昼下がりの立ち合い

「いらっしゃい、クロノ君」
「邪魔するよ、なのは」

 僕が高町家を尋ねるとなのはが出迎えてくれた。僕が来るといつもそうしてわざわざ玄関まで来て出迎えてくれる事に感謝しつつ、靴を脱ぐ。

「ん?」

 そこで、靴を揃えようとした手が止まる。何度もお邪魔させてもらっているので、靴を見れば大体誰の物がわかるのだか、そこに見覚えの無い靴があったからだ。

「先客がいるのか?邪魔のようなら帰るが……」
「えっと、いるんだけどクロノ君の知ってる人だよ。だから大丈夫なんだけど………」

 僕の質問になのはは何故かちょっと困った顔をして答える。その理由が分からず首を傾げながらリビングに通してもらう事にした。









「うむ、刀の良し悪しは詳しくないがこれは良い物だな」

 平和な町の一軒家。
 そのリビングに上がると赤い髪の女が小太刀を眺めながら構えを取っていた。

「……なんでエレナがこの家にいるんだ」
「エイミィさんの紹介でお姉ちゃんと知り合ったんだって。私も今日知ったんだけど……」

 僕の呟きになのはが答えてくれる。おそらくエレナが訪ねてきた時、僕と同じような気持ちを味わったのだろう。どうも僕達にとってこの見慣れない光景は不思議なほどに困惑を覚えてしまう。

「それは小太刀って言って、小回りが利くから受けに優れてるんだよ」
「そうなのか」

 僕達の困惑を余所に美由希さんは慣れたものなのか、エレナが持っているのほほんと小太刀の解説をしている。それを確かめるようにぶんぶんと小太刀を振り下ろす。本人の気質もあって物騒な事この上ない光景だった。

「それでは、私の獲物だが」

 そう言ってエレナは抜き身の小太刀を持ったまま、空いた方の片手にデバイスを召喚する。

「うわ、凄い魔法チックな光景」

 いや、魔法なんですが。
 そう言おうと思ったがよくよく考えれば、美由希さんの前で魔法に関する光景はほとんど見せた事がない事に気がついた。だとすると、美由希さんにとって不思議な光景に見えるのは至極当然の事だった。

「これはプラミスと言ってな。もう一つ、プレッジという対になる同型機があってそれを私は獲物にしている」

 そう言いながらわずかに魔力を通してプラミスの先端をゆっくりとスライドさせる。

「これの機構として今のように先端をスライドさせて突き出すことが出来る。いまはゆっくりやったが、本来はもっと早いぞ」
「形状としてはトンファーに近いですね。こっちの方が長いし、今みたいな事は出来ないけど……」

 初めて見るデバイスに興味津々な美由希さん。だが、その目は好奇心よりも戦闘者としての色が若干強かった。

「あ、私も小太刀を二本使って戦うんですよ。正式な流派の名前は永全不動八門一派・御神真刀流、小太刀二刀術って言って物凄い仰々しいんですけど」
「ほう、これを二刀か。流派の名前も歴史を感じるな。私などは半分以上我流に近いから、そういった手合いには興味がある」
「私も相手っていうと恭ちゃんばっかりだから、実戦ってそんなにないんですよね。だから、エレナさんの戦い方って興味ありますねー」

 その言葉に待っていたとばかりにエレナが口元を緩める。そうして用意していたように美由希さんの言葉を次ぐ。

「ならば、試してみるか?高町美由希」
「エレナさんが構わないなら」

 美由希さんも元々そのつもりだったのだろうか。エレナの言葉にあっさりと応じる。

「じゃあ、私着替えてきますから先に道場に行ってて下さい。なのは、案内お願いね」
「道場とは庭にあった、あの訓練所か。最初見たときから興味があったぞ」
「………どうでもいいが、やりすぎるなよ。エレナ」

 僕が釘を刺すと、美由希さんははっとなって、エレナは持っていた小太刀を差し向けながらこちらを見る。どうやら、二人とも僕の事に気が付かなかった様だ。

「あ、あれ!?いたの、クロノ君?」
「いたのか、クロノ=ハラオウン」
「……どうでもいいから、刀を下ろしてくれ。危なっかしいから」









 そんな訳で、高町家の道場。
 動きやすい服装に着替えた美由希さんと、動きやすさと習慣からバリアジャケットを纏ったエレナが向き合いながらウォーミングアップをしている。

「な、なんだか大変な事になっている気がー………」
「確かにな。近接戦限定とはいえ、魔力の使えない人間との魔導師の戦闘なんてそうそうあるもんじゃない」
「そういう事じゃないんだけど………」

 なのはの気持ちもわからないでもないが、実のところ僕もこの戦いには興味があった。正確に言うなら美由希さん───さらに言うなら恭也さんや美由希さんの戦い方というものにである。
 普段の何気ない動きから二人が尋常ではない事はひしひしと伝わっていたが、実際に戦うところはこれが実質初めてだ。一体どれほどのものか、興味が無いといえば嘘になる。
 そんな風に美由希さんを見ていて、ふと気が付いた事があり、それを口にしてみる。

「美由希さん、眼鏡を外しているな。あれで見えるのか?」
「うん。乱視で眼鏡かけてるけど、普通に見る分には大丈夫なんだ」
「そうなのか」
「そういえば、クロノ君の前だと外した事なかったかな」
「ああ。なんだか外している方が年上っぽく見えるな」
「………」
「あ、いや。外している所を初めて見たから、印象的なだけで特に変な意味は………」

 言っていて馬鹿な事を喋っている気がして尻すぼみに言葉を濁してしまう。なのははそんな僕になにか言うでもなく「そっか。クロノ君には眼鏡属性はないんだ……」とよくわからないことを呟いていた。

「さて、準備はいいか。高町美由希」
「はい、いつでも」
「あ〜、その前にちょっといいか」

 今にも抜きかかろうとする二人に声をかけると合わせた様にこちらを向く。やる気に水を差すようで悪いが、釘を刺さなければならない事と相手がいた。

「エレナ。わかっているとは思うが、非殺傷でも射撃魔法とかは使わないように。美由希さんはあくまで一般人……というか魔力を持ってないんだから防ぎようが無い。今回はお互いの戦い方を見るだけなんだから、その前提を覆すような真似はしないように」
「馬鹿を言うな、クロノ=ハラオウン。これでも執務官だぞ。そんな自ら御法度を犯すような真似はしない」
「事あるごとに執務官権限を振りかざしてる人間が言っても説得力が無いんだがなぁ………」

 そんな訳で強く言っても無駄なので、言うだけの事は言って引き下がる。何より、これ以上二人の興を削ぎたくなかった。

「────」
「────」

 二人が睨みあう。もうその目は目の前の相手しか見ていなかった。

「………」
「………」

 それだけで道場の空気が張り詰める。それを感じて僕もなのはも自然と押し黙る。
 そうして、一瞬の静寂の後。

「────ふっ!」

 合図、などと言うものは必要なかった。
 互いが構えるよりも早く、その元来の気質から間合いを詰めて攻めにかかるエレナが右に持ったプラミスを横に薙ぎ払う。

「はっ!」

 その一閃を十字に構えた二つの小太刀で美由希さんが受け止める。だが、衝撃が予想以上だったのか、受けた瞬間に、顔が僅かに歪むのが見えた。衝撃を受け止めるため、膝が深く沈んでいる。

「しっ!」

 そこを狙って左のプレッジを突き出す。それを身を逸らしてかわすと同時にバックステップで距離を取る。が、それで仕切り直しをさせるようなエレナではない。開いた空間の分だけ踏み込んで再度間合いを詰める。
 それを迎撃するように美由希さんが右の小太刀を振り下ろす。それをプレッジを掲げて受け止めようとするエレナ。その逆の手に持ったプラミスは既に矢を放つように引かれており、受けると同時に放とうとする構えが見えた。

「ぬっ!?」

 が、受け止めた斬撃の衝撃に思わず足を止める。間髪入れず、美由希さんがもう片方の小太刀で追撃をかける。それをエレナは放つつもりで引いていたプラミスで受け止め、双方の武器ががっちりと組み合う。

「────っ!」

 その鍔迫り合いの様な状況はそう長くは続かなかった。押し合った瞬間に、力では劣っていることを悟った美由希さんは小太刀を引いて後ろに下がり、勝っていたエレナは小太刀を弾くようにして腕を振る。

「…………」
「…………」

 そうして、両者は今の攻防を分析するかのように、息を整えながら相手を窺う。

「ふぇ〜………」

 なのはが感嘆の声を上げる。それを耳にしながら、僕は今の攻防を振り返る。
 まず、単純な力ではエレナ、速度では美由希さんが勝っているように見える。それはお互いの筋肉の質から窺えた。
 だから、解せなかったのはエレナの踏み込みを止めた一刀。どうも、単に放たれたような一刀ではなかったように見える。でなければ、エレナの突進を止められる斬撃ではなかった。
 おそらく、受け止めた本人であるエレナは僕以上に解せず、しかし実感からそれがどういった物かを感じ取ったのだろう。斬撃を受け止めたプレッジを持つ手を軽く振りながぽつりと言葉を漏らす。

「衝撃が通って伝わってきた。どうやら迂闊に受けることはできないようだな」
「………」

 対する美由希さんは応じない。性格の違いもあるだろうが、戦いの最中でも口が挟めるか否かという所でも場数の違いが出ているようだ。

「だとすれば─────!」

 またも間合いを詰めるエレナ。けれど今度は突進ではなかった。

「はあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 足を止めての連撃。それを美由希さんは受けず、逸らし、弾き、捌いていく。そうして、その合間を縫うように斬撃を放つが、エレナはそれを打ち落とすように弾き返し、そのまま攻撃に繋げる。その様はまるで周囲を飲み込んでいく竜巻のようだった。
 エレナは元々手数の多さで相手を押し込めるのを得意としている。どうやら自分の土俵に持ち込んで押し切るつもりのようだった。

「くぅ────────っ!」

 美由希さんもそれはわかっているようだったが、既にエレナの土俵に持ち込まれた後だ。どうにか切り返しの機会を窺って反撃するが、効果を成していない様に見えた。
 ───────────そう、見えた。美由希さん以外には。

「やあぁぁぁっ!!」

 幾度目の反撃だっただろうか。エレナの攻撃をかわすと同時に放たれる右の小太刀。それをエレナはプレッジで打ち落とすように薙ぎ払い───────────。

「───────────!?」

 無理やり身体を捻るようにして、右のプラミスで受け止めた。

「な───」

 一瞬、何が起こったかわからなかった。傍目には美由希の小太刀が打ち落としにかかっていたプレッジをすり抜けたように見えた。おそらく、実際に向かい合ったエレナはそれこそ小太刀がすり抜けたように感じただろう。それをどうにかプラミスで受け止めたが無理に身体を捻ったためだろう。脇腹を押さえながら顔を引き攣らせていた。

「何だ、今のは?その剣は何かの魔法でもかけられているのか?」

 一方、エレナの意表をついた筈の美由希さんも驚愕で目を見開いている。その驚きを隠しきれないように立ち合いが始まって初めて言葉を口にした。

「初見で貫に反応するなんて………」

 どうやら、あの連撃の中で狙った一撃だったらしい。それを防がれた事に動揺が隠せない様子だった。
 ちなみに後で聞いた話だが、貫というのは御神流の技の一つで、相手の防御や見切りを見切り、そこを貫いて攻撃を通すことを言うらしく、これを受けた相手はさきほど僕やエレナが感じたように防御をすり抜けられたように錯覚するらしい。また、エレナの突進を止めた斬撃は徹といい、衝撃をダイレクトに与える打ち方の事で、極めると素手・武器問わずに放てるらしい。
 ともあれ、渾身の一撃を止められた動揺。
 それを見逃すエレナではなかった。

「おぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

 先ほど、虚を突かれた事を忘れたかのように再び間合いを詰めるエレナ。否、それを覚えているからこそ畳み掛けるつもりのようだった。

「っ!!」

 先に勝る怒涛の勢いに今度こそ反撃の暇を潰されたように防戦に回る美由希さん。だが、そこは本来防御に優れた小太刀の二刀。容易には切り崩させなかった。
 それを砕かんとエレナは取っておいたように戦法を切り替える。
 小太刀ごと吹き飛ばそうとするかのようか薙ぎ払い。それが小太刀に受け止められた瞬間、手の内でプラミスを回転させて小太刀の刀身から逸らすと腕を折り畳んで肘を内側に入れ込み、肘打ちを放つ。

「あくっ!?」

 突如、組み込まれた体術に反応し切れず美由希さんのこめかみにエレナの肘が掠める。だが、それで十分だったのだろう。体勢を崩した美由希さんの脇腹にプレッジが打ち込まれる。

「────────!!」

 声も上げる事もできず、打撃に後方へ弾かれる美由希さん。そこへ止めとばかりにエレナが構え直したプラミスを振り被る。
 もう美由希さんには体勢を整える間も受け止める体勢も取れない。これで決着がつく。

「───────────」

 そう思った瞬間、美由希さんの姿が掻き消えたように見えた。

「は?」

 思わず間の抜けた声を上げてしまう。
 それも仕方ないだろう。エレナの一撃は確かに美由希さんを捉えた様に見えたのだから。
 だと言うのに、美由希さんはその一撃をかわして、気がついた時にはエレナと距離を取っている。
 魔導師としてはなんともおかしな感想だが───それこそ何かの魔法かと思われた。

「はぁっ!はぁっ!はっは、はぁっ!!」

 僕達の疑問を余所に美由希さんは隠しようも無いほど呼吸を荒くしていた。見れば全身は先ほどまで炎天下の下にいたかのようい汗まみれだった。
 その姿を見て、なんとか冷静さを取り戻す。何をやったかはまるで理解できないが、美由希さんはなんらかの作用でエレナの一撃をかわしたようで、今の姿はその代償のようだった。

「し、神速まで、使っちゃったけど、しょ、しょうがないよね………」

 なんとか呼吸を整え始めた美由希さんが言い訳のように呟く。どうやらさきほどのアレは禁じ手だったようで、美由希さんの頭の中には渋い顔をした恭也さんが浮かんでいるようだった。

「……………」

 対するエレナは必殺のつもりで放った一撃をかわされた体勢のまま、固まっており、今になってようやく美由希さんに向き直った。
 そうして、さもおかしそうに口元に笑みを浮かべた。

「なるほど。どうやら、手の内を押さえたまま戦える相手ではないな」

 そう言ってエレナが右手を引く。それは矢を放つため、弓を引き絞るような印象を与え、槍を投擲するような構えだった。
 そして、プラミスに魔力の紫電が奔る。

「─────────って、クロノ君、あれ!?」

 そこで二人の戦いに目を回していたなのはが目を覚ます。

「───────あー、うん。わかってはいたんだが………」

 頭を片手で押さえる。やっぱりこういう事になるんだなー……。

「…………」

 対する美由希さんは目の前の光景に怯む事無く、小太刀を持った右手を引き────一目で突きとわかる構えを取る。
 って、美由希さん。貴方もですか…………。

「これで決着をつけるぞ、高町美由希」
「はい、エレナさん」

 その言葉を合図に両者が相手に踏み込もうとする。

「受けるがいい!!我が一撃!パイル──────!!」
「ストップだ」

 気の無い声で言うと同時にエレナにバインドをかける。

「う、うおっ!?な、何をする、クロノ=ハラオウン!?」
「いや、言いたい事は山ほどあるけど意味無いから言わない」

 バインドを緩めず、別の魔法を詠唱する。と言っても難しいものでも無い。僕は単に許可を下すだけだった。

「それじゃ、提督権限で強制転移魔法発動」
「な────────!?職権乱用だぞ、クロノ=ハラオウン────!!」

 君に言われたくない、というツッコミを入れる気にもなれない。

「うおおーっ!!私に術を撃たせろー!!!!」

 そんな台詞を残してエレナがどこぞの次元へと転送される。どこに行ったかは知った事じゃなかった。

「…………」
「…………」
「…………えっと」

 なんとも煮え切らない空気が流れる。そんな中、困ったように美由希さんがぽつりと僕達に尋ねてくる。

「と、とりあえず、私の勝ちでいいかな?」
「……それでいいです」

 ちゃっかり美味しいところを取ろうとする美由希さんに僕はそうとしか答える事ができなかった。




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