に全く余裕がなく聞く必要も無い事を聞いてしまう。

「え、えっと、そうじゃなくて、なんで迎えに来てくれたのかとー」
「君の顔が見たかった」

 さらりと言われたセリフに心臓が大きく鳴ったのがわかった。心拍数がどうしようもないくらい早くなってくらくらとなっている。けれど、純粋に嬉しい気持ちが勝り、その気持ちを洩らしそうになる。

「わ、わた………」
「ねぇねぇ、あれなのはちゃんだよね?」
「ほんとだー、でも誰だろ一緒にいる人ー?」
「うわ、凄いイケメン」
「なんといういい男」
「し───────────っ!?」

 と、そこでようやく自分達が校門前で周囲の視線を独占している事に気がついた。中にはクラスメイトもおり、もう取り返しの付かない事態になりかけている事(その認識すら甘いが)を自覚し、赤くなっていた顔が一気に青ざめる。

「なのは?どうし」
「い、いこっ!!クロノ君!!!」

 その事態を全くわかっていないクロノの手を引っつかみ、人波を掻き分けてダッシュするなのは。幸い、包囲網は厚いとも言えなかったので、すぐに脱出する事が出来た。

「あー、手を繋いで逃げたー!」
「愛の逃避行?」
「で、誰だったんだろーあの人ー?」

 後ろから聞こえる声に事態に止めを刺してしまったのでは、と思わないようにしつつ、なのははクロノを引っ張って走るのだった。










「はぁ、はぁ、はぁ………」

 ここまで来れば大丈夫だろうと学校と自宅の中間辺りまで来た所で足を止めて呼吸を整える。教導官になるための過程で基礎体力は以前とは比べ物にならないくらいついたが、それでもクロノを引っ張ったまま、なりふり構わず走って平気でいられるほどなのはは図太くなかった。

「どうしたんだ、なのは?急に走り出したりして」

 一方のクロノは、軽い準備運動を終えたくらいのようでしれっとした顔をしている。艦長になったもののトレーニングを欠かしてはおらず、基礎体力だけなら身体が大きくなった分、以前よりも高くなっているくらいであった。

「どうしたって、クロノ君がー……」
「まぁ、それよりも」

 恨みがましくクロノを上目で睨みつけるが、睨まれているとわかっていないクロノはじっとなのはを見る。その視線に若干緩みがちに気圧されるがそうならないようになんとか気を引き締めるなのは。

「うん、似合ってる」
「え?」
「制服。以前の制服とバリアジャケットで君には白のイメージが強かったけど、よく似合ってる」
「〜〜〜〜!」

 言いたい事は色々あったが、そんな事を言われては何も言えなくなってしまい、さらに恨みがましくクロノを睨むなのは。けれど、顔を赤くしていては全く迫力がなく、やっぱりクロノは気付かない。

「さて、それじゃこれからどうするか。このまま立ち話も無いだろう?」
「………う〜ん」

 クロノの言葉になのはは他に言いたい事を飲み込んで、考える。まだ中学に上がって一ヶ月も経っておらず自覚も無いが聖祥学園はそれなりのお嬢様学校であり、制服姿で歩き回るのは何かと問題が多いらしい。相手が私服の男性となればなおさらだろう。

「……とりあえず、着替えないといけないからうちに行こうよ」









 そうして、高町家に帰ったなのはは着替えのために、クロノに少しだけリビングで待ってもらい、着替えを終えると今度は茶菓子とお茶を入れるために台所に向かい、それらが用意できると揃ってなのはの部屋に入った。
 茶菓子とお茶を挟んで向かい合う二人。いただきます、と言ってから茶菓子に手を出し、一言二言と話し始める。

「じー………」
「……なのは?どうかしたか?じっと僕を見て……」
「え!?あ、え、うん!な、なんでもないよ!?」

 無論、なんでもない事は無い。自分の部屋に戻り、腰を下ろして落ち着いたところでなのはははっとなって気付いてしまったのだ。
 今、家の人間は自分以外おらず、しばらく帰ってくる事は無いかつしばらく戻ってくる事は無い。そんな時にクロノを、恋人を自分の部屋に連れてきてしまった。
 なんというか、漫画とかでよくあるシチュエーションではないだろうか?
 そう思った瞬間、昼休みにした会話が自然に思い出された。気がつけば、クロノの唇を凝視してしまい、クロノにもそれを気付かれてしまう始末だった。

(で、でも自分からそんな事言うのはおかしいような気がするし〜!)
「……なのは。やっぱり変だぞ。顔も赤いし、風邪でも引いたか?」

 熱を測ろうとずいっと身体を前に乗り出すクロノ。

「っ!」

 クロノが前に乗り出した分だけ身体を後ろに反らすなのは。

「………なのは?」
「ち、違っ!そ、そういうんじゃなくて!」

 自分が取ってしまった反応にしゅんとなってしまうなのは。その姿を見てしまうと何か聞く事を躊躇ってしまう。なので、クロノは出来るだけ平静を装って頬を掻いた。

「うん。まあ、気にしていないから」
「………」
「………」

 物凄く気まずい空気が流れる。基本的にこういう空気になる二人ではないので、対処法に困りただ固まるばかりだ。

(ど、どうしよぅ……)

 このままではクロノはすっきりしないまま帰ってしまうだろう。わざわざ来てくれたのにだ。さらにそうなってしまっている原因は自分にあるし、クロノには全く非が無い。だからなんとかするとすれば自分の方からだ。

(でも、それって……)

 自分が考えている事をぶっちゃけろと言う事だ。それは物凄く恥ずかしい事でやはり躊躇ってしまう。

「あの、なのは。今日のところは…」

 その間に、クロノは僅かに腰を浮かしてしまった。これは帰ろうとしてる体勢だ。このままでは、本当に気を悪くしたまま帰ってしまう。

「あ、あの!クロノ君!!」

 気がつけば、声を張り上げていた。その声に驚いたように浮かした腰を沈めるクロノ。それに僅かに安心しながら、それ以上に自分が思っていることを言わなくてはならない緊張感に追い詰められながら、なのはは必死に言葉を紡ぐ。

「あ、あの………、聞きたい、事が、あるんだけ、ど………」
「………何をだ?」

 なのはの尋常では無い様子に身構えるクロノ。そんなに構えられるとさらに恥ずかしさが込み上げてくる。

「あの………、クロノ君って…………」
「………うん」
「クロノ君って…………、キ」
「………うん」
「キ、キキキ、キ……」
「………キ?」





「キ、キスとかしたいっ!?」
「───────────は?」

 余りと言えば余りの内容に、クロノは何を聞かれたのかを理解するのに数秒の時間を要し、理解したと同時に驚きが噴出しそうになる。

「な、ななな、なに」
「あの!べ、べべべ別に私がしたいとかそういうんじゃなくて、クロノ君としてはどうなのかと思って、でも嫌かと聞かれたらやぶさかではないようなー!!」
「───急にどうしたんだ?」

 が、その前になのはが盛大に慌てだしたので、クロノは逆に冷静になり静かに問う。その様になのはの方も表面上の落ち着きを取り戻す。

「………実は今日」

 そうしてなのははぽつぽつと今日の昼休みに話した事を語りだす。

「だから、私はクロノ君と一緒にいるだけで満足してるけど、実はクロノ君を我慢させちゃってるんじゃないかとー……」
「なるほどな………」

 そう言ってクロノは呆れ交じりにため息をついた。もうなのはとの付き合い出して数年経っているというのに、周りは何故飽きもせずにこう茶々を入れてくるのだろうか?今回のように、なのはがたまに変なツボにはまってしまったりするから正直やめて欲しいと思う。
 思うが、言うべき事は言わなくてはならないだろう。

「で、なのは。先ほどの質問だが」
「っ!う、うん………」

 びくり!と身を硬くするなのは。一体クロノはなんと言うつもりなのだろうか?もし、実はしたかったとか言われてしまったらどうすればいいのだろうか?そうなったらしなくてはならないのだろうか?
 ぐるぐると思考がヒートし続けるなのはにクロノは静かに言った。

「いや、考えてもいなかった」
「──────────────────────へ?」

 クロノの言葉が余程意外だったのか、なのはは何度も咀嚼するように瞬きをして、言葉を飲み込むと聞き返した。

「ほ、ほんと?」
「いや、本当だが」
「嘘ついてない?」
「つく必要が何処にある?」
「な、ないけど、で、でも、えっと、どうしてかな?」

 自分が想定していた前提が崩れ去ってしまい、混乱状態のなのは。そのなのはを落ち着けるようにクロノはなのはの頭に手を置いた。

「君といて、何を不満がる事があるんだ」
「け、けど………」
「僕も君と一緒だ。君と一緒にいるだけで満足していたよ」
「………一緒?」
「ああ、一緒だ」

 その言葉になのはは気が抜けたように大きく息を吐いた。あんまり抜きすぎて腰が抜けてしまったんじゃないかと思う。そんななのはに苦笑しながらクロノは言葉を少しだけ付け加える。

「けど、僕としてもそういう事をしたくない訳じゃない。けど、誰かに言われたからってするものではないだろう。そこは僕達のペースで行こう」
「それでいいのかな?」
「いいさ。僕達の仲まで邪魔されては困る」

 少しおどけて気障ったらしいセリフを言うとようやくなのはも微笑み返してくれた。やはり、彼女には笑顔が似合うと思った。

「それじゃ、お茶にしよう。せっかく入れたのに冷めてしまう」
「うんっ。あ、クロノ君、隣座ってもいいかな?」
「─────ああ」

 なのはは下に敷いたクッションごとクロノの隣に行くとぽすんと腰を落ち着け、若干クロノに寄り掛かり気味になる。
 付き合い出してわかったのだが、なのはは末っ子だが士郎の怪我で家族が大変になった事があり、そんな環境のせいで我がままを言わない我慢する子として育った反動か、物凄く甘えたがりになるときがある。クロノとしてはそうされる事に不満は全く無いのでなのはに好きにさせることにしている。
 けれど、今日は何だかいつもと雰囲気が違う気がする。気持ちが近いというか、今までにないくらい彼女が近い気がする。

「───────────」

 不意にクロノとなのはの目が合う。申し合わせたわけではない。本当に何気なく、たまたま視線が合っただけである。だというのに、何故か視線が逸らせなかった。
 気がつけば手が重なり合っていた。けれど、それを目で確かめることはせず、感触でそうであると認識し、無意識にその手が離れないようにしっかりと握り締めた。
 いつの間にか、なのはが見えない。
 いつの間にか、クロノが見えない。

「───────────」

 けれど、唇に伝わる感触が、確かに相手がそこにいることを伝えてくれた。

「───────────ぁ」

 なんの身構えもしていなかったので大して息が続かず、唇を離すなのは。ぽ〜っとした様子でクロノの唇を見つめ、それでようやく自分達が何をしたのかを認識した。

「あ、あああああああああああの、クロノ君」
「───落ち着け、なのは。さっきまでの言葉はなんだったんだと、色々と言いたい事があるだろうが、落ち着こう」
「で、でも、今しちゃったよね?私達………」
「───────────────────────────ああ」
「………したよね?」
「な、なんで聞き返すんだっ」
「だ、だってクロノ君、自信なさげなんだもんっ」
「うっ…………」
「………しちゃったのかな?」
「い、いや、そう何度も聞かれると自信がなくなってくるんだが………」
「…………」
「…………」
「………………………………」
「…………もう一回してみるか」
「………うん」

 もう一度、瞳を閉じる。今度はしっかりと自分達から顔を寄せ合った。
 そうして、二人は三度ほど唇を重ねて、キスを済ませた事にするのだった。













「ご、ごめんね。お母さんが引き止めちゃって」
「いや、構わないさ」

 夜も深けた頃の高町家。なのはが門の前までクロノを見送りに出ていた。
 あの後の事を正直よく覚えていない。とりあえず、お互いがキスをしたと納得してからはなんとも言えない雰囲気になってしまい、気がつけば高町家の面々が帰ってきて、クロノを引き止めた(主に桃子が)。
 そんな訳でリンディに断りの電話を入れたクロノはそのまま高町家で夕食をとることになったのだが、なのはとの空気はなんとも言えないままであり、それだけで何事かを察した桃子が色々と探りを入れてきて物凄く大変だった。

「ねーねー、クロノ君。初めての味は美味しかったー?」
「ははは、何のことか知りませんが桃子さんの料理はとても美味しいですよ」
「まぁ、クロノ君ったら嬉しい事言ってくれちゃってー。ところでなの」
「なのは。ソースを取ってくれないか」

 とまぁ、その探りが爆発寸前だったなのはに飛び火しないようにしたりと未だかつて無い防衛戦の末なんとか凌ぎきり、ようやく帰路に着くところだった。

「それでクロノ君。お仕事終わったって事は明日はお休みなの?」
「いや、今日は任務からの帰還が早くて時間が空いただけで明日は事後処理が残っている。休めるのはもう少し先になりそうだ」
「そうなんだ………」

 そんな中、自分に会いに来てくれた事に温かな気持ちになるなのは。

「だから、休日は合わせる様にするからまた連絡を入れてくれ」
「うん」
「それじゃ、また」
「───クロノ君」
「ん?」

 背を向けたクロノを呼び止めるなのは。その声にクロノは何の警戒もなく振り向いた。

「───────────」

 そのクロノに、なのはは背伸びして、それでも背丈が違うので、ほんのちょっぴりの時間しか合わせる事が出来なかったけど、キスをしてみた。

「─────────な」
「そ、それじゃ、ばいばいっ」

 完全に不意を突かれた形になったクロノを置き去りにして家の中に逃げるなのは。驚きをぶつける相手がいなくなり、クロノはただぱくぱくと口を開くのみだ。

「た、ただいまー。って、お母さん、なんで私のデジカメ持ってるのー!?」

 高町家から物凄く騒がしい声があがるが、それでもクロノはしばらく固まり続けるのだった。

















 翌日。

(ぽや〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜………)
「な、なのはちゃん、なんかあったん?明らかに様子がおかしいんやけど」
「わ、わかんない。朝から会った時からこうで、引っ張って登校して来たし………」
「何があったか聞かんかったの?」
「気になるならはやてが聞いてみたら?」
「………ごめん、無理や」
「だよね…………」
「な、アリサちゃん達はなにかしらへん?」

 昨日もなのはと過ごした学友に話を聞く。けれど、アリサは何も知らず、すずかは何も知らないようにこう言った。

「さぁ?春だからじゃない?」
「春だからねー」










 一方、その頃。

「あー、任務終わったばっかりなのに事後処理大変だけど頑張るぞー、って、なんだあの書類の山はー!?そして、その中で蠢く謎の黒い生物!!────こういうとゴキブリっぽいけど、その正体はクロノ君なわけだけど、どーしたのよこんな朝早くから。って、うわ、物凄い隈。熊でいうならヒグマクラスじゃないのよ。ちゃんと寝ないと駄目だよー」
「───────────違う。眠りたくても眠れないんだ。この苦しみがわかるか?」
「んー、わかんない。昨日は12時間寝ちゃった☆」

 クロノ=ハラオウン艦長の不眠不休は三日間ほど続いたという。





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