リリカルなのは SS

休日の助っ人 Age14

「それじゃ行ってくるわねー」
「楽しんでくるよ」
「うん、いってらっしゃーい」
「ゆっくりしてきてくれ」
「気をつけてねー」

 高町兄妹がが翠屋の前で両親を送り出す。その手には大きな旅行鞄。今日から高町夫妻は子供達の出資による二泊三日の夫婦旅行に出かけるのだった。

「さて、俺達も行くか」
「ごめんね、なのは」
「ううん、大丈夫だから心配しないで」

 両親を見送ったところで恭也と美由希も足元の荷物を担ぐ。本当なら兄妹の三人で両親不在の翠屋を乗り切る予定だったが、数日前になって急な用事が入ってしまい、今日から両親と同じく二泊三日で出かけることになっていた。

「いってらっしゃーい」

 姿が見えなくなるまで二人を見送る。そうしてから、見据えるように翠屋へと振り返り、家族が帰ってくるまで頑張ろうと大きく頷く。

「皆、もう行ってしまったか。見送るつもりだったのだが」

 そこに一人の青年が姿を現す。その姿を見つけるとなのははその青年を笑顔で迎え入れた。

「おはよう、クロノ君。今日はよろしくね」
「おはよう、なのは」












 恭也と美由希の二泊三日の外出と言う高町家の子供達が考えた夫婦旅行を潰しかねないこの緊急事態。ただでさえ、士郎と桃子の不在するというのに、さらにこの二人の穴を埋めるのはさすがになのは一人では難しかった。
 そこで桃子は一つの決断を下す。その穴を埋めるべく、一人の青年を助っ人に呼ぶ事を。そしてその青年こそクロノだった。
 クロノの普段の多忙っぷり。それは悪いだろうと言うなのはの反対。それら全てを桃子は各方面への交渉の末、全て押しのけてクロノの召集に成功。こうしてクロノは翠屋の手伝いをする運びになった。

「これでよし。なのは、開店にしよう」
「うん」

 開店前の掃除を終えたクロノが言うとなのはが表に出て扉の表札を『Close』から『Open』に変えて戻ってくる。それを確認してからクロノが厨房に開店したと呼びかける。そうして、すぐに本日最初のお客様が入ってきた。

「いっらっしゃいませー」
「あら、なのはちゃん。朝からなんて珍しいわね」

 入ってきたのは常連の近所に住む奥様方だった。なのはの姿に軽く驚いてからきょろきょろと店内を見回して不思議そうにして尋ねる。

「今日は士郎さんと桃子さんは?」
「今日から二泊三日の旅行なんです。それで朝から出てるんです」
「あらあら、そうなの?」

 そこで常連さん達がちらりとクロノの見る。軽く会釈をするクロノの姿に常連さん達がもの凄く微笑ましそうな顔をする。

「それで、未来のオーナーと二人で切り盛りする事になったのねー」
「え、ええっ!?ち、違います!そういうんじゃなくて!」
「いいからいいから。恥ずかしがらない」

 わかってるんだから、とオホホ笑いする常連さん達。形勢の不利を悟ったなのはは事務的にこちらにどうぞー、と席に案内する。が、会計を済ませるまでその微笑ましそうな視線が外れる事はなかった。
 なお、他の常連にも同じように見られたのは語るまでも無い話である。










 もうそろそろ昼のラッシュが始まる予兆が見え始めた頃だった。

「なのは、こんにちわ」
「お邪魔しまーす」
「あ、フェイトちゃん。はやてちゃん」

 フェイトとはやてが翠屋に姿を見せる。二人とも飾り気の無い格好で肩にトートバッグを下げている。どこかに遊びに行くと言う雰囲気ではなかった。カウンター席に案内してから、今日の予定を尋ねる。

「今日は二人とも、どこかに行くの?」
「うん、午後から二人で勉強会。その前にお昼を済ませようと思って」
「三日間みっちりやるから、翠屋で英気を養いに来たんや」
「そうなんだ。頑張ってね」
「なら飲み物くらいサービスしておこう。だから、しっかり勉強するように」
「あ、ほんま。ラッキーや」
「ありがとう、クロノ」

 クロノが出したミルクティーを口に運ぶフェイトとはやて。その一口目が喉を通り過ぎたところでピタリと動きが止まる。

「…………」
「…………」
「ん、どうした二人とも?」
「………ねぇ、クロノ」
「………なんで、ここにおるん?」
「なんでって、店の手伝いだが」
「それがなんでって聞いとるんやー!!」
「いや、桃子さん達が用事で出かけてなのは一人で大変だからって頼まれて」
「頼まれたらホイホイ来るんか!多忙なはずのフラグ提督!!」
「なのは。個別ルートやったんだからこのシリーズにまで出張らなくてもいいんじゃない………?」
「フェ、フェイトちゃん。時々、何を言ってるのかわからない時があるよ………?」

 それから、なんとか落ち着きを取り戻したフェイトとはやてにクロノが正確な事情を話す。

「と言う訳なんだ。わかったか?」
「…………」
「…………」
「………わかったのかな?」

 二人は答えない。ただ、横目で視線を合わせて頷きあうとガタンと席を立った。

「フェイト?はやて?」
「なのは、私達も手伝うね」
「エプロン、借りるわ」
「は?」
「え?え?え?」
「忙しいんでしょ?だから手伝うよ」
「エプロン、更衣室やったよね」

 そう言って返答も待たず二人はずんずんと店の中に入っていく。それを戸惑いながら見送り、なのはとクロノが顔をあわせる。

「えっと、いいのかな?」
「まぁ、確かに人手は欲しいところではあるんだが」

 ぽりぽりと頬を掻きながら、時計を見る。時刻は昼のピークに突入する時間を刺していた。










「い、いらっしゃいませー!」
「た、ただ今満席ですー!!」

 どこかで見た光景だなぁと思いつつクロノは自分の危惧が的中した事を悟る。フェイトとはやてが手伝いを始めた時間から翠屋のピークが始まり、客足は一気に増大し、中も外も満席になってしまった。この状況でこういった仕事をした事がほとんどない二人に立ち回れと言うのはどたい無理な話だった。

「ともかく、早く捌かないと。僕もフロアに出ます」

 そう店員に声をかけてからクロノはカウンターを出る。まずは入り口の客の応対に手間取っているフェイトの所に向かう。

「あ、クロノ」
「フェイト、君はあっちの三番テーブルを片付けてくれ。それが終わったらはやてに三番テーブルにお客さんを案内するよう言って、五番テーブルのオーダーを頼む」

 それだけ言うとクロノは慣れた様子で、席待ちのお客に何分待ちかを告げ、次の持ち帰りの客のオーダーを聞き、すぐさま厨房に伝える。

「クロノ君、オーダー聞いてきたんやけど………」
「貸してくれ。…………厨房、シュークリームセット3つ、ナポリタンのサラダセット1つ、ケーキがチョコとチーズで二つずつで食後、ドリンクはミルクティーとコーヒーと紅茶のみ二つで食前、お持ち帰りにショートとモンブランとミルフィーユを二つずつー!」

 受け取ったオーダーを瞬く間に厨房に伝え、厨房からも確認の返事が返ってくる。ぽかんと口を開けるはやてにクロノは六番テーブルの空いている皿を下げるように指示して、なのはを見る。

「なのは、僕は外を片付けてくるから中を頼む。空きそうなのは一番、六番、八番テーブルだ」
「うん、わかってる!あ、フェイトちゃーん!カウンター席の空いてるお皿下げてー!」

 クロノの指示が飛び、三人が動く。そうして三時を過ぎる頃には店内はなんとか落ち着きを取り戻していた。












「お疲れ様、二人とも。助かったよ」

 クロノがぐったりとカウンターに突っ伏すフェイトとはやてにジュースを差し入れる。それを一気に半分くらい飲み干してからフェイトが尋ねる。

「く、クロノ。いっつもこんな事してたの?」
「そうだな。今日は桃子さん達がいない事を差し引いても、結構な客足だったな」
「ってことは、今日より大変な時もあったんか?」
「ああ。ゴールデンウィークの時とかは、本当に大変だったぞ」
「えっ!?クロノ君、その時お手伝いしてたの!?」
「あれ、知らなかったのかなのは?」
「お、おかーさん…………」

 項垂れるなのは。休日潰してまでなんで手伝いに来ているんだという目で見るフェイトとはやて。最も、問われてもクロノには答える術が無い。なんてったって昼食を取りに来ただけなのにいつの間にか手伝わされているのだから。

「それにしてもすまなかったな。本当なら勉強会だった筈なのに」
「い、いいよ、クロノ。私たちがやるって言ったんだし」
「そ、そうやって。気にせんでいいって」

 そう、確かに苦労したが目的は達成できた。勉強会が一日潰れてしまったのは痛いが、それでも目的は達成できたのだから気になんてしな───────────。

「で、なのは。明日も同じぐらいの時間に来ればいいのか?」
「うん。それでいいよ」

い、ってちょっと待て。

「ク、クロノ、明日も同じ時間って!?」
「いや、明日店に来る時間だが」
「あ、明日もって明日も手伝いする気なんか!?」
「元々手伝うために入れた休日だしな」
「も、元々っ!?」
「一昨日、いきなり母さんが休暇命令を出してきてな。いくらアースラが今ドッグいりしてるからってそんな物が通るはず無いだろうと言ったら、人事課からの有給消化申請まで持ち出してきたんだ。上層部からも異文化コミュニケーションをしてこいのとお達しのおまけ付でな。なんだかんだと言っていたが、片手にあったシュークリームを見る限り、確実に買収されたな、あれは」
「本当にごめんね、クロノくん。うちのおかーさんが………」
「いいさ。実際有給は消化しなきゃいけなかったし、かと言って休みを入れるような用事もなかったしな。丁度いいといえば丁度いい」
「……………」
「……………」

 苦笑しあって話すクロノとなのは。それを聞きながらフェイトとはやてはしばし呆然とするしかなかった。









 が、次の日

「あれ?フェイトちゃん、はやてちゃん?どうしたの?」
「いや、今日も手伝うと急に言い出してな」
「た、大変そうだったからまた手伝おうかなって思って。ねー、はやて」
「そ、そうや。なー、フェイトちゃん」
「………ありがとう、二人とも」

 二人の意図にまったく気づかず、素直に礼を述べるなのは。そのなのはにフェイトとはやては乾いた笑みを浮かべる他なかった。



 なお、その後の聖祥学園でのテストでいつもより平均点を落とした二人の学生がいたが、それが誰なのかは言うまでもない話である。
















 おまけ 休日の助っ人 Ver Age14 Song to you forever

「なのは、四番、五番テーブルを片付けたからお客さんを案内してくれ」
「うん。あ、あとレジ代わってあげてくれないかな?あの子、まだ不慣れで詰まっちゃってるみたいだから」
「わかった」

 てきぱきと店内のお客を捌いていくクロノとなのは。その様子を微笑ましそうに桃子が眺めていた。

「やー、お仕事奪われちゃった気分ねー」
「そう、思うなら少しくらい手伝ってくれてもいいのでは?」
「んー、でもクロノ君となのはの仲を邪魔するのも悪いしー」
「も、もう。おかーさん、またそんな事言って」
「あ、この際だからもうお店の事クロノ君となのはに譲っちゃってもいいかなー。クロノ君、翠屋継ぐ気ない?」
「だ、だから、おかーさんっ」
「………それも悪くないですね」
「って、クロノ君!?」
「あら、ノロけられちゃった?」
「まぁ、今の仕事がありますし、しばらくは無理でしょうけど」
「じゃあ、いずれって事かな?」
「さて、どうでしょう?」
「………う〜ん、クロノ君も手強くなったなぁ」
「さすがに慣れましたから」

 そう言って視線を桃子から外す。その先に顔を赤くしたなのはにクロノは少し照れくさそうに笑う。そうして、なのはも同じように照れくさそうにして微笑み返すのだった。







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