リリカルなのは SS

                     リインといっしょっ

「『蒼天の書』、起動開始」
「魔力パターン、異常無し。全て規定の範囲内です」
「続けて、魔法プログラムの調整及び修正開始」

 時空管理局装備課の整備室。そこで十人近い整備士が同時に慎重に、しかし淀みなく作業を行っていた。
 その彼らの正面のガラス越しには一人の少女が幾重ものコードに繋がれて佇んでいた。それを壁に寄りかかって見ていたクロノがぽつりと呟いた。

「………いつもの事ながら、大掛かりだな。リインのメンテナンスは」
「仕方ありませんよ。管理局唯一の融合デバイスですから。設備も対応してないし、マスターであるはやてちゃんに万が一の事があっては困りますし」

 その言葉に管理責任者であるマリーが苦笑気味に答えた。
 時空管理局捜査官八神はやての融合デバイス『蒼天の書』。その管理局でもそれまで使われる事の無かったデバイスに装備課の技術者達はなんのノウハウもなく、無限書庫のデータを基に試行錯誤の末に完成に至らせた。しかし、それでもまだ未解析の部分やその後の調整などまだまだ至らないところは多い。そのため、そのメンテナンスは調整と言うより開発に近い人員を動員して行われているのだった。

「まぁ、人『二人』の命が関わっているからな。念を入れるに越した事は無いか」

 一人、とは言わなかったクロノにマリーはらしいなぁと思って笑いかけようとしたその時だった。

「えっ!?」

 突如、警告音とともに室内灯が赤く点灯する。その異常を知らせる事態にマリーは整備士の一人に問いかけた。

「なに!?どうしたの!?」
「わ、わかりません!!突然、魔力値に異常が!!」
「魔力値、依然上昇!!このままでは管制人格に影響が!!」
「こっちから魔力値をコントロール出来ないの!?」
「駄目です!外部アクセスを受け付けません!!」
「術式構築確認!………こ、広域魔法です!!」
「とにかく、魔力値だけはなんとしても落として!下手すれば、吹き飛ぶのはこの区画だけじゃ…………!?」

 焦る心を押さえつけて、指示を出すマリーの目に信じられない光景が映った。
 整備室のガラス越し。魔力を暴走させるリインに歩み寄るクロノの姿があった。

「クロノ提督!?」
「外部アクセスは受け付けないんだろう?直接介入でなんとかしてみる」
「駄目です!危険すぎます!!」
「何もしなくても危険さ。………最低でも広域魔法だけでも抑える」

 そう言ってクロノは魔力の渦の中心にいるリインに歩み寄る。ああは言ったが、蒼天の書がマスター以外のシステムへのアクセスを受け付けてくれる保証は無い。最悪、吹き飛ばされる危険すらあった。
 それでもやらなくてはならない。彼女のマスターの友人として。彼女の開発者の一人として。何より自分自身のためにも。

「リイン!!」

 クロノがリインの肩を掴む。瞬間、スタンガンのような電流がクロノの両腕を駆け走った。思わず出そうになった呻きをかみ殺すと、クロノはリインへのアクセスを試みる。せめて、魔力を抑えてリイン自身の安全を確保しようとする。
 その瞬間、白い光が整備室を埋め尽くした。

「クロノ提督――――――――!?」










「マリーさん!!」

 はやてが息を荒げて整備室に飛び込んでくる。装備課から蒼天の書の異常を知らされ、学校を早退して急行してきたのだった。

「は、はやてちゃん………」
「リインに異常って、どうしたんや!?」
「わ、わからないんです。前回と同じようにメンテナンスを行ったら、突然魔力を暴走させて…………」
「ぼ、暴走!?」
「多分、メンテナンスを外部からのシステム介入と誤認して防衛機能が発動したと思うですが、でも以前はなんともなかったのに………」
「そんなことはええから!それでどうなったんや!?」
「え、ええと。それでなんとか暴走を抑えようとしたんですが、そうしたらクロノ提督が………」
「クロノ君が!?」
「………魔力を抑え込むために直接アクセスを試みました」
「───────────それで、クロノ君とリインは?」

 絶句しそうになるのを堪えて尋ねる。最悪の想像を押し殺すように。

「それが、その……………」

 言いづらそうにするマリーがちらりと隣の部屋に視線を向ける。はやては確認も了解も取る事無くその扉に駆け寄った。
 融合デバイスの危険性は何度も言い聞かされてきた。けれど、それは自分一人の問題だと思っていた。運命を共にする事を本望とすら思っていた。けれどそれがこんな風に人を巻き込む事になるなんて思ってもみなかった。
 それも、最も巻き込みたくない人を巻き込んで。

(クロノ君)

 扉の前に来た所で、ようやく躊躇が出た。
彼の父は蒼天の書の基となった夜天の書───改変の末に呪われた魔道書となった闇の書によって命を落とした。その彼を正真正銘、自分のデバイスによって危険に晒してしまった。
 その事を直視する事に、途方も無い恐れを感じた。

「っ」

 それでも躊躇ったのは一瞬。意を決して扉の開閉スイッチを押した。

「クロノ君!リイン!」

 部屋に入って辺りを見回す。そこにあったのは自分のデバイスである蒼天の書が一つ、台座の上に鎮座しているのみだった。

「…………」

 はやては無言で歩み寄ると蒼天の書を手に取った。それから、リインに語りかけようと念話を送ろうとした時だった。

「あっ!マイスターなのです!!」

 台座の横から手の平サイズのリィンがひょっこり姿を現す。その姿を見止めるとはやては宝石を掴み取るように手に取った。

「リイン!!無事だったん!?」
「はい!リインは元気一杯なのです!!」
「そっか………、よかった…………」

 涙が出そうになるほど安堵する。だが、もう一つ気がかりな事があった。

「─────リイン。クロノ君は?」

 この部屋には大の大人が隠れるようなスペースはない。その部屋に彼の姿が無い。それが意味するところを想像してはやては声を低くした。

「はい!クロノさんなら」
「───────ここだ」
「へ?」

 きょろきょろと辺りを見渡す。確かに彼の声が聞こえた。間違いなく肉声で念話ではない。だと言うのにその姿はどこにも見当たらない。

「正面。君の目の前だ」

 その姿無き声に視線を前に向ける。

「─────────────────────────────────」

 その信じがたい光景にはやては今度こそ言葉を失った。
 そんな。
 まさか。
 でも。
 しかし。
 そんなことは。
 けれど。
 だけど。
 そんな─────────────────

「………そんな目で見ないでくれ。僕も困っているんだから」

 蒼天の書が置かれた台座の上。
 そこにリインと同じ手の平サイズのクロノの姿があった。










「やー、それにしても見事にちっちゃくなっとるねー」
「ええい、突付くな」

 頬をぷにぷにするようにはやてがクロノを突っつく。が、今のクロノにしてみれば細いはやての指先も巨木に近く、迷惑そうに顔を顰めた。

「でも、どうしてこんな事になったの?」
「マリーの話だと、防衛システムが働いて僕を取り込もうとしたんじゃないかという事らしい。身体が小さくなったのはリィンが身体のサイズをコントロールするシステムの働きだそうだ。まぁ、後者は変身魔法の応用でも可能なことではあるがな」
「クロノ君、ちっちゃくなっても堂々としてるねー」

 この異常事態が落ち着いたところで(と行っても現在進行形ではある)関係者各員に連絡が行き渡った。連絡を受けた者は皆一様に首を傾げ、それを目の当たりにしてはやてと同じように絶句したが、さすがに時空管理局の精鋭揃い。既にこの事態を受け入れている。

「そりゃそうだよなのは。クロノは背が低かった頃から偉そうだったじゃ」
『Stinger Ray』
「熱っ!」

 ユーノの額を小さな閃光が穿つ。熱したフライパンに触れてしまったかのような痛みが走った。

「ふむ、魔法は行使できるがサイズ相応までに出力が落ちてしまっている、か」
「それを僕で試すな!!」

 サイズが変わっても立場は変わらない二人に周囲が苦笑する。

「それで、いつ元に戻るの?」
「マリーの話では、僕がどのように取り込まれているのかと言う所から調べる必要があるらしい。だから、意外と時間がかかるかもしれない」
「そうなんだ………」

 クロノが顔をしかめながらの答え、尋ねたフェイトの顔を曇る。その顔に責任を感じたはやてが手を上げて身を乗り出す。

「ほんなら、私がリインのシステムにアクセスしてどうにかすれば」

 その言葉を、はやてよりも暴走状況を知るクロノが否定する。

「いや、さっきも言ったが今回の暴走は原因がわからない。もしかしたらマスターである君の干渉ですらなにかよくない反応を起こすかもしれない。君に出番があるとすれば、そういった危険性が排除されてからになる」
「そんな………」
「じゃあ、クロノはしばらくこのままって事?」
「不本意ながらそういう事になる。おまけに蒼天の書からは離れられないからな。しばらく、ここで大人しくしているしかない」
「クロノさん、リインのところにお泊りなのですか?」

 と、それまでマスター達の小難しい話に顔を右に左に動かしていたリインがぽつりと呟く。

「「「──────────────────────」」」

 ピキ………、と空気が凍りつく。それに気づく事なく興奮した様子でクロノに詰め寄る。

「クロノさん、お泊りですか?お泊りですね?お泊りなのですね?」
「い、いや厳密に言うと少しというかかなり違う気がするが」
「でもクロノさん、しばらくここにいるって言ったのです」
「ま、まぁ確かに言ったし、そう取れなくも無いかもしれないかもしれないが……」
「わぁーい!クロノさんがお泊りなのですー!」
「っと!?」

 はしゃいだリインがいつものようにぼふっとクロノに抱きつく。それはリインにとっていつもの事。が、彼女以外のものにとってはいつもの事ではない状況だった。
 普段だったら、抱きつくといってもリインではせいぜいクロノの腰周りがいいところだ。しかし、リインと同じく手の平サイズとなったクロノとでは丁度背丈に釣り合いが出来ており、いつもなら腰に埋めていた筈の顔が胸に埋められている。その様子は仲のいい親子というよりも仲のいい兄妹というよりもなんだか別のものに見えて仕方が無い。

「ちょ、ちょっとリイン?」
「クロノさん、ポカポカなのですー」

 物凄く寝心地のいい抱き枕のようにクロノを放さないリイン。その光景に主と義妹が真っ先に反応し、主がデバイスを、義妹が義兄をひょいと摘みあげた。

「マ、マイスター!?何をするですか!?」
「あんな、リイン。クロノ君はこんな状況になって困っとるんやから、それを喜んだりしたら駄目やで?」
「そ、そんな風にもっともらしい事をマイスターの顔はなんだけ別の感情に彩られてる風味っぽいのですー!?」

 混乱してはやての表情を描写するリィン。うまい具合にその表情が見えないクロノはそれが気になりつつも、義妹に摘み上げられるという未だかつてない上に情けない状況にげんなりしながら言う。

「あー……、フェイト。そろそろ降ろして貰えると兄の尊厳が救われるのだが」
「………………」
「……フェイト?」
「……クロノ、なんだかお人形さんみたい」
「「「!?」」」

 なんだか目が怖い事になってるフェイトさんの発言に、周囲の約三名に動揺が走る。特に文字通り手の内にいるクロノは嫌な予感がビンビンだ。

「あの、フェイト?小さくても僕だからな?家族で、義兄で、提督で、君の上司だからな?」
「手乗りサイズっていいよね………」
「って、聞いてないー!?」
「私が拾ったのが、ユーノ君じゃなくて手の平サイズのクロノ君だったらリリカルなのははどうなってたんだろうな………」
「なのは、それは僕に別次元での母さんの役割をやれと言うのか?あと、本人目の前にしてそういう事言わない。ユーノが部屋の隅でいじけているぞ」
「籠の中のクロノ君………」
「待て、色々と怖くなるような妄想を語るな!!実現可能だから余計に怖い!!」

 そうして、クロノは色々と夢想する三人の少女に身の危険を感じるのであった。









「くそう、既にとんでもない状況だがとんでもなく疲れたぞ………」

 とりあえず、誰かが毎日様子を見に来ると決まったところではやて達は装備課を去り、それを見届けた所でクロノはがっくりと肩を落とした。相当まいっているらしく、何がフィギュアにして飾りたいだ、っていうか男の着せ替え人形なんて聞いた事もないし見たくも無いと出て行った人間達への愚痴をぶちぶちと呟いている。

「クロノさん」

 その様子にリインがおそるおそる声をかける。クロノは少しはっとなったように愚痴を止めて振り返った。

「リインと一緒なのが嫌なのですか?」
「リイン………?」
「リインのところにお泊りが嫌なのですか?」
「………そうじゃないさ」

 はやてに怒られたこともあって落ち込んだ様子のリインの頭にぽんと手の平を置く。

「これでも忙しい身だからね。このままじゃ仕事が出来ないから困ってしまうんだよ」
「リインと同じサイズじゃお仕事できないですか」
「そうだな………」

 一瞬想像してみる。
 多くの部下がいる艦橋。その部下達をまとめる艦長席に座って、というよりちょこんと置かれたような自分。そこから各所に指示を出し、エイミィに連絡をまわしてもらおうと声をかける。しかし、答える事無く、次第に肩を震わせ堪えきれなくなったように爆笑。あー!駄目だ!クロノ君かわいー!!その言葉に我慢していた他の部下達も連鎖的に大爆笑。艦橋が笑いに包まれる。あ、フェイトまで笑ってる。

「うん、仕事にならない」
「そうなのですか……」

 一瞬の逡巡、やたらとはっきりと言い切るクロノにリインは俯く。やがて、大げさなくらいに、しかしそれだけ真剣に深々と頭を下げる。

「リインのせいで、こんなことになってごめんなさいです」

 クロノは一瞬呆気に取られた様子だったが、こんな子供に気を使わせた自分を恥じ入りながら、もう一度リインの頭に手を置くと優しく撫でてやった。

「気にする事は無いさ。君が悪いわけじゃない」
「でも………」
「大丈夫。こんな状況すぐに元に戻るさ。そうしたら目一杯遊ぼう」
「……はいです!」

 その言葉にようやく笑顔を見せるリィン。その顔にほっとしたところでリインが思い出したように言った。

「あ、そろそろお風呂の時間なのです。クロノさん、一緒に入るのです」
「は?」
「リインは一人でお風呂入れないです」
「うわ、なにそのフェイトのお株を奪うような設定!?」

 本当に早くこの状況が元に戻る事を願わずにはいれらないクロノだった。









 それから三日ほど経った。
 その間、クロノはリインの行動に精神をすり減らされ続けていたが、状況は変わる事無く現状を維持したままであった。

「あれ………これは……でも………」

 それを早くどうにかしようとマリーは整備室に篭りっぱなしだ。そのマリーがメンテナンスの時のデータを全て洗い出している時だった。

「どうしたんですか?」

 そのマリーの声が聞こえたの、近くにいた整備士がマリーが操作していたコンソールを覗き込むように近づいてくる。

「うん………、この間の暴走なんだけど最初はリインちゃんのシステムに何か異常があったのかと思って調べてたんだけど」
「だけど?」
「リィンちゃんには異常が見られなかった。今の状態だってクロノ提督を取り込んでいる以外正常に作動している。だとすると、あの魔力の発動は実は正常な反応だったんじゃないかなと思って、他のデータを洗ってみたら」

 ポンとコンソールを指で叩いて、それを表示させる。

「これは………」
「あの時のメンテナンスに紛れ込んで、システムに介入しようとしてたウィルス。通常なら感知できない程度のものだけどそれを各所に分布させることで監視の目から逃れてる。それをメンナテンスの時にリインちゃんに収束させた………」

 つまり、あの暴走は暴走ではなく防衛。事故ではなく起こるべくして引き起こされたものだという事だった。

「けど、一体誰がこんなことを………。こんなこと外部からじゃ絶対に出来ない。内部から誰かが細工したとしか思えない………」

 口に指を当てて思案顔をするマリー。

「………いや、まったく」

そのマリーに。

「管理局ってのは、本当に優秀な奴が集まってんだな」

 整備士の男が銃口を突きつけた。

「え………?」
「動くなよ。そのままゆっくりと立ち上がれ」

 状況を理解しきれず、言われるがまま立ち上がるマリー。そのマリーの後頭部に銃口を当てながら男はコンソールを操作し、それが終わると拳銃でマリーを押すようにして隣の部屋に移動する。

「よう、ご苦労さん」

 隣の部屋では蒼天の書の調査の最中で整備士が全員集まっていた。ドアが開く音に全員がそちらに視線を向け、マリーが銃口を押し付けられながら入ってくるという光景を一瞬理解できずに呆然とした。

「騒ぐな。全員一箇所に集まれ。じゃないと主任の頭が吹き飛ぶぞ」

 整備士が驚愕しきる前に男は脅しをかける。その殺気の孕んだ声にその言葉が嘘ではないと感じ、整備士達はゆっくりと一箇所に集まる。

「よっと」

 そこに男がカードを投げつけて拘束魔法を発動させ、整備士達の自由を奪った。

「言っとくがしばらく助けは来ないぜ。さっきシステムをいじってこの区画の通信は遮断したし、表向きは異常が無いようにしてる。巡回が来るのもまだまだ先の話さ」
「あのウィルス。まさか貴方が………!?」
「ご名答」

 この事態に顔を青くしながらマリーが尋ねる。男は皮肉げに笑って答えた。

「あの融合デバイスのスペックに心惑わされてね。なんとか手に入れられないかとこの三年チャンスを狙ってたんだ。最も、手にとって整備してたにも関わらず、その優秀さを理解しきれなくて危うく防衛システムに吹き飛ばされるところだったけどな」

 そう言って男はチラリと蒼天の書に視線を向ける。

「本当は失敗したから、頃合を見計らって逃げようかと思ったんだけどな。主任が原因をもう発見しちまったからもう逃げても足がついちまう。だから、こいつを持ち逃げしてゆっくり心行くまで研究させてもらう事にするよ」

 男はマリーを後ろから抱くようにして、こめかみに銃口を押し当てる。そうしてマリーの身動きを奪ってからゆっくりと蒼天の書へと手を伸ばした。










『くそっ!どうすればいい!?』

 その会話は蒼天の書の中にいたクロノとリインにも聞こえていた。聞こえてはいたが、二人にはどうする事も出来ない。クロノは魔法を行使できると言っても今の状態では全く攻撃能力を有していない。リインもマイスターであるはやてがいなければ、一介の少女にしか過ぎなかった。

『身体に異常が無ければ幾らでも方法があるというのに!』
『クロノさん………』

 己の無力に嘆くクロノにリインは胸を締め付けられる。彼は自分を責めはしない。けれど、彼が無力を嘆いているのは間違いなく自分のせいだ。
 何か、何か方法は無いだろうか?
 リインはその幼い容姿からは考えられないほど膨大にして深遠な知識を検索する。生かしきる事こそまだ出来てはいないがその身に修められた知識の量はクロノでも足元に及ばないほどの量がある。
 それが一つの可能性を導き出した。

『クロノさん』

 リインがクロノにそれを語ると、クロノは大きく見開いて半信半疑といった様子で尋ね返した。

『それは………、その、本当に可能なのか………?』
『理論上は可能なのです』
『だとすると、現状使える手はそれくらいしか……いや、それしかないか………』

 クロノは観念したように頷くと、決意を込めてリインを見て言った。

『リイン。君を信じる。やってくれ』
『はいなのです!!』






 男がまさに蒼天の書に指をかけようとしたその時だった。

「なっ!?」

 突如、蒼天の書が宙に浮き、ページが高速で捲くれていく。そうして、真ん中の辺りのページまで差し掛かったところでぴたりと止まり、室内を埋め尽くすほどの光を解き放った。

「い、一体なん………!?」

 光に目が眩んだ男が目を開くと蒼天の書はなく、一人の少女の手がそこにいた。
その少女に覚えがある。けれど、その姿は男の記憶とは幾分異なっていた。
 少女は主から与えられた騎士甲冑の上から黒灰色の法衣を纏い、白と黒の装束で身を覆っていた。その小さな手は全く不釣合いで無骨な手甲に装着しており、その手には蒼天の書が抱えられていた。
 そうして、少女はゆっくりと目を開き、驚愕に言葉を失っている男にこう言った。

「白と黒の堕天使、愛と正義と夜天の魔法幼女レイデンリインフォースU。ここに参上なのですー!!!!」

 ドーン!とどこからともなく効果音が聞こえた気がした。

『………本当に出来ちゃうんだもんなぁ』

 その音に頭を痛めつつ、リインの中にいるクロノはぽつりとぼやいた。
 リインがクロノに語った可能性。それはクロノとリインのユニゾンだった。
 通常ならば、リインははやてに合わせて調整が行われているためクロノとのユニゾンは不可能である。だが、今のクロノは蒼天の書に取り込まれておりシステムの一部として利用する事が出来るとリインは言った。また、システムに組み込まれていると言ってもクロノが一人の魔導師である事には変わりないため、術者として誤認させる事で融合が可能であると言ったのだった。
 そうして、その言葉を信じてユニゾンを行った結果、白と黒の堕天使、愛と正義と夜天の魔法幼女レイデンリインフォースUがここに誕生したのだった!!

『ところでリイン。一応僕が術者の筈なのになんで、君の姿になっているんだ?』
『融合デバイスは制御できていないと管制人格の外見になってしまうのはご存知ですね?今の状態は、システムを誤認させることで引き起こした一種の暴走状態だからなのです』
『あー、なるほどー』

 確かにこの状態を暴走と言わずしてなんと言えばいいのかクロノには他に言葉が見つからなかった。

『という事はそんなに悠長にしていられないんじゃないか?』
『はいです。長時間このままでいると術者であるクロノさんに影響が出てしまう可能性があるです』
『具体的にはどんな影響が』
『えっと、クロノさんの身体がリインに影響されて女の子化す』
『リイン。さっさと片付けるぞ。一秒でも早く!!』

 クロノの声に急かされて、リインがマリーを人質に取った男に向き直る。この理解不能な状況に一種の恐怖を覚えた男は銃口をマリーに強く押し付けて叫んだ。

「く、来るな!こいつが見えないのか!?」
「やってみろなのです」
「な!?」
「えっ!?リインちゃん!?」

 その言葉に男だけでなくマリーも慌てる。

「リインちゃん!ひょ、ひょっとしてこの間の整備の時にこっそりロケットパンチをつけようとした事根に持ってる!?それとも、ユニゾンするときはリィンちゃんが上から降ってきてパイルダーオンにしてみようかって言った事!?はっ、まさか将来的にはオッパイミサイルをつけようと思ってたことがバレた!?」
「………それはそれとして後で追求するとして、もう勝負はついているのです。諦めて降参するのです」
「ふ、ふざけやがって!!」

 リィンの言葉に逆上した男が躊躇いも無く引き金を引く。ガチンという音にリイン以外の者が最悪の光景を想像して目を閉じた。

「が、があぁぁぁぁっ!?」

 その彼らの耳に響いたのは男の絶叫。はっとなって目を開けると男が血だらけの腕を抱えてのた打ち回っていた。男の手から逃れたマリーも何が起こったかわからずその様を凝視していた。

「じゅ、銃が暴発だと!?お、お前何をしやがった!?」
「簡単な事です。銃口の中に極小の防御魔法を展開しておいたのです。つまり、銃口が詰まったのと同じ状態。そんな状態で引き金を引けば、暴発するに決まっているのです」
「ば、馬鹿な!?そんな事が可能な筈は!?」

 口で言うのは簡単だが、それがどれほど高度な事か魔法に関わるものであれば理解できたはずだ。それをリインはさも当然のように胸を張って言った。

「クロノさんとリインが身体を合わせれば不可能は無いのです!!」
『……リイン。その間違いじゃないけど誤解を招きそうな事を言ってないでとっとと終わらせるように』
「はいです!」

 クロノの言葉に応じるとリインは腕をぐるぐると回転させる。速さこそ無かったが、腕が回される度に魔力が蓄積されていき、とてつもない魔力を宿していく。

「いくです!今、必殺のー!!」

 リインがスレイプニールを発動させ、一瞬にして間合いを詰める。その速度に痛みも忘れて目を見開く男にリインは拳を叩きつける。

「トロンベ・リィンパーンチ!!」

 大魔力を纏った小さな拳。間の抜けた名前に反してシュヴァルツェ・ヴィルクング並の威力を誇る一撃が男を吹き飛ばした。壁にめり込んでピクピクと痙攣する男。あまりと言えばあまりに無残な光景に、あの壁の修理費経費で落ちるのかなとマリーは関係の無いことを思った。

「大、成、敗!!なのですー!!」

 そんな中、無邪気に勝利のVサインを掲げるリイン。すると、その身から白い煙が湧き上がってきた。

「へ?」

 何事かと思った瞬間、ボン!とリインが白い煙を上げて爆発する。熱量こそ無かったが部屋を多い尽くすほどの煙に咽ながらマリーが叫ぶ。

「けほっ!けほっ!リ、リインちゃん!?」

 その声に応じる声は無い。やがて煙が晴れてマリーが目にしたのは。

「───────────あ」
「う………」
「きゅ〜……なのです」

 額を手で押さえながら頭を振っているクロノとその膝の上で目を回しているリインの姿だった。









「なんや、面白いことになってたそうやね」
「どこも面白くない」

 クロノが元のサイズに戻ったと聞き、はやて達が装備課にやってきて事のあらましを聞いたのは、男が逮捕された三時間ほど後の話である。その間にクロノは精密検査を受け、異常なしの太鼓判を押されて様子を身に来たはやて達にそのことを聞かれると仏頂面でそう答えた。

「今世紀最大の出来事!ってマリーさんが言ってたよ」
「今後の研究のためにまた見てみたいって言ってたけど、その時は私達も呼んでもらおうかな」
「勘弁してくれ………」
「ところでリイン。クロノ君とユニゾンした感じってどんなんやった?」

 げんなりするクロノをからかうようにリィンにそのときの事を尋ねるはやて。だが、リインはなんだか顔を赤くしてぽ〜っとした感じで答えない。

「リイン?」
「凄かったのです」
「は?」

 熱に浮かされたような口調で、リィンは誰に聞かせるでもなくとろんとした目で語る。

「リインの中でクロノさんが一杯になっていたのです。あんなの初めてだったのです………」
「ちょ、クロノくん!?」
「な、何を誤解しているかしらないが僕はリインの言葉に従っただけだぞ!?」
「こ、こないな子供に主導権握られて男として恥ずかしくないんか!?」
「何の話!?」
「ああ、リインは今日、大人の味を知ってしまったのです」
「リイン!お願い、頼むからちょっと黙ってて!ていうか僕ふりかけ!?」

 泣きそうな声で叫ぶクロノ。そのクロノが視線を感じて振り返ると、とてもにこやかな笑顔を浮かべるなのはと悲しみに顔を染めたフェイトがいた。

「クロノ君ってロリ?」
「クロノ、やっぱり十歳以下しか興味がないんだ………」
「何言ってんだ、君らはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 そのクロノの大絶叫が今回の珍事の終わりを告げた。



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