リリカルなのは SS
あしなが提督
「なー、クロノ君。もうすぐ私の誕生日やん」
「ああ、そうだな。休みは取ったからちゃんと参加できるよ」
「ほんま?それで、プレゼントは何をくれるん?」
「………あのな。そういうのは当日を楽しみにするものじゃないか?」
「だって、クロノ君のプレゼントって実用的やけどインパクトないから。前もって知っておいた方が釘をさせるし、そうすればプレゼントを変えてくれるかなーって」
「………一体、何が欲しいんだ。君は」
「う〜ん、クロノ君にしか用意できへんものとか。とりあえず、それなら印象には残るやろ?」
「難しい注文をしてくれる。………まぁ、ともかく考えておくよ」
「うん、楽しみにしてるで」
そう告げて、はやてが去っていくとクロノは遠くを見つめながら呟く。
「僕にしか出来ないプレゼント、か」
それがなんなのか、クロノはしばし思案に暮れるのだった。
よく手入れされた庭園を歩く。緑の匂いに鳥の囀りに澄んだ風。自然を感じさせる静かなこの場所は俗世から離れるには確かにうってつけの場所のように思えた。
「───────────」
同時に、俗世からその場所に足を踏み入れた自分は侵入者のようだ。やましい事は何も無いが、それでも確かにそうだと思う。ただ、静かに過ごそうとしている人を一時とはいえここから連れ出そうとしているのだから。
(それでも)
叶えたい事がある。だから、自分はここに来た。
「おーっす」
そこで声をかけられる。顔を上げると知った顔が二人、目的の家の前で立っていた。片手を上げて数歩の距離まで歩み寄る。変わらないその顔、けれど見下ろす顔になったその二人に確かな時の流れを感じた。
「久しぶりだな。アリア、ロッテ」
「ほんと、久しぶりだよ。大きくなったね、クロノ」
「師匠を見下ろすなんて失礼だぞ。小さくなれ」
「無茶を言うな。それより君たちだけか?」
「うん、父様は家の中よ。入ってきて」
そう言うリーゼアリアに連れられてクロノは家の中に入る。
今回の来訪の目的、英国で隠居しているかつての恩師グレアムに会う為に。
「久しぶりだな、クロノ」
「ええ、お久しぶりですグレアム提督」
そう挨拶しながらクロノはグレアムの顔を見る。こうして会うのはグレアムが管理局を辞職してから初めてだが、一気に老け込んでいた。張り詰めたものが切れたせいか、五年と言う歳月の倍は歳を取ってしまったように見える。
「もう、私は提督ではないぞ。クロノ提督」
「しかし、それ以外呼び方が見つかりませんから。それと提督はやめて下さい。貴方にそう呼ばれるのにはまだまだ足りていないと思っていますから」
苦笑するグレアムがクロノの言葉にさらに苦笑する。その笑いを収めると、グレアムはかつての勇士の面影を思わせるように僅かに目を細くして尋ねる。
「それで、今日は何の用かな、クロノ?」
「大体、見当はついているのではないですか?」
その言葉にグレアムは答えない。クロノは差し出された紅茶を一口含んでから言った。
「もうすぐはやての誕生日です」
「…………」
「そろそろ、会ってもいい頃じゃないですか?」
闇の書事件から五年。未だはやてとグレアムは対面していない。
その二人を対面させる。それが今回のクロノの来訪の目的だった。
「………あの子から手紙は全て取ってある。何度も見返したよ」
ちらりとグレアムが視線をずらす。その先を追うとそこには一つの写真立てが置いてあった。そこにはよく見知った少女が家族と共に写っていた。
「手紙の最後には必ずありがとうと書かれていたよ。その送り相手が、自分の命を狙っていた事も知らずにな」
「…………」
「その写真、一番最近に送られてきたものだ。とても、幸せそうだと思わないか?」
「ええ。そう思います」
「それを見る度、心が安らぐ。そしてその後には必ず心が軋む。自らがしようとした事に。その幸せを利用しようとした事に。全く持って自業自得なのだがな」
自嘲もせずにそう言う。それから写真から視線を外し、天井に遮られた空を見るように視線を上げる。
「だから、思うのだ」
「…………」
「真実を語り、彼女の幸せを曇らせる事をしなくてもいいのではないかと。このまま、援助をするだけのおじさんでいるだけの方が彼女にとっていいのではないかとな」
「だから、会えないと?」
「以前は真相を話すつもりだったがな。全く臆病になったものだ」
今度は自嘲してそう言う。その表情は深い懺悔に彩られている。そんな触れる事を躊躇わせるような顔に対してクロノは机に肘を突き、組んだ手で口元を隠しながら言った。
「なら、別に真相は語らなくてもいいのでは?」
「何?」
グレアムが細くなった目を開く。クロノは逆に目を細くして回想するように語る。
「この数年で思いましたが、真相と言うものは語らない方がいい事もあると思います。例えば、一人の友人の父親の死の真相とか」
その言葉の意味する所を読めないグレアムではない。その事件こそ、彼がしようとした事の始まりの出来事なのだから。それを短く、重く尋ねる。
「知ったのか、彼女は」
「ええ、教えるつもりはなかったのですが、色々ありまして」
顔を下げて額を組んだ手に当てる。瞳を閉じて、その時の事を思い返しながら言う。
「今でこそ、思い出話のように話せますが、その時のはやてを思い出すと今でも胸が痛みます」
「…………」
「だから、あなたが言う事もわかります。だから、真相を話すことも無いんじゃないんですか?」
「………嘘を突き通せというのか?」
「隠し事があるだけで嘘ではないでしょう」
そう言って、組んだ手を解き頬杖をつく。それから自分の言う事に苦笑しながら、けれど揺らぎの無い言葉を続ける。
「それに矛盾するようですが、彼女が真相を知ってもいいとも思ってます。そうでなければ僕はここに来ていませんよ」
「それはお前の経験からという事か?」
「………悲しみもした。挫けそうになった。けれど、はやては受け止め、背負って、生きていくと決めましたから」
「………しかし」
「それに、時間もありませんから」
「時間?」
グレアムの顔に戸惑いの色が浮かぶ。それを見通しながらクロノは問う。
「最近のはやてからの手紙で引越しをするという話を聞いていますか?」
「ああ、なんでも遠くに引っ越すとか。そうしたら、援助はもう大丈夫と」
「それがどこかはご存知ですか?」
「いや、そこまでは書いていなかったな」
「彼女の引っ越し先はクラナガンです」
さらりとクロノが口にした言葉にグレアムが確かな驚きを顔に浮かべる。
「一般人の筈のおじさんに、異世界に引っ越すとは言えないでしょう。だから、行き先は書かれていなかった」
「そう、か………」
「もし、今の内に会わず、はやてがクラナガンに移り住んでしまえば、『グレアムおじさん』としてだけ会う事は難しくなるでしょう。その時にはやてが援助を断る予定ならなおさらです」
「…………」
押し黙るグレアム。胸中には様々な想いが浮かび、入り混じっているのだろう。そのグレアムにクロノは自分の持つ最後にして最高のカードを切り出す。
「それと、貴方は一つ嘘をついています」
「………何?」
「手紙の最後に書かれているのは『ありがとう』ではなく、『会ってお礼がしたいです』でしょう」
グレアムが目を大きく見開く。それから静かに目を閉じ、瞳を開くと観念したように苦笑した。
「そんな事まで教えているとは。随分と信頼されているのだな」
「まぁ、それなりに。年上の友人として、家族や同性の友人には言えない事を相談されるくらいには」
「…………その友人がそう言うのだから、大丈夫なのかも知れんな」
そう言ってグレアムは重い腰を上げ、テラスから遠くの地にいる少女の国の方角に目をやる。それから振り返って年寄りを追い詰めた青年に仕返しをするように言う。
「ところで、手紙にはその年上の友人について書かれていてな。聞きたいか?」
「………遠慮しておきます」
最後の最後で反撃され、クロノは苦虫を噛み潰したような顔をして屈託無く笑う恩師の姿を見た。
それから数日後。
『誕生日おめでとうーっ!!!』
たくさんのクラッカーとともにそう告げられる。紙テープまみれになったはやてがそれを取りながら皆にお礼を言う。
「ありがとうな、皆」
「さっ、それじゃ早速プレゼント贈呈といきましょうか!」
仕切るアリサに促され、友人達がはやてにプレゼントを渡す。その列がなくなる頃を見計らってクロノがはやてにプレゼントを渡す。
「誕生日おめでとう、はやて。僕からのプレゼントだ」
「ありがとうな、クロノ君。でも、誕生日プレゼントに高級お料理セットってどうなん?嬉しいけど色気が無さ過ぎる気がするんやけど」
「………ご期待に答えられず申し訳ない」
それから、友人達が持ち寄った料理に舌鼓を打ちながらしばし談笑となる。はやての周りには代わる代わる友人達と家族が来て、楽しそうに過ごしていた。
と、そこに唐突にインターフォンの音が響いた。その音に皆がきょろきょろと周りを見る。参加する予定だったものは皆揃っている。遅れてやってくる予定のものはいない筈だった。
「誰やろ。シャマル、見てきてくれへんか?」
「はい、はやてちゃん」
ぱたぱたと玄関に向かうシャマル。誰か来ていない者がいただろうかと周りを見るフェイトとなのはがその中で唯一そうしていないクロノの姿を見つける。その視線に気づいたクロノが人差し指を口に当てる。それで二人は誕生日会前にクロノが言っていた事を思い出す。
『今日、君達が知っている人が来る予定なんだが、その人と知り合いだと言う事は黙っておいてくれないか?他の者にもそう言ってあるから、頼む』
しかし、一体誰なのだろう。そう思っていると玄関に向かったシャマルが戻ってきた。
「シャマル。来たの誰やったん?新聞屋?」
「ええと、それが………」
なんと説明したら言いのわからずシャマルが言葉に詰まる。それから言うより会ってもらった方が早いだろうと身を引いて、尋ねてきた人物を中に通す。
「───────────」
その人物は見たことも無い初老の男性だった。けれど、その姿を見た瞬間、まさかという大きな期待と信じられないと言う不安がはやての胸中を渦巻いた。
その人物ははやての前に立つと静かに微笑んだ。
「あ、あの、………」
「こうして会うのは初めてだね。八神はやて君」
「え、ええとっ、その、も、もしかして………」
「ああ、申し遅れたな。私はギル・グレアム。君の援助をさせてもらっている者だ」
その言葉に、はやては大きく目を見開き、やがて堪えきれなくなったように大粒の涙をポロポロと零し出した。
「初めて会うのにこういうのもおかしいが、大きくなったな。はやて君」
「あ、はいっ!お、大きくなりした!その、全部グレアムおじさんのおかげで!だから、そのいつかお礼が言いたくてっ。でも、そのなんで急に、その何でっ………」
「落ち着いて。今日は手紙で話しているのではないのだから。だから、言いたい事は全部聞こう」
「っ、………はい!ほ、ほんとうにいっぱいいっぱい話したいことがあるんです!」
けれど、感極まって言葉が出ないはやて。それでも、伝えたい言葉を一つ一つ見つけるとたどたどしくグレアムに語っていく。グレアムはそれを穏やかな表情で静かに聞き取っていく。
その状況に驚く者、戸惑う者、まるでわからない者。それら全ての人間が少女と老人の姿を見つめていた。
「───────────」
その中でただ一人。その場を用意した提督は一人微笑ましくその光景を眺めていた。
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