憩いの縁側

 日の当たる縁側に座る。少し視線を上げると透き通るような青い空が見えた。

「───────────ん」

 軽く伸びをしてからまたぼんやりとする。ただ、周りの音や景色に意識を向ける。
 この家に上がるようになってから気がついたが、どうやら僕は静かで開けた場所が好きなようだった。自宅が狭いと言うわけではないが、どうも屋内にいると仕事の事を考えてしまう。自室の机を見ると、明日の仕事がどれだけ残っているのかを指折りにしてしまうことが多い。
 が、それがこの場所ではない。何を考えるでもなく、景色に目を向けることが出来る。そういう意味ではある意味、自室よりも寛げる場所だった。

「はい、クロノ君。お茶」
「──────ああ、すまない」

 そんなだからだろうか。お茶を持ってきてくれたなのはに気付かず、返事がすこし遅れた。本当にぼーっとしているな、と思いつつ差し出されたお茶を受け取った。

「いい天気だねー」
「ああ」
「こういう日は気分がいいよね」
「ああ」
「……クロノ君?」
「ああ」
「話、聞いてる?」
「ああ」
「………」

 返事をしながら煎餅に手を伸ばす。僕が甘いものが苦手だと知ってからはこういう物を出してくれる気遣いに感謝しながら、バリバリと頬張る。

「むー……、せっかく二人っきりなのに」
「ん、なのは。どうかしたか?」

 ふと、隣に座っているなのはの気配が変わった気がしてそちらに振り向く。するとばっちり目が合い、なのはが何か慌てた様子で視線を逸らした。

「な、なんでもないよ」
「そうか?」
「……ただね、なんだか久しぶりに二人」
「あらー、おはよう。なのはちゃん、クロノくん」

 生垣の向こうからお隣さんが挨拶してくる。会釈を返しつつ、いつの間に名前と顔を覚えられたんだろうと思い、多分桃子さんのせいだという結論に落ち着く。

「………」
「で、何か言おうとしなかったか?」
「……えっとね、久しぶりに二人」
「クロノくーん、ちょっといいかなー?」
「なんですか、美由希さん?」

 居間から美由希さんに呼ばれる。すっと腰を上げてそちらに向かう。

「…………」
「……用件が高いところにあるもの取ってとはなぁ。何か踏み台にすればいいのに美由希さんも抜けている所があるというか。…ん、なのは、どうかしたか?」

 戻ってくるとなのはがどことなく不機嫌そうだった。不思議に思いつつ、さきほど座っていた所に腰を下ろす。

「……なんでもないよ。ただ、二人」
「……一つ、貰うぞ」
「あ、恭也さん」

 ひょいとなのはの間を割るように手が伸びる。顔を上げると、既に煎餅を齧っている恭也さんの顔があった。

「どうも、こんにちわ」
「ああ」
「今日はいい天気ですねー」
「そうだな」
「こういう日は盆栽が映えて見えますね」
「………そうか。ところで盆栽に興味が」
「何度か、手入れしている所を見ていたので」
「なら、今度機会があったら教えよう」
「ありがとうございます」

 僕が礼を言うと、恭也さんは頷いてみせると立ち去っていく。本当に煎餅を食べに来ただけだったようだ。

「で、何だったか?」
「………だから、クロノ君と二人」
「にゃー」
「ああ、猫だ」

 ひょっこりと顔を出した猫をチチチと舌を鳴らして呼ぶ。すると、猫は人懐っこく、こっちに来るとすとんと膝の上に乗ってきた。
 高町家には割りとのら猫がやってくる。ただ、この辺り一体の人間に餌付けされているのか、飼い猫と間違うほど人に慣れている。今、膝の上にいる猫も見覚えがあった。
 喉をゴロゴロと撫でる。気持ちよさそうにしているが、飽きてきたらさっさとどこかに行ってしまうだろう。のら猫のそういう気ままなところは悪くないと思う。若干、二匹ほど飼い猫のくせに気まま過ぎる師匠がいたりするが、あれは例外だ。

「で、僕がどうしたって?」
「……もういいよ」

 何か拗ねた様子でなのはが顔を背ける。はて、何かしただろうか?全く見当が無いが、経験上このまま放って置くと後が怖い。

「……食べるか?」

 煎餅を一枚差し出す。元々、なのはの家のものなのだから上げるような物言いはおかしいがそれは気にしないでおこう。

「…………」

 なのはは横目だけでこちらを見る。しばらく何か考えるような視線をしていたが、急にこちらに振り向くと僕が差し出した煎餅にそのまま齧りついた。

「美味しいねー」
「……そうか」

 楽しそうに笑うなのは。その笑顔を前に僕はこの食べかけの煎餅はどうすればいいんだろうと考える。

「それにしてもいい天気だな」
「そうだねー」

 まぁ、この場所ではそんな事を深刻に考える事も無く、僕は煎餅を差し出したままの格好でまたぼんやりと時を過ごした。



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